018(京都・不浄王編)

出張所へ急いで駆けつけると、エントランスには人だかり…
魔障に侵された蝮さんと柔造さんを取り囲むようにして祓魔師たちが集結していた。

藤堂三郎太は蝮さんを利用し、右目と左目を用いて不浄王を復活させた。
そして、そこに居合わせた勝呂くんのお父さんが戦闘中だという。
塾生は一斉に勝呂くんの表情を伺う。

彼は、なんとも言えぬ、戸惑いを浮かべた表情でただ耳を傾けていた。

「不浄王討伐に出発する!!!!瘴気対策を忘れるな!!不浄王は腐の王の眷属や!」

所長の号令とともに、祓魔師は準備に取り掛かるべく慌ただしく散り散りになっていった。
勝呂くんは目の前に屈み込む蝮さんに歩み寄り、声をかけた。

「蝮…!?お前、右目が…!」
「りゅ、竜士様!」

こちらを振り返る蝮さんの顔を見て、思わずぎょっとした。
右目からは血が流れ、開けないほどにただれている様子が伺える。
彼女は息絶え絶えに「ごめんなさい」を繰り返し、和尚を助けてと訴えた。
柔造さんが蝮さんを医務室へ運ぶと言い、抱き上げた。

「俺は後で一番隊と合流します。坊は必ず塾の皆と旅館へ」

彼は柔らかい口調で勝呂くんを促すと、一変して険しい表情で嚇すように声を張り上げる。

「廉造ォ!子猫!!しっかり坊をお守りせえよ!!何かあったらバラすぞゴラァ!」
「あー、はいはい、まかしといてー」

ん…?デジャブ?
柔造さんのすごむ声に既視感を覚えながらも、私たちは二人を見送った。
やるせなく佇む勝呂くんに、志摩くんは「しゃあないですよ、柔兄もああ言うてたし、僕らは旅館に」と促す。
討伐準備で出張所の中へ人々は引っ込み、私たちはポツーンと取り残された。
踵を返して戻ろうとしたところ、見知った人物の声に足を止めた。
振り返ると、霧隠先生がこちらへ駆け寄ってくるところだった。

「おっ、いたいたお前ら!ちょっとこっちに来い!」
「なんだか先生、久しぶりですね…」

彼女は抱えていたなにやらコートのようなものを「ほれ」と言って目の前の私に手渡す。
うっ、重い…
手渡されたそれらはずっしりした重量感。何枚あるんだ…

「さっき炎を出した件で、燐の処刑が決まった。ヴァチカンの決定だ、覆ることはまずない」

途端、その場が凍りつき、身体の奥底からぞわぞわした感覚が襲う。

処刑が…決まった…?

私は、先ほど皆にかけた言葉が虚しいものとなることへの少しの罪悪感と、自分自身希望を抱いていたことへの絶望感を味わう。
「そこでだ」と霧隠先生は続けた。

「勝呂くん、コレをキミに預ける!」
「倶利伽羅(くりから)…!」

霧隠先生は奥村くんが帯刀していたはずの剣を差し出すと、勝呂くんに手渡した。

「それと、親父さんが燐に託した手紙だ。不浄王を倒すには燐の力が必要だと書いてある。アイツは協力する気だった。お前達、燐を助け出してくれないか?」

彼女の言葉に唖然とした。
私たちが、奥村くんを助け出す…?処刑の手、から…?

「もう燐が処刑を免れるには手柄を立てるしかない」

そう言って、霧隠先生は私の持つコートを持ってけと言う。
どうやらこれは迷彩ポンチョという特殊なものらしく、見つかることなく、独居房にいる奥村くんに近づけるのだという。

私はもう一度、霧隠先生の「処刑を免れるには手柄を立てるしかない」を頭の中で反復させた。
助かる手は、あるということだ。

助かる……!助けられる可能性はまだ、ある…!

その時、霧隠先生を呼ぶ声がして彼女は力なく返事をする。

「この通り、アタシも所詮騎士團の犬だ。表立って動けない。頼むぞ!全てはお前達の判断に任せる。」

それだけ言うと、先生は足早に去ってしまった。

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「倶利伽羅は、もともと勝呂くんとこの本尊だったってこと?」
「せや…、アマイモンの襲撃んとき、奥村がこの剣取り出した時に初めて気づいた。何べんも見せられたから間違いない思てたけど、やっぱ本物やった」

霧隠先生が渡した手紙を読んでもらい、明陀宗と倶利伽羅の関係を理解した。
現在のこの剣の所持者は奥村くんだ。
彼の炎で、この緊急事態を食い止めることができるのだという。

しえみちゃんは勢い良くポンチョを取り上げると、「みんなで燐を助けよう!」と意気込む。

「…いや、助けたいのはやまやまやけど…それって、ヴァチカン敵に回すてことやで」
「で、でもこのまま燐と会えなくなったら…みんなもきっと後悔するよ…!」

私は自分のポンチョを取ると、残りを志摩くんに押し付けた。

「もちろん、行くよ」
「くるみちゃん…!ありがとう…!」

嬉しそうな顔のしえみちゃんと目が合う。
勝呂くんもポンチョを取り上げ、勢い良く駆け出した。
それを見た三輪くんも急いで追いかけるので、私たちも後に続いた。

「子猫さん!?冗談やろ!」
「僕は坊を守らんと…それに、僕もきっと後悔するから」

彼はそう言い捨てると、急ぎ足でこちらへ駆け寄ってきた。
そんな彼の表情は決意を固めたようなもので、新幹線に乗っていた時の戸惑いは消えていた。

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結局、その場に居た塾生は全員、奥村くん救出へと向かうこととなった。
霧隠先生に渡された迷彩ポンチョを着込むと、その姿は見えなくなり、監視の目を免れることができた。
第一独居房舎と掲示された廊下を進むと、木枠で天上高く造られた檻がいくつも配置されている。

長い廊下を奥へ、奥へと進むと、なにやら愉快な声が聞こえてきた。

『ウーウーウー』
「な、何こいつ…悪魔?」

悪魔かと思われる扉型のソレは、檻の一つに埋め込まれるかのように一体化している。
私たちは警戒しながらもその悪魔に近寄った。

『ニッ匕ヒヒヒ!オレサマは“一番防御力が高い牢屋(ダスシュタルクステゲフェングニス)”!!!しかし、鍵は内側からは開かないが外からは簡単に開く。さて、ここで問題です!』

え、えーー!
急に愉快な奴出てきた…
皆もよくわからない悪魔のテンションに戸惑い気味だ。
悪魔は狼狽える私たちに構わずしゃべり続ける。

『どうして“防御力が高い”のでしょうか!試しにオレサマに戦いを挑んでみろ!ニヒヒ』
「チッ…やるしかあらへんか…!?」

好戦的な悪魔の反応に、すぐさま戦闘態勢をとる。
敵意を持って変身を説こうとした時だった……

指一つ、動かせない。

えっ、うそ、なんで!?
私は力を込めて動こうとするが、びくともしない。
どうやら目の前にいる悪魔の仕業らしく、動きだけが止められてはいるが意識や聴覚は生きている。
しえみちゃんは術にはまらなかったらしく、彼女の声だけが耳に届いた。

「扉は外から開くんだよね!?」
『ああ、開くとも。出られないけどな!ニヒッニヒヒ』

彼女は一瞬立ちすくんだかのように見えたが、すぐさま扉に手を掛け、中へと入ってしまった。
私たちはなんともできないまま、彼女を見送った。

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「うぉおおお!!!!」
「うわ、奥村くん!?」

いくばくかの時間が経った頃、扉が青い炎に包まれ、その中から奥村くんとしえみちゃんが出てきた。
悪魔がボカンッと壊れた瞬間、私の動きを封じていた術も解け、動かせるようになった。
私は手をグーパー動かせることを確認し、奥村くんへと視線を戻す。

「みんな助けに来てくれたのか!?」

彼は目を輝かせて私たちを見ると、少し泣きそうな表情に変わった。

「ぼ、僕は、奥村くんに死んでもらったら困るんや。危険やないって判ったら、仲直りするんやから」

三輪くんは意を決した様子でそう告げると、恥ずかしげにうつむいた。
その様子を見て、奥村くんは感極まって立ち尽くす。

「み…みんな、とにかくありがとう!!…ギャッ!?」

突然、勝呂くんが奥村くんの脇腹に蹴りを入れた。
奥村くんは不意打ちを食らい、地面に尻もちを着いた。
突然…かわいそうに…

「…親父の件に関しては、俺が冷静やなかった…。お前の言うとおりや!親父の件に関してはな!戦うんやったら必要やろ!持ってけ!」

そう言って、彼は倶利伽羅を差し出した。

「お、俺こそ、殴ってスマン…」

ええ…勝呂くんの頬の怪我って……お前がやったのかよ…
私は当初よりもますます腫れ上がった勝呂くんの頬を見て、同情の念を抱いた。

彼は、金剛深山まで案内すると言い、踵を返して独居房の出口へと向かう。

「勝呂、俺を信用してくれ」

奥村くんの言葉に歩みを止める。

「サタンの子なのは変えらんねーけど、必ず炎を使いこなしてみせる!だから俺を信じてくれ!!」

私は、そう言いのけた彼の肩にポンと手を掛けた。

「あのね、奥村くん。そうゆうことじゃないんだよ」

そう言うと、彼はキョトンとした顔でこちらを振り向く。
ああ、やっぱわかってないんだなあ。

私は呆れたように、しかし優しく諌めるように笑顔を浮かべる。

「奥村くんって周りに事情の一つも説明なしに「俺がやる」、「俺に任せろ」って突っ走るでしょ?信用しろって言うけれど、じゃあ、私たちのことも信用してほしい。迷惑かけないようにって思ってるのはわかるけど、それはそれでこっちは毎回ショック受けてるんだよ。みんな心配してるの。ねー、勝呂くーん?」
「ッッ…!心配なんぞしてへんわどアホ!…奥村!お前は全部一人で背負い込みすぎや、どう信じろっちゅうんや、俺は味方や思っとったんやぞ!!!」

そう言い捨てると、勝呂くんは迷彩ポンチョを着込んで足早に去っていく。
三輪くんと志摩くんは拍子抜けしたようにその場に佇み、半ば呆れた様子の出雲ちゃんは「やっぱアイツ、バカじゃないの」なんぞ言ってジト目で彼を見やる。

私は余っていた迷彩ポンチョを奥村くんに手渡し、駆け足で勝呂くんに近寄ると「いやー、かあいらしいところあるやないですかおにいさん」と彼らの京都弁を真似て声をかけた。
すると、彼は「やかましい!」と言って強めに私の頭を叩き、ズンズンと足早に行ってしまう…

痛い…わりと本気でやりやながったな…
私は痛む後頭部をさすりながらフードを被った。



目指すは洛北、金剛深山!
倒すは、不浄王!!!!

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ようやく少年たちのわだかまりが解消しました。
ヒロインに子供扱いされて恥ずかしくなる坊かわいい。

そろそろ変身したいね!?

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