035(イルミナティ編)

「くまがいさん、あなたは島根県へは行かせられません」
「島根…?あ、え、どうして…ですか?」

島根県、そこが出雲ちゃん救出の舞台であると繋がった。
私たちは救出任務を言いつけられ、昨晩はすぐに寮へ戻って身支度を整えた。
そして朝、待ち合わせの時間に間に合うように寮を出たところ、フェレス卿がどピンクの愛車を乗り付けて待っていたのだ。
ドライバーに促されるがまま車に乗り込むと、紅茶の良い香りを纏ったフェレス卿が座っていた。
彼は私を見据えるなり、「島根へは行かせない」そう述べたのだった。

「えーっと、私は奥村先生の司令に従って準備していたんですが…、上司の上司の司令ってことは、もしかして上書きされます?」
「無論!正十字騎士團日本支部長メフィスト・フェレスとして、今、あなたに、島根県へ向かわずとも良いと言ったのです」

一体どうゆうことだとは思ったが、一瞬でルシフェルのことが原因かと察した。

ポンッ!というポップな音とともに目の前に紅茶カップが現れる。
私はそれを「どうも」と一言礼をって受け取り、カップに口をつけた。

光の王、ルシフェルは…やけに私を気にしていたように見受けられた。
さらに、私がアイアン・メイデンであることはイルミナティの人たちに知れている。
アイアン・メイデンに興味を持っているということは、ユニコーンの力が狙われていると見て間違いない。
治癒の能力だろうか…?

私は思いを馳せながらも、目の前に座るフェレス卿をチラッと見る。
視線が彼とぶつかり、その居心地の悪さに目をそらした。
読めない表情、何も言わないその様子…

腕時計を見ると、まだ出発して5分ほどしか経っていなかった。
この時間が永遠に思える。

「この車は…どこへ向かっているんですか?」

沈黙に耐えきれず発したその言葉に、彼は待ってましたと言わんばかりの弾む声で応えた。

「よくぞ聞いてくれた!時間旅行ですよ、アイアン・メイデン」
「時間旅行?…………は?」
「以前、わたしがアイアン・メイデンとは己の身を武器にする乙女のことであり、歴史におけるビッグイベントで活躍してきた選ばれし人だと言った際に、あなたは『他人事に思える。そんな大役を果たせるのか』と言いました」

そう言われて、思い出す。
アイアン・メイデンの正体を教えてもらったことで、少しだけ、自分の中の覚悟が変わったんだ。

「あなたの本当の覚悟のほどを知りたい。だからわたしは、これからあなたに先代のアイアン・メイデンの生き様をお見せします」
「先代の、アイアン・メイデン?そんなことができるんですか!?」
「わたしを誰だと思ってるんですか」
「正十字騎士團日本支部長!」

そう答えると、彼は少し呆れた顔をしたが、気を持ち直したように手元のボタンを押し、車の窓を開けた。
途端、風に乗って潮の香りが車内を満たした。

海の匂い。

「え…、えっ…!?」

正十字学園からたったの5分ちょっとで、海に行けるはずがない。
私は窓に身を寄せ、目の前の光景に目を見張った。

「わたしは時の王サマエル。そしてココは、1927年の佐世保です。」

フェレス卿はそう言うと、右目をパチンとウィンクして紅茶を飲み干した。
先代のアイアン・メイデンに逢えるってことなのだろうか。
急に胸がざわざわし始める。
自分の前世に逢えるのだ。ここまでSFな展開…まぁ、さんざん体験したわけだが、まさか、そんな、同じ宿命を背負うもう一人の自分のような人に逢えるだなんて…心の、準備が…

私はもう一度体制を直してイスに座り直した。

「ちょっと自分、水、いいっすか」
「どうぞ」

フェレス卿に差し出された冷えたペットボトルをひと思いに飲み干す。
急なことに興奮しきって、頭に酸素が巡っていない気すらしてきた。
深呼吸する私に向けて、彼は「先代のアイアン・メイデンには逢えますが、こちらの姿存在を見せることはできません。なんせ私の記憶を元にした“ビジョン”なのですから」と言い放った。

つまり、私はフェレス卿の記憶を元にしたアイアン・メイデンを鑑賞することができる、ということだ。
テレビや映画のように、この車窓を通して見ることができる。
それで、十分。

私は再度、窓に目をやる。

車はゆっくりと停車して、一つの建物を前にした。
そこには純白に塗られた大きな教会、そして、その前で遊ぶ子どもたちの喧騒に視線をひかれた。

瞬間、胸がざわざわ!っと、すごい勢いで動いた気がした。
まるで、心臓が一回転したような、不思議な感覚が巡る。

子どもたちの中でひときわ目立つ、年頃は私と同じ…くらいだろうか、15,6歳の少女が小さい子たちの面倒を見るかのように遊んでいる。
キャッキャッとはしゃぐ声から、とても楽しそうに見える。
ふと、彼女たちが夢中になっている地面を注視すると、なにやら、砂に絵を描いているようだった。
絵を描く彼女の枝から姿、顔、に視線を持っていく…

足首まであるスカートからは、健康的に日に焼けた、やや褐色の肌が覗く。
紺色のセーラー服に、白色のスカーフが映えていて爽やか。
潮の香りが余計にそう思わせているのかもしれない。

そして、彼女の顔を見てハッとした。

「似てる…?」
「えぇ!あなたは彼女の面影をよく継いでいる。前世の人間と血が繋がるといった事例はわたしでも聞いたことが無い。ただ、魂というものは不思議なようだ…。あなたと、彼女は、少し似ている」

フェレス卿の言葉からある仮説を抱く。

ユニコーンは私を美少女にしたのではなく、「彼女」に似せたのだ。
彼女はどこか、儚げで、可憐だ。
私と彼女との違いであり、彼女の個性だ。

「あ、あの!」

私はフェレス卿の両腕を掴んでまっすぐ正面から眼を見据えた。

「こんな感情を抱くのは何故だろうかと、とても、自分でも、不思議なんですけど」

感情をうまく言葉にできない。
しかし、フェレス卿は私の発言を待つかのように無言でいてくれる。

「彼女が、愛おしく感じるんです。まるで、家族みたいに」

思いの丈をぶち撒いた途端、堰を切ったように涙が頬をつたった。
そんな私を見て、フェレス卿は一瞬ぎょっとした表情を見せたが、すぐにいつもの紳士的で且つ読めない表情に戻り、人差し指で私の涙を拭った。

「いやはや、まさか!予想外です。ここまで効果的だとは」
「効果的?」
「あなたを彼女に逢わせることで、きっと、あなたの中でなにかが変わるだろうと思いました!私はそれを期待して、このビジョンをあなたに見せているんです」

フェレス卿の言葉が少し引っかかった。
“ビジョン”ということは…だ。

「フェレス卿は、過去、先代のアイアン・メイデンに会ってたってこと?」
「はい。その通りです」

そう言ってかれは窓の外に目をやる。
その視線は、彼女を愛おしくも憐れむような、そんなものだった。

そのまま、二人とも無言で彼女を見つめていた。
すると、見たこともない、どこかレトロさを感じる車が大きな音を立てて近づき、教会の前で停まった。
中からは髭を携えたどこか貫禄を感じさせる男性が出て来る。

その男性に気がついた瞬間、彼女は、その人に抱きついた。
男性は彼女の子供っぽさを諌めるように制止させ、しかし嬉しそうに、彼女の頭をポンポンとたたいた。

どうやら、親子のようだ。
彼女は父親らしき人に促されるがまま、車に乗り込む。
窓から身を乗り出し、幼い子どもたちに手を振る彼女の笑顔が眩しい。

その光景を見ながら、「あの紳士は?」とフェレス卿に問うと、案の定、「彼女の父親です」と返ってきた。
さらにフェレス卿は続ける。

「彼女の父親は軍人です。階級は少佐。彼は海軍に所属しています」

やけに肩書きがなまなましくなってきた。
なまなましい、というより、時代背景を匂わせるものだ。

私は「なぜ、彼女を車に乗せたの?」と聞く。

「彼女は大きな任務を背負っていました。いや、任務というより宿命でしょう」

ここまでで、もう、既に、嫌な予感がしていた。

「彼女は兵器を生み出し、それに力を与える必要がありました。アイアン・メイデンとして。ここ、長崎県佐世保市は日本屈指の工廠を所持しています。数多の戦艦が建造され、進水していきます。彼女はアイアン・メイデンとしての力に気がついた頃から父親の力に…いや、国の力となるべくその身を犠牲にしていたのです」

フェレス卿がそこまで言い終わると、窓を静かに閉める。
彼のビジョンは見えなくなってしまった。

これを、私に見せて、どうしろと言うんだ。
私は時代の荒波に翻弄された、若き少女の姿に思いを馳せ、辛い気持ちをただ落ち着かせようと息を深く吐いて座席に座り直した。

「当時、軍は彼女に対して国に尽くすことは義務だ、戦いに勝つことこそ正義だ、と教え込み、彼らの都合の良いように利用しました。つまり、イルミナティや正十字騎士團もそうやってあなたとユニコーンの能力“アイアン・メイデン”を利用しようとしているのです。あなたはそれを理解したうえで、正しい決断をし、愚かな思考を断ち切ることができますか?」

フェレス卿は試したいんだ。

すべて合点がいった。
先代アイアン・メイデンのビジョンを見せたことも、試すためだ。
すべては、私がこれから巻き込まれていくであろう運命の荒波で、溺れずにもがきながら浮かぶことができるかどうかを見極めたいのだと思った。

私は意を決して答えを述べる前に、一つ質問をした。

「私をこの世界に連れてきた理由は?時の王サマエルとしての単純な理由を聞かせてもらえませんか?」

フェレス卿の、誤魔化しはきかないと悟った顔。
彼は静かに口を開いた。

「愛しい貴女がたアイアン・メイデンを、その呪いから開放するため。それだけですよ」

そう言って口角を上げる彼に、私も本音で答える。

「では私は、大切な友人たちとそれを取り巻く世界のため、そして、歴代のアイアン・メイデンのために。この呪いを私で最後とするために、盛大なフィナーレを観せるべく宿命を全うさせましょう」

車が静かに停止して、ドアがドライバーによって開けられた。
フェレス卿は座席から立たずに「武運をお祈り申し上げる。心から」と思っても無いようなセリフを吐く。
そして私も、「ご期待に添えるよう、精いっぱい努力します」と思ってもないことを告げて、そのまま荷物を持って車を降りた。

そこは羽田空港第1ビル。
私は急いで駅の改札前へと足を運んだ。

彼らと、合流するために。

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アイアン・メイデンの謎を明らかにした回でした。
前世編で、いつか外伝夢を書きたいです。
もちろんお相手はフェレス卿ですかね…!

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