あの日
 




「……待機、ですか?」


ツバメはあれから、目を反らすことがなくなった。

彼女の配属後初の作戦は何も問題なく、むしろ他部隊の橋渡しにツバメがなっていたからか滑らかに補給や回復の指示が飛び遊撃も順調になった。彼女の異動を疑問視する声も消え、彼女自身怯えたような態度が緩和されていた。その後も様々な演習や依頼をこなしている。
今も真っ直ぐに向けられる視線にうなずき、ジャマーの影響を受けるレムと共に後方で待機しているよう伝える。レムはジャマーの破壊の後、前線に出れるよう身構えておくこと。ツバメは後方で負傷者の治療、ジャマーの発動が確認されたら魔道院で治療の継続を言い渡す。


「じゃあ待ってますね」


いつもと変わりなくそう笑うツバメにひとつ頷き、彼女の笑顔を見届けて二人に配置に付くよう促した。前線に送り出すメンバーにも指示をするため踵を返す。
レムとお互いを鼓舞するような言葉を交わしているのを背に聞いて、足を押し出した。















死ぬための準備はしていた。

私室は片付けた。トンベリにも様々なことを言い聞かせた。余談だが生徒にまでらしくない言葉をかけてしまった。
すぐに忘れるとは思うのだが、どこかに言葉が残ってくれないかと甘い期待をしている。ただの自己満足であるとは自覚しているがそれでも、伝わらなくとも、忘れ去られても、教え子には情を掛けていたと伝えずにはいられなかった。あわよくば、この情が教え子達に降り注ぐように。少しでも彼等に沁み入るように。

命は国に、国民の為に捧げると決めていた。
軍人であるために。
今までの自身の行動や奪った命や自身に積もった忘れられた彼等に報いるために。
ここで魔力も生命力も国を守るために使われるのなら、それは望ましいことだ。この戦いに勝てば朱雀は残る。皇国を潰す為の糸口になる。理想的とも言えるほどに場は誂えられた。
あとはただ全てを捧げればいい。
全てが体から抜けていく、そんな感覚の中で前を見据える。朱しか見えない。それでも、前を睨む。私はもうすぐ死ぬのだろうと自覚する。
悔いはない。今更なにも惜しむつもりもない。


走馬灯とは、これなのだろう。
様々な場面ばかりが脳裏に浮かぶ。客観的に、知らない顔も親しげに次々と思い浮かべられた。
昔のこと。今のこと。昨日の記憶。学生の頃の夜更けの記憶。
先程の、待っていると言った、明日も生きていることを疑わない彼女の笑顔。

―――好きです。

映像に、声が交じる。いつになく張り上げた少女の声。好意を押さえきれないと言わんばかりの笑顔。結局、応えることはしなかった。直進することしか知らない教え子逹、年をとるごとに歯止めが利かなくなる友人逹、いつでも尽くしてくれる小さな従者。

―――好きです。


生きたい。
一度そう思えば止めどなかった。
生きたい。全身の、空白になりかけた部分が訴える。胸が大きく叫んでいく。生きたい。
背後の、若い声が体を揺らす。生きたい。
抜けていき、セツナに集まっていく全てのものが、そう叫んで体を揺らした。生きたい。
たくさんの声が体を揺する。
生きたい、その叫びは大きすぎて、内側からか背後からかも分からない。
生きたい。

体から魔力が消えるのが分かったが、体を揺らす声をまだ感じていた。
生きたいと叫ぶ轟音に、自分の意識が掻き消えた。



13.08.07



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