011(林間合宿)

「この度ヴァチカン本部から日本支部に移動してきました、霧隠シュラ18歳でーす。はじめましてー」

教壇に腰掛けるナイスバディーなおねえさんは、そう言って自己紹介した。

メッフィーランド崩壊の日、私は一応医務室に運ばれたが特に何もなく、少し横になって体力回復を待った。
翌日、塾に来てみれば、先日奥村くんを連行した彼女が教師を受け持つという発表を受けた。
彼女は魔法円・印章術と剣技の授業を担当すると言う。

あれ…?ネイガウス先生は…?

唖然とする私たちを代表するかのように、勝呂くんが立ち上がる。

「先生は…なんで、生徒のふりしてはったんですか。あと魔印の前の担当のネイガウス先生は?」
「あー…、両方とも大人の事情てやつだよ。ガキは気にすんな?」

釈然としない回答に、生徒は皆置いてけぼりを喰らった。

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「くるみちゃんいるーーー!?」
「ん?」

一学期最後のホームルームが終了し、教室を出ようと支度をしていたところ、他クラスに在籍する
ルームメイトがすごい勢いで乗り込んできた。

「佐藤先輩が…下駄箱で待ってる…!」
「え、私を?」

クラスメートたちは「えー!ついにー?」、「見に行っちゃおうぜ!」と口々に囃し立てて興味を隠さない。

「うるさい!そもそも連絡先も交換してるし、休日も会ってるんだから…さすがに学校の人目につくようなところで告白ではないでしょ…」
「いいから!は、早く行きなさいよ!」

やけに興奮気味の出雲ちゃんが私の荷物を半分持って腕を引っ張る。
後から感じる数多の視線を無視し、私たちは教室を後にした。

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「ほんっっっっっと信じられない!なによ、オカルト研究会って!!!!」
「ごめんごめん!他に思いつかなくって!」

さっきのご機嫌さんとは打って変わり、プリプリと怒った出雲ちゃんは時計を気にかける。

聞き覚えのある、賑やかな声がした方に目をやると、ちょうど奥村くんたちがコチラへ向かってくるところだった。
今日はこれから林間合宿、泊まりの荷物を背負って集まっていた。

「そこのバカ4人。早くしないと遅刻するわよ!」
「完全に八つ当たり…」

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先ほど、教室を出てから下駄箱へ行くと、ルームメイトが言った通り、佐藤先輩が私を待っているようだった。
少し離れた物陰から、彼の友人かと思われる軽音部の先輩方がこちらの様子を伺っている。
その雰囲気から、クラスの皆の言う通り告の白というやつでっしゃろか?と思いながらも、いや、早くない?とも
思ったが、そうでもないなと彼と過ごした日々を振り返った。

周りの友人にも囃し立てられたのだろうか、だよね…高校生の夏休みだもんね…などと思いながら、
彼の言葉を待っていると、ライブの招待状を渡された。
「急でごめん!明後日、小さい箱だけど、夏休み一発目のライブが決まったんだ、来てほしくて」と言って誘ってくれた。

しかし、訓練生の林間合宿は3日間、明後日もライブに行ける暇は無いだろう。
そう思って用事がある旨伝えると、何の予定があるのか尋ねられた。

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「なるほどー、そこで“オカルト研究会”言いはったん」
「なんで塾に来る度に報告しなくちゃいけないみたくなってんの…」

集合した後に電車に乗り込み、三輪くんの「そういや先輩の告白どないしはったんです?」の切り口から、
出雲ちゃんが怒るまでの話を洗いざらい吐かされた。
1-Aの盛り上がりから、三輪くんも気になっていたようだった。ちょっとうきうきしているようにも見える。
結局、周りが期待するような告白ではなく、ライブのお誘いだった。

「私までオカルト研究会の一員だと思われるじゃない!」
「ごめんー、ほんとごめんってばー」
「ってことは、俺たちもオカルト研究会だと思われとんのか…?」

「あかん、無理や」と鬱陶しそうに勝呂くんがつぶやく。

電車には私たち以外の学生はいなかった。
普段ならもう少し、正十字学園の制服を着た生徒たちが乗車しているのだが、明日からの夏休みに向けて帰省する子のほうが多い。

「お楽しみの中申し訳ありませんが、夏休み前半は主に塾や合宿を強化し、本格的に実践任務に参加できるかどうか細かく皆さんをテストしていきます。この林間合宿もテストを兼ねていますので気を引き締めていきましょう」

奥村先生がもっともなことを言い、私たちの学生気分が律される。

「雪男ぉ、お前は本当に15歳か?こーんな可愛らしい同級生が恋バナをしてるんだぞ?興味無いのか?ん?」

霧隠先生は奥村先生を茶化しては「にゃはは」と笑う。
奥村先生は完全無視。
仲の良さそうに見えないこの二人が引率とは、先が思いやられるなあ…

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電車を降り、学園森林区域に入る。
真夏の森の中をやけに重い荷物を持ち、奥村先生を先頭に森の中を歩く。
木々に遮られて多少の日差しは防げているが、気温が高く、ヤブ蚊も多く、歩きづらいことこの上ない。

あー、あちー、ビール飲みたいー

開けた場所に出ると、「ここにテントを張ります」と言って、奥村先生がテキパキと指示を出す。

「この森は日中は穏やかですが日が落ちると下級悪魔の巣窟と化すので日暮れまでに拠点を築きます」

男性陣がテント設営と炭を担当、女性陣は野営周りに魔法円を作画して夕餉の支度をと指示を受ける。
霧隠先生に魔法円の指示を仰ぐと、「コレ」と言って作画された用紙だけ渡されて、ゲームをプレイし始めた。

私たちでやれってことか…
その気怠げな態度は山田くんのときと変わらず、呆れて物も言えなかった。

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「う、うまーーーーーーーーーーーい!」

思わず声に出して叫んでいた。
女子がおぼつかない手つきで夕食作りに取り掛かっていたところ、それに見兼ねた奥村くんが手伝ってくれた。
包丁での皮むきができない私と出雲ちゃん、カレールーは初見だというしえみちゃん。
私たちにはサラダを作れと言い、彼は慣れた手つきで包丁を扱い、カレーを作り上げた。

他の塾生たちも絶賛している。

「普通のカレールーで作ったんだよね!?なんでこんなに違うの…」
「ぐはは!タマネギのタイミングと使い方がコツだ。今度教えてやるよ!」

そう言って得意げに笑う奥村くんの横で、奥村先生は「奥村くんの唯一の生産的な特技です」と皮肉を言う。
こんな感じで、この似てない双子は仲良く育ったんだなあと思うと、感慨深いものがある。

年齢かな…ちょっと人の生い立ちを考えると涙腺にくる…

林道を歩いて疲れたか、食欲がいつにも増してすごい。
私が「お母さんおかわり!」と言うと、奥村くんは「はいはいもっと食べなさい」とノリよくカレーをよそってくれた。

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「…では、夕食が済んだ所で今から始める訓練内容を説明します」
「つまり、肝だめし肝だめしー♪」
「シュラさん…勤務中です」

霧隠先生はビールで一杯やっている。
え、ビール…ビールだ…!

「わ、羨ましい…」
「くまがいさん…今羨ましい言いはりました?」

三輪くんが「聞き間違いだったらすみません」と言って尋ねる。
やばっ…声に出てたか…

「聞き間違いだよ」と誤魔化す。
あぶないあぶない、私は15歳、今の私は15歳…

「つかその女!18歳や言うてなかったか!?」
「18歳?何をバカなことを。この人は今年でにじゅうろ…」

言いかけた奥村先生の頭に、空き缶が飛んできて当たった。
投げた本人であろう霧隠先生は、「手が滑った」と言ってヘラヘラ笑った。
瞬間、奥村先生はギラッと彼女を睨み、ドスの利いた声で「おい…仕事をしろよ…!!」と怒りを露わにした。

初めて見る奥村先生の素顔な一面に、塾生一同呆気にとられた。
曲がりなりにも15歳、あの人もちゃんと怒ったりするんだ…

奥村先生はエヘンと咳払いを一つして、先生モードに切り替わる。

「えー、では…説明します。これから皆さんにはこの拠点から四方に散りじりに出発してもらい、この森のどこかにある提灯に火をつけて戻ってきてもらいます。3日間の合宿期間内に、提灯を点けて無事戻ってきた人全員に実践任務の参加資格を与えます」

「ただし、提灯は三つしかありません」と言った奥村先生の言葉に、塾生がざわめく。
実践任務の参加資格は“3枠”のみしかないという。
つまり、塾生8人でその枠を争うこととなるのだ。

実践任務の参加資格、争奪戦…!
何故だろう、体の奥底からジワジワと力が沸いてくる。
好戦的な、なにかとてつもなく勇ましい気持ちになれた。

「…では、位置について。よーい」

ドン!と発砲音が響き、一斉に四方八方に走り出す。
ここを拠点として半径500m、決して広くないこの森の中が、私たちの勝負のフィールドとなった。

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林間合宿はじまりです。

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