022(クラーケン)

暗くて…狭くて…

こわい…!
なんで私はこんな目に遭ってんの!?
ちくしょう!理不尽だ!

「くらいよーー!こわいよー!出してーーー!」

さっきからグラグラ揺れてるし、振動がすごい伝わる。
どうやら私は、コンテナに入れられたままどこかへ運ばれているようだった。

ガン!ゴンッ!!と音がするたびに、口からは怯えた声が出る。

「うぅ…うっ…うえぇ…ひどいよぉ…」

嗚咽が止まらず、出雲ちゃんがくれたタオルでひたすら鼻水と涙を拭う。
その時、コンテナの上蓋が開き、光が差し込んだ。
突然、視界いっぱいに光が入り込んだため、私は眩しくて目を瞑る。

「うっわくるみすっげーぶさいくだぞ!?」
「その声、奥村くん!?」

知ってる人の声が聞こえ、私はゆっくりと目を開いた。
こちらを覗き込むようにして奥村くん、しえみちゃん、奥村先生の3人がこちらの様子を伺っていた。

「……シュラさん、供物と一緒にくまがいさんが入っていたんですが」
『そいつは祀るときになんか舞でも踊らせろ。水の眷属を従えてるから相性がいい』
「だっ、だったらっ…ひくっ…説明してくれでもよがったじゃないでずがぁ…」

電話口から霧隠先生の企みが聞こえて、合点がいった。
急にコンテナに閉じ込められ、外の様子もわからず、すっごい心細かった!
大人になると怖いものは増えるわけで、もちろん狭くて暗い空間は恐怖でしかなかった。

鼻水をかんでいると、しえみちゃんは涙をぬぐい、頭を撫でてくれた。

「人の優しさがっ…しみるぅ…!」
「なんかくるみ、最近可哀想なことばっかだな」

奥村くんの哀れみの眼差しを受けつつも、私も祀るための準備を手伝うこととなった。

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「悪魔に見初められ誕生!マジカル祓魔師・くるみ!」

私は「どーよ!」と言って海津見彦(アマツミヒコ)様に変身姿を見せつけた。
彼の前にはたくさんの料理、酒、野菜、そして可愛い魔法少女が揃っている。
これで信仰の気持ちがちょっとは伝わればいいんだけれど…。

『不思議な女人よ、あなたはまた変わったお力をお持ちですね。私も長いことこの地に居を構えておりますが、あなたのように二つの世界を経験された方を見るのは初めてだ』
「でしょうね。私もびっくりしましたよ、最初は。戸惑いもしましたが、今はなんとか楽しくやっています」
『そうですか、それは何より』

彼の口に供物を流し込みながらお話の相手をする。
水の王の眷属であろう悪魔がうじゃうじゃと集まってきた。おこぼれにあやかっているようだ。
奥村くんたちに「3人も食べておきなよ」と声をかけ、私は海津見彦様と自分の能力についてお話をしていた。

「自分でも、なんでどうしてこうなったのかわかっていないんですけどね。こっちに連れて来た本人…人?馬?は、私と同じ時を過ごしたいからとは言っています」
『貴殿は、運命について考えたことはありますか』

突如、海津見彦様は静かに語り始める。

『あちらにいる方々も不思議な運命の上に生を受けているようですが、あなたもなかなか不思議な宿命を背負わされているように感じられます』
「あら、そうです?そう見えちゃってます?」

若い頃は、好きな人と同じアーティストが好きだとか、帰り道に逢ってしまったとか、それだけで運命を感じていた。
しかし大人になってからはめっきりそんなことは感じず、単なる“偶然”として様々な境遇を受け入れている。

大人気のスイーツを並ばないで買えたこと…
好きなアーティストのライブに当選したとか…
それらはDestinyではなく、Luckyなのだ。

それを伝えると、海津見彦様は「貴殿のお考え、しかと理解いたしました」と深くうなずいた。

『運命や宿命とは、身に起こる出来事はすべて、あらかじめそうなるように定められており、変更できないとする考え方のことです。しかしこの世界には、それを捻じ曲げられる人間や悪魔が存在します。貴殿はそんな人たちの手によって無理やり参加させられてしまったようですね』
「それはつまり…」

「何なんだよお前は!俺の何が気に入らねーんだ!!」
「全部だ!」
「やめて!!!!ケンカしないで!!」

突如聞こえてきた怒声に驚き、騒ぎの方へと目を向けた。
言い争う奥村兄弟と、それを咎めるしえみちゃんの図。
その険悪なムード漂う3人の元へ駆け寄ると、丁度立ち上がった奥村くんと入れ違いになった。
「頭冷やしてくる」と言って、彼は駆けていく。
私はそんな彼の背中を、見えなくなるまで見送った。

くるっと振り返ると、しえみちゃんが立ち上がったところだった。

「ねぇ、どうしたの?」
「私!あっちに行ってるね…!」
「あ…しえみさん…!」

彼女はとぼとぼと洞窟の奥へと進んで行ってしまった。
項垂れた様子の奥村先生に「先生?」と声をかける。

「くまがいさん…、いや、少し疲れていたようです。大きな声を出してしまい申し訳ありません」
「そう、ですか…」

奥村先生は目を合わすこと無く淡々と語る。
私はしえみちゃんの後を追って駆け出した。

「しえみちゃん!」
「…くるみちゃん」

彼女は落胆した様子で岩場に座り込んでいた。

「ちょっとお節介だったかも」
「え、なにが?」

「雪ちゃんに変なこと言っちゃった」と言って、彼女は続ける。

「あのね、これまで私は…私以外の人は皆完璧で、早くそれに追いつきたいなと思ってたの。でもね、違った」

私は彼女の隣に腰掛ける。

「そうだよ、完璧な人なんていないよ。特にあの兄弟は生い立ちも複雑だし、身内の方も少し前に亡くなったばかりだから…少し、不安定なんだよ。だからしょっちゅうケンカして、あーだこーだやってるの。でも、しえみちゃんのこと余計なお世話だなんて思ってないと思うよ」

彼女は自信なさげにこちらの表情を伺う。

「そっかな…」
「うん!奥村兄弟はキミのこと嫌いになるなんて無いと思うから、安心しなさいって!」
「…そう?雪ちゃん、さっきのことで私のこと嫌いになってないと思う?」
「ないない!奥村先生みたいなメンヘラ男、しえみちゃんみたいな子のことは絶対嫌いにならないから!」
「メンヘラ…?」

奥村雪男は間違いなくメンヘラだね。
20歳までにトラウマ脱却しないと一生あのまま成長して厄介になっちゃうこと間違い無しだわ。
しえみちゃんみたいに、懐の深い子が傍に居て浄化してくれれば改善の兆しありって感じかなー!

私は一人納得して、うんうん頷く。
その瞬間、足元をぬるっとしたなにかで触れられ、思わず「きゃっ」と声が出た。
隣のしえみちゃんを見やると、彼女と目を合わせる前に、とてつもないスピードでグンッと身体を引っ張られてしまった。

足元を見ると吸盤のついた足…クラーケンだ!

「ユニくおっつ!?痛ッッ!!」

私はユニコーンを呼ぼうとするが、クラーケンに振り回されて舌を噛む。
あまりの痛さにもだえ苦しんでいると、「キャアアアアアアア!」というしえみちゃんの悲鳴が聞こえて視線だけで彼女を探す。

私たちはいつのまにか島から出ており、海上で振り回されていた。

ビーチへ目をやると、そこには祓魔師の一行が。
なにやら騒がしく、戦闘準備に入ったことが伺える。

「ユニコーーーン!!」

クラーケンの動きが弱まった一瞬をついてユニコーンの名前を叫んだ。

彼は姿を見せるわけではなく、私が天に掲げた手の中に槍の姿となって現れた。
手のひらで槍を掴んだ感触を覚えると、すぐさま足元の触手に斬りかかった。

触手はスパッといともたやすく切断され、私の身体は海に放り投げられた。

「ぷわっは!うえーー、しょっぱい。空が飛べるタイプの魔法少女になりたかった」

しえみちゃんは!?
と思って彼女の姿を探すと、巨大ニーちゃんと共に島へ向かって落ちていく様子が見えた。
巨大な、ニーちゃん…?本当にニーちゃんか?
彼女は緑男に愛されてるから、まあ、大丈夫かな…

と思った瞬間だった。
海津見彦様がクラーケンに激突し、取っ組み合いの闘いをはじめ、私に向かって波が迫ってきた。

「ちょちょちょちょちょおおお!?」

息を吸い込んで止めたと同時に、荒立つ波にすぐさま飲まれる。
そこへピチピチと集まりだしたのは水の王の眷属である下級の悪魔たち。
見た目は魚に近いが、なんとか私の身体を包み、息継ぎができるよう押し上げてくれた。

海上へ出ると、海津見彦様が血を垂れ流してビーチに揚がっている姿が目に入る。
その弱った姿に胸が痛んだ。

クラーケンに注意していると、奴は奇声を上げて擬態を吐き始める。
私は再度大きく息を吸い込むと、水の眷属たちの力を借りて島に向かって泳ぎ始める。
しかし、奴らが暴れている所為か、波が私の行く手を拒む。

くっそー!
全然たどり着けない!

私は辺りを見渡すと、ひとつの可能性を思いつき、持っていた槍を近くにいる擬態に突き刺した。
たしか、奴は眉間を攻撃しないかぎりは消えないはず!

擬態は本体の意思により、ビーチにいる祓魔師に向かって行く。
突き刺した槍を支えに、私は擬態に捕まって移動させることにした。

「よっしゃー!こりゃあいい!!」

擬態は、風を切ってどんどんビーチへ近づいていく。
その時、誰かの攻撃が奴の眉間に当たったのか、擬態は煙と共に消えてしまった。
私は消える寸前の擬態を蹴り上げ、その跳躍力で砂浜に着地をキメた。

他の奴らも消えたらしく、本体の討伐が成功したことを理解した。
島の方を見ると、青い炎が揺らめいている。

奥村くんは、自分に課された“宿命”の炎を使いこなせているようだった。

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いいなあ、海。
前回のバカンス気分とは打って変わって、物語の筋的な展開にしておきました。
なぜ、ヒロインはこの世界に呼ばれたのか。
イレギュラーな彼女がこの物語における役割はなんなのか。そこもちょっとづつ触れながら書いていきたいです。

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