人を好きになれるって、奇跡だから。(雪男)

「奥村先せ…奥村くん、は何の種目出るの?」
「くまがいさん。僕はバスケです」

夏休みが明けて最初の行事、球技大会。
テスト終わりの浮かれイベントが盛り上がらないはずもなく、学園上げてのお祭り騒ぎだった。

私はバレーボールで一回戦敗退を味わい、男子のソフトボール応援に向かうところだった。
トイレに寄りたいからと友人たちを先に行かせたところ、ばったり奥村先生に遭遇した。

「奥村くんバスケ得意そー!普段からモテモテなのに、そんなに運動もできちゃって大変なんじゃないですか?」
「いいえ、そんなことはありませんよ。くまがいさんも…大変そうですね」

彼はチラッと辺りに視線を移し、また私と合わせるとニコッと微笑んだ。

「奥村先せ…奥村くん、は何の種目出るの?」

“奥村先生”と言いかけた彼女は、少し口をつぐんでから言い直す。
普段いい慣れた呼び名は、普段の学校生活において何人もの塾生たちを戸惑わせていた。
特に同じクラスの勝呂くんには事あるごとに困惑させてしまっている。

彼女は「バレーボール負けちゃったー」と言いながら隣に立つと、そのまま一緒に他クラスの観戦を始める。
くまがいさんはこの学年、いや、この学校でもだいぶ上位の人気者に君臨しており、男女問わず一緒に群れているところをよく見る。
普段の塾生たちとの交流や任務においても、彼女はなかなか重要なポジションであり、幼い彼らをまとめることに関しては毎回助かっている。

周りの人間関係を見てバランスを取れる人間は優秀な人材だ。
祓魔師にかぎらず、彼女ならばどんな職、どんな組織でもある程度は順応できそうである。

ふと、視線を感じて周りに目をやると、彼女を見つめる男子生徒の数がちらほら、と。
中には僕に敵意を向けるものもあり………静かに目線をそらした。

人気者の彼女と二人きりで話していると、敵の一人や二人、簡単に作れてしまいそうである。

「くまがいさんは男子の応援、行かなくていいんですか?」
「まだちょっと時間あるんで、つぶさせてくださーい」

そう言って彼女は目の前の試合観戦を続ける。
試合を観る彼女の表情はコロコロと変わり、関係の無い試合でも「惜しい!」とか「おお!」とか歓声を上げる。

そんな彼女を見ていると、ふと、気になったことがあり尋ねてみたくなった。

「くまがいさんは、例の軽音部の先輩のこと好きなんですか?」

「す、好きとか簡単に聞いちゃだめだよ!」
「えっ、そうなんです?」

キョトンとした顔の彼に少し呆れる。
こういうとき、ほんとに15歳の男の子なんだろうなって感じる。

「…キミは本当に、大人なのか子どもなのか。極端に成長しちゃった感じあるよね。あのですね、恋ってとてもデリケートなんですよ。だから、「なになに君のことが好きなんですかー?」とかはもっと遠慮がちに聞くことなの!」
「そう、なんですか…」
「逆に聞くけど、奥村くんは好きな子いないの?」

私は期待を込めて彼に問いかける。
学年イチモテる男子の恋バナだ!恋バナだ!!

私の視線に苦笑すると、彼は「いないです」と一言告げる。
つまんない男だな…

「気になるーとか、その程度で何人かいるでしょ?」と問うても、彼は「うーん」と考え込む素振りをするものの私の期待しているようなものは出てこなかった。

「むしろこれまでも、無いかも…しれませんね」
「うっそー!あなたティーンよ、ティーン!ティーンエージャー!じゃあ初恋、とかは?」
「初恋ですかあ。幼稚園の頃にあった気もしなくもないですが、これといったことは…」

私はあからさまに残念だという表情をし、これ見よがしにため息をついた。

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「学年イチのモテ男の恋バナ…聞きたかったな…」

そう言って肩を落とす彼女を見て、思わず笑みが溢れた。
何故、同い年の子はこの類の話が大好きなのだろうか。
特別大きな興味も持たない自分を、僕は、少しも不思議に思わない。

むしろ、恋ってどうゆうことなんだろうな、とさえ思っている。

「では、参考までに伺いたいのですが、くまがいさんの恋の思い出とか聞かせてください」
「恋の思い出かあー」

彼女は昔を思い出すような表情で天を仰ぐ。
「どれがいちばんよかったって、やっぱ最近かなあ」という彼女の言葉に、これまでの恋愛遍歴を問いただしたくなる。

「私が残ぎょ…居残り!そう、学校の居残りで遅くなっちゃったときに、当時の恋人から「迎えに行くから」って連絡をもらって。え、うそでしょって思って外に出たら、原付きに乗った彼が迎えに来てくれててね。電車も終わっちゃってて、あー帰れないやーって思ってたときだからもお嬉しくって。しかも彼もお仕事終わりで疲れてるはずなのに、家に連れて行ってくれたら手料理が置かれててさあー。3週間ぐらい会えなかったときだから、すっごく嬉しかったなあー」

中学生が電車のなくなる時間まで居残り、とは…?
疑問がいくつか残ったが、うっとりと懐かしむ彼女に突っ込む暇はなかった。

「まあその1週間後、向こうの浮気が発覚して別れたんだけどね」
「へ!?う、浮気?相手の方は年上です…よね?………、くまがいさんはヘビィな経験をされてますね」

「そうそう!まだ若いのにねー」と言って笑う彼女には、あまり若々しさが無い。
事あるごとに思うが、彼女は15歳だとは思えない達観した目線を持っている上に、心も成熟しているように思える。

「裏切られるとか、失恋とか、そうゆうのつらくはないんですか?」
僕が尋ねると、彼女は唖然とした顔をして、次の瞬間、両肩を掴んで前後に揺すぶり始めた。

「つらいに決まってんだろおおおおおお!もっと気使えよ!つらいよ!?」
「す、すみません…」

結構な力で揺すぶられ、少し頭がグラグラした。
彼女は僕から手を離すと、「まったく恋愛経験ゼロの坊っちゃんは…」とブツブツ言いながら続ける。

「つらいけど、その分、次の恋が絶対にもっと楽しいものになるから立ち直れるんだよ。きっと、次はもっと大切にしてもらえるし、そういう人に出会えたら幸せにしてあげたいなって思えるの。恋にはね、絶頂の幸せが必ず来るの!」

そう言いのけた彼女の顔は晴れやかで、大人の表情で、なんだか……素敵に見えた。

『特進1-Aの男子と1-Cの男子は、至急、Bコートまで集合してください』

集合を呼びかけるアナウンスがなる。

「お、ファンサービスの時間だね、いってらしゃい!」

そう言って彼女は、僕の背中をポンッと軽く叩いて「頑張って」と声をかける。
僕はお礼を言ってとぼとぼとコートまで降りる。

絶頂の幸せ、かあ。
僕はそれを経験することができるのだろうか。

コートに降りると、急に誰かに肩を組まれる。
横を見ると、志摩くんがにやにやしながら絡んできた。

「せんせー、教え子ちゃんとの距離近すぎるんちゃいますぅ?ええ感じでしたなー?」
「ははは、気にされてるようですが、そんなんじゃありませんよ。彼女に気があるなら安心して下さい」

そう言って彼の腕を振り払うと、小さな声で「目離すとすーぐ誰かさんに盗られてまいますよー」と言って向こうチームの列へと加わる。

見られていたのか…
そんなに彼女のことがきになるのであれば、声をかけてくれればよかったのに。

彼女を探して、先ほどまで居た観覧席にチラッと目をやる。
心臓が一瞬止まった気がした。

彼女が男子生徒2人に話しかけられており、笑顔で応対している様子が見える。
僕がいなくなるのを待っていたんだろうか、少し、嫌な気持ちになる。

離れるんじゃなかった。

その気持ちにハッと気づいて振り払う。
独占欲に似たような感情が頭をよぎった。

彼女にもまたいつか、恋人ができるのだろうか。
それは誰なんだろう、僕であるはずがない。それでいいんだけれど、なんだか釈然としない気持ちだ。

僕はジャンプボールに選ばれてコートの真ん中で構えのポーズを取る。
目の前には志摩くん、先ほど絡まれたことを思い出し、闘志を燃やす。

「奥村くーん、たくさんの女子が見てんで。俺も負けられへんわ」
「僕も、手加減するつもりはありませんよ」

宣戦布告に好戦的に返す。
笛の音がピッと鳴り、ボールが真っ直ぐと天上に向かって上げられると同時に、膝を曲げた。

その時、

「奥村くーん!志摩くーん!頑張ってー!!」

たくさんの歓声の中から、たしかに、くまがいさんの声だけが耳に入った。
僕は瞬時に、曲げた膝を力いっぱい伸ばし、ボールに向かって高く手を伸ばす…

こんなに飛べるものなんだな、という驚きと同時に、指先にボールが触れた感覚がした。

しかし、どうやら彼も負けられないようで、
二人同時に触れられたボールは力なくその場にストン、と落ちてどちらともつかない先制でゲームがスタートした。

彼女にもらえる声援が、どうか今度は、僕だけのものでありますように。
そう天に祈ってしまう程度の気になる人ができてしまったようだ。

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本編で、雪男と絡んでなくない…?
絡んでない、よね…!?と思って書きました。

心の未熟な彼が、人間性豊かなヒロインと触れ合ってすこし成長の芽を出すようなお話。

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