027(学園七不思議)

「出雲ちゃん…どうしたの?」
「……」

昼休み、朴にモヤモヤした気持ちを打ち明けても尚、憂鬱な気持ちは拭えていない。
一人教室に戻ると、この時間どこへ行っていたのやらくまがいがへらへらっと手を振って駆け寄ってきた。
肩越しにこちらへ投げキッスをするピンク頭は無視だ、無視!

彼女の腕をひいて教室へと入る。
さっさといなくなれ、ハゲ!

「ど、どうした、どうした。くまがいさんがいなくて寂しかった?」
「違う!そんなわけないでしょ!!」
「ええー…最近いつもよりイライラしてない?もしかして生理?」
「違う!!」

コイツ…!
昨日はこれでもかってぐらいしょぼくれていた癖に、もう立ち直ってる!
私はデリカシーのないくまがいの肩を強めにどついてから、自分の席へと座った。

まったく昼休みどこに行ってたんだか。
相談、したかったかもしれない…

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「忍びこむん夜中じゃないんですねー、残念…」
「志摩…」

授業が終わる前に私たちは呼び出されて女子寮の前に集合した。
「女生徒がいない昼間のうちに決着をつけます」と言われ、女子寮に忍び込むため生徒がいない隙を狙っての任務なのだという。

私たちは男子と別れ、先に噂となっている6階北のトイレへと向かった。
トイレにはたくさんの魍魎。
ここにこの世ならざる者がいる証拠だ。

私たちは奥まで進まず、出入り口の前で奥村先生たちを待った。
出雲ちゃんは昼休みのあたりからずっと落ち着き無く、なにかあれば食って掛かるジャックナイフ状態。
あまり触れないでおこうとそっとしておいた。

「……なによ」
「いやー、べつに…」

チラチラ見ていたのが気づかれ、彼女にギンッと睨まれる。
急いで視線を反らし、しえみちゃんに話題を移した。

「しえみちゃんは女子寮入るの初めてだよねー」
「うん!そうだよ!可愛くて素敵な建物でそわそわしちゃうなあ」

意匠が凝らされた建物の外観、内部は学生からも好評だ。
いたるところにこだわりが散見されており、初めて入ったときは思わず立ち尽くしてしまったほどだ。
住んでいても、メンテナンスが行き届いていることと、入居者が育ちの良い人たちばかりだからか不満や不便は感じない。
さながらリゾートホテルのようなサービスを受ける毎日に、これだけで転生できてよかったなあと感じることもある。

「しえみちゃんも正十字学園に入学しちゃえばいいのに!そしたら寮に入れるよ!」
「あぁーーーーー………うん!そうだね!」

しえみちゃんはキョロロと視線を泳がせ、なにやら煮え切らない返事をして口をつぐんでしまった。
ん…?なにか、変なこと言った…?

「皆さん、僕達はここに控えています。存分に戦ってください」
「へ!?…あ、奥村先生か、びっくりした…」
「?……わかりました」

奥村先生が入り口の影からボソボソと私達にGOサインを出した。
他の塾生の姿は見えないが、気配からして大勢向こう側にいることを察する。

「とりあえず、個室を調べよう!」

しえみちゃんの声に頷いて、私たちは個室を一つひとつ調べ始めた。
入り口に近いところから開け閉めを繰り返していると、開かない扉を見つけた。
…3番目の扉が、開かない。

「鍵は…かかってないはず…」

満室マークの赤色が鍵からは見えない。
怪しさ満載のその場所に、私はノックする。

「すみません、入ってますかー?………出雲ちゃん、しえみちゃーん!ここ、開かな、いっ!!?」

ノックしながら二人を呼び寄せた瞬間、なにか紐状のものが私の足を捉え、私は天上高く逆吊りとなった。
足元を見ると黒い紐状のなにかが巻きついている。
そして、その紐をたどると…たくさんの顔、顔、顔。
思わず「ひぃ!」と悲鳴をあげてしまうほどの不気味さに手で顔を覆った。
髪の毛で縛り上げられていることを頭で理解し、ユニコーンを呼ぼうと口を開いた。

しかし、それは髪の毛に封じられる。
鼻から下を縛り上げられ、喉も潰されて声が出せない。
かろうじて鼻から息ができるが、首が締められているため息が絶え絶えだ。

これは、やばい…!

『ありえない しねよ ぶす』
『あのおんな めだちたがり うざいきゅるる』
『おとこに こび うるしか のうがないくせに』

こいつ、悪霊(イビルゴースト)だ。間違いない。
女子トイレという場所柄もあるだろう、あからさまな邪念の固まりに体がこわばる。

『稲荷神に恐み恐み白す 為す所の願いとして成就せずということなし』

出雲ちゃんの声が聞こえてそちらへ目をやる。
ウケとミケになにやら怒鳴り散らしており、彼らは何故かやる気を出さずにその場に座り込んだ。

『いつでも言いなりになると思うな!』
「な!?」
『せめて供物(おやつ)ちょーだいよ!』
「な!?……いっ言うことをききなさい!!」

どうやら抜穂祭の途中だったらしい。
彼らは出雲ちゃんに反抗して、聞く耳を持たない。

そこへ悪霊の髪の毛がシュルシュルと伸び、しえみちゃんの足と出雲ちゃんの喉元を捉えた。
しえみちゃんの悲鳴に呼応したかのように、巨大化したニィちゃんは髪の毛に植物を生やし、その力で髪の毛を切っていく。
プチッと音がしたほうに目をやると、私を拘束している髪の毛もいくつか切れ始めた。
手首が自由になり、己の力で口元の髪の毛を解こうともがくが、びくともしない…

こちらを見上げたしえみちゃんとバチッと目が合った。

「くるみちゃん!すぐに助けるから…!」

彼女はなにやら決心したような、心強い表情でコクッと頷くと、ニィちゃんに粳と糯の稲を出すように呼びかけた。
それらの稲はナイフで刈られ、お供え物として白狐たちに献上されていた。
その一瞬の油断した隙をついて、悪霊がしえみちゃんを捉えた。
彼女の喉元が締め付けられ、息苦しそうな顔が見えた。
それを見た瞬間、心がギュッと痛くなり、私は再度抜け出そうと試みる。

ふと、もがいていると、逆さ吊りの支点となっていた私の足をそのままに、身体が揺れることに気がつく。
少し腹筋に力をいれて身体を揺らすと、ブランコを漕ぐように前後に動き始めた。

これだ…!

私は再び腹筋に力を入れて、どんどん漕ぐ力を大きくしていく。
もうちょい…もうちょっとで……今だ!

私の大きく揺れた身体は悪霊にぶつかり、体当たりという形でその本体にぶつかった!

『きゅるきゅるきゅる…!』
「くまがい!」

ぶつかった反動で身体は大きく吹き飛び、同時に、悪霊の髪の毛がほどけた。
出雲ちゃんが私の名前を叫んだ直後に、霊の祓いを唱え始めたのがしっかりと聴こえる。

投げ出された身体はふわっと宙に浮かんだが、その一瞬に変身を唱えると、あたりに霞が立ち込めて光と共に私の身体は包まれた。
床に落ちた瞬間に受け身を取って着地したと同時に、「ユニコーン!」と叫び、槍を呼び出す。
得物が右手で握られる感触を感じたと同時に、私は地を蹴り、祝詞を唱える出雲ちゃん目掛けて繰り出される髪の毛を弾き飛ばした。

その瞬間、祝詞に応えたウケとミケが背後からヒュンッと私を飛び越え、悪霊を祓った。
髪の毛が解けて、放り出されたしえみちゃんを抱きとめて、変身を解く。

「しえみちゃん!大丈夫!?怪我は?息、できる?」
「はぁ、はぁ、はぁ………うん、大丈夫…くるみちゃんは、大丈夫?」

「大丈夫」と答える替わりに、私は彼女にニコッと微笑みかける。
辺りが静寂に包まれ、私たちの息切れのみが聞こえる。終わった…んだ…

しえみちゃんはふっと出雲ちゃんの方を見て、「神木さんありがとう」と笑いかけた。
すると、出雲ちゃんは少し目をそらすと、口を開いて切り出した。

「…二度と言わないからよく聞いて。あたしこそ、ありがとう」
「…うん!」

胸の奥がほっこりする。
出雲ちゃんが抱えていたわだかまりってこれだったのかもしれない。
彼女の表情からはスッキリした様が伺え、心なしか、眉間の皺も減ったように見えた。

途端、パチパチパチと拍手が聞こえてそちらへ目をやる。
そういえば男子たちのことをすっかり忘れていた…
と思って彼らを視界に入れたその瞬間、脳が考えることを拒絶し始めた。

えっと…?

「お前らすげーよ!感動した!!」
「三人ともよく頑張りましたね。素晴らしいチームワークでした!」

お年頃の男の子のぜったい領域をこんなに間近で見たことがあるだろうか…?
いや、というか、初体験だよ…!

私たちに賞賛の拍手を送っていたのは奥村先生をはじめとする、塾の仲間たち。
しかし彼らは私たちと同じ女子制服に身を包んでおり、顔には化粧、髪型もそれぞれの特徴を活かした女モノへと成り代わっていた。

ようやく、そこまで頭が理解できたところで私たちは盛大に吹き出し、笑いの波が押し寄せる。
特筆すべきは奥村くんと勝呂くんだ。
可愛い制服がたくましい筋肉で…パッツンパッツン…

「ちょっ…ちょ、あは、待って!ふふはっ!スカートの中身って…?」
「ここだけは死守したわ…」
「くるみちゃん気になるんー?ちょっとだぁけよぉー」
「だはは!いいっ!いらないから!ふはは、そこまでは、いいからー!」
「はは!ゲホッゲホッ」
「笑いすぎやぞ神木…」

女子寮に忍び込む準備ってなにかと思いきや、フェレス卿手配による女装のことだったらしい。
見事?に化けた彼らの姿をこっそりケータイで撮影し、私たちは奥村先生の指示の下に早々と女子トイレを後にした。

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「出雲ちゃんってさ、甘え下手だよね」
「はぁ?なによ、急に」

夕飯の時間。遅くなってしまったため、食堂はガラガラだった。
昼頃とは打って変わって晴れ晴れとした表情の彼女を見て、思わず口を開いた。

「妹とか弟いない?出雲ちゃん長女でしょ絶対」
「……妹が、いるわ」

視線を反らしてポツリと返す彼女。
心なしか、少ししょぼくれてしまった…まずい、妹ワードってもしかして地雷だった?

私は出雲ちゃんのお皿に箸を伸ばし、にんじんのグラッセを一つ奪い、口へ放り込んだ。

「あ!へ!?ちょっと!あんた人のご飯なに奪ってんのよ!!」
「あまーい!おいしー!…出雲ちゃんは元気でぎゃーぴー口減らずな方がらしいよ。たまにはお姉さんにも甘えてご覧?」

そう言ってウィンクすると、プイッと無視される。
そんな仕草や、普段のちょっとこじらせ女子な彼女が可愛くて、ますますちょっかいを出したくなってしまう。
私は元気の戻った出雲ちゃんを見て、ほっと安心感をおぼえた。

さぁ、今日は働いたからな!おかわりおかわり!
イスを引いて席を立ち、食堂におかわりを呼びかけた。
夏だ、熱いぞ、白米が美味い!

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ようーーーーーーやく、原作の10巻終わりました!
次からは11巻です。わーいわーい

七不思議もうちょっとで終わりですね。
戦闘シーンは文字に起こすと大変です。時間かかっちゃいますなー
引き続きよろしくお願いします!

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