かくりつ
 




「あなたはいつも調和の外に近付くのね」


制服のベルトを閉めかけてそう言われたので、手を止めてドクターアレシアに目を向けた。ドクターはいつものように此方を見ることもせず紫煙を細く吐いている。
定期検診は0組の義務だけれども、ドクターは怖い。異常があってもなくても早く帰りたくなるくらいには怖い。エースなんかはマザーはいつも優しいと言ってきかないから、嫌われてるんだろうかとか考えてしまうから検診は苦手なものとしてとらえていた。少し前までは治療する側だったのも苦手な要因かもしれない、裏が分かるというか、なんというか。

ともかくは早く魔法局から出て彼の隔離部屋にでも行きたかったのだけれど、そんな問いをされれば答えない訳にもいかない。それに、彼の隔離や担当を私にしたりだとかの指示はドクターから直々に受けたものだ。
調和の外、ということはやはり生き延びた彼のことだろうか。


「ええと、」

「今はあの子達にもいい影響を与えているようだけれど、あなたの創る波は何を削るか分からないわ。作る模様もね」

「……分かるようにお願いします」


分からなくていいわ、と言われてしまえば出来ることもなく、はあ、と曖昧な相槌を打って続きを待った。のだけれども視線が向く気配もなく。退室しようと腰を上げるとついでのようにぽつりと告げられる。


「好きになさい。美しい終わりか、最期まで足掻くか。それとも」


続かずに煙管に唇を寄せたドクターに泣きそうになりながら、失礼します、と断って今度こそ退室する。いっそ冷たくあしらって欲しかった。なんだか不吉なのは分かるが、考えても分からない気がする。むしろ分からないように言われた気がする。とすると、やはり嫌われているんだろうか。

湿っぽい気持ちのまま魔方陣を通り研究室に向かう。いつものように抱えていたバインダーと課題を持ち直してドアをノックして部屋にはいった。件の彼は読んでいた本から目を離し、来たか、といつものように言って視線を戻した。かと思いきや私を二度見した。
傷心中の私はもう少しつつかれたらさっくり傷つきそうな気持ちなので、何も訊かずにいつもの椅子に腰掛ける。いつもの問診をしようとして、彼が立ち上がっているのに気付いた。何か入り用かと目で追うと、かつかつと無駄のない歩みはベッドを挟んだ私の前できっちり止まる。そして、じっと見下ろされる。


「……ええと、なにか?」


なにかしでかしちゃっただろうか、私。いや心当たりはないけれど、なにかしら無意識に。ドクターが私を嫌う所以、みたいなもの。
この人には嫌われたくないなあ、嫌われたらもう立ち直れないかもしれない、なんてどうしようもないことを考えて見上げる。と、雨の日のように彼が膝を付いてこちらを覗き込む。


「どこか行ってきたのか」


声は静かだ。というよりも、静か過ぎて叱られるだろうと思って縮こまる。何でか、ものすごく不機嫌そうだ。主に口元が。
正直に「定期検診があって、ドクターのところに」と叱られる体勢で答える。と、息を吐ききった彼が脱力したように私に手を伸ばして、制服のベルトを閉めた。

検診のために、下には一応もう一枚着ていたけれど。ほとんど下着みたいなもので。ドクターアレシアの話に夢中で、すっかり忘れてて、ベルトを閉めなければ制服の上着が半分以上見えていた訳で。そのままの格好で、ここまで、歩いてきた、訳で。


「気をつけなさい」


至近距離でばつが悪そうに微笑まれて、顔を手で覆った。
恥ずかしい!なんだかもう、二重の理由で恥ずかしい!



13.07.30



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