034(イルミナティ編)

「お逢いできてうれしいですよ、アイアン・メイデン」

仮面の男が私を真っ直ぐ見てそう言った。
それに対してなにか返そうと口を開きかけた瞬間、ボボン!と音を立ててフェレス卿が現れた。
彼は私と仮面の男の間に立つが、視界がマントで覆われることに鬱陶しさを感じて、はためくマントを手で制しながら、一歩前へ踏み出た。

「初めまして、みなさん。このように強制的に声を届ける無礼をお許し下さい」
「まさか、ここまでのビッグイベントを用意していたとは」

フェレス卿は「さがってなさい」と言って腕をスッと私の前に出して、コツコツと歩み出た。

「私は啓明結社イルミナティの総帥、光の王ルシフェルです」

光の王、ルシフェル。
フェレス卿と同じく、八候王(バール)の一人であり、虚無界の権力者だ。

「兄上…!久しくお会いしないうちに…ヒヒヒ…仮面がよくお似合いで」
「……サマエル、お前はまだ元気そうで何よりですね、…ゴホッ」

見たところ、具合が優れないようだ。
それどころか、声色に反して衰えたように見える肉体、そしてところどころ腐敗しているようにも見える。
その仮面は表情を見られたくないもの…?

「お陰様で楽しくやっております。しかしこの度はこのような辺境の地にどのようなご用向きで?」
「私達イルミナティは第一段階として、貴方がた正十字騎士團に宣戦布告しにきたのです。まず今日から一年を数えぬ間に私達は、父上である魔神サタンを復活させます」

サタンを復活させる…?

ルシフェルはそう言うと、より一層声を張り上げる。

「そして、二つに分たれた物質界と虚無界一つに融和し、光と闇が生まれる以前の無へと帰す。そうすればすべては苦悩から解き放たれ、等しく調和する世界に真の平和が訪れるでしょう」

物質界と虚無界を一つにする、それがどうゆうことを言っているのかはさっぱりわからない。
しかし、ルシフェルの企みが実現したとき、今のような日常が終結することが安易に想像できる。

今、この世界で大切に想う人たちを失ってしまう未来が、来る。

「この意思を否定する者を、私達イルミナティは容赦しません。しかし、耳を傾ける者にはいつでも門戸を開きましょう。…サマエル……兄として最後のお願いです。私と共に……」

ルシフェルはそう言って、フェレス卿へと手を差し伸べた。
彼の計画にフェレス卿の力が加われば、協力なエンジンとして一気に加速してしまう。
この場にいる全員が最悪の事態を想像して、ハラハラしながらその交渉の結末を見守るが、ルシフェルが言い終わるより前に、フェレス卿は「ムリ」と断固拒否の意を示した。

ホッとしたと共に、彼から発せられる殺気のようなオーラが、真後ろにいる私にピシピシと伝わって居心地が悪い。

「数多の屍の上に生を受け、天空に憧れながら苦界を這い回る、異なるものが共に存在する猥雑さこそが平和だと思うがゆえに…!」

フェレス卿がそう言うと、ルシフェルはがっかりだと言わんばかりに持論を述べる。

「…何故、私達はそれほどの業と苦しみを背負いながら存在し続けねばならないのでしょう?この世界はお前のように強いものばかりじゃない。弱い者もたくさんいるのです」
「……兄上とはやはり価値観が違うようです」

途端、ルシフェルが再び視線をこちらへ向ける。
どうやら隣に立ちすくむ奥村くんを見ているようで、彼の手はブルブルと震えていた。

「そのようですね、お前にもなにやら考えがあるようですし…」

奥村くんは手に震えを止めようとしているかのようにギュッと力を込める。
そして、次にルシフェルは隣の私へと視線を移した。
瞬間、背筋がピンッとなる。

「まだ、アイアン・メイデンを諦めていないんですか」
「あなたには関係のないことだ」

ルシフェルがそう言った瞬間、フェレス卿の声がドスを効かせたものへと変わり、オーラも不機嫌と書いているようなものへと変わった。

「過去の悲劇があっても尚、彼女に執着し、今を存続させることこそが平和だと訴える。本当にお前は強いよ」

ルシフェルはそう言いながら、私に向かって手を差し伸べた。

「貴女の力で、より多くの救える人たちがいることを知っておいてください。貴女が望めば私達はいつでも歓迎しますよ…」

私が、望めば…?
私が多くの人を救いたいと望みさえすれば、イルミナティはそれに力を貸してくれると言う。
どういうこと……?

ルシフェルはそれだけ言うと、彼はくるりと踵を返して背中越しにフェレス卿へと声をかける。

「お互いに手加減はせずに、最善を尽くしましょう。…そうだ、あの少女だけは頂戴しますよ。私達の計画に必要なんです。では、失礼…」

そこまで言うと、彼はフラッとバランスを崩してその場に膝をついて倒れた。
イルミナティ陣営からは「総帥!!」と呼ぶ叫ぶ声が響き、何人かがルシフェルの元へと駆けつける。

ゲホッゲホッと咳き込む彼は辛そうにすると、抱えられながらヘリコプターの中へと運び込まれる。
イルミナティ陣営に「貴様も来い」と呼ばれた志摩くんは、出雲ちゃんを抱きかかえたまま、ヘリコプターへと乗り込んでいく。

「待て!!出雲と志摩をどうする気だ!!おい…メフィスト!!!黙って見てるつもりかよ!!」

奥村くんは今にも飛び出しそうな勢いでフェレス卿に食って掛かる。

「光の王が側にいてはどうしようもありません。弱ってますが、あの方は実質虚無界の最高権力者なのです。………貴方だって、体感したはずでは?」

フェレス卿がそう言って睨みつけると、奥村くんは「じゃあ」と言って倶利伽羅を抜いた。

「兄さん!?」
「俺が止める!!」

奥村先生の制止の声を物ともせず、彼は地面を蹴り上げて一目散にヘリコプターへと立ち向かった。

が、それは錫杖によって封じられた。
志摩くんが悪魔を憑依させた錫杖を用いて、奥村くんの行く手を拒んだのだ。

その光景を見て、先程の志摩くんとの会話の内容を思い出す。

ー「くるみちゃんはいなくならんのやし、自分に正直に動いてええと思うんやけど」
ー「オレの高校の思い出になってほしいんーー!」

志摩くん、行っちゃうの…?
さっきまで、一緒に話してたじゃない。同級生として…同じ祓魔師を目指す候補生として…私達の仲間として…

「一つ忠告しといたげるわ」

志摩くんの声だけが辺りに響いた。

「これからは人間殺す覚悟ないと勝たれへんで?イルミナティは人間の集まりやさかいな…!」

それを聞いて戦意を喪失させた奥村くんに、志摩くんは悪魔を帰らせるとニカッとした笑顔を見せる。

「皆、今まで信用してくれてありがとお!でも、俺は結局こんなもんですわ」
「何の冗談や……志摩、戻ってこい!!!ッんな、捨てゼリフで納得できるか…!!志摩!」

勝呂くんの叫び虚しく、三輪くんの呼声にも応えず、志摩くんはスタスタと背中を見せてヘリコプターへと向かっていく。
そして最後に、半身振り返ると、「ほな、さいならぁ」と言って手を振った。
「廉造おおぉぉお!!!!」という勝呂くんの叫び声があたりに響き渡るが、それはすぐにヘリコプターの飛行による騒音にかき消される。

「…まあ、宣戦布告というのだからこれで終わる訳ないですね」
「は!?」

フェレス卿がそう言った瞬間、大きな爆発音と共に辺りが真っ白い閃光に満たされた。
私達は頭を庇いながらその場にしゃがみ込むと、目を瞑る。
少しすると眩しさは収まり、展望広場までも聞こえる喧騒を耳にして学園祭会場の方へと目を向けた。

「すっかり出鼻を挫かれましたね。主要な結界は先程、光の王に破壊されていましたが、今の熾天使(セラフィム)の爆発で細かい結界もやられたようです。ご覧なさい」

フェレス卿の声をした方へと目を向けると、ワヤワヤと悪魔たちが正十字学園へと向かって来ている。

「下級…いや、中級悪魔も群がってきている…!」
「この感じだと、世界中の支部が同様の状態で混乱している事でしょう。私も日本支部の事態を収拾せねばなりません」

フェレス卿はヤレヤレ、と言いつつもこの状況を楽しんでいるようにも見えた。
そして声を張り、「…奥村雪男中一級祓魔師!」と奥村先生を指名する。
その指名は、日本支部長としての命令であることを意味するものであり、奥村先生は「は!」と返事をした。

「貴女はここにいる候補生を率いて、今すぐ神木出雲くんの救出へ向かってもらいます」
「!?…ぼ、僕と候補生だけでですか!?」
「当然、こちらが落ち着き次第援軍を送ります。それに、宝ねむくんもつけますしね」

そう言ってフェレス卿は、宝くんの姿が全員に見えるようにマントを翻した。
彼の発言に、その場にいる全員がキョトンとした反応を見せる。

「?…彼が何だというんです?」
「彼は私が貴方がた塾生の“監督役”として外部から雇用していた祓魔師です」
「え!?」

まじ、か…
それで、これまでの数々の謎が少し解けた気がした。
やけに抱負な知識、退屈そうな授業態度、上から目線のアドバイス、それらすべての点と点が結ばったように思える。

「上一級の実力の持ち主なので安心しなさい。目的地も彼が知っています」

「後は任せた」と言わんばかりのフェレス卿の態度に、奥村くんが「志摩は?」と大声で尋ねる。

「志摩くんについては私の調査不足です。申し開きも出来ません!しかし、現時点んでは、残念ながら彼がイルミナティの鼠である事実は認めねばなら…ガフッ!?」

途端、奥村くんが両手でフェレス卿の襟を掴み、「うるせえ!!」と言ってグイッと引き寄せた。

「黙れピエロ!まだ、決まってねぇ!!!!」

フェレス卿は志摩くんを“イルミナティの鼠”と言ったが、奥村くんはまだ決まっていないと言う。
そんな彼の様子に、周りも少し、希望を持ち始めたような表情をした。

たしかに、最近の彼の姿を思い浮かべるが、“イルミナティの志摩”ではなく“正十字学園の志摩”に未練があるように思える。
彼がイルミナティの一味と行動を共にしているのは、不本意なのでは?

「絶対取り戻してやる…!!俺達で出雲も志摩も」

奥村くんはそう意気込むと、フンッと掴んでいた襟首を離して、踵を返して広場を後にした。

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場面切り返しの無いままに34話終わってしまった…
怒涛のシーンですからね。
なかなか全員が持つ葛藤を文章で表すことができません!難しい!

伏線回収しながらイルミナティ編、展開していきます。

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