026(学園七不思議)

「あ、あの…くまがいさんとお付き合いしてるって本当ですか?」

まただ。
登校してからというもの、この質問以外の会話を学生としていない。

「いいえ、誰かの勘違いが広まったのではないですか?」と言うと、彼女たちはホッとしたような顔をして去って行く。

くまがいさんは同じ学年の同級生だが、祓魔師的な関係性で言えば、僕が受け持つ祓魔塾クラスの塾生だ。
ユニコーンに見初められて魔剣を所持することとなり、最近は騎士の修行もしている。
そんな彼女と僕が付き合っているという噂が立っていた。

くまがいさんは魅力的な女性だとは思うが、やはり彼女のことは祓魔塾に通う候補生とでしか見ていない。
他人の感情の変化や振る舞いには敏感に反応し、すぐにフォローを入れる。
その気配りや周りをよく観察する様は、チームプレイの欠かせない祓魔師に適任といったところだ。
今年の候補生たちにチームワークが生まれつつあるのは、彼女が取り持ってくれているところが少なからずある。
しかしその一方で、どこか他人行儀というか、傍観者のように振る舞うところもある。
と思っていると、やけに人の心に踏み込んでくるようないい意味の図々しさもある。
前に、兄さんが「あいつ母ちゃんみたいな性格してるよな」と言っていたが、それかもしれない。
母さんの記憶なんてないけれど、どこか頼りたくなるような、彼女に叱られたらすごすごと従ってしまうところがある。
人を一歩引いて見守りつつも、つい口を出してしまう。そんな感じだ。

年頃の男女が適当に広めたのだろう。
何処かで一緒に話しているところを見られて、そう勘違いさせてしまったらしい。
……めんどくさい。

-----

「奥村くんと付き合うなら、関係をはっきりさせてほしいの…!」
「えーーーっと…?」

昼休み、手紙に書かれた通りに裏庭へ足を運ぶと、そこには女子が2人。
2人ともしおらしい感じの、字から感じた“育ちの良さ”がそのまんま出ている。どこかのお家のご息女といったところだろう。

「2年生の先輩と良い仲だと聞いていて…だから、遊びのつもりならば奥村くんが可哀想…」
「あ、あの、なにか勘違いされているのでは?」

そう言って、私は佐藤先輩とは付き合っていないこと、奥村先生…もとい奥村くんとも付き合っていないことを告げる。
彼女たちは呆然として、しばらく間を置いた後に顔をカアァァ!っと赤くして「や、やだ!私たちったら!」と言って慌て始めた。

「失礼なことを言って…ごめんなさい…噂を聞きつけて先走っちゃった…」
「くまがいさん、悪い思いをさせちゃっていたら本当にごめんなさい」
「いいよいいよー!疑いが晴れて何よりだわー!で、なんでそんな噂が立っていたかお二人はご存知?」

私が尋ねると、彼女たちは顔を見合わせた後に「休み時間にふたりきりで人気のない踊り場で話をしていたとか」、「奥村くんと毎晩メールで呼び出しがあるとか」、「夏休みはくまがいさんのご実家にふたりで帰られたとか」などとポツリポツリと教えてくれた。

勘違い、だよなあ…。
祓魔塾関係は、普通の人の目をはばかりながら連絡を取り合っている。
きっとそれが裏目に出てしまっていたようだ。

「奥村くんとは友達として仲良いだけだから、気にしないで」

そう言うと、彼女たちの表情から敵意に似た緊張した様子は取り除かれていた。
「あ、それと、彼はずっと恋人がいないみたいだよ」と言い残すと、彼女たちの頬に薄っすら紅がさした。

青春だね…
アオハルか、アオハル。いいねー。

私は抑えきれない笑みをこぼしながら、時間がなくなる前にと購買に急いだ。

購買に行くと、「こっちこっち!」と呼ぶ志摩くんに呼び寄せられ、三輪くんや勝呂くんも座るテーブルへと着席した。

「くるみちゃーん!キャットファイトなった!?」
「いやいや、なってないでしょう。ってか今の時代そんなならんわ」

手紙での呼び出しに対して、過激なことを期待する志摩くんを諌める。

「くまがいさんて、なんや苦労する人というか、星の下に生まれてはりますなー」
「そうなの。ふっつーの日常送ってたはずなのに、途中から運命が複雑に入り組んでて困ってるの。いっそ仏門に入って穏やかに暮らしたいとまで最近考えるわ…」
「アホか。京都でうちの家族見たやろ、どう見たら穏やかに映るんや」

たしかに…
騒がしいことこの上なかったわ。
志摩くんは上に兄弟いっぱいいるからまだいいとして、三輪くんはこの歳で現当主だし、勝呂くんは後継ぎ長男だしでわちゃわちゃしている。
お寺の和尚さんがあんな武闘派だとは思わなかった。この世界線に来てしまった以上、諦めるしかないのか…

私は今しがた買ったばかりのサンドイッチにかぶりついた。

「美少女でいるのも疲れるなー。こうして君たちと一緒にいても、なんか噂立てられるんだろうなあ。いっそ適当に彼氏でもつくっておいたほう良いのかなあ」
「いっそ彼女でもつくってそっちの噂したほうええんちゃうか」
「「坊!?」」

不意打ちの提案。レタスが気管に入りかけて盛大に咳き込んだ。
一瞬、志摩くんの発言かと思ってしまうほどの威力に思考がついていかなかった。
勝呂、お前か……!

「男はみんな百合好きってガチだったのか…」
「いやいやくまがいさん!?坊はそうゆう意味で言ったん違うと思いますけど!いや、せやかて、坊、急にどないしはったんですか…!」
「坊…オレはショックです…そうゆうの、もっと早う打ち明けてくれはってもよかったんに…」
「おいいいいい!!志摩、たいがいにしい!あほみるで!別に、そうゆうわけちゃう、思いつきやあほが!」

勝呂くんは思いつきでぽろりと口にしたらしいが、もはや手遅れ。
3人の頭にはおかしなイメージが一生つきまとうに違いない…

あー、でもそうねー。
はじめは、「せっかく美少女女子高生に転生したんだから若い男はべらかしたい」とか思ってたけど、まあらしくないこと考えるもんじゃなかったわ。
私には、向いていない。
どうやら転生させられたのも、学生生活エンジョイするためではなかったわけだし。
こうして変な噂立ったり、言い寄られて引くぐらいならば、しずかーにしていたほうがいいわけだ。

入学してからの半年近い日々をふりかえり、ふぅとため息をつく。
未だ騒いでいる2人の喧騒を他所に、三輪くんの「くまがいさん」という呼びかけに顔を上げた。

「禅語なんやけど、“主人公”という言葉があります」
「“主人公”…?登場人物とかのあれとは違うの?」

彼はこくんと頷いて続ける。

「“主人公”はもともとは禅語発祥なんです。自分の中にある本来の自己を表してはります。くまがいさんは、もしかしたら「自分はこうあるべき」いう理想像があるんとちゃいます?それは、本来の自分とはちゃいます。本来の自分は、迷いや囚われから解き放たれた、可能性に満ちたものです。生まれ持った可能性を十分に活かしきること。それが「主人公になる」いうことなんですわ」

「せやから、無理してなにか演じようとせんで、本来のくまがいさんのままのが生きやすいと思います」と言って彼はニコッと微笑む。

三輪くんの神々しさ、神聖な様に、サンドイッチを食べる手が止まった。
見える…見えるでぇ…三輪 子猫丸様に後光が差さっとるでぇ…!

「やばっ…私、三輪くんの宗教に改宗する…」
「将来、檀家さんになってくれはってもええんよ」

彼の曇りなき微笑み、彼の冗談交じりの言葉が、今の何者でも無い私には救いのように思えた。
5歳の頃、事故で死にかけてユニコーンに助けられたときには既に、運命の歯車が回り始めていたのかもしれない。
それに抗えないとしても、私は私として生きてきた通りの人柄と運でそれを乗り越えようと思う。無理にらしくないことにチャレンジしなくてもよいのだ。
年齢、見目、生い立ちが異なるこの世界で、私は過去未来、他人と自分を比べすぎたんだろうなあ。

見つめ直そう、そう決心をつきかけた頃には昼休みの終わり5分前を告げるチャイムが鳴っていた。

-----

子猫丸に救われるヒロインのお話。
さすがお坊さん。

まさかの雪男回と見せかけてーの、子猫丸回でした(笑)

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -