刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第四章

 燭台切はプレゲーム終了後、大広間からそう遠くない近侍執務室に飛ばされていた。
 長谷部達のあの一件で、これから何が起きようとも動じない覚悟をしていた彼は、飛ばされた後も比較的速やかに状況を把握し、すぐに自分が帯刀していないことに気付いた。そして山姥切や薬研と同じようにこのゲームのルールについて考察し、すぐに自分の刀を探すため動き出していた。
 このゲームの首謀者は政府だ。
 長谷部と仲が良かった燭台切は、プレゲームで大きな後悔をした。もうあんな思いは沢山だ。燭台切が思うのは、『何とかしてこのゲームを止めたい』、それだけだった。
 このゲームが続く限り、さっきのような悲劇はきっと起き続ける。それを止める為には、ゲームの主催者に対抗できる手段を見付け、皆に『ゲームを続ける以外にも助かる方法がある』という希望を持たせるしかない。
 その為に、やらなければならないことは沢山あった。
 まずは自分の身の安全を確保すること。刀が無ければ脅威に立ち向かうことすら出来ないのだから、刀の発見は最優先だ。
 次に情報を共有できる仲間を探すこと。それも出来るだけ沢山。味方は多いに越したことはないし、ゲームに対抗するには多くの情報がいる。

 先ほど、蛍丸と偶然応接間で鉢合わせた。
 燭台切は自分の刀を見つけるまでは他人との接触は控えるつもりでいたが、何分偵察が苦手な上、相手も誰かと会うことに全く警戒していないようでうっかり対面してしまったのだ。
「あ、燭台切」
 そう声を掛けられ、燭台切はなるべく普段通りの振る舞いで笑顔を作った。
「蛍丸くん。良かった、無事だったんだね」
「うん。それより国俊見なかった?」
「愛染くん? いや、残念だけど見てないな」
「そっか。わかった、ありがとう」
 蛍丸は、本当に、拍子抜けするほど燭台切に対し警戒していなかった。それより、とにかく愛染が心配で仕方ない、そんな様子だった。
 蛍丸とはそのまま別れてしまったが、燭台切は彼に出会えたことが少しだけ嬉しかった。剣を向けられなくてホッとした、と言う方が近いかもしれないが。
 考えてみれば、この本丸に本当に殺し合いを望む人間なんているはずがないのだ。いきなりこんな事態になって燭台切は混乱していた。あの時の長谷部の行動だって、結果はどうであれ仲間を想った行動であるのには違いない。
 燭台切はこの本丸の仲間が好きだった。宴を開けば皆が集まり、自分の料理を美味しそうに食べてくれる。
 だからもう誰も死んで欲しくないし、ゲームに惑わされて仲間を殺して欲しくもない。
 だから燭台切はゲームを止める。
 改めて彼は決意を固め、自分の信念を貫くため、ゲームに対抗する道へと一人歩き出した。





 気付いたら客用離れに佇んでいた太郎太刀は、まず地面の刀に目を止めた。
 鞘に収まったそれは明らかに自分の刀より短くて、それが他人のものだと気付いたと同時に、自分の刀が無くなっていることにも気が付いた。
 恐らく、ゲームの首謀者に脅された主が転移の術を使い、刀剣男士と刀を別々に飛ばしたのだろう。これでますます主が捉えられている事態に信憑性が増した。つまり、このゲームは決して悪戯などではない、ということだ。
 刀が無くなっている理由は恐らくゲームを流動的にするため、皆をバラバラにしたのは仲間同士の疑心暗鬼を誘うためだろう。刀が無ければそれを探す為に皆屋敷を歩き回るし、そうなれば自ずと戦闘の機会も増える。
 しかし太郎太刀には、そもそも何故そうまでしてゲームを遂行しようとするのか、首謀者の意図が分からなかった。
 一体このゲームは、誰に何の得があって行われているのだろう。
「……駄目ですね」
 あれこれと考えを巡らせはしたものの、結局答えを出せなかった太郎太刀は、落ちていた刀を拾うと部屋の端に座り込んだ。
 手に取った刀を見つめる。紫の下緒が巻かれた漆塗りの鞘は重厚感があり、細微な装飾が施される金色の鍔は繊細かつ優美。使い慣らされた柄巻からは持ち手の熟練度が想像される。
 その刀は、燭台切光忠だった。彼とは比較的仲が良かった太郎太刀は、過去に何度もその刀を間近で目にしている。
 ――命にも等しい彼の刀を拾ったのが自分で良かった。太郎太刀はこの刀を持ち主に返すまで、自分がこの刀を守ろうと決めた。

 それから、物思いに耽ったりしてそう長くない時を過ごしていると、ふと外に人気があることに気が付いた。
 客用離れは周りを池に囲まれており、ここに来るには応接間から繋がった長い橋を渡る他ない。つまりは一本道だ。
 太郎太刀は気配を殺し、燭台切の刀を構えた。彼には悪いが、危害を加えようとするものが現れた場合、この刀を使うのも止む無しだ。
 しかしカタリと扉に手を掛けたのは、この刀と同様、黒い装束に身を包んだ人物――燭台切光忠本人だった。
「太郎太刀さん?」
 恐る恐る扉を開き、中に入ってくる燭台切に、太郎太刀は驚きつつも彼を迎え入れる。
 燭台切は一定の距離を保ったまま太郎太刀に向かい合った。どうやら警戒されているようだ。
「近くから自分の刀の気配がするのでもしやと思ったんですが、まさか太郎太刀さんが持ってくれていたとは」
「ええ。私がここに移動して来たときに見つけましたので、誰かに壊されてはいけないと」
「そうでしたか。ありがとうございます」
 お互いぎこちなさを隠すように会話する。が、先に警戒心を解いたのは燭台切だった。
 太郎太刀が燭台切の刀を折っていない時点で、彼が燭台切にとって害の無い存在であることは明白だ。一方太郎太刀は、刀を燭台切に返してしまえば燭台切に襲われる危険がある。
「太郎太刀さん、実はこのゲームについて聞いてほしい事があるんです。僕の刀は貴方が持っていて構いませんので、話だけでも聞いてくれませんか?」
 だから燭台切は、敢えてこんな言い方で太郎太刀の信用を得ようとした。まぁ元より太郎太刀は燭台切に警戒心など抱いていなかったが、ここは彼に従い、大人しく話を聞くことにする。
 燭台切が話したのは、蛍丸に会ったこと、このゲームについての考察、そしてどうにかしてこのゲームを止めたいという思いだった。
「このゲームの首謀者は政府です。それは多分間違いない。僕があの放送を聞いてまず思ったは、『政府は何のために僕等にこのゲームをさせるのか』ということでした」
「待ってください。そもそも何故、政府が首謀者だと?」
「理由は色々あります。まずはこのゲームが刀剣男士に対して仕組まれたものであること。刀剣男士という存在自体、知っている者が限られていますからね。政府と、審神者と、後は時間遡行軍くらいですかね。
 他にも、本丸という特殊空間内に放送を流すという所業や、主を監禁できる立場を持っているということ」
「なるほど。そんなことを出来るのは政府くらい、という訳ですか」
「ええ」
 太郎太刀が納得したのを確認すると、燭台切は一つ頷いて話を次に進める。
「放送で流れていた沢山の悲鳴、ありましたよね。あれが本物なら、主の他にも沢山の人間が捕らえられていることになる」
「! 主の他にも、多くの審神者が捕らえられていて、私達と同じようにゲームをさせられている、と……?」
「可能性はあります。僕は正直、主の自作自演という可能性も考えたんですけど――」
「ま、まさか……主が何故そんなことを?」
「可能性はゼロじゃないでしょう? だけどいくら考えても、主が僕達を戦わせる理由がなかった。刀剣男士を顕現させたのは他でもない主ですし、数を減らしたいのなら普通に刀解すればいいですからね。
 そう考えると、このゲームの首謀者は政府で、うちの本丸以外にもゲームを強制させられている本丸がある、という仮定が成り立つ訳です」
 確かに、政府は主と違って刀剣男士に直接的な作用を及ぼせない。だから政府は審神者に刀剣男士の管理を任せているのだ。
「さて、このゲームが政府首謀だとして、一つ見えてくることがあるんです」
 一旦話を区切り、大きく息を吸う燭台切。これから大事な話をするとでもいう風に、彼は声を潜めた。
 太郎太刀は興味に惹かれ身を乗り出しつつ、彼の言葉を待つ。

「――僕達の中に、政府と内通している者がいる」

 燭台切が発した言葉は、太郎太刀にとって衝撃的な内容だった。
「それ、は、穏やかじゃないですね」
「まぁ、そうですね」
「何故そう思うのですか?」
「一番大きな理由は、指示書が近侍執務室に置かれていたことですね」
「あ」
 言われてみれば、簡単な話だった。
 何故あの指示書がいきなり執務室に現れたのか。――誰かが置いたからだ。
 ここ最近で、政府が本丸に足を踏み入れたことはない。つまりあの指示書は、この本丸にいる誰かが置いた以外に考えられない。
「他にも、ゲームの進行がスムーズ過ぎるというのもあります。あんな怪しい指示書で広間に全員が集まるなんて、可能性としてはそんなに高くないですよね。
 プレゲームで政府の思惑通りに殺し合いが始まったのも、運の要素を多分に孕んでいる。今回はたまたま長谷部くんが行動を起こしたけれど、そうならなかった時のために調整役は必ず必要なはずです」
 太郎太刀が口を挟むまでもなく、燭台切の説明には説得力があった。政府がこのゲームを遂行するために、裏で誰かを操っていた。
「と、言うことは、内通者というのは長谷部さんですかね」
 一番最初に行動を起こしたのは彼だった。……が、この言動は少し軽率だったか?
 燭台切は長谷部と仲が良かった。だからこの質問は彼にとって酷だったかもしれない。しかし燭台切は、太郎太刀の質問を当然のように肯定した。
「その可能性もあるでしょうね。もちろんそれは誰にでも可能性はあるし、僕だって自分が内通者の可能性を否定できない」
「それはありませんよ」
 燭台切が、不思議そうに太郎太刀を見る。
「内通者が、わざわざ他人にそれを言ったりしないですから」
 あっさり言い切ったその言葉に、燭台切は目を白黒させた後、人の良さそうな顔で笑った。
「はは、そうかな? ありがとうございます。信じてくれて」
 燭台切を見ていて、太郎太刀はもしこのゲームを打開するような策があるとしたら、それはこの男にしか出来ないことだと直感していた。
 太郎太刀は以前から燭台切光忠という男を高く買っていた。彼には人を信頼させる何かがある。
 燭台切は人の懐に入るのが上手いのだ。料理もそうだし、その人柄から本丸内では長谷部と並んで周りから頼りにされる存在だった。
 太郎太刀はひとつ決意をすると、改めて燭台切に向き直った。
「燭台切さん。よろしければ私も貴方に協力させていただけませんか。私も仲間同士で殺し合いをさせられるなど、どうしても許せない。もしゲームを止めるに手立てがあるならば、それに賭けてみたい」
「! 本当ですか!?」
 燭台切は相当嬉しかったのか、笑顔を満開にし、何度も「ありがとうございます!」とお礼を言った。

 太郎太刀が味方に加わったことで、燭台切は改めて今後の方針を提案してきた。提案は大きく分けて二つ。
「一つ目に、太郎太刀さんの刀を探し出すこと。そして二つ目に、打倒政府に賛同してくれる味方を集めること」
 燭台切は気を利かせて先に太郎太刀の刀を探そうと提案したが、それは太郎太刀が丁重にお断りした。
 自分の刀は近くにあれば気配で察知することが出来る。刀は、味方集めの過程できっと出てくるはずだ。
「私のことは御心配なさらずに。先に味方集めから始めましょう」
「良いんですか?」
 太郎太刀は深く頷く。
「分かりました。では、先に味方集めから進めましょう。ただしくれぐれも敵に遭遇しないように、慎重に。敵対する相手に遭遇したら迷わず逃げる。説得して味方になってくれそうな相手にだけ声を掛ける。良いですね?」
 太郎太刀はもう一度頷いた。
 こうして、太郎太刀は燭台切と共に、ゲームが始まって以来初めて客用離れを後にしたのだった。

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