ゆっくり歩いてみたくて
 





「……あの。これは、なんでしょうか」

「迷子だ」

「迷子ですか」

「そうだ」


熱帯の森の中を妙にクラサメさんが確信を持った歩みで進むものだから、どこか目的地があるものだと勝手に思っていた。そう、決めつけていた私が悪いのだ。ぬるつく足場に笑い始めた膝を叱咤し、前を行くクラサメさんに追いつくように走って横に並んだ。途端に緩まる歩調に情けなくも楽になったのは事実で、すみません、と小声で謝れば頭を撫でられる。避けるのも変だろうとじっとはしていたけれどだいぶ恥ずかしい。
それにしても、今回の目的が迷子になること自体だとは。そもそも迷子になりたいだなんてわざわざ心残りに思うくらいなのだから変わった人だったんだろう。思い入れがあったりするのかもしれないが今となっては分からない、だからこそこうやって思いを巡らすのは楽しいことだったりするのだけれど。彼か彼女のためにも楽しめばいいのだ、そういう目的で私達はここにいる。


「迷子、結構いいかもしれません」

「そうか」

「でも迷子になるだけなら町でもよかったんじゃ?」

「……気にするな」

「迷いの森しか思いつかなかったんですね」


飛び出してきたモンスターを私が構えるより前に彼が薙ぎ払ってしまって、手持無沙汰に盾を消して周りを見渡した。敵影なし、ついでに目印になりそうなものも出口らしきものもなし。体力的には余裕があるけれども、これは、今日中に「迷子」を終わらせるのは難しいかもしれない。
前に任務で来た時も誰かと散々迷って目標を倒すまでにすごく苦労したなあ、としんみりしながら周りを眺める。あの時は急いでいたからこうやって見渡したりもできなかったものだ。こうやって見ると、うん、うっそうと茂る樹木が邪魔で太陽は見えないし足場は悪いし湿気で攻撃魔法が利きにくいしすごくやりづらい。なんか笑えてきそうだ。いや、もう口が変に歪んでしまっているけども。なんでここしか出てこなかったんだクラサメさん。要領がいいようで悪いんだろうかクラサメさん。


「ふふ、」

「………」

「すみません」

「いや、楽しそうで何よりだ」


言葉は嫌味っぽいけれども、露出した彼の目元は緩んでいる。ランナーズハイみたいなものに彼も突入したのだろうか。

歩くうち、ふと思い出したメロディーがあって小さく歌ってみる。歌詞だけがどうしても思い出せなくて、思い出せなくてもいいかとそのまま鼻歌にする。


「……その歌は?」

「あ、うるさかったですよねすみませんすぐやめます」

「いや、続けてくれ」

「え、あ、はい」


元から無口なほうの人だとは知っているけれども明らかに私の歌を聴くために黙ってしまったクラサメさんに、そんなんで鼻歌を続けるように言われても歌いづらいと言い出すこともできなくて困る。
それも歌詞も思い出せない、どこで覚えたかも怪しいものでどんどん自信だとかがしぼんでいくのだけれど、考えるのを止めて適当に続けた。二人分の足音と草がこすれる音、何かの鳴き声とついでに私の鼻歌だけが聴こえた。彼が口元のマントに手を掛ける。
迷子を望んだ人はどんな人だったんだろうかと少し笑った。

そうだ、私は考えるのが苦手なのだ。開き直ってしまえばいい。自然に決意が固まるまでこうしていよう。
決意が固まってしまえば多少は体が軽くなったので勇んで足を踏み出せば、ぬかるみに足が滑り転びかけた。疲労は、うん、気持ちとは連動しないようだ。



13.11.21



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