008(強化合宿)

「奥村先生、おはようございます」
「くまがいさん、おはようございます、早いですね。」

昨日の悪魔襲撃の一件の所為で、昨夜は全く眠れなかった。
というか、呼んでも来てくれないユニコーンのことを考えると、眠気が遠ざかり、気づけば朝になったため起きてしまった。

早々に身支度を済ませ、教室として使う部屋へ入ると、既に準備万端状態の奥村先生がそこに居た。
この人も先生と言えどまだ十五歳だろうに…
昨夜の事件後も小テストの採点をしていたのだろう、その熱意と努力に感嘆する。

「先生って、凄いですね。やっぱ優秀な人なんだな…」
「ははは、そんなことはありませんよ。くまがいさんも、ほら、良い点数でしたよ」

そう言って奥村先生はピラッと小テストの結果を見せてくれる。
その手には94点と採点された、私の答案。
おっ!やったじゃん私!

「よかったー!私、これなんだっけっていう記憶違いが多くて」
「弱点が自分でわかっているなら問題はありませんよ、まさかと思う小さいミスが多発している印象を持ちましたので、復習して身につけていけば大丈夫です」

そう言って微笑みかけてくれた奥村先生の表情に、思わずドキッとした。
イケメンですなー

彼と廊下ですれ違う度、周りの女子等の視線が彼に釘付けなのがわかる。
そのルックスもさることながら、長身によってますます目立つ存在となっていた。

ガラッ

「おはようございます」
「勝呂くん、おはよう」

「おはよう」と言うと勝呂くんも挨拶を返してくれる。
彼は既に、髪の毛もばっちしセットしている。きっと日頃から早起きなのだろう。

「あの、奥村先生、相談してもいいですか?」

人が少ないうちに聞いておこうと思い、おずおずと奥村先生に相談を持ちかける。
「ユニコーンのことで」と言うと、勝呂くんも興味深そうに顔を上げる。
奥村先生は続けるように促してくれた。

「昨日の夜の事件で、召喚しようと印章に血をこすり付けてユニコーンを呼んだんですが、なにも起こらなかったんです」
「なんや、ユニコーンが呼び出せなかったっちゅーことか?」
「そうなの…、授業のときはうまくいったんだけど、昨日のああいう必要なときに限って…」

昨夜は布団の中で、何故呼び出せないのかずっと考えていた。
手順やシチュエーションを何度も授業と比べているが、間違っていたとは思えない。
考え込む素振りをしていた奥村先生が顔を上げた。

「ユニコーンは扱いが非常に難しい悪魔だと言われています。獰猛な性質を持ちますが、注目すべきはその勇敢さです。
相手が何者であれ立ち向かうとされており、それ故に自分にひどく自信を持つ一面があります。
それと変わった特徴を持っていまして…えっと…」

奥村先生は少し躊躇した後に、顔をほんのり赤く染めて私から目線を外した。

「…処女が好物であり、処女である女性にしか懐かないと言われています」
「「は???」」

思わず勝呂くんも聞き返す。
処女にしか懐かないってどうゆうこと、と考えようとしたところ、ユニコーンと出逢った晩のことを思い出した。

ーーー「せっかく契約したのに、いつまで待っても呼んでくれないし。しかも、もう処女でも無いし」

本人が処女厨を自称してるとこ、超心当たりあったわ。

「先生…あの、そういやユニコーンが処女が好き的発言したの、心当たりが…」
「ここからはあくまで僕の仮説なのですが…」

そう言って奥村先生は、一般的に伝わるユニコーンの生態、特徴を踏まえた見解を述べてくれた。
その特徴からプライドが高く、見初めた女性を独占したい欲から変わった性癖が生まれたのではないか、
というものだった。
「処女が好きということは、操の固い、貞潔な女性にのみ使役してきた可能性があります」と言って、
奥村先生は声を潜めた。

「つまりですね…この一週間で、くまがいさんが…そうではなくなったという可能性は考えられませんか」
「おまっ…!あの先輩とヤったんか!?」
「ヤってねえよ!?って、お前もそのこと知っとるんかい!」

奥村先生の爆弾発言を受けて絶句したが、勝呂くんの勘違いにすぐさま突っ込んだ。

「んー、それではなんでしょうね、ユニコーンがくまがいさんに求める他のものが足りないのか」
「くまがい、恥じらい無いんちゃうか」

こいつらは…さっきから黙って聞いてれば、好き勝手言いやがる…
一年生の秀才コンビは至って真面目に考えてくれているのだろうが、なんせ内容が内容なだけに、ふざけている。
というか…私、少しバカにされてないか?

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「皆さん、少しは反省しましたか」
「な…なんで俺らまで」

「連帯責任ってやつです」というと、奥村先生はこの合宿の目的を話し始めた。
先ほど、出雲ちゃんと勝呂くんが言い争いになった。
出雲ちゃんはここ最近、いつにも増してジャックナイフっぷりに磨きがかかっている。
荒れに荒れていたところに、勝呂くんの挑発が乗り、見事にケンカへ発展してしまったのだ。

そこに居合わせた奥村先生によって、私たちは囀石(バリヨン)という重い石の悪魔を膝に乗せて正座の罰を受けていた。

「こんな奴らと馴れ合いなんてゴメンよ…!」
「馴れ合ってもらわなければ困る。祓魔師は一人では闘えない!
お互いの特性を活かし、欠点は補い、二人以上の班で闘うのが基本です。
実践になれば、戦闘中の仲間割れはこんな罰とは比べものにならない連帯責任を負わされる事になる」

奥村先生の最もな説教に、私たちは黙って耳を傾けた。
「今から三時間ほど、小さな任務で外します」そう言って奥村先生は部屋のドアに手をかける。

「僕が戻るまで三時間、皆で仲良く頭を冷やしてください」

奥村先生はニッコリと笑って出ていってしまった。
うそでしょ…!スパルタ…!
塾生たちの顔が信じられないといった表情で固まっている。

「お前とあの先生、ほんま血ィつなごうとるんか」
「…ほ、本当はいい奴なんだ、きっとそうだ…」

奥村先生と奥村くんは双子の兄弟だという。
のわりに、この違い、傍から見ていると不思議に思える。

「つーか誰かさんのせいでエラいめぇや」
「坊…」
「は?アンタだってあたしの胸ぐらつかんだでしょ!?信じらんない!」

まーたケンカがはじまってしまった…
なんでこうケンカっ早いというか、導線に火がつきやすいのか…
若さだよなあ。

言い争う二人を他人事に眺めていると、ふっと部屋の明かりが消えた。

「!?」
「ぎゃああ」
「灯り!灯り!!」

急に消えた灯り。
突然のことに驚いて一同慌てふためいた。

囀石を退けて、制服のポケットに入っているであろうケータイを取り出した。
パカッと開くと薄い光が手元に灯る。
ライト機能をオンにして辺りを照らすと、志摩くんも同じようにして明かりを灯した。

「奥村先生、電気も消してったの…」
「まさかそんな…」
「停電…!?」

一様に動揺していると、志摩くんが「廊下出てみよ」と言って立ち上がった。
窓の外は明かりがついている。どうやら、この旧男子寮のみ、電気が消えてしまったようだった。

ガチャッ

志摩くんが部屋のドアを開けると、そこには、先日浴室に現れた屍系の悪魔がこちらの様子を伺っていた。
あまりに突然で、一瞬フリーズする。

バギァ!!!!!

悪魔はドアを破壊すると、ノシノシとこちらへ近づいて来た。

「昨日の屍…!」
「ヒィィ!魔除け張ったんやなかったん!?てか…足しびれて動けな…」
「いやあああ無理無理!」

奥村先生、魔除け張ってくって言ってたじゃん!
半泣きになりながら、後ずさっていると、悪魔に変化が見られた。

悪魔の双頭の片割れが急に膨らみ、破裂した。
破裂した頭から飛び散る体液に為す術もなく、身体に浴びる。

「うわっ、屍の魔障!」
「ニーちゃん…!ウナウナくんを出せる?」
「ニーッ!」

しえみちゃんの声に呼応して、緑男がお腹から木の枝を出し、即席のバリケードを作り上げた。

「「す…すげぇ…」」
「ありがとね、ニーちゃん!…あれ?くらくらする…」

しえみちゃんがその場にヘタッと座り込んだ。

「しえみちゃん!…あれ、ほんとだ、なんか身体が熱い…」
「え!?…皆どうした?」
「さっきはじけた屍の体液被ったせいだわ…あんた…平気なの…!?」

身体が熱く、咳が出てきた。
しえみちゃんは悪魔を召喚している、他の人より力の減りが早いはずだ。

「なんとか…杜山さんのおかげで助かったけど…杜山さんの体力尽きたらこの木のバリケードも消える…そうなったら最後や」

「そこで…」と勝呂くんが決心した表情で立ち上がり、「詠唱で倒す!!」と印を結び始めた。

「坊…でも。アイツの“致死節”知らんでしょ!?」
「…知らんけど、屍系の悪魔は“ヨハネ伝福音書”に致死節が集中しとる。俺はもう丸暗記しとるから…全部詠唱すればどっかに当たるやろ!」
「僕は一章から十章までは暗記してます、手伝わせて下さい」
「子猫丸!頼むわ…!!」

彼らを見て、志摩くんは「援護します」といって服の下に仕込んでいた錫杖(キリク)を取り出す。

「ちょっと!ま、待ちなさいよ!詠唱始めたら集中的に狙われるわよ」

闘う決心をつけて準備をする彼らに対し、出雲ちゃんが噛み付いた。

「言うてる場合か!女こないになっとって、男がボケェーっとしとられへんやろ!さっきまで気ィ強いことばっか言っとったくせに…いざとなったら逃げ腰か」

「でも、援護が欲しいんは確かや」と言って、勝呂くんは私を見やる。

「くまがい、お前に頼みがある」
「え!?…うん、私もなにができるかわからないけど、何かできるのであれば何でもするよ!」

意気込んで彼に意思の強さを伝えると、勝呂くんは目を瞑りながら、「堪忍!」と言って、

私のスカートを捲った。

「え…えええええええええ!?」
「ちょっとあんた!さっきまでの真面目なセリフは何だったのよ!?」
「坊が…ご乱心や…」
「あかん…坊がおかしくなりはった…」

戸惑う周囲をそのままに、勝呂くんは「くまがい!呼べぃ!」と叫んでハッと我に返る。
ダメ元でポケットに仕込んだ針を取り出し、指に刺して血を出すと、その指を印章にこすり付けた。

「…ユニコーン!!!!」

途端、周囲に風が舞い、ユニコーンが現れた。

「ユニコーン、私の力になって、助けて…!」
『僕はくるみのことは守るけれど、他の奴等を守る義理は無いよ。それと、闘うのは君自身だ』

彼は私の目をジッと見つめる。

『さぁ、変身するんだ』

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坊に破廉恥係を委任しました。

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