007(強化合宿)

「なんだアレ…、しえみがまろまゆの付き人みてーになってるぞ?」
「「まろまゆ…?」」

三輪くんと顔を見合わせて、奥村くんの視線の方へ目をやる。
そこには、出雲ちゃんのカバンを持って後をついて歩くしえみちゃんの姿があった。

-----

「くるみちゃん!」
「先輩!ごめんなさい、ちょっとお待たせしちゃって…」

爽やかな笑顔で手を上げて挨拶してくれたのは、軽音部の佐藤星也先輩。
彼には先日、交際前提で友達になってほしいと告白をされた。
今日は約束のデートの日、休塾の日に合わせて正十字学園町のショッピングモールで待ち合わせた。

寮のルームメイトには、半強制的に今日の報告をせがまれている。
もちろん、ルームメイトだけではなく、塾の友人たちにもだ。

転生前は酸いも甘いも経験した大人だと言っても、こんな初々しいデートは久しぶりである。
昨夜は緊張して、よく眠れなかった…。

「もっとくるみちゃんのこと知りたいし、俺のことも知ってもらいたいからさ、今日はたくさん話そう」

そう言って先輩は「お昼まだだよね?」と確認した上で、洋食屋に案内してくれた。

「くるみちゃんを最初に見かけたとき、すごい楽しそうな顔で笑ってるのを見て、いいなあって思って」

彼は、入学式の後に「凄い可愛い子が1−Aにいる」の情報を聞きつけて、1年生の教室を覗きに来ていたらしい。
「モテるでしょ?」と聞かれて、入学以来渡されたラブレターや連絡先を交換したことを話した。
しかし、不思議なことに、デートに誘ってくれたのは佐藤先輩が初めてである。

それを伝えると、彼は嬉しそうな、無邪気な笑顔で笑いかけてくれた。
その表情にドキッとする。

この世界で恋愛を含め、人との付き合いというものはどうすればいいのか、他にもユニコーンのこと
など
聞いておきたいことが山ほどあるのに、連絡を寄越せと言ったフェレス卿はまったく返信をよこさない。
電話もここしばらく繋がらない。

肝心なときに…

佐藤先輩はいい人だが、好きになれる決め手がない。
そもそも、これまで私が好きになったのはダメンズばかり。

この子には、私のダメンズレーダーが反応してくれないのである。

おかしいなあ、バンドマンだし、モテ男くんだからクズっぽいところあるはずなんだけど…。
まだ経験が浅くて純真の域にいるのか、当初抱いていた彼への疑念はいい意味で塗り替えられていた。

-----

「お、おはようございます」
「くまがいさん、おはようございます」

奥村先生が笑顔で返してくれる。
そのバックには、古くて不気味な佇まいの旧男子寮。今日から一週間過ごす合宿の舞台である。
この場所であっているか、何度も確認してしまった。

「ヤダなにここ気味悪ーい!…もうちょっとマシなとこないの?」

後を振り向くと、出雲ちゃんが「コレお願い」と言ってしえみちゃんに荷物を持たせていた。
さすがにそれは…と思っていると、朔子ちゃんがしえみちゃんに詰め寄る。

「杜山さん!嫌なら嫌って言わないと…!」
「私嫌じゃないよ!お友達の役に立ってるんだもん」
「…そっ…か」

そうなのか…
あれはしえみちゃんなりの友情のあり方なのか?
もやもやした感じは消えないが、案内に従って寮に入った。

-----

「…はい、終了」
「プリントを裏にして回して下さい。今日はここまで」

魔法薬学の小テスト終了の合図とともに、合宿1日目を乗り越えた。
明日は6時起床で、登校前に答え合わせをおこなうというスパルタメニューを聞いて気が滅入る。

「朴、くまがい、お風呂入りにいこっ」
「うん…」
「お風呂!私も!」

私たちは女同士、連れ立って部屋を出た。

「しえみちゃんっていつも着物だよね、洋服は着ないの?」
「うち、家族もいつも着物だから、もう普通というか、これが日常と言うか…」
「それよりくまがい!佐藤先輩とはどうだったのよ!聞かせなさい!!」

しえみちゃんの言葉を遮るように、出雲ちゃんが割って入ってきた。
昨日のデートの報告をせがまれる。

「えっと…滞りなく済ませました…」
「そうじゃなくて、ちゃんとした告白は!?」
「また今度って言って今回は普通に終わらせたよー!まだ知り合って二度目の交流だし、まあまあ、急かさないで」

そう言って出雲ちゃんをなだめる。
「ずいぶんいじらしいわね…もう付き合っちゃいなさいよ…お似合いよ…」とブツブツ言われつつも、
女子同士、恋バナに花を咲かせて浴室へ向かう。

あぁ、なんだか懐かしい、この桃色な感じ…
年をとると、女子会なんてものは雌会と名を変えてゲスい話で盛り上がる。
この十代の初々しい感じが心を浄化するようだ。

「わ…私…お友達とお風呂に入るの初めて!」

堰を切ったように、しえみちゃんがルンルン気分でそう言った。
彼女は学校に通っていないとのことで、会えるのは塾のときだけ。その所為であまり喋った事はない。
しかしこれまでの振る舞いを見ていると、あまり人付き合いが得意な方ではないようだった。

「あ、ゴメン」

出雲ちゃんは浴室の前に立ちはだかると、しえみちゃんを見て冷たい態度全開で言った。

「ちょっと待っててくれる、だってあたし、あんたに裸みられたくないんだもん。そういうの友達なんだから、判ってよ」

「フルーツ牛乳買ってきて、お風呂上がったら飲みたいから」出雲ちゃんはそう続けると浴室へ入っていった。
急なことに、私も朔子ちゃんもうろたえる。
ハッと我に返り、出ていこうとするしえみちゃんの腕を掴んだ。

「しえみちゃん!ちょっとおかしいよ、嫌なら嫌って言おうよ!?」
「嫌じゃ、ないよ…?」

そう言って笑ったしえみちゃんは、トボトボと出ていってしまった。
「しえみちゃん追いかけるね」と朔子ちゃんに告げると、「荷物預かるよ」と言って着替えを持ってくれた。
「ありがとう」と言って私はしえみちゃんを追いかけた。

-----

「もともと強くて、友達のいる燐にはわかんないんだよ…!」

しえみちゃんかと思われる怒鳴り声が聞こえて、声がした方へ急いで駆けつけると、
そこにはしえみちゃんに掴みかかる奥村くんがいた。

「しえみちゃん…!」
「なに八つ当たりしてんだ!まてコラ」
「コワイ!やだ!」
「あぁ!?」

なんだこの低度なケンカみたいな掴み合い…
私は二人の間に割って入る。

「ちょっとちょっと!なんであんたらが揉めてるの…!」
「こいつがまろまゆのパシリやってんのに腹たってんだよ!」
「燐には関係ない!」

どうしてそうなるの!?
君たちがケンカするところじゃないでしょうに…

「「きゃあああ!!!!」」

二人を引き離そうと四苦八苦しているところへ、聞き慣れた同級生等の悲鳴が届いた。

「!?神木さんと朴さんの…」
「っっ…!」

何か言う前に駆け出していた。
私は先ほどまで自分がいた浴室へむかって全速力で走る。
脳裏をよぎるは、この世界に来てから見てきた悪魔の数々。
日常生活で、あれらに遭遇する可能性は十分にあるのだ。

後ろから、「お前は雪男に知らせに行け!」という奥村くんの声が聞こえ、
彼も駆けてくる気配を感じた。

-----

「朔子ちゃん!出雲ちゃん!」

呼びかけながら浴室へ入ると、そこには白狐に襲われそうになっている出雲ちゃんがいた。
彼女を庇おうとした瞬間、後から駆けつけた奥村くんの拳が白狐に命中した。

ー「悪魔は、自分より弱い者には決して従わない。特に自信を失くした者には逆に襲いかかる」

ネイガウス先生が授業でそう述べていたことを思い出す。

「出雲ちゃん、紙!破いて!!」

そう叫ぶと、ハッとした彼女は急いで印章紙を破いた。
途端、二体の白狐がその場から消えた。

硫黄の臭いがして、意識が臭いの源に向けられる。
そこには

私は咄嗟に着替えが置かれたカゴに近づき、カミソリを取り出した。
そして指を切り、その血を印章が刻まれた太ももにこすり付けた。

「ユニコーンッッ!!」

あれ…?
呼びかけたが、ユニコーンは現れない。
「ユニコーン」ともう一度呼びかけるも、先日のような巻き上がる風も、空気が変わる感じもまったくない。

こんなときにっ…!

奥村くんは背負っている剣で悪魔を殴り続ける。
って、その剣抜かんのかーーーい!

「!?朴さんを手当してる間、悪魔を引きつけて!」
「はぁ?簡単に言いやがって…!おら
グロイの!!こっちだ!!」

遅れて駆けつけたしえみちゃんが、状況を見るなり急いで朔子ちゃんに駆け寄る。
「サンチョさん!サンチョさんがいれば!私サンチョさんを…」

ガシャアアアアン!!!!

悪魔に吹き飛ばされ、奥村くんが浴室の奥へ倒れ込む。

「奥村くん…!」

悪魔は私たちに興味を失ったようで、ぐんぐん奥村くんとの距離を詰めていた。

「なんで来てくれないの…呼んでって言ったじゃん…」

何度血をこすりつけても、まったく反応がない。
印章が刻まれた脚の付け根が憎らしく感じた。
奥村くんがどんどん追いやられていくのを、ただ呆然と、見ることしかできない。
その時、

「兄さん!!!!」

バンバンバンッ!

銃を連射する音が聞こえて、奥村先生が背後に立っていた。
その銃声にハッを我に返り、しえみちゃんが手当をすると言った朔子ちゃんに目をやる。
彼女は、しえみちゃんによる処置を受けているところだった。

「ゆ…きおッ!遅ェーぞ!!」

悪魔は浴室の窓を突き破って逃亡してしまった。

「しえみさん、朴さんは…」
「雪ちゃん…わ…私…」

唖然とするしえみちゃんに奥村先生が駆け寄り、横になる朔子ちゃんの様子を急いで確認した。

「屍系(グール系)の魔障は、対処が遅れると命取りになる可能性があった。この処置は、正しいです。しえみさんがいなかったらどうなっていたか…」

朔子ちゃんは意識を朦朧とさせながらも、笑顔でお礼を言った。

-----

日常が馴染むように、ヒロインにはメインキャラ以外とも絡んでもらいます。
せっかくの女子高校生ライフだからね!

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -