009(強化合宿)
「へ、変身…?」
ユニコーンは、『僕、この臭い嫌いだな…』と言うと、私に身体を擦り付けた。
えっ!?闘ってくれるわけじゃないの!?
バキッバキッ
木が壊される音に顔を上げると、屍がバリケードをかき分けながらこちらへ近寄ろうとしていた。
しかも、屍は二体に増えている。
「ふ、増えてる!?」
「屍は暗闇で活発化する悪魔やからな…」
「二匹か…!俺が外に出て、囮になる。二匹ともうまく俺について来たらなんとか逃げろ」
「はァ!?何言うとるん!?」
「俺のことは気にすんな」と言うと、奥村くんはするするとバリケードをすり抜け、屍を挑発して部屋を出ていった。
しかし、屍はまだ一匹残っている。
「子猫丸つられるなよ!」
「はい!」
三輪くんと勝呂くんはアイコンタクトをして、致死節の詠唱を始めた。
志摩くんも警戒して屍を睨みつけた。
着実に屍が近寄ってくる中、しえみちゃんがその場に倒れ込んだ。
同時に、バリケードも消える。
「しえみちゃん!!」
「のやろォ…!」
志摩くんは錫杖を持って屍に立ち向かう。
『ホラッくるみ!早く変身しなくちゃ!!服脱いで!』
「はあぁ!?」
この期に及んで、この悪魔は何を言ってるんだ…!
どうすればよいのか、その場でオロオロとしていると、しびれを切らしたのか、
ユニコーンが『へーんしん!』と叫び、そのまま私の胸のあたりにキスをした。
すると、瞬間、
着ていた制服も下着も、霞がかって消えていく。
「ちょちょちょちょ!?」
「なっ!?くるみちゃん!?…しもた!!」
こちらを見ていた志摩くんは、錫杖を屍に飛ばされてしまう。
それを見た出雲ちゃんは祝詞を唱え、白狐を召喚した。
「あたしに従え!!…くまがいっ!なにか策があるなら早くやんなさい!」
そう言って出雲ちゃんはその場に立ち上がり、屍に立ち向かう。
そうしてる間にも、私の服は全て消え、替わりにふわっとしたワンピースが着せられていく。
戸惑う間にも、徐々に格好は変わっていき、辺りに火花のようなものが飛び散った。
「悪魔に見初められ誕生!マジカル祓魔師、くるみ!」
ふっと湧いた口上を自然に述べると、どこからともなくファンファーレが聞こえた。
「…って、え!?なにこの格好!それに、なにマジカル祓魔師ってぇ!?」
『くるみ、あぶない!』
霊(たまゆら)の祓(はらい)で弱ったかと思われたが、屍は白狐を振り払った。
振り払われた白狐を抱きとめる。
『くるみ、明かりを灯すんだ!』
「あかり!?明かり…明るくすると言えば…閃光玉!!!!」
咄嗟に頭に浮かんだゲームのアイテム名を叫び、投げつけるような動作をする。
すると、手の先にステッキのようなものが現れ、ステッキの先に光が集まった。
途端、光の塊は屍の頭上に飛び、そこで弾けた。
パァアアアアアッ
「ギイイッィィィウモオオオオ」
「“その録すところの書を載するに耐えざらん!!!”」
屍が光を浴びて弱り始めたとほぼ同時に、勝呂くんは最後の致死節を唱え終わる。
最後の致死節が当たったのか、屍はパァンッ!と弾けて砂のように消えていった。
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「ハーイ☆訓練生(ペイジ)の皆サン、大変お疲れサマでしたー」
天井からフェレス卿が降り立つ。
あんなところから…!?
屍を倒した後、奥村くんも何食わぬ顔で教室に戻ってきた。
彼いわく、もう一体も倒したという。
一体何者なんだよ奥村燐…
そこへ、いつもの白いスーツとマントを纏ったフェレス卿が突如現れた。
「メ…メフィスト!?」
「あれって理事長か…?」
「どーゆうこと…?」
「このわたしが中級以上の悪魔の侵入を許すわけがないでしょう!」そう言ってフェレス卿がパチンッと指を鳴らすと、部屋のあちこちから祓魔師の先生方が出てきた。
「医工騎士(ドクター)の先生方は生徒の手当を」
フェレス卿の指示を聞いて、先生方が手際良く魔障の手当をしていく。
まるで前もって準備をしていたその様子に、ハッと勘付く。
「サプラーイズ!そう!なんと!この強化合宿は候補生認定試験を兼ねたものだったのです!!!」
今回の合宿は抜き打ち試験だというのだ。
先生方を配置し、隠れて審査をしていたのだという。合否は明日発表。待つようにと言われた。
「おやぁ?くまがいさん、その格好とてもお似合いですなぁ!?まるでアニメの世界から出てきたようではありませんか!」
「ちょっと…!勝手に写真撮らないで下さい!」
四方八方からカメラを構えて、変身姿を撮影される。
というか、連絡を何週間も放置してこの人は…!
「後日、ちゃんと時間作りますよ☆」そう言ってウィンクをして彼は去って行った。
「ユニコーン、もういいよ…戻して…」
『また呼んでね、くるみ』
ユニコーンは名残惜しそうに私に擦り寄った後、霞を纏って消えていった。
魔法少女の格好もそれと共に消え、元の制服姿に戻っていた。
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「くっそおーーー!!!!」
奥村くんは抜き打ち試験に騙されたと腹を立てていた。
候補生は医務室へ移動し、魔障の治療を受けている。
私の魔障は不思議と消えており、体調に問題はなかった。
しかし、長いこと召喚していたからか体力の消耗が激しい。
医務室のベッドを借りて横になっていた。
「ユニコーンには強い癒やしの力を持つと言われてるわ。召喚したことで癒やされたんでしょ」と出雲ちゃんは言う。
私が契約している悪魔がユニコーンだとわかってから、祓魔師が提供しているデータベースを頼りにして
知識を集めていた。
ユニコーンの角には水を浄化し、毒を中和し、あらゆる傷を治癒し、不老を施す力があるという。
しかし、人には決して懐かず、捕獲も難しいことからその存在は希少価値の高いものとされている。
そんなユニコーンに見初められた、として、私の存在も祓魔師界隈では話題だと奥村先生は言う。
「試験って…なにを基準に合格できるのかな…」
試験の合否を懸念してわいわいしていると、しえみちゃんが目を覚ました。
「わり!起こしちった…」
「あ、ごめん、しえみちゃん、うるさかったよね」
「ううん、もう大丈夫…」
しえみちゃんはまどろみながらも、こちらを見て微笑んでくれた。
「杜山さんがおらんかったらと思うとぞっとするわ、ほんまにありがとお」
「え?そ…そんな…こちらこそ!」
「そおいや奥村くん、どないしてあの屍倒したん?」
奥村くんは目を泳がせ「俺はあの、剣でグサッと…」と、言葉を選ぶようにして答えた。
「はぁー…すごいなぁ、騎士の素質あるんやね…」
「何や、剣でグサッとて!抽象的すぎるわ!」
「そ、それよりも…」
奥村くんはこちらを見て、「くまがい!あれどうなってんだ!」と興奮気味に身体を乗り出した。
そうだ…!さっき変身したとき…!
「勝呂竜士!乙女のスカートめくりやがって!!志摩くんも!なに変身してるとこ見てんのよ!!」
忘れかけていた怒りをぶつける。
そう、目の前のヤンキー風貌の男は15歳ぴっちぴちのJKのスカートを捲って、
世間にパンツを晒したのだ。
「い、いやぁー、堪忍な。奥村先生と話してた時のこと思い出してな、召喚には“恥じらい”が必要なんちゃうかな思て」
「恥じらい…」
初めてユニコーンを召喚した授業のシーンをもう一度頭に思い浮かべ、
出雲ちゃんが召喚した白狐にスカートを捲られたことを思い出した。
「…なるほど、ユニコーンは処女の女性を好むということは、そもそも処女厨に求められることが私には必要ということね」
「あんな破廉恥な変身見せつけられたら、つい見てまうわー」
「破廉恥…」
たしかに、霞がかっているとはいえ、あんな裸になる必要無いんじゃないか…。
もしかして、
手順が逆…?
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「無事全員、候補生昇格…!おめでとうございまーす」
「…おおおーしゃあー!!」
「やったー!」
まさかの全員合格に、塾生たちは大いに沸いた。
「フフフ…では、皆さんの昇格を祝して…」
そう言って提案された打ち上げ先はもんじゃだった。
あまりにも意外な提案に拍子抜けする。
奥村くんを始め、塾生一同は残念感を隠しきれないでいた。
全員ということは、山田くんも宝くんも合格ということ。
未だ謎の多い二人のことをチラッと見る。表情の読めない様子に疑心を抱いた。
あいつらも悪魔なんじゃないか?
もうこの世界、よくわからん生物はみんな悪魔だ、そうに決まってらぁ!
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「…という経緯で変身したってことなんです」
「なるほど…ユニコーンの能力による魔装といったところでしょうか、実におもしろい」
「魔装、ですか…」
もんじゃ焼きを奢ると言い、フェレス卿は学園町内にある駄菓子屋へ連れてきてくれた。
浴衣を着て涼むフェレス卿の隣に腰掛け、変身したときの経緯を話す。
「ユニコーンをたらしこんだ記憶は?」と聞かれたが、まったく心当たりがない。
ユニコーンは私に惚れ込み力を貸してくれているような契約らしい。
その能力を使えるうちに修行を積み、うまく利用すべきだと彼は言う。
「あれほどの力を人間に貸すとは、珍しいことです。
正十字騎士團には、詠唱・召喚儀式の達人と言われている人物がおりますが、悪魔の力を自分の力とすることはできないはず。
きっとなにかしらのラブ☆イベントがユニコーンとの間であったに違いありません!」
「ラブ…イベント…見に覚えがないなあ」
「悪魔が人間に惚れることはそう珍しいことでもありません、私も麗しいあなたの魔女っ子姿に心ときめいた者の一人ですよ」
そういって胡散臭い男はウィンクでポーズをキメる。
とりあえず、今後はもっとユニコーンの生態に詳しくなり、変身のルーティンを確立する必要がある。
…できれば、他人にスカートめくりをされない方法で、だ。
次やられたらぶっ飛ばすぞ、まじで。
「あ、それと…」
ふと思い出して、最近あった恋のことも相談する。
「私、元の世界に戻るということはないんでしょうか?」
「ユニコーン次第では、あり得るでしょう。彼も、他の悪魔と手を組む必要はありますが世界線を変えることができたのであれば、きっと元の世界線に戻すことも理論的には可能かと」
「なるほど」と頷いて、私は佐藤先輩の好意をどう受け取ろうか考えた。
「ずばり言い当てますと、あなたは今、自分に好意を抱く先輩との恋模様をどのようにすべきか悩んでいると」
「え!なんでわかったんですか…!」
「なんでもお見通しです」と言った彼の表情は、やけに生き生きとしている。
他人事だと思って、楽しんでやがるな…
まあ、そりゃあ、楽しいよね、高校生の恋愛なんて私も傍から見ていたら楽しく思えちゃうわ。
「いや、あのですね、急に元の世界に戻ってしまうんだったらそう簡単に人とお付き合いとか、そうゆうことは迷惑かなあって」
「えぇ、えぇ!わかりますよ、その抱かれている懸念。なんとかして差し上げるので思う存分、学生は学生らしく恋に友情に青春を謳歌してください!」
「え、ぇー!あっさり回答されちゃった…」
「いざってときは私も協力して彼の感情をコントロールしましょう、可憐な少女の頼みならば仕方ない」と言ってのけた。
時の王様はそんなこともしてくれるのか…
「くまがいさん、もんじゃ運ばれて来ましたよ」
呼ばれて振り返ると、奥村先生が奥の座敷を指差して教えてくれた。
「くまがい!早くこっち来てよ!」と呼ぶ出雲ちゃんの呼ぶ声が聞こえて、思わず口元が緩む。
この3ヶ月間でだいぶまろやかになってくれたものだ。
「先生も、フェレス卿も、焼けたら呼びますね」
そう言って、同級生たちの待つ店内へ駆け込んだ。
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いったん表向きの設定は出し切ったかと思います…!
次回からは単行本3巻に入りますよー