017(京都・不浄王編)
「なんか肩凝ってんなー」
私はバキバキになった肩をほぐそうと腕を回す。
昨日の手伝いだけで疲労困憊。女子高生にあるまじき体力…
ユニコーンに頼らないとゴミクソだわ…
今日は候補生は休み、とのことだ。
しえみちゃんは今日も手伝いたいから、と言って朝早くからどこかへ行ってしまった。
ならば出雲ちゃんと京都観光でも…と思ったが、彼女も朝起きたら姿はなく。
朝から一人取り残された私は、朝食会場である大広間に向かった。
「くるみちゃーん!おはよう、こっち座りー」
「志摩くんおはよー」
大広間に入ると、目が合った志摩くんが手招きしてくれた。
「さっきまで奥村くんもおったんやけど、修行や言うて霧隠先生に連れてかれましたわ」
「……こちらの方は、もしや志摩くんの…?」
私は視線を感じて二人のお兄さんに挨拶をする。
「廉造のアニキで、志摩柔造や。こっちは金造、よろしゅうなくるみちゃん」
「やはりお兄さんでしたか!そっくりですね。いつも廉造くんには仲良くしてもらってます」
「廉造くんやてー!これからもそう呼んでくれてええんやでー」と言いながら、志摩くんはおひつからご飯をよそってくれた。
志摩くんからご飯を受け取って座る。
私の絆創膏に気がついたのか、志摩くんは「それ、どないしはったん?」と言って指をさす。
「いやー、なんかさ、昨日ヤンキーが館内で暴れてたらしくて。ガラスを割って飛んできた何かで頭打ったんだよねー」
「なんや、物騒やな」
「えー!?傷は大丈夫なん?」
昨日のケガは幸い軽く済み、血が止まってからはガーゼから絆創膏に替えていた。
数日でかさぶたに変わると思うよ、と言うと、彼は安堵の表情を見せる。
ご飯に箸をつけたところで、脇を誰かが通りすぎた。
思わず目で追うと、三輪くんが広間を出ようとしているところだった。
「三輪くん、おはよう!」
「くまがいさん、おはようございます」
彼は挨拶を返すと、足早に去ってしまった。
あんな愛想のない彼は初めてだ…
「なにかあった?」と志摩くんに尋ねる。
「めんどくさいことになってんねん。それよりくるみちゃんー、今日プール行かへん?他の女子も誘ってー!」
“プール”いう言葉にモチベーションがぐぐぐっと上った。
たしかに、昨日今日とずっと暑さに参っている。
せっかくもらった休日、ゆっくり羽を伸ばしたい気もするが…
「朝からしえみちゃんは手伝い、出雲ちゃんはどっかに行っちゃってさあ。私もちょっとやりたいことあるからやめとくね。ありがとう」
志摩くんが残念そうに肩を落とす。
「くるみちゃん、気ぃつけはってなー。コイツ、どスケベやから。何かされそうなったらお兄さんに相談しぃや」
「柔兄!何てこと言うんや!」
「あっははは!もうすでに心当たりが何件か」
そう言うと、金造さんは志摩くんの頭にげんこつを落とす。
「廉造ォォ!!!!女子のお友達がこない健気に付き合うてくれはってるって奇跡やぞ!それをアホか!」
「痛い!痛い!金兄やめぃ!」
微笑ましい三兄弟のやり取りを眺めながら、私はゆっくりと朝ごはんを食べ始めた。
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「“実在した世界の槍まとめ”、“図解 近接武器の歴史”、“月刊コマンドマガジン”、“武器の歴史,形,用法,威力”…」
私は市の中心まで出て、大きい本屋に来ていた。
槍を出した後、霧隠先生の剣技の授業を受けることになった。
先生はまずは基礎を学ぶ必要があるといい、実技では基本的な西洋剣術を習っている。
ただ、私の槍ーーー…“パルチザン”、という種類を扱うには知識がたらなさ過ぎるとのことで座学勉強をするようにと言われていた。
厚さも種類も様々な本を抱え、会計を済ませる。
奥村くんも修行、をしているらしいし、私も負けてはいられない。
無理やり世界を捻じ曲げられたが、いつまでも人の所為にして適当に暮らしててはいけない。
ここ最近、壮絶すぎる運命に圧倒されてばかりだ。
その影響があってか、私もいい加減、腹を決める頃なのだと思う。
私は喫茶店の席で買ったばかりの本を開き、関連する箇所に付箋を貼って読み進めた。
さっさと要所を抑えちゃって、夕方にはしえみちゃんのお手伝いでもしよう。
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「ちょっ!アンタたち、今日も働いてたの!?」
「あっ神木さん」
「出雲ちゃ−ん!何処行ってたの!?一緒に京都観光しようと思ったのにいないから、一人で出かけちゃったよー」
「私はついさっき来たばっかだよ」と言って薬草を煮つめる。
しえみちゃんと隣り合って作業をしていたところだった。
「スッゴ。さすが雑草根性。あっという間に元気になっちゃって」
「いつまでもクヨクヨしてられないもんね!」
「やっといつものあんたらしくなったんじゃない」
そう言う出雲ちゃんは薄っすら笑みを浮かべる。
そんな表情を見逃すはずもなく、私はそれを見てにやっと笑うと、気づいた彼女は赤ら顔で目を三角にした。
「なにがおかしいのよ!」
「べつにー?」
しえみちゃんは出雲ちゃんの言葉にキョトンとして、少し遠慮がちに尋ねたる。
「いつもの私…、ってどんな風?」
出雲ちゃんは言葉に詰まるまでもなく、「いっつもノーテンキでニコニコして、どんな人間にも図太い神経でおかまいなしに話しかける。それがいつものアンタでしょ」と言ってのけた。
しえみちゃんは確認するかのように私をチラッと見るので、「そうそう。まっすぐで良くできた子だよまったく」と言って補足のように付け加える。
彼女は顔を赤くして「そっか…、私そんなんじゃないよ」と一言、うつむいてしまった。
「あのね!私、少し前までちょっとは皆に近づけたと思ってたんだ。でも、燐や雪ちゃんがあんなに大変な事を抱えてたのも、いつも近くにいたのに全然知らなくて」
彼女はうつむいていた顔を少し上げて続ける。
「皆が大変な時、何の役にも立てないんだって判ったら怖くなって。何をするにも自信がなくなっちゃって、そしたら余計な失敗ばっかりして…、燐にも話かけられなくなっちゃった。……とにかくしっかりしなくちゃ!まずは得意の洗濯から!」
そう言って振り向く彼女の表情には、昨日のような迷いはすでになく、いつも通りの眩しくキラキラとした彼女に戻っていた。
どんな困難にも真正面から向き合う彼女はとても愛おしく、本能的に「あぁ、大切にしたいな」と思えた。
心がじわあっと温かくなるようだ。
些細なことでも成長の糧にする彼女が羨ましく、素直に学ばせられるといった感情を抱いた。
誰も喋らず、会話が途切れたところで、廊下をドタドタと走る音が耳に入る。
勢い良くのれんが揺れ、志摩くんが飛び出してきた。
「女将さん!ちょお、坊が怪我…」
「きゃっ!」
出雲ちゃんが驚いて身を引く。
志摩くんは彼女の格好に気づいて、ガッツポーズ、ハートを辺りに撒き散らしながら言い寄ると、三輪くんが志摩くんに軽蔑するような視線を送った。
「杜山さん、坊怪我しはったんで氷ください」
「あっはい!」
「え、怪我…?勝呂くん、どうしたの?」
そう尋ねると同時に、のれんをくぐって勝呂くんが入ってきた。
「勝呂くん、大丈夫!?けっこう腫れてるけど…」
「……出張所から右目が奪われた」
彼の言葉に、その場にいた全員が凍りつく。
右目…不浄王の、右目…。
「まさか、ウソでしょ…」
「それと…」
勝呂くんは下を向いて控えめに一言、「奥村が捕まった」とポロッと漏らした。
「「え!?」」
「捕まった!?」
「炎出して出張所の連中に見られたんや」
「し…したら奥村くん、どないなるんです」
三輪くんが、無理やり喉の奥から絞り出したような、か細い声で尋ねる。
たしか、彼は炎を出さない約束で沙汰を一時的に免れていたはずだ。
しかし、それを、破ってしまったとなると…
「わからん。今は、霧隠先生が何かの術で失神させて、出張所の監房に閉じ込めてはるわ」
「え…と、それって…」
おそらく、ここにいる全員が最悪の事態を想像した。
「奥村くんやばいんとちゃう?」
志摩くんが声に出したことで、“それ”は現実味を帯びてくる。
私はしえみちゃんから冷やした濡れタオルを受け取ると、勝呂くんの頬に当てる。
逆の手も違う頬に当てて顔を挟み、ぐいっと上へと向かせた。
「暗いぞ勝呂竜士!」
喝を入れるように強めに声をかけて手を離す。
私は空いているイスにドカッと座った。
「そもそも、15年間隠し通せてきたんだよ。なんとかさせるはずだよ、フェレス卿とかが!だから、あーしてれば、こーしてたら…みたいな後悔の顔しないの!何があったかは知らないけど、きっと奥村くんは気にしてないと思うよ、ってかそこまで気を回せるほど器用じゃないでしょあの子」
私はそう告げて、もう1度勝呂くんと視線を合わせる。
「感情的になりすぎるな、一度立ち止まって落ち着こう?」
私は自分にも言い聞かせるようにゆっくりと説いた。
自分の口から出た言葉だが、自身を律するにも、目の前の彼を励ますにも充分なものとなった。
彼らはまだまだ楽しいこと悲しいことにたくさん出逢わなければならないのだ。
そんなに焦って成長せずとも、彼らはきちんと目的を持って、祓魔師という職業を目指している。
目的ドリブンな彼らの人生がここで折れるわけがない。
調理場内に沈黙が流れる。
と、同時に、なにやら騒がしい音が聞こえてきた。
「何や外、騒がしうなってきましたね」
「何かあったんでしょうか?」
三輪くんがのれんをかきあげると、「蝮さんが捕まったってほんまか」、
「ああ、柔造さんが連れ戻しはったそうだ」と噂話が耳に入る。
「蝮が…!」
勝呂くんはチラッと私を見る。
私は「おう、行ってやろう!」と言って立ち上がる。
「坊!どこへ?」
「三輪くんも!よし、行こ!」
私はのれんを抑え、彼が慕うお坊ちゃんの姿を見せる。
「出張所、出雲ちゃんとしえみちゃんも行くでしょ?」と言うと、しえみちゃんはエプロンを脱ぎ捨てて駆け出した。
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若者の眩しさを支援するヒロイン、みたいな図。
いよいよ戦闘はじまるねー