001(プロローグ・トリップ)

「っあーーー!今日のハイボールはっ!不味い!」
「でも本当は、こういうときに飲むのが一番美味しい!ふしぎ!!」

毎週執り行われる合コン。
今日の戦況は思わしくなく、反省会を兼ねて女子グループで集まった。
終電までの1時間、ハイボール酒場でサクッと立ち飲み。
小腹を満たすのは焼きたてのたこ焼き。
はふはふと口に頬張り、キンキンに冷えたハイボールで流し込む、最高。平日の夜はこの瞬間のためにある。

「社会人頑張っててよかった…」
「ちょっと待って!なに満足してんの、今日の反省!反省会しなくちゃ!」
「相手がさいあくだったよね。まぁ、セッティングしたの、私なんですけどー!」
「ヤリ目ハゲ、武勇伝べしゃり野郎、女見下し外資の素晴らしい切り札でしたね」
「こっちが10歳下ってだけで、完全に自分を上だと思ってやがったあいつら」
「ごめんー、まじごめんー!お願いされ続けて根負けした結果、コレよ」

今年で26歳。
25歳を過ぎたらしてはいけないことランキング第3位、四捨五入。
我らは既にアラサーの域に踏み込んでいた。

まだ結婚に焦っているわけではないが、彼氏は欲しい。
出逢いが欲しい。
就業後に合コンして過ごす日常より、恋人とおしゃれなダイニングバーで過ごす日常がほしい。
そんでもって、週末は彼の家で借りたDVDを観てまったり過ごしたい。

くっそーーー!そんな日常どこにあるんじゃーーい!

社会に出て数年経ち、面倒を見る後輩もできたが、
淡い恋に憧れる気持ちはティーン・エイジャーの頃より変わっていない。

「反省会つっても、私たちに改善点は無い!以上!解散!」
「そうね、もう終電だし帰ろ帰ろ」

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花の金曜日の東京。
終電は酔っ払いだらけでとてつもなく混雑している。
渋谷駅で同僚と別れ、私は三軒茶屋に降り立つ。

やっぱ三茶だなあ
ひとりで飲み直しちゃおうかなあ

上京して7年、住み慣れた街はへべれけているOLに優しい。
慣れた足取りで行きつけの飲み屋に向かう、路地を曲がったその瞬間だった。

ふわっとした浮遊感、がくっと足の力が抜けてその場に膝をついた。

「え、そんな酔ってたの…」

うそでしょ…自分で自分の酔っ払い具合に気づかないとか…

少しショックを受けたが、視界の端から赤ちょうちんの光が消えたことを感じて顔を上げた。
辺りは真っ暗、三軒茶屋の風景ではない。
今日は金曜日、この時間に街の灯りが消えるはずは無いのだ。

コツ…コツ…

背後から足跡のような音が聴こえ、恐る恐る振り返った。
そこに立っていたのは、馬。

え、馬…?こんな東京のど真ん中に?
サイズ的にはポニーである。
ボリュームのある真っ白な尻尾に、愛嬌のある瞳…そして、角…?
その見目麗しい様に思わず呆気にとられるが、よくよく見ると、格好がおかしい。

「角?つけてるの…?え、逃げ出してきちゃったの?」

思わず話しかけていた。
こんなところでノーリード、飼い主から逃げてきたのだろうか。
一先ず、警察に通報!
と思ったところへ、頭に響くような声が届いた。

「ちょっと年齢は高すぎる気がするけど、まぁいっかな。若返らせて、あとは僕好みにしていけばいいし」

その場に座ったままの私をジロジロ見ながら、馬は矢継ぎ早に語る。
発せられた言葉は私を評価するような内容であり、褒められたような貶されているような複雑な心境である。

馬はさらに近づいて、私の前まで来た。
紺色の瞳がぎらっと光ったような気がした。

「くまがい くるみ、おめでとう」
「へ?」
「あなたは魔法少女になって、僕の契約主として人生やり直せる権利をゲットしました!」
「…………へ?」

理解ができない、なんの冗談だろうか。
馬は「すごいねぇ、強運の持ち主!」と言って嬉しそうにたてがみを揺らす。

ドッキリ企画か?ニンゲン観察バラエティか?
せっかくのドッキリならば、こんなアイデアなんかじゃなくて、飲み屋で関ジャニとばったりみたいなやつがいい!

「いまいち実感してないみたいだね」

そう言うと、馬は私のスカートを口先で掴み、がばっと捲り上げた。
私の制する声も聞かずに、内太ももの傷跡に触れた。
20年前の事故で残った手術の痕。

「ここ、事故で怪我した時のこと覚えてる?僕が治してあげたの」
「どうして事故のこと知ってるの…」

大人になってからは、事故のことは聞かれない限り話したことはない。
20年前、当時5歳だった私は幼稚園通園中に交通事故に遭った。
奇跡的に、私も、一緒だった母親も、無事。
数回の手術に耐え、リハビリも頑張ったことにより現在は何不自由なく暮らせている。

「魔法少女に相応しいと言われているのは、周りの人間に行動を起こさせる影響力。そして、強い精神力の持ち主。くるみみたいな経験をして、それを乗り越えた人の魂はとても美味しいの。だから合格」
「魂が…美味しい?」
「そう、美味!君が事故に遭ったとき、「助けてあげるから魂ちょうだい」って言ったの、覚えてる?」

馬は私の膝を枕にすると、目だけをこちらに向けた。

「悪魔は、己の契約者が死んだら魂をもらえるの。契約者の人生を楽しんで、死んだときにパクって」
「あ、悪魔?あなたは悪魔ってこと?」

馬は目線はそのままに、すくっと立ち上がった。

「せっかく契約したのに、いつまで待っても呼んでくれないし。しかも、もう処女でも無いし」
「…すみません、って、え?今なんつった?」

思わず謝る。
そして、聞き間違えでなければ、彼は「処女でも無いし」とがっかりした声色で言った。
なんだなんだ、私のなにがいけないっていうんだ…!

「だから、もっと一緒に居られる世界で魔法少女として人生やり直してもらおうかと思いまぁす」
「うそでしょ!そして気になってたけど、どうして魔法少女!もう少女って年齢でも無いしね!?」
「大丈夫、目覚めたら君は15歳。転生にオプションは付き物だよ」

馬は私の傷痕を蹄の脚で強めに踏んづけた。
「痛っっ……!」

瞬間、踏まれた箇所がじわっと熱くなり、眩しい光を放った。
光が強まる中「あちらの世界についたら、呼んでね」そう言った彼の言葉だけが耳に残った。

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大人ヒロイン、転生後若返りです。
原作沿い、長く続けられたらなあと思うのでお付き合いのほどよろしくお願いします。

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