016(京都・不浄王編)

「あーーーーっつい!」

東京から新幹線で2時間。
京都へ到着した。

ケシズミとなってしまった座席は、祓魔の名目で霧隠先生が適当に処理してくださった。
「普通ならありえねえからな!私だからできんだぞ!」と叱責を受け、私たちは萎れたテンションのまま京都駅へと降り立った。

テンションガタ落ち状態の私たちを見て、志摩くんは耐えられないと言った顔をしている。
駅を出ると周りからの視線が突き刺さる。
祓魔師の集団がぞろぞろと…そりゃあ、目立つよね…
東京の制服が珍しいこともあってか、私たち学生も好奇の目を向けられた。

私たちは手配されたバスに乗り込んだ。
詰めて座ると、志摩くんが「よいしょ」と言って隣に座る。

「くるみちゃん、この間はありがとうー」

何に対するお礼かわからず首を傾げると、「アマイモンのときに」と彼はお腹を擦る。

「あぁ!いいえー。どうってことないよ。私じゃなくてユニコーンのおかげだから」
「ユニコーンは治癒に長けてはるんやっけ?不老不死の言い伝えもあるとか…」
「不死…はわからないけど、不老はそうだね、言ってた。肉体が老いないって意味でならば不死になるのかな?」
「そうなんやー、なんやおもろいなあ」

相づちを打つ彼はいつも通りのへらへらとした表情だが、急に距離を詰めて、耳元に口を寄せる。

「やっぱ処女やなくなると、ユニコーンに愛想尽かされてまうの?」
「えっ!…ええっ!?」

彼は私にしか聞こえないようにコソッと言って、すぐに顔を離した。
彼の息が僅かに耳にかかり、こそばゆい。
私は、突然のことに顔が熱くなるのを感じた。

「悪魔使役するんも大変やからね、くるみちゃん、疲れたらいつでも胸貸してもええんやで…」
「……機会があったらお願いしまーす。はい、降りた降りた。着いたよ」

志摩くんはいつも通り、といった具合で微笑ましく思える。
本来は10歳上であることに「私は大人」と構えていた部分はあるが、やはりこういったスキンシップには慣れているわけでもなく、少々疎い。
私は赤くなる顔を隠すようにうつむき、バスを降りた。

逗留場所として連れてこられたのは京都市内の趣ある旅館。
思わず「おぉ」と感嘆の声が出る。

「うそやろ…はぁ…」

憂いた様子の勝呂くんに首を傾げて彼を見つめると、三輪くんが苦笑しながら「ここ、坊の実家なんよ」と耳打ちしてくれた。
勝呂くんって寺の子じゃなかったっけ…?

「坊!」
「坊や!」
「坊!!ようお帰りにならはった!」

虎屋旅館と表に書かれたその門をくぐり、庭を抜けると、勝呂くんは一様に歓迎の眼差しを受ける。
「女将さん呼んで来て!女将さん!」という声に、彼は「やめぇ!!」と制止するが、それも虚しく従業員の一人は駆けていってしまった。
唖然とする友人たちに、「ここ勝呂くんの実家らしいよ」と教える。

「なしてお前が知っとんのや!」
「さっき三輪くんに聞きまして」

はははと笑うと、彼は不機嫌そうな顔でそっぽを向く。
すると、奥から息を切らした様子の女性が「竜士!!」と声を上げて駆け寄ってくるなり、勝呂くんの髪をひっつかんだ。

「とうとう頭染めよったな…!!将来ニワトリにでもなりたいんかい!!アンタ二度とこの旅館の敷居またがん覚悟で勉強しに行ったんやないんか!?ええ!?」
「…せっ、せやし偶然、候補生の手伝いで駆り出されたゆうてるやろ!大体ニワトリて何や!!これは気合や気合い!!」
「なにが気合いや私が何のために男前に産んでやった思てんの!許さへんで!」

目の前で繰り広げられる親子の言い合いは、なんとも微笑ましい。
私たちがその場に立ち尽くしていると、「あらっ!いやや私ったら!」と言って、女将さんはその場でお辞儀をする。

「初めまして、竜士の母です。いつもウチの息子がお世話んなってます」

勝呂くんのお母さん…すごい美人じゃん…!

「母!?…え…この人勝呂の母ちゃん?美人だ!!」
「美人やなんて、ホホホ。正直な子やわ」
「勝呂くん家って、お寺じゃなかったっけ?」
「そうそう、ウチの寺は結局立ち行かんくなってもーて。私がこの実家の旅館継がしてもろたんよ」

身寄りのない三輪くんも、ここの旅館を実家として育ったという。
ここは、彼ら3人にとっては慣れ親しんだ場所であり、実質里帰りとなったようだ。

「坊坊って呼ばれてるから何かと思えば、本当に旅館のボンボン…プスッ」
「聞こえてるぞ神木ィ!」

霧隠先生は女将さんに挨拶すると、私たちに湯ノ川先生について魔障者の看護にあたるようにと指示をする。
勝呂くん、三輪くん、志摩くんは身内への挨拶を済ますように言われて別行動になった。

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「じゃあ、君らはとりあえず…調理場で解毒用の薬草茶作ってるからそれ給仕したり、点滴が切れそうな所にそこの箱から点滴の減菌パックの替えを持ってってあげて」
「「「「はい!」」」」

調理場へ行こうとすると、奥村くんは首根っこをつかまれて引き止められた。
私は奥村くんに「また後でね」と言って、しえみちゃん、いずもちゃん、宝くんの4人で調理場へと向かった。

調理場へと入ると、薬草茶が注がれたやかんがいくつも置いてあった。
薬草茶を受け取り、魔障患者にお茶を注いで飲ませる。

「あれ、君まだ学生さん?」
「はい、勝呂くんたちと同じ候補生です。今回はお手伝いに来てました」
「ほうか、ゴホッゴホッ!…で、どれが彼氏なん?」

予想外の問いかけに放心していると、隣の祓魔師も「坊?子猫丸か?まさか廉造ちゃうやろな?」と囃し立てる。

「いやいやいや、誰ともお付き合いはしてませんよ!みーんな、仲の良い友達です」
「なんや、うちの男どもはヘタレやなあ」
「いいから病人はさっさと飲んでさっさと治しましょう!はい、いっき!いっき!」

つまらない世間話だが、元気な様子に思わず笑みが溢れる。
魔障者というから少し気を張っていた。
不浄の胞子を吸い込んだことによる負傷であるため、身体の外へ出してしまえば治るはずだ。
私たちは減菌作用のあるお茶と、点滴の世話さえできていればイイわけだ。

「きゃ!!!!」
「あーーーっ何やってんだ!!」

大きい声が聞こえた方を振り返ると、背中を濡らした出雲ちゃんと、狼狽えるしえみちゃんが目に入った。
しえみちゃんが持つやかんの中身が、出雲ちゃんにかかってしまったようだ。
出雲ちゃんの様子から、やかんの中身は冷めたお茶だと察して安心する。

私は立ち上がり、タオルを持って彼女の元へ駆けつけた。
「着替えてきなよ、ここは大丈夫」と言うと、彼女は「よろしく」と一言、着替えに部屋を出ていった。

「ここはええから、畑行って鹿の子草十本抜いてきてくれへんか?」
「はい!すみませんでした…!」

しえみちゃんは肩を落として外へ出ていく。
朝から消沈気味の彼女を気にかけつつ、私は引き続き魔性者の看護にあたった。

「なんか…賑やかだな…」

ここは魔障者だけが滞在しているわけではないのか…?
何やら騒々しい様子に顔をしかめる。
鹿の子草取りを頼まれた出雲ちゃんを視線で見送ったが、その喧騒から少々心配になり、私は断りを入れて外へ出た。

畑へ出ると、二人の話し声が聞こえる。
そして何故か、畑のあたりには雑貨やガラスが散らばっており、屋内からは怒声。
なに…なんでこんな治安が悪いの…

「図太くてふてぶてしい雑草みたい!」

まーた、そんなこと言って…

部屋の中の喧騒を気にしつつも、私は彼女たちに視線を移す。
出雲ちゃん…今のしえみちゃんにそんなこと言うか普通!
今日の様子を見ていたら、彼女が心を病んでいる状況だとわからんのか。
今日こそ強めにいこう、と思って駆け寄るが、私のそんな気持ちは思い過ごしなようで…

「…ありがとう神木さん!私も、雑草さんたちみたいにがんばるね…!」
「……くっ」

嫌味の言葉は、しえみちゃんにとってはいい意味に取られたようで、彼女はとても嬉しそうだ。
出雲ちゃんは不意をつかれて呆れた表情を見せる。
なに、この微笑ましい光景…

私はその和やかな光景にほっこり見惚れる。
その所為で油断していた。
屋内から飛んで来た何かが、私のこめかみに直撃した。

「!?…ーーーつっっ!」
「くまがい!?」
「え!くるみちゃん大丈夫!?」

突然の痛みに、その場に縮こまる。

「ちょっとあんた、血出てんじゃない!」
「え、うっそ!」
「あわわわ、ニーちゃん!…は、今出なくって……あ!あんなところに救急箱が!」
「はぁ!?なんで畑に救急箱が落ちてんのよ!」

私は出雲ちゃんに支えられながら濡れ縁に腰掛ける。

「何やゴルァ!もっぺん言うてみぃ!!」

聞こえてくる怒鳴り声。
物音と同時に、私たちが座るところに障子が倒れこむーーーが、すんでのところで三輪くんが支える。

「あぶないとこやった…って、くまがいさん、なんで怪我してはるん!?」
「なんか飛んできて、ガッと当たって…。大したことないない!」
「…ねぇ、さっきから、コレ、何の騒ぎ?」

出雲ちゃんはまた何や飛んできやしないかと警戒気味だ。
三輪くんは外れた障子を元に戻すと、「すんません、ウチの…“明陀宗”の人間が揉めてはるんですわ」と呆れ顔で謝る。
屋内に目を向けると、勝呂くんが怒鳴り込んでいる。
三輪くんは、自分たち僧正血統の中でも、志摩家と宝生家は仲が悪くて有名だと語る。
「くまがいさん、ほんに堪忍」彼はそう言うと、勝呂くんの元へと駆けていった。

「お坊さんも大変だねえ」
「あんた、もっと怒っていいと思うわ。身内のくっだらないケンカに巻き込まれてケガしたのよ!」

私の替わりに怒りを露わにする出雲ちゃん。
「不意の事故すぎて、怒る気にならないわ」と笑うと、彼女は「あんたせっかく手騎士の素質あんのにドン臭いのよ!」と言い、鹿の子草を持って行ってしまった。

「くるみちゃん、一応手当は終わったけど、頭が痛くなったり目眩がしたら言ってね」
「うん!しえみちゃんありがとう」

私は彼女を促して再び調理場へと足を向けた。

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次からは6,7巻に入ります。
たんまり交流させれから東京に戻してやりますわ!

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