029(学園七不思議)

視界に広がった光景は、肖像画の間ではなく真っ暗な闇の中だった。
辺りを見回すと、先程と変わらないメンバーがそこに立っており、私はそちらへ駆け寄った。

「ちょっとこれどうしたの!?なんだか真っ暗…みんなは大丈夫?」
「おせっかい」
「……え?」

出雲ちゃんがそうつぶやいて私をキッと睨んだ。

「恩着せがましいんですよね」
「!?奥村先生、いつからっ…」

いつからここに来ていたのだろう、奥村先生が冷めた表情でこちらを見下ろす。

「みんなどうしたの?」と尋ねても、彼らは私を貶め、蔑むような言葉を続ける。
それにショックを受けて、体が動かなくなっていた。
その瞬間、耳元で叫ばれたかのような大きな声で「くまがい!」と名前が呼ばれた。

これは、出雲ちゃんの声だ!
ハッとしたときには、視界が明るくなり、目の前には志摩くん。
彼の錫杖が悪魔を射ていた。

「バカじゃないの!?悪魔が目の前にいたらもう少し警戒しなさいよ!!」
「ありが、とう…」

出雲ちゃんは「ホラ」と言って、私の腕を引き、皆が円陣を組んでるところへと誘導してくれる。

「あれは絵に憑依した擬態霊(シェイプ・シフター)です」

擬態霊。
水・泥・ヘドロ・絵具といった半固体に憑依する悪魔だ。
人間の恐怖を写して姿を変える性質を持っており、私は先程の“嫌な夢”が悪魔の所為だと気が付いた。

「擬態霊の致死節は五つ分かる。全部唱えればどれかは」
「…坊!」

突然、三輪くんが大きな声で勝呂くんの言葉を遮った。

「…この結界は長くはもちません………み、皆さん僕の話を聞いてもらえますか!?」
「…お前がずっと何か溜め込んどったのは知っとる…言えや!!」
「坊…ワンパターンです!!」

え、えーーー…やばっ…
瞬間、シーーーンっとなり、誰も言葉を発さない。円陣を組んだ私たちの空気が冷え込む。
三輪くんが勝呂くんに逆らうことなんて、あるんだ…以外かも…
チラッと志摩くんの表情を伺うと、彼は焦る様子であわあわとしている。
彼にとっても、今の三輪くんの発言が予想外だったようだ。

三輪くんは勝呂くんを見て続ける。

「詠唱の知識が豊富すぎて、なんでも詠唱で片付けようとしはるんは坊の悪いクセや!それに…自分一人で皆まとめなて気張る必要ないと思います…!!」

い、言ったーーーーー!!!!
私も少し思ったことはあったけど、えーー!まじかー!三輪くんがそれ言うのかーー!

勝呂くんはショックを受けたような、でも少し怒っているような表情で黙り込んだ。
三輪くんは「志摩さん。志摩さんはなんで詠唱騎士目指してはるん?」とターゲットを変えて続ける。

「え?いやーー、坊と子猫さんに合わせた結果ちうかなんちうか…ハハハ…」
「今のままやったら認定試験落ちるで」
「まあそんときは残念でしたって事で…」
「志摩さんは騎士やろ!何で本気で目指さへんの!?」

ぐぅの音も出ない。
というのはきっとこういう時のことで、まさに志摩くんはそんな顔をしていた。
三輪くんはバッと勢い良く出雲ちゃんを見て、名を呼ぶ。

「何で“あえて”僕らと距離取らはるんかわからんけど、戦いではそのクセやめてもらわんと。杜山さんも、もっと自信持って!ここにおる誰にも引けとらん力を持ってはるんやさかい、もっと皆に対等に意見を言うべきやと思う。くまがいさんも、せっかく才能持ってはるんやから、迷ってはるなら腹くくって、それを活かした戦い方を選ばんとあきまへんわ」

そこまで……
そこまで、普段、私たち一人ひとりを見ていたのか、この男は…
三輪くんの指摘は、あの出雲ちゃんをも黙らせた。

私も言われたことが的を射すぎており、素直に感心するしかない。
というか、反省した。

三輪くんは奥村くんにも「切り札でいてほしい」と説いて、いかに彼の力が私たちの心の支えになるかを語った。
たしかに、不浄王討伐後、彼の炎はコントロールできるものだと認知され、クラーケンの際にも彼に少し期待しながら戦っていた。
これからも一緒に任務を遂行する上で、とても心強い存在になってくれるだろうと期待しているところがあった。

三輪くんはガバッと頭を下げ、今回の作戦の一切を任せてくれとお願いした。
みんなは頷き、私も「むしろ、お願いします!」と言って彼の肩を叩いた。
それが彼の空気抜きになったのか、三輪くんは少し優しい表情になった後、顔をキリリと引き締め、指示を出し始めた。

「“コクリコキッキレー!”」

しえみちゃんがニーちゃんに出してもらった目木の実を使い、勝呂くんが呪いで精神覚醒を施してくれる。
「まやかしが切れたはず」と言われて振り返ると、私たち人よりも何倍も大きな悪魔がそこにはいた。

「そろそろ結界も破られます。それに、この呪いは呪い師が死ぬと効力が切れる。志摩さんと奥村くんは、全力でザコから坊を守って下さい!」
「杜山さんも何か植物でバリケードをつくってもらえますか!?」
「神木さんはこの間の正式な“霊の祓い”を擬態霊に!」
「神木さんが祝詞を唱えはってる間、くまがいさん、彼女を守ってください!」

三輪くんはテキパキとその場にいる全員に指示をし、私たちは彼の作戦通りに動き始めた。

「…フン!エラそうに指図しておいて。後悔させたら承知しないわよアンタ…!くまがいも、しくじったら容赦しないからね!“ふるえ ゆらゆらふるえ”…」

出雲ちゃんは小言を言いながらも白狐を呼び出し、祝詞を唱え始めた。
私も変身して槍を手に持ち、出雲ちゃんと擬態霊の前に立ちはだかってザコを突き刺していく。

「“霊の祓い”!!!!」
「……元に戻った!?」

彼女の詠唱により擬態霊の形は歪み、倒したかのように見られたがそれはほんの一瞬だった。
擬態霊はもとに戻り、また私たちを見下している。

「全然効かないなんて!どーすんのよ!?」
『今のお前に“霊の祓い”以上の力は貸さんぞ』

彼女と狐たちの間にも関係というものがあるらしく、彼らはそれ以上どうするでもなく、次の指示を待ってその場に佇んでいた。
三輪くんはじっくりと戦況と悪魔を観察していたと思いきや、急に、「そうか!!」と大声を出すと、とある絵を指し示す。

「神木さん!くまがいさん上や!見て!!ここから真っすぐ。正面の上から二枚目、右のイスから上に数えて七枚目、左の入口のタテ長の一枚…、この四枚一揃いで“家族”かもしれへん!!」

それを聞いて、出雲ちゃんは改めて四枚を攻撃するが、再び元に戻ってしまう。

「本当に全部一揃いなのかも…!神木さんは白狐で上の右の方、くまがいさんはの左の方!奥村くんは上の一つ、志摩さんは正面のを!!四人でタイミングを合わせて!!!!」

「とうとう俺の出番か…!よーしィ行くぞォ!」

奥村くんはそう言うと勢い良くその場を駆け出し、擬態霊の後ろにある絵に向かって飛び上がる。
私は慌てて自分のターゲットを見据えて、彼に一歩遅れてその場を蹴り上げた。

「待って待って!せーの!で行こう……っっせぇーのぉ、せッッ!!」

四人、一斉に“家族の肖像”に向かって攻撃をかました途端、擬態霊はパーーーン!っと弾けて、それは絵の具となって辺りに飛び散った。
私たちの服にも絵の具が付着する。

「よっしゃあ!!」
「三輪くん的確!まじで倒せたよー!」

そう言って駆け寄ると、三輪くんは「はぁぁ」としぼんだように息を吐いてその場に座り込んだ。
驚いて顔を覗き込むが、その表情は苦しそうなものではあるが、怪我とか、そういうたぐいではなくやりきった人の顔であった。

「すみませんでした。僕なんかが皆に言いたい放題ゆうて…でも、ぼ…僕も少しは戦いに参加したかっ…」
「俺は恥ずかしい…!」

三輪くんの言葉を遮って、勝呂くんが歩み寄る。

「確かに俺は一人で戦っとる気になっとった。スマン!!お前は周りをよぉ見とるな。参謀が向いとるかもしれへん」
「いやホント、勝呂より子猫丸の方が判り易かったもんな!」
「ぐッ!お前にだけは言われたないわ!!」

賑やかに囃し立てる周りを見て、自然と頬が緩んだ。
私は三輪くんに手を差し伸べ、立ち上がるのを助ける。
そして、「ありがとう」と一言お礼を言った。

「え、何についてのお礼やろ」
「さっき、腹くくれ!って言ってくれたでしょ。助かったよ!ちょっと最近、悩んでたから。誰かに背中押してもらいたかったのかも。ありがとう」

人は誰かに相談するとき、既に答えは自分の中で決まっているのだ。
つまり、私は誰かに後押ししてもらえるのを待っていただけなのかもしれない。
三輪くんに喝を入れてもらった気がして、心が晴れやかになった。

フェレス卿に何かを受け取った奥村くんが、その身なりのままどこかへ飛んでってしまった。
「何処行くんだろう」と言うと、三輪くんが「悪魔が見えるようなったクラスメートに見えなくする目薬届けに行きはるんやって」と教えてくれた。
「一人で行かせられんわ」と言って後を追う勝呂くんを先頭に、奥村くんを迎えに行くことにした。

今夜は人の金で食べるお祝いもんじゃだぞ!
きっとそれだけが理由ではないが、今日の足取りはとても軽やかに思えた。

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ヒロインが次のステージへ進むための進行役はいつも子猫丸ですね!
最初からそうだったなー
彼は人一倍いろいろ考えてるから、きっとこうしてくれるんじゃない?って想像が捗りやすいのです。

次回からは学園祭です。

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