038(イルミナティ編)
ミケさんから出雲ちゃんに関わる事のすべてを聞きながら、以前、彼女とした会話を思い出す。
「妹とか弟いない?出雲ちゃん長女でしょ絶対」
「……妹が、いるわ」
しっかり者のお姉ちゃん、どころの話なんかじゃなかった。
何の気なしにあんなことを聞いた自分の浅はかさに、頭が痛い。
よしてくれ、そんな…彼女が背負うものが重すぎる。
なぜ、彼女は意気地に馴れ合いを拒むのかがわかった。
とても重い重い脚枷を自ら嵌めることを自分の運命だと思っており、それを受け入れているからだ。
「あんまりだ…」
事のすべてを聞いて、口からこぼれたのはその一言だけだった。
誰も言葉を発せず、シーンっと静まり返る場には、地上の喧騒がやけに大きく聞こえる。
そんな中、「急ごう!」と言ったしえみちゃんの声がやけに大きく響いた。
それにコクッと頷いた奥村先生が言葉を続ける。
「話に出てきたイルミナティの研究所…場所は判りますか?」
『奴らはこの土地を地下から侵している』
「地下!?出入り口はどこに?」
『知らんが怪しい場所はある。案内してやる』
ここまで無言でいた燐が「よし!」と言って立ち上がった。
「何かこむずかしい話は終わったか?」
「!?に…兄さん…まさか、今までの話聞いてなかったのか!?」
「聞いてたよ、多少はな。二人助けて帰ってくるってことだろ!?」
「あ、そうか…」
志摩くん…
彼も今、イルミナティの研究所にいるのだ。
しかし、救助するという思考がなかった。
だって彼は望んでイルミナティ側についていったのだ。
助け、られたいのかな…?
ダンスパーティーの際に彼の言った「後生やーー!一生のお願い!オレの高校の思い出になってほしいんーー!」が頭のなかでリフレインする。
彼のこれまでの発言を思い返すと、いつかいなくなるからこそ、あえてそういう言い方をした、なんてことが含まれていた気がする。
今になってそう思う。
それなりに覚悟は決めているのだろう。
そう思うと、彼も連れて行く気でいていいのか、今の私は決意が固まらない…
私はチラッと三輪くんと勝呂を横目で見た。
彼らは何も言わず、ただ立ちすくんでいた。
『見ろ、大社のほど近くに聳えるあの宮殿を』
ミケさんにそう言われ、顔を上げる。
「稲生ゆめタウンのこと、ですか?」
『奴らはあそこから地下に出入りする。それにあの宮殿の中に、この横丁で腑抜けにした人間共を集めておるのだ』
「どういう事です?」
そう尋ねる奥村先生に答えながらミケさんは語り続ける。
ただひたすら食べ物を貪り、楽しみ、喜びの感情しかない人間たちの様子を見て違和感が無いかと問われる。
『この土地のものを一口でも飲み食いすると皆ああなる。この横丁は奴らの縄張りだ。気をつけろ。喰えば喰うほど虜になるからな』
それを聞き、私はお饅頭を食べる手をピタッと止めた。
ってことは…?
瞬間、三輪くんがすごく強い力で私の背中を叩いた。
「んっ!?!!?んぅおえっ!…ゲホッ!ちょ、ちょっと待っへ…」
「吐いて下さい!吐け!今すぐ!!」
「燐!くるみちゃん!もう食べちゃダメッ!!」
「あっなにすんだコラ!もったいねーだろ!」
私と燐が手に持っていた食べ物は一瞬のうちに没収された。
三輪くんは、私から取り上げた饅頭を見つめ、青ざめながら言葉を続ける。
「…というか、ぼ…僕達も食べましたよね…?蕎麦…」
『お前達は薬草系の魔除けが効いている』
「魔除け?そんなもの施した覚えは…」
そこまで言いかけて、皆一斉にしえみちゃんを見る。
「あの草サンドか!?」
「よかった…雑草食べさせられたのかと思ってたけど薬草だったんだ…」
『食い物でこの地の虜となった人間は最後、皆バスに乗ってあの宮殿へ行く。そして二度と戻らない。定期的に新しい人間がやってきては、あの宮殿の中へ消えてゆくのだ』
ミケさんの解説を聞き、奥村先生が憶測を巡らす。
そして一言、「行きましょう」といって指示を出す。
私たちは戦闘準備をすべく、人気のない、社の公衆トイレへと向かった。
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「こ、これでいいのかな…」
「いや、ちがうね」
ブーツの紐がうまく結べていない、しえみちゃんの足元にしゃがんだ。
「ご、ごめん!ありがとう…」という彼女に私は笑いかけてキュッキュッと靴紐を編み上げていく。
戦闘にあたり、騎士團から支給されたブーツを持参していた。
どうせ変身するのだろうけれど、私も制服へと着替え、ブーツを着用した。
「ねぇ、くるみちゃん…戦闘ってことは、何かを倒さないといけないんだよね」
「……そうだね。志摩くんはああ言ってたけど、人間と実戦交える想像がちょっとできないから、おそらく対悪魔だとは思うけれど」
と言ったそばから、悪魔相手でも闘うのはちょっとやだなと思う。
目の前の彼女も同じ心境なのだろう、「そうだよね」と歯切れの悪い相槌を打つ。
イルミナティの構成員が武器を持っているとしても、悪魔の加護を受けているものだと思う。
私の槍と同じようなものだとしたら、それらを扱う人間に多少ダメージを与えれば動揺で扱えなくなるし、
武器が壊せるものであればより都合がいい。
私は霧隠先生とシミュレーションした内容を頭の中で何度も何度も反復させては、今回の状況を冷静に分析するよう努めた。
しかし、実戦、なのだ。
槍を使っての実戦は京都で藤堂と交戦した以来、無い。
「しえみちゃん、私も不安だよ。不安だけど、皆が一緒で心強い。よろしくね!」
「くるみちゃん…うん!」
靴紐が編み上がり、ベンチから立ち上がる彼女。
ほぼ、同じタイミングで勝呂が現れた。
そこで気になっていたことを問う。
「勝呂、志摩くんってさ、いつから夜魔徳(やまんたか)を使役してるの?」
夜魔徳…大威徳明王とも呼ばれる古くから人々の信仰もある上級悪魔だ。
少なくとも、知り合って半年は彼がそのクラスの悪魔と懇意にしていることを私たちは知らない。
あのクラスであれば、私のように持って生まれた運命によるものなのではと憶測を巡らせていた。
「小ぃさい頃からや。もともと契約していたあいつの一番上の兄貴がのうなって、そん時に志摩が継いどる」
「あんな大々的に呼んどるんわ初めて見たわ」と言って、勝呂はスタスタと離れたベンチまで行き座る。
そして、背負っていたバズーカの準備を始めた。
日が沈み、横丁の店もしまった頃。大社の裏手のこの場所は人も寄り付かなそうだ。
人が通ったらどうしようとちょっとドキドキするが…
離れて座る彼から「これ以上その件に触れるな」をひしひし感じる。
私はそんな空気を読んで「そっか」と一人納得した。
「くまがいさん」
「奥村先生」
肩越しに呼びかけられ振り向くと、奥村先生に懐中電灯を渡される。
今から夜道を通り稲生ゆめタウンへ向かうからだ。
それを受け取ると同時に「あなたはより気をつけてください」と続けられる。
「え…?」
「イルミナティはユニコーンを捕らえるために、あなたをも拘束する可能性がある」
藤堂の一件を思い出す。
奥村先生は気にかけていてくれていたのだろう「フェレス卿に掛け合いましたが、それでも彼は連れて行ったほうがいいと」と続ける。
「フェレス卿には、「あなたの癒やしの力は今回とても役に立つ」と言われ、だから来ました」
「……はい、わたしも渋ったのですが、その点では非常に期待しています。ですが、ムリはしないでください。間違っても、自己犠牲を払うようなやり方は好まれません。訓練でしたようなチームワークを重視してください」
「はい…」
まったく忘れていた。
自分のユニコーンの力が狙われる可能性があることを。
全員揃ったところで奥村先生が声を張り上げる。
「行きましょう、ここからは急ぎますよ」
そう言って駆け出した。
目指すは、稲生ゆめタウン。
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イルミナティ編も後編に入りました。
いざ、戦闘開始!月一更新は最低でもできるようにがんばりたいーー!