037(イルミナティ編)

ーせっかく才能持ってはるんやから、迷ってはるなら腹くくって、それを活かした戦い方を選ばんとあきまへんわ

擬態霊(シェイプ・シフター)撃退のときに言われたその言葉はずっと私の心に響いていた。
事あるごとに私の中で反響し、「このままではいけない」を強く実感させてくれた言葉だ。

「…じゃあそろそろ、しえみの弁当でもいただこうぜ!」

燐が仕切り直し、といったようにガサガサと包装を解く。
そういや…ご飯食べてない…

先程しえみちゃんからもらったサンドウィッチを手元に見て、私もすぐに包装を解いてかぶりついた。

無味。

驚くほど、無味。

「あの、味はよくないと思うけど体にいいから食べて!」

体にいいのか。じゃあ食べるか。

と思って食べ進めると…

「ブーーーーーーーー!!草の味じゃねえか!!!!」

燐が代弁してくれた。
手元に目線を落とすと、そこには溢れんばかりの草。これを今食べたのか?と思うほどの雑草感。
しかも、半分も食べ進んでいる。

「しえみちゃん…なんで…なんの恨みが…」
「恨み!?そういうのじゃないよー!体にいいからちょっとでも食べてもらえると…ご、ごめん…」

もらったものに文句は言えん…しかも結構食べちゃった…
私は義理だけで手元のそれにかぶりついた。
目もとに涙を浮かべた「ウソだろ」って顔した燐の姿は見ないことにして、正面を向いて座り直した。

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「少し、道を聞いてきます」
「おう」
「お願いしまーす」

見渡す限り、稲穂の波。
空港を降りて知った、稲生への交通手段が無いことを。
私たちは地元の人の言う「歩いて行った方が早い」の助言をもとに、延々と歩いていた。

「さすがに少し疲れたねー。こんなに歩くとは思わなかった」

風涼しくて心地よいが、なかなかの距離を歩いていることもあり、額に汗が滲む。
知らない土地の知らない匂い、僅かに行楽気分にもなったが、これからの任務が頭をよぎり複雑な気持ちを思い出した。

その時、「くっれーーぞ勝呂ォおオオオ!!」の大声と同時に、何かが強打された音がした。

そちらへと目を向けると、勝呂がゴロゴロゴロ!と勢い良く転がり…

私へと衝突した。

「うげぇっっ…!」
「あっ!!!!わりぃっくるみ…!」
「ちょっと!あんたね…」

文句を言おうとしたら、目の前に倒れ込んでいた勝呂がふらりと起き上がり壁を作られてしまった。

「勝呂、元気出せ元気!!そんなんじゃ誰も助けらんねーぞ!?」
「うるさい…俺はお前らとは違う!!!!」
「お前って…いっつもすぐ怒るよな」

一触即発。
どうして燐は、急にあんなことをしたんだ…
今の勝呂はデリケート中のデリケート。エリートデリケートだ。
触れるもの皆傷つけんばかりの彼に、何故、あえてグイグイと踏み込んでくるのか。

「俺にとってあいつは…家族何や!もしもの時は…!!あいつを殺して…俺も死ぬ!!!!」

そのセリフがあたりに響いた瞬間、

「「プッ!はーーー!プははー!!!」」

燐と同時に吹き出してしまった。
だって…!

いや、笑っちゃ悪いとは思う、思ってる!
でも、そんなセリフ、真剣に言われると!

「お前ら!俺は真剣やぞ!!!!」
「ご、ごめ…いや、ごめん、そうだよね…ひぃ
「はーはは…、さすが勝呂だ!俺の時もそうだったもんな。あの時は、嫌われたんだと思って悲しかった。でも今、思ってみりゃ結局みんな俺のこと諦めないで食らいついてきてくれたんだ」

燐…

彼がサタンの息子だと発覚したときのことを思い出す。
彼は悲しそうで、かつ、怯えていた。周りの視線に。

「くるみさん」と言って手を差し出してくれた三輪くんの手を取る。
一言お礼を言って、起き上がると、私は視線を燐に戻した。

「怒ってくれる人間がいるってありがてぇよ。志摩にだって、多分そーゆー奴が必要だ。だからお前はそうでなくちゃ」

驚いた。
燐が、燐がすごく大人に見える。
彼も三輪くんの言葉を彼なりに解釈して、感情を整理できているようだった。
今の彼は、今回の任務でどう振る舞えばいいか悩んでいる勝呂の背中を押すには十分すぎる言葉を投げかけている。

「志摩め!八つ裂きにしたるぁ!!!!」

そう言って奮い立った彼の姿を見て、くすっと笑う。
呆気にとられるしえみちゃんに「男の子って単純だよね」と言うと、「そ、そういうものなんだね」と煮え切らない返しをもらえた。

「先程は大丈夫でしたか?」

道を聞きに行って戻ってきた奥村先生に尋ねられる。

「大丈夫でしたよ。このお返しはまた今度、本人にします。そうだ、そういえば…」

そう切り出し、私は奥村先生の目の前にサムズアップを掲げる。

「七不思議の任務、あれがあったおかげで、私たち、いいエクソシスト像にだいぶ近づけた気がします」
「おっ、それはどういった出来事がそう思われたのでしょうか」
「私もそうですが、みんな、自分の能力ややれることをちゃんと考えることができるようになったように見受けられます。意識を替えるにはちょうどよい訓練の一環だったんだろうなあって」

率直に意見を言うと、彼は眼鏡をクイッと上げて「光栄です」と少し微笑んだ。

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「お稲荷さまの住まう稲生大社へようこそ!!」
「大社にお参りする時にはおきつね横丁にもぜひぜひ立ち寄ってコンッ!!!!」
「ううううううんまあああああああーーーーーい!!!!!」

一口食べた途端、口から自然と感想が大声で飛び出した!
これまで食べた中でいっちばんの美味さ。この世の食べ物とは思えん…めちゃくちゃ…美味しい…

おきつね横丁で手当たり次第に買った食べ物をバクバクと消費していく。
美味しい…美味しい…

「あ!くるみずりぃぞ!」と言って横に座った燐に「これも超美味しかった!」と5色いなりを勧める。
空腹が良いスパイスとなり、まだまだイケる!まだ食べられる!もっと食べたい!が加速した。

「おぜんざいもおいひぃ…幸せ…」
「おい、奥村!くまがい行くぞ!!先生が呼んでる」
「え!?あ、ちょ、あぁーー、まだパフェが残ってるぅううう」

勝呂は私と燐の襟首をガシッと掴むと、ずるずると引きずってイートインスペースから切り離す。
私たちは慌ててお饅頭を抱えると、おとなしくそれに従った。
一応、頭が任務のことを覚えてたね…

ごめんね、出雲ちゃん…ちょっと旅行気分だった…

「で、わかったのはおきつね横丁のご飯は全部美味しい…っと」
「んだな!」
「そりゃお前らだけや!」

呆れ顔の勝呂に怒鳴られる。

「観光客は、何度も来とるリピーターが多い印象でしたわ」
「それと、大社より食べ物に夢中みたいだったね」
「確かに、大社の人出は割と普通でした。そこで、“ユメタウン稲生”という話を耳にしたんですが…」

え……………?

みんな、ちゃんと聞き込みとか調査とかしてたの?
私はいたたまれなくなり、包装を開けようと手を掛けたお饅頭をそっとポケットにしまった。

恥ずかしい…

「僕も“ユメタウン稲生”のこと聞きました。大社の真となりのアレですよね。皆こぞってあそこに入居したがっているようでした」
「…え、えー!あれが家?住めるの?レジデンス?豪華だなぁ…」

展望デッキから見える巨大な要塞のような建物は巨大集合住宅だったようだ…
狐のモチーフが飾られており、建築スタイルもやや華美。恐ろしくバブリーさんが目立っている。

「さっき案内所でもろてきた観光マップの発行元が…」

そう言って三輪くんから手渡されたマップの裏面を見ると…“いなり光明財団”!

「えらい“イルミナティ”を感じさせる名前やないですか?」
「!まさか…」
『判らない事は“土地の者”に聞けばいい』

声のする方へ視線をやると、そこには宝くんが立っていた。
横丁の門をくぐってから姿が見えないと思っていたが、なにやら怪しい人形を手に持っている。
右手にパペット、左手には狐を模したような人形。

さすがに両手にはまっていると、怪しさ倍増だ。

「宝くん!!今までどこへ」
『なかなかいい人形が見つからなくてな』

そういうと彼は膨大な金額の領収書を奥村先生に託し、直後詠唱を始めた。

『宇迦之御魂神に恐み恐みもうす…』
「これは…出雲ちゃんがウケとミケを呼び出す時の…!?」
「物質への憑依召喚…!彼は手騎士二種の実力の持ち主か…!」

宝くんが詠唱を終えた途端、ブワッと当たりの空気が変わり、狐の人形が喋りだした。

『如何にも、我は宇迦之御魂神の神使!八番位のミケ狐神である…!!』

そう言って、召喚された彼は出雲ちゃんと稲生の地について語り始めた。

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みんながスイッチを切り替えるタイミング。いよいよ稲生入り、といったところまでの思うところを書く回でした。

次からは13巻です。

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