039(イルミナティ編)
「イルミナティの制服だ」
坂を登りきり、木陰に潜みそっと覗く。
そこにはイルミナティの制服に身を包んだ、警備を思わしき人たちが立っていた。
「間違いないな」
「見張りうじゃうじゃいるじゃん、どーするよ」
『入口らしい入り口はあの正面と…宮殿の上のヘリポートしかないぞ』
「空からの侵入、フェレス卿ならば…」
今の私たちのリーダーは奥村先生だ。
彼にフェレス卿への指示を仰いでもらおうと思い、振り返る。
プツッという電話の切れた音が聞こえ、そこに向かって奥村先生が小さく悪態をついた。
「まさか…騎士団からの応援はまだなんてことは…」
「そのまさかです、ひとまず我々で任務遂行するようにとのことです」
悪魔の加護、能力を持つメンバーが揃っているとはいえ、高校生7人でどうしろと…
呆れて言葉を発することも忘れていると、ミケさんの狼狽える声が耳に入った。
『出雲が危ない…呼ばれている…手助けもここ迄だ、急げ!』
振り向いた瞬間、パンッッッ!と大きな破裂音と同時に、ミケさんの人形がぐったりと凭れた。
「ミ…ミケさん、どうしちゃったの…!」
「落ち着け、人形から出ていっただけだ。神木出雲に召喚されたんだろう」
そういって宝くんが人形を腕から外した。
「召喚って…」
「つまり今、神木さんが戦うような状態にあるゆーことですか?」
一刻を争う事態に、これまで以上の緊張感が我々を支配する。
「…皆さん、応援が来ることを信じて正面入口から突入します。覚悟はいいですか?」
奥村先生の問いに頷き、木陰から飛び出す準備をする。
まずは燐が先陣を切り、道の真中へと進み出た。私たちも燐につづく。
「な、なんだ貴様ら!ゆめタウンの住民証を持っているのか?ここは学生が近寄る場所じゃないぞ!帰れ!」
突如現れた私たちの姿を見て、イルミナティの制服を着た人たちが警戒を強める。
「隊長である僕の指示通りに。特に兄さん、相手は人間だ。手加減しろよ」
「わーかってるって!メガネ隊長!!」
燐はボッと炎を宿すと、剣を鞘から取り出して警備に向かって駆け寄った。
「くらえ!サタンッ…スラッシュ!!」
「うわァ!」
つづいてクロが他の見張りを押しつぶし、さらに勝呂が持っていたバズーカの身で寄ってきた奴らの頭部を打撃する。
「そぉおりゃああ!」
先の威勢はどこへやら、心配の面持ちで倒した彼らを見る勝呂に、「気絶してるだけだよ」と声を掛けると、「ほうか」とホッとした表情をした。
「楽勝!」
「…つか、ひとつええか…」
そういってガッツポーズをキメる燐に勝呂が近づき、肩をぽんと叩く。
「サタンスラッシュ!?」
「ウルセー!!今まで適当にやってた技に名前をつけたんだよ!シュラが!!型にハメた方が炎使う時想像し易いだろってシュラが!!」
吹き出してバカにする勝呂に、燐が事情を一生懸命説明する。
それを見て、他人事ではないな、と思い視線をそらすと、目ざとく勝呂が食い気味に聞いてくる。
「ってことはお前もなんとかスラッシュ持っとるんか!?」
「うるせー!ばかにすんな!型にハメた方が炎使う時想像し易いだろってシュラさんが!!でも私は燐みたいなバカっぽいやつではないからね!?」
「あ? くるみバカにしてる?」
内輪揉めぎみになってきた私たちの間に三輪くんが「いやあ…ほんま頼もしわぁ」と割って入る。
ぎゃぁぎゃぁ賑やかにしながら入館すると、ポップなメロディが聴こえてきた。
いなり いなり ゆめのくに
あかるいみらい いなり いなり ゆめのくに
「ショッピングモール…!?」
内部はショッピングモールのように、通路が広く、天井も広く、さらにテナントがいくつか入っているようなだだっ広い空間だった。
しかし、妙なことに人が一人もいない。
「…さっきバスに乗ってた人達もほんまにここに居るんか?敵どころか人っ子一人おらへん…」
「閉店している雰囲気もないし、なんだか不気味…」
「いや、居る」
先程とは打って変わって緊張感あふれる顔つきの燐を見て、自然と背筋がスッとなった。
「なんか居る、油断すんな」
「なにか感じるの?」
「ゾワゾワする」
相手の姿も見えず、気配だけでざわつく。
私たちも周りに注意を配りながら、固まって歩く。
「全部フェイクなんかもしれませんね…」
「皆さん、冷静に。正面切って入った以上、敵は必ず現れます。なるべく離ればなれにならないように地下への入口を探しましょう」
チラチラと辺りを見回しながら歩いていると、燐が急に歩みを止めた。
「人だ!!…おい、あんた…」
「ちょっと、燐!そんな迂闊に近づくとさぁ…」
「今はサタンの炎も纏ってるしびっくりするでしょう」と発言しようとして、その臭いに閉口した。
人影に駆け寄ると、突如鼻につく、腐った臭い。
『ア゛グッャア…スァアァ…』
「屍(グール)!?」
私は鼻を摘み、距離を取る。
「…今、喋った?」
そんな気がした。
ドンドンッ!
確かめる間もなく、奥村先生の銃声が響く。
「どうしたんです!?…屍!?」
「…いや、言葉を喋った気がした」
「はい、屍人(ゾンビ)の可能性が高い」
銃弾を補充しながら、奥村先生がそう答える。
「屍人と屍…?どう違うんだよ?」
「授業で習ったはずやぞ」
燐の発言に呆れながらも、三輪くんは説明をしてくれる。
「屍と屍人は倒し方が少し違うんよ。稀に喋る個体がおるんが、屍人の特徴で、屍は比較的倒しやすくて、屍人は倒すんも扱うんも難しい」
補足するように奥村先生が言葉を続けた。
「そもそも、発生条件が違う。屍は人間の死体に憑依する悪魔なのに対し、屍人は悪魔に寄生されて肉体が壊死してしまった人間なんだ」
「じゃ…じゃあ、その寄生した悪魔を祓えば助けられたんじゃないのか!?」
「ここまで肉体が壊死してしまって人間性を取り戻せた例はない。即死させる事がせめてもの救済だ」
「……」
なんとも言えない空気が私たちを包んだ。
それもそうだ。
人を殺すことこそ救済、
そんなことを言われてしまった。
若すぎる以前に、経験が足りないのだ。私たち祓魔師候補生は。
倒れた屍人に三輪くんは近づき、その胸元に書かれる文字を読み上げる。
「“Experiment body No.6411”…一体何の実験体なんでしょッ!?ウァあァ!?」
瞬間、屍人が起き上がり、三輪くんに襲いかかった!
『オ゛オ゛!なカァ゛スいた゛ア゛ア゛!!』
ドムッ!
間髪入れずに奥村先生が銃弾を放つ。
我々も油断せず、常に戦闘態勢でいなくてはならないことを痛感する。
奥村先生は額の汗を拭いながら、「脳幹は貫通していたはずなのに…」と現状に戸惑いを隠せずにいる。
肉体さえ再起不能状態にしていれば、死んだも同然、屍人は起き上がることがないはずなのだ。
「三輪くん、大丈夫…?」
「あ!…は、はい」
青くなって震えてる彼の肩を軽く抱く。
「みんな!!」
しえみちゃんの声に顔をあげると、辺りを屍人の大群に囲まれていた…!
眼の前に屍人がいたことで、死臭に気が付けなかった…
三輪くんの手を引いて立ち上がり、皆と背中を預け合うように固まる。
「い…いつの間にこんなに…!」
その時、炭酸がシュワシュワするような音が耳に入り、そちらへと目をやる。
そこには、先程奥村先生の銃弾で倒せたと思われた、屍人。
それは立ち上がって、コチラを見ていた。
銃弾を打ち込んだはずの脳の辺り、壊死してもろくなっていた身体が再生しているかのように煙を立てていた。
「お…奥村先生…!」
眼の前の信じられない光景に、声が震える。
蘇生する屍人、それも大量の。
そんなものに囲まれてしまったのだ。
『ア゛キ゛オ゛オ゛ッア゛ァ゛!!ニ゛ク゛に゛くオ゛オ゛オ゛』
ドンッ!ドンッ!!
「どうなってる…!?」
奥村先生も動揺しているようだ。
銃を撃ち続けても蘇る。
「囲まれる前に地下への入口を見つけないと…」
少しの隙間を見つけて、皆で駆け足で抜けていく。
「急いで!」
「アカン!もうどこも囲まれとる!凄い数や…!」
「こっちもダメだ!」
道は大量の屍人にすぐさま塞がれた。
「道を切り開くしかない」
「俺のバズーカで一発ブチかましたらどうやろか?」
そういってバズーカを抱え直す勝呂に、三輪くんは手で制止する。
「中途半端な火力攻撃はやめたほうがええと思いますよ!即死させられへんと逆に火達磨に襲われることになる。奥村くんの炎やったら即、灰に出来るかもしれんけど」
その理論でいくと、燐に辛い役目を担わせることになる。
本人の返答を得ようと、皆の視線が一斉に燐へと向けられた。
「……俺は…」
覚悟が決まっていない彼。
彼だけじゃない、私たち全員だ。
ふと、志摩くんの言っていた「これからは人間殺す覚悟ないと勝たれへんで?」が脳内で再生される。
この一瞬の沈黙を破るように、奥村先生が大きく怒鳴った。
「もう覚悟を決めて戦うしかない!!躊躇すれば僕らが死ぬんだ!」
その瞬間、大きな音がして地面が揺れる。
ゴゥンッ…ガパッ!
「「ぅゎ、あああ!!?」」
一瞬の揺れの後、地面に穴が空き、足場をなくした私たちは吸い込まれるようにそこへと落下した。
「どうなっとるんやコレ!?」
「キャァッ!」
「しえみちゃん!」
私が彼女へ伸ばした手は虚しく空を切り、彼女はひとつの穴の中へ吸い込まれた。
私たちも抗えず、そのまま穴へと吸い込まれるが、あたりが真っ暗、さらに、彼女の悲鳴は下から聞こえず、穴の入口の方面、しかも徐々に小さくなっていく…
やばい、別のルートに分けられた。
冷静に状況を理解しようとつとめるが、ほぼ垂直に落とされていくうちに、私は意識を手放した。
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人間との交戦がはじまります。
ここから戦闘描写が多くなりますね…
そろそろ出雲ちゃんに逢いたいよ…!