013(林間合宿)

「杜山さん!?」

勝呂くんの張り上げた声に何事かと反応し、皆一斉に振り向いた。
しえみちゃんが牆壁を越えて森の中へと歩んでいるところだった。

「ちょっしえみちゃん!?」

慌てて地面を蹴り上げ、彼女の元へ駆けつけて手を掴んだ。
途端、彼女の奥に人影が現れた。

「アマイ、モン…」
「おや、もう一人釣れましたか」

突如目の前に現れた特大級悪魔に身体が硬直した。

「しえみちゃんに、何をしたの…?」

喉の奥から絞り出した声はか細く、思ったより声が出ていないことに自分で驚く。

「ん?虫豸の雌蛾に卵を産みつけてもらいました。孵化から神経に寄生するまで随分時間がかかりましたが、これで晴れてこの女はボクのいいなりだ。さぁおいで」

しえみちゃんは言われるがまま、アマイモンに体を預けるかたちで寄り添った。
アマイモンと視線がバチッと合う。

「本当はお前とも殺し合いたいところですが、兄上に固く禁じられてしまいました。今日は奥村燐だけで我慢します」
「え…?」

アマイモンが片手でトンッと私の肩を押すと、その軽い動作から想像できない力で身体が吹き飛ばされた。

「「くまがい!!」」

何が起きたか一瞬わからず、地面に転がったまま静かに目を開けると、遠くにしえみちゃんを抱えて森の奥へと姿を消すアマイモンの姿が確認できた。
そして、クラスメートたちが焦燥感漂う表情で駆け寄ってくる。

「これ折れてるんちゃうか!?」

力なくだらんと垂れた左腕に右手を添える。

「いや…肩はずれちゃっただけみたい、大丈夫」
「大丈夫なわけないでしょ!?アマイモンに吹き飛ばされたのよあんた!」

ズキズキと痛む肩、地面に打ち付けられた身体も少し痛む。

「肩を固定しとけ、お前らくまがいを診てやれ。死んでもその牆壁から出るなよ!!」

霧隠先生はそう言うと、飛び出した奥村くんを追って駆け出した。

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ズドドドドドッ

地面が抉られ、辺りに破壊音が鳴り響く。
アマイモンが奥村くんをなぶり殺すように襲いかかり、奥村くんは立ち上がっては殴られ、立ち上がっては殴られ
森の一部は壊滅状態だった。

「あんなん奥村くん、死んでまうやん…」

出雲ちゃんが布を持ってきてくれ、それを使って志摩くんが私の肩を固定してくれた。
魔法円の外では、クラスメートが殺されようとしている。
それを呆然と見ているだけの私たちは、感じる不甲斐なさに歯を食いしばって我慢するしか無かった。

「…あ…の、クソが!!!」
「「坊!!」」

突然、勝呂くんが駆け出した。
周りの友人が止めに入るも、制止を振り切って混乱の渦中へと急ぎ向かってしまった。

「は?嘘でしょ!?殺されるわよ!!やめてよ!」

三輪くんと志摩くんも、彼を追いかけて行ってしまった。
出雲ちゃんは突然のことに唖然と立ち尽くし、その後くるりと身を翻してこちらを睨むと、
「あんただけは行かせないからね!」と言って仁王立ちで立ち塞がった。

この腕じゃどうにもできないんだけどね…

いや、でも、もしかして…

「ユニコーンの角さえあれば…」
『やっと呼んでくれたね!』

彼の声が聞こえたと共に、辺りは霞がかかり、風がひゅんっと吹いたと同時に、目の前にユニコーンが現れた。
『くるみ!』と言って彼は私に駆け寄る。

『呼んでくれるのを待っていたよ。可哀想に、すぐ治してあげる』

彼が私の肩に寄り添うと、辺りはまばゆい光に満たされ、その眩しさに思わず目を瞑った。
耳元で『ユニコーンの角で戻してあげる』という囁きが聞こえ、ゆっくりと目を開くと、
彼の姿はすでに無く、替わりに私の左腕にはいくばかりに大きな槍のような武器が握らされていた。

「槍…!?それ、魔剣じゃない!」

呆然として言葉の出ない私の替わりかのように、出雲ちゃんが驚いて駆け寄る。
「あんた肩は大丈夫なの!?」と聞かれ、無事を確認するかのように私は腕を振り回して見せた。

『僕は君に具現化させる力を与えることができるけれど、本来それは僕の知ってるものに限る』

槍が喋った…!
ユニコーンの声が手にした槍から聞こえてくる。
おそらく、槍はユニコーンが姿を変えたものだった。

『君がイメージするものは僕の知らないものばかりだから本来の力が出しにくくて困ったよ』
「え…あ!そうゆう、こと…」

ようやく様々なことに合点がいく。
私はこれまで得てきた知識を頭の中にある仮説とつなぎ合わせ、その場にスクッと立ち上がった。

先ほど、宝くんにも言われた通り、私はかつて自分のいた世界で得た知識のイメージで
ユニコーンの力を使役しようとしていた。
しかし、ユニコーンの知らないもの…つまり、この世界に存在しないものをイメージして魔法を使ったため、
本気を出せなかったのだ。

「仕様と要件が噛み合っていない…まるで企業の抱える問題だわ…」
「は?あんたなに言ってんの?」

私がユニコーンとの要件定義をしっかりしきれていなかったことが原因で、これまでは中途半端にしか
使役できていなかったみたいだ。
私は宝くんの方に身を翻して大声で御礼を言う。
彼は動じることなく、表情も変えずにただ突っ立っていた。

「ユニコーン!終わったらいっぱい話し合おう!」
『おやつも出る?』
「出す出す!スコーンとか作るわ!」
『やったー!』

ユニコーンの角、というシンプルな要求に対して、彼は鉄でできた大槍で応えてくれた。

『僕の角は武器として勇敢な君にはピッタリだ。それと、治癒のスピードを早める効果がある。さぁ、早くアイツらの助太刀をしてあげよう』

体の奥底から力がみなぎる。
破壊音のする方へ目をやると、先ほど元気よく駆け出していった彼らは青い炎の中座り込んでいた。
出雲ちゃんの制止の声に心の中で謝り、私は近くに座り込む志摩くんの元へ駆けつけた。

「アイタタ…くるみちゃーん、息すると痛いねん、優しくしてー」
『何だコイツ、必要無いな』
「まぁまぁそう言わずに!」

左腕から感じるあからさまなやる気の低下。
それをなだめてどうすればいいかを問う。

『僕の言うとおりに祈りを唱えて、刃をコイツに刺すんだ』

『祈りを間違えると、ただ傷つけるだけだから気をつけてね』と彼は言う。
そんな大事なこと…練習なしにやれと…

「志摩くん、実験台みたいにしちゃってごめん」
「へ?」
「ユニコーン、いくよ!」

私は意を決して槍を引いて勢いをつけ、そのまま志摩くんの身体に槍を突き刺した。

『『御覧なさい、この刃は汝を慰め、励ます。そこにこそ、救いがあるのだから』』
「っっ…!」

祈りを唱え終わると、槍は光り、私は刺したそれを抜く。
志摩くんの身体に刺し傷などはなかった。
私は恐る恐る、「痛いところ無い?」と彼に問う。

「なんか…楽になったかも…なんや、すごいなあー」
「よかった、それよりも、この炎、なにがどうなったの?」

志摩くんは「奥村くんが…」と言って指をさす。
そちらへ目をやると、手にした剣でアマイモンとやり合う奥村くんがいた。
しかし彼の成りは、いつもの見慣れたものとは違っており、まるで、悪魔のようだった。

尖った耳は長く、鋭い牙は剥き出しに、青い炎を纏った彼は虚無界からやってきたような
異形の見た目をしていた。

「止めなきゃ…」

このままでは、彼が彼ではなくなってしまうような気がして怖くなった。
いつもの人懐こい笑い方をする彼が消えてしまう気がして、一歩踏み出すと、目の前に人影が現れた。

「くまがいさん、ここまでです。今回はあなたに出てこられては困る。ユニコーン、下がれ」

フェレス卿はいつも会うときとは違った表情をしており、何者も逆らえない有無を言わせない雰囲気を纏っていた。
そんな彼の雰囲気に圧倒され、恐怖を覚える。

『…、ごめんくるみ』

『コイツには逆らえない』と小さな声で言ったユニコーンは霞と共に消え去り、私の格好も元に戻った。
フェレス卿の牽制は強力なもので、すぐにユニコーンの力は感じられなくなってしまった。
フェレス卿はふわっと飛び上がると、アマイモンと奥村くんの仲裁に入っていった。

「くまがい!志摩!」

出雲ちゃんが駆けつけ、先生の指示で避難することになったと教えてくれた。

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「…シュラさん、貴女こうなるのわかっていて僕を外しましたね?兄の剣をみると言っていたじゃないか!その顛末がこれか!!」

霧隠先生に向かって、奥村先生が怒鳴り散らす。
森は破壊され、青い炎で辺りが燃やされている。
志摩くんに何があったのか聞くと、三人が駆けつけた後、アマイモンの挑発により奥村くんが剣を抜き、あの姿へと変貌したという。

「いやあ、青いな…まるであの夜のようじゃないか」

突如、目の前に長髪の男性が現れた。
その髪をなびかせながら、彼はアーサー・オーギュスト・エンジェルと名乗り、
ヴァチカン本部勤務の上一級祓魔師であることを語り、私の前に降り立った。

「お嬢さんが現代のアイアン・メイデンのようだね、お目にかかり光栄だ」
「アイアン、メイデン…?」

彼は混乱する私の手を取ると、チュッと手の甲に口付ける。

「せ、先生!」

困惑して霧隠先生に助けを求めると、彼女は呆れたように「つい最近任命されたばっかの現「聖騎士(パラディン)」だよ」と言って紹介してくれた。

そこにフェレス卿と、ーーー…もはや人の言葉を喋ってはいない、奥村くんが現れる。

「おや、お久しぶりですねエンジェル。この度は「聖騎士」の称号を賜わったとか、深くお喜び申し上げる」
「メフィスト…、とうとう尻尾を出したな。お前の背信行為は三賢者まで筒抜けだ。この一件が決定的な証拠となった」

フェレス卿が手にした鞘に剣を収めると、不思議なことに、奥村くんはガクンッと脱力してしまった。
彼の姿は、先ほど見た悪魔の成りではない。

「「もしそれが…サタンに纏わるものであると判断できた場合、即・排除を容認する」…シュラ、この青い炎を噴く獣はサタンに纏わるものであると思わないか?」

彼はそう言うと、憎むような目でフェレス卿と奥村くんを睨みつける。

「正十字騎士団最高顧問三賢者(グリゴリ)の命において、サタンの胤裔は誅滅する」

エンジェルはそう言って剣を手に取り、奥村くんに襲いかかる。
それとほぼ同時に、霧隠先生が魔剣を取り出して応戦したが、エンジェルの刃はいとも簡単に霧隠先生を捉えた。
圧倒的力の差に、霧隠先生は動きを止める。

「シュラ、なぜこのサタンの仔を守る。メフィスト側に寝返ったのか?」
「なワケねーだろ」

エンジェルは剣を仕舞うと、フェレス卿の懲戒尋問を行うと言って指示を出す。
奥村くんは証拠物件として連れて行かれてしまうらしい。

連れて行かれる彼を見やると、目があった。
彼は私たちの姿を見て「みんな無事か!?」と叫ぶ。

今、自分がいちばん危機的状況であることを自覚しているのだろうか…
彼のことが気にかかるも、何も手立てはなく黙って見つめる。
そんな中、勝呂くんが声を張り上げた。

「なんで…サタンの子供がッ!祓魔塾に居るんや!!!!」

どこかケガをしているのか、大声を挙げた彼は盛大に咳き込むと、奥村先生をギロリと睨んだ。
先生は「…説明します。とにかく落ち着いてついてきてください」と言うと、彼に肩を貸しながら塾生を誘導する。

私たちは理解しきれない状況に混乱しつつも、誘導されるがまま、医務室へと歩を進めた。

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詰め込みすぎた…感は否めないけれど、とりあえず表設定は出し切ったかと思います。
ヒロインの魔法のギミックについて、とか!
(13話ながい…!)

今後、物語の中で、「アイアン・メイデン」とは何なのか、なぜユニコーンに選ばれたのがヒロインなのか、今後は大槍が彼女の武器になるのか、などなどの疑問に触れながら進めていきます。

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