ハズレのクラスメイト(出雲)

「神木さん、教科書見せてもらってもいいかな?」
「………」
「ありがと!」
「…別に」

私は無言で机をくっつけ、隣の席の男子に教科書を寄せてあげる。
彼は愛想の良い笑みを向けてくれたが、私は気に掛けること無く教卓に視線を戻した。

どうせ愛嬌ない、とか思われてるんでしょうね。
幼い頃から自分に貼られているイメージがふと頭をよぎる。
ばかばしい。

どうせ隣の席のこいつは、もうすぐ私の席に来るであろう“あいつ”を目当てにしてるんだから。
下心が見え見えだっつーの。
私は隣でそわそわする男子を軽蔑の念を込めてひと睨みし、授業に頭を戻した。

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「出雲ちゃん!お昼ごはん食べようか!」
「はぁ?なんであんたと」

はい、来た。
私の席にくまがい くるみが来る。
隣の男子がちらちらとこちらを見やるのがわかった。

「なんでって、アレをアレする仲じゃないですかー」
「私、朴と食べるから」
「じゃあ着いてく」
「なんでよ!?」

あんたお昼の相手、困んないでしょ!
私は席を立つと、くまがい くるみと距離を取ろうと急ぎ足で教室を後にする。
「出雲ちゃーーん!」と呼ぶ声がするが、それを無視して駆け足になる。

祓魔塾が始まって1週間、こんな調子でくまがい くるみはやけに私に構ってくる。
彼女はクラスどころか学年中からの注目を集めており、入学1週間でよくぞここまでチヤホヤされるもんだなと逆に感心する。
その目立つ容姿だからこそ、とも思うが、なんとなく、彼女からは不思議なオーラを感じる。
人好きするような、そんな感じ。
私とはまったく違う…

私はイライラを振り切り、廊下で落ち合った朴を呼びかける。
「出雲ちゃん?」と疑問形で応じた彼女の視線は、私の肩のむこうに向けられていた。

「神木さん」

振り返るより早く、男の声で名を呼ばれる。
そこに立っていたのは隣の席の男子生徒だった。
なんでコイツがここまで来て話しかけて来てんのよ。

私は先程のイライラが相まって不機嫌全開の声で「なに?」と応えた。
彼は「あの…」とか「えっと」と煮え切らない様子でなかなか切り出さない。

「出雲ちゃんと同じクラスの人、かな?出雲ちゃんに用があって来たんだよね?」
「ちょっ!朴!こんなやつ相手にすることないよ、行こっ」
「あぁ!待って、神木さん、きょ、今日の髪型似合ってる…初めて見たから、その、ひとつに結んでるのは…」

なんなのよ…
彼はそれだけ言うと、踵を返して教室へと戻っていく。
それだけ言うために追いかけて来たの?なに、あいつ…気持ち悪い。

「やーん!出雲ちゃんったらモテモテー」
「からかわないでよ!あいつ、ちょっと気味悪い…」

隣の席であることが嫌になっちゃう。避けようが無いじゃない。
悪寒を感じて腕をこすった。やだやだ、鳥肌立ってる!
私は朴を促して庭へと歩みを進めた。

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翌日、隣の席の男子生徒は休みだった。
少し安心した。気味の悪い奴に会わずに済む。
昨日は昼休みのあとは体育だったため、男子とは別授業だ。そのおかげで今の瞬間までアイツのことは忘れていた。
これで今日は穏やかに過ごせるわ。

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「出雲ちゃん、昨日は大丈夫だった?」
「…」

くまがいが隣の席の男子のことを言っているのはすぐにわかった。
最近やけに彼の視線を感じるし、休み時間には決まって話しかけてくる。
それは休み時間の度に来るくまがいが目当てなんだろうと思っていたが、昨日の一件から違う可能性も視野に入れていた。

「あんた、なんか知ってんの?」
「知ってるとかじゃなくて、私のクズ男レーダーがビンビンなんだよね、ビンビン!おっ立ってんの!…おっと、シモネタじゃないよ?」
「わかってるわよ!なんなのよ下品ね!!」

怒鳴られてもヘラヘラ笑う彼女に呆れる。
なんか、こいつと話してると調子狂う…
いわゆる同年代の女子と話している感じの無い、なんだか、新しいタイプだなって感じがする。

目的地が同じなだけに、彼女を振り払うことができず、イライラしながら歩く。
今日は朴が日直で遅れる。
私はくまがいに捕まり、ふたりで塾へと向かっている。
こんな下品な奴と仲良いなんて思われたらたまんないわ…!
「ちょっと近寄らないでよね」と言うと、彼女は少ししょぼくれて距離を取った。

「どうせ同じとこに行くんだよ?並んで歩いてもいいじゃん?」
「い・や・よ!あんたと仲良いって思われたくないもん」
「えぇー」

くまがいと並んで歩いていると、彼女に向けられる視線の多さがよくわかる。
本人は居心地が悪いとか、思わないんだろうか…?
と疑問に思って彼女に目をやると、肩をすくめてなんとも表現にし難い、ニヤけることを我慢しているような、そんな顔をしていた。

「あんたなによ、その不細工な顔」
「えぇ!不細工!?いやいや、可愛いでしょ、可愛い。私」
「は?あんた…結構ナルシストというか、なんか、あれね…」

なによこいつ…
自分のこと可愛いと思って歩いてたの…

じゃあ自分に向けられる視線に居た堪れなくなっているどころか、気持ちよくて仕方ないってこと?
それを隠さず、他人にも本音で漏らしちゃうんだ。意外。
この手の女子はそれを武器に謙遜の言葉ひとつでも言うんだけれど、なんか、くまがいは違うみたい。

人気の無い校舎の外に出たところで、鍵を取り出そうとカバンを漁っていた、その時だった。
後からゴッという鈍い音が聞こえて、振り向く。
後を付いてきていたくまがいの姿はなく、そこには、例の隣の席の男子が立っていた。

一瞬なにが起きたのかわからず、動きが止まる。

「出雲ちゃん避けて!」
「えっ…」

くまがいの声で我に返ると同時に、男子生徒が私にのしかかるようにして倒れ込んできた。
床に打ち付けた身体の痛み。
押し…倒された…?

『神木さん…』
「ちょっと!なんなのよ!どきなさいよっ!?」
『神木さん…』

私にのしかかる男は焦点の定まらない虚ろな目をしており、ひたすら私の名前を呼び続けた。
なんとか抜け出そうと抵抗を試みるが、相手はびくともしない。

もしかして、霊…?

「ごるぁあ!出雲ちゃんからどけろ!くそ!うんこ!こんの…悪霊退散!!悪霊退散!!」

くまがいがどこから持ってきたのか、箒で男子生徒を叩く。
そうか、こいつ、悪霊に取り憑かれてる…!

手足をじたばた動かし、なんとか逃れようとした瞬間、くまがいが箒の柄で男子生徒のお尻を突くなり「出雲ちゃん!今!」と言って促す。

相手の動きが怯んだ隙を見て私は起き上がり、詠唱を始める。

『稲荷神に恐み恐み白す 為す所の願いとして成就せずということなし』

ウケとミケを呼び出して悪霊に目をやると、くまがいの箒を折り、殴りかかっているところだった。

「くまがい!!!!」
『神木さんと…オレの…ジャマをするな…』
「うるさいストーカー男!私はずっと見張ってたんだからな!女の敵!さっさといなくなれ!!」

くまがいは頭から血を流しており、それを見た瞬間、私は声を張り上げた。

『ふるえゆらゆらふるえ ゆらゆらとふるえ…』

悪霊を睨みながらも祝詞を唱えて、ウケとミケに視線で合図を送る。
くまがいは武器も持っていなければ、対悪魔術のなにかを身につけているわけではない。

今、この場をおさめられるのは、私しかいない…!

『ひふみよいむなや こともちろらね しきるゆえつわぬそをたはくめか ふるえゆらゆらふるえ ゆらゆらとふるえももちよろず 霊(たまゆら)の祓(はらい) !』

祝詞をいっそう力強く唱えると、ウケとミケはその祈りを聞き届け、男子生徒に攻撃を食らわした。

『あああぁぁ…ぁぁ…神木、さんんん…』

男子生徒の禍々しい雰囲気は消え、彼はその場に倒れ込む。
見た限り、普通の少年のようだ。
やっぱり…悪霊に取り憑かれてたのかしら…

「くまがい!」

私はその場を蹴り上げてくまがいの元へと駆け寄る。
彼女の額には切り傷があり、抑えるその左腕は赤く腫れていた。
それを見て、とてつもない怒りがこみ上げる。

「なんで言わなかったのよ!知ってたんでしょ!?あいつが悪霊だって!」
「へ…?いや?さっき殴られるまで知らなかったよ」
「だってずっと怪しんでたんでしょ!?」
「あ、だからそれは、クズ男レーダーが…」
「なによそれ!ばか!!」

私はケータイを取り出し、奥村先生を呼び出す。
奥村先生ならば、この事態をなんとかしてくれるはず…

「出雲ちゃんってさ、なんか変な人に好かれるでしょ」
「………なんでわかんのよ」

怪我してる癖に、緊張感の無い話題に拍子抜けする。
過去に好意を持たれた経験を思い返すと、たしかに頭のおかしい、気味の悪い奴から好かれてばっかしだ。

「いやー、そうだと思って、だからあいつも何かしでかすんじゃないかって気をつけてたんだけどさあ。こんな早くなんかするとは。ってか、悪霊に取りつかれて悪化するとは思わなかったよね!」

そう言って彼女はえへへと笑う。
えへへって何よ、えへへって。

「出雲ちゃんがお祓いできる人でよかったわー。助かっちゃった」
「……いや、助かったのはこっちよ。ありがとう」

私は小さく例を言うと、遠くに人の影を見つけて立ち上がる。
どうやら奥村先生が来たようだ。

「私は箒で応戦しただけだよ。あー、はやく私も詠唱とか覚えないとなあ」
「そう!なんなのよ!思い出した!!あんた、戦い方がいちいち下品!もっと他に突く場所あったでしょ!?」
「いやいやお嬢さん、人間、重心点となるところが弱点ですよ。やっぱおケツにぶすっとが一番だよね」
「下品!さいてー!」

私は軽蔑の眼差しでくまがいのことを睨むが、不思議とおかしくなって思わず口角を上げてしまった。

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出雲ちゃんと仲良くなったきっかけのお話でした。
ヒロインを罵ってるうちに受け入れるようになってしまい、気づいたら仲良しにって感じですかね。
本編じゃいつの間にか懐かれていたので、番外編で補足。

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