021(クラーケン)
「ーーーってことなんです。なので、戻ったらもっと槍の稽古つけてもらいたくて…、先生お願いします!」
「はにゃあー、お前もなかなか大変な星の下に生まれてんにゃー」
虎屋を後にして京都駅へ着いた私たちは、霧隠先生の誘導のもと、駅ナカのショッピングモールへ連れて来られていた。
このまま東京へ帰る前に熱海に出現した悪魔の討伐をするとのことで、私たちは海岸でも動きやすい服をと水着選びをしていた。
水着を吟味しつつ、霧隠先生に槍の稽古をつけてもらいたいと相談する。
「じゃあー、まずはアレだ、くまがい、髪の毛もっと伸ばせ」
「髪の毛…ですか?」
「あぁ。悪魔の力を使うには代償がいるんだ。爪や血、髪の毛など体の一部を食わせることでさらに力をもらえる。伸ばしておいて損はねぇからな」
たしかに、霧隠先生は魔剣に血を擦りつけていた気がする。
私は、肩甲骨のあたりまで伸びたつやつやの髪を指に絡めた。
なるほどねぇ…
こう言われると、自分は悪魔との契約下におかれていることをあらためて実感する。
霧隠先生は「お前に似合った修行内容、考えといてやるよん」と言うと水着をひらひらさせてレジへと向かって行った。
私も早く選ばないと…
祓魔師がパラパラと店の外へ出ていくのが見える。
女子高生の感性に合わせた水着選び…難しいな…
でも熱海だしなあ。
由比ヶ浜行くわけでもないし、なんかはりきりすぎないほうがいいのかなあ。
私は無難そうなタンキニを手に取り、レジの方向へと歩を進めた。
その時、両肩をガシッと掴まれ、そのまま無理やり振り向かされる。
目の前には、信じられないと言ったような表情の志摩くん。
な、なんだ…私なんかしたっけ…?
「くるみちゃん…なんや…その水着…」
「へ?……あ、あぁ、かわいいっしょ!花柄!」
「アカン!!!!ちっがっうっやろっっそれは!」
…なんだ…、なんだ?
ちょっと幼すぎたかな?
志摩くんは近くにあるホルターネックのビキニを手に取ると、「これやろ!」と私に押し付ける。
「くるみちゃん。俺な、水着と下着はな、ラッピングやと思うねん」
「ラッピング…」
「ほんで、くるみちゃんはまず、そのキュッとなってるウェストを出さなあかんねん」
「ウェスト…」
「さらに、その中身、伸び代しか感じへんねん。せやから今、出しておくべきや!」
「伸び代…」
熱く語る志摩くんに圧倒されていると、少し離れたところから視線を感じてそちらをちらりと見る。
そこには冷めた目をした三輪くん。
視線だけでどうにかしてほしいことを伝えると、口パクで「ごめん」とだけ動かしてサッと目を逸らされた。
なんなんだよ!!!!
見てないで助けろや!ほぼお前ら身内だろ!
私は志摩くんに押し切られるまま、ホルターネックのビキニタイプの水着を手に持たされ、しぶしぶレジへ持って行った。
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「海やー!」
志摩くんは海を見るなり大声を上げて騒ぎ立てる。
その感情ベクトルは違うけれども、テンションには共感しかない!
私も彼と同様、久しぶりの海にテンションダダ上がりだった。
わくわくを隠しきれない…!
「今回の祓魔対象はクラーケンだ!作戦は観光客を避難させてここ熱海サンライズビーチにて行う」
霧隠先生の声が海岸に響く。
漁業船がいくつか沈められているらしく、急ぎの依頼だったらしい。
京都遠征帰りの一団が任務に抜擢された。
「中二級以上のものはクラーケン担当、中二級未満及び候補生はクラーケンの吸盤から排出されるスキッド掃除を担当する。……ちゅーワケで、それまではバカンス気分でいてよし。以上解散!」
な、なんだってーーー!
バカンスが…バカンスが…許されるのか!?
霧隠先生の号令と同時に、騎士団のメンバーは各々解散する。
私は装備を外すと浮き輪を抱き、海へ向かって一気に駆け出した。
「やったーーー!うみーー!」
バシャバシャと音を立てて海へと浸かり、浮き輪を抱きしめるようにぷかーっと浮かぶ。
しあわせ…
この世界へ来てから、なんだかんだバカンスらしい休日を過ごせていなかった気がする。
まぁ、全寮制だしね…。
前の世界でOLをしていたときは、プロジェクト納品のテンションでそのままバリとか台湾とか予約して飛んでたっけ…。
稼いだ金で思い立って海外旅行をするときの働いててよかった感、まじやばい。
あの感じを最近はめっきり忘れていた。
まあ、女子高生になったわけだし、知らなくてもいいような気はしますが。
そもそも、預金残高が結構あるんだから祓魔塾を辞めて悠々自適に過ごすこともできるわけだ。
なのに…なのに…なんで辞められないんだろうなあ。
しかもこうして危ない奴に貞操は狙われるし、悪魔を召喚して体力は尽きるし、大していい経験はしていない。
そうまでして私にしがらみを与えているものはなんなんだろうなあー。
海に浮かびながらぼけーっと難しいことを考えていると、バッシャーン!という音と共に大きい水しぶきがかかり、思考が停止させられた。
「ぶあっは!なに!?」
「ふざけるな!怪力ゴリラァ!!しんっっっじらんない!!」
「神木さん大丈夫?」
気がつけば近くには友人たち。
出雲ちゃんが海にぶん投げられたらしく、怒りゲージがMAXだった。
うわっ!こわっ!近寄らんとこっ!
彼女の怒りの原因をなんとなく察しつつ、私は彼らがわいわいとボール遊びをしている様子を眺める。
「くまがいさんはバレーやらへんの?」
「うんーー。三輪くん、社会人の言う「死にたい」はだいたい南国に行ってバカンスを満喫したいということなんだよ。覚えておいてね」
「は?はぁ…」
途端、ウウゥゥゥゥゥゥゥ!とけたたましいサイレンが海岸に鳴り響く。
拡声器を使った霧隠先生の声でクラーケン出現の合図だと気づいた。
つい今ほどまでバカンス気分だったが、私たちはキリリと気を引き締めて戦闘態勢に入った。
先程までの陽気がウソのように天気は曇り始め、こちらへ近づいてくるクラーケンの不気味さが際立つ。
「図体はでかいが、不浄王戦を切り抜けたあとだったら雑魚に見えるはずだ!中二級未満及び候補生は火炎放射器構え!敵が近づくまで海には入るな!!」
私たちは支給された火炎放射器を手に取り、沖の方にいるクラーケンの様子をうかがう。
しかし、徐々に近寄ってきていたはずのクラーケンは動きを止め、海中へと潜ってしまった。
「潜った…?ビーチへ来ないのか!?」
その瞬間、クラーケンの触手が海中から現れ、上空を旋回するヘリコプターを捉えた。
ヘリコプターは海に落下し、それと同時に、隣にいる奥村くんが駆け出した。
「奥村くん!?」
「ゆっくり眺めてろってのかよ…!」
彼はモーターボートに駆け寄り、エンジンを回す。
それを見た奥村先生も駆け出す。
「奥村先生!?」
「…!!くそ…また!!」
向かった方へと目をやると、しえみちゃんもボートに乗り出していた。
なんでしえみちゃん!?
「せ、せんせーー!男子がー!」
「…な!?燐!雪男!コラ!!待て!!」
3人はモーターボートに乗ってクラーケンに近づく。
奥村くんは剣を抜いて、クラーケンに斬りかかるがよけいな刺激を与えてしまったらしく、彼らのボートを破壊してしまった。
「ちょっとおお!やばくない!?あの3人なにしてんの!」
私は命令通りその場に留まり、そのまま彼らを見守る。
同意を求めようと振り返るが、塾生たちはそんな彼らをただ見ているのみで、その眼差しは心配というよりも期待に満ちたような、どこかワクワクが見え隠れしているようだ。
な、なぜ…?
私は勝呂くんや三輪くんの眼差しに疑問を持ち首をかしげる。
その時、頭にばさっとタオルがかけられた。
「とりあえず、拭きなさいよ。待機だって。」
「へ?あ、ありがとう…」
私は出雲ちゃんから渡されたタオルで髪の毛を拭い、海からゆっくり離れようとしたが、腕をグイッと引かれて足元をふらつかせた。
掴まれた腕を見ると、そこにはネイルが施された女性の手。顔を見上げると、霧隠先生のものだった。
「おい、くまがい手伝え。接待の用意をする」
「接待?」
「海神様のお供え物だ」
そう言ってニヤリと笑う霧隠先生の表情はまるで悪人のようであり、嫌な予感しかしない。
彼女は私の腕をより一層強く引くと、巨大なコンテナに放り込んだ。
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クラーケン討伐、次に続きます。
得物使いなのにシュラとの絡みが、ない!まあこれからですよ。これから増えていきます。
ヒロインは槍なんて扱ったことないですからね。