刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 終章

 審神者は刀剣男士を顕現する。
 刀剣に魂を宿し、背負った歴史を人の姿へと変える。
 では『人』とは何か。骨か、肉か、魂か。それは『人』というものをどう捉えるかによって変わってくるだろう。
 体のことを言うのであれば骨、肉であろう。人の営みのことを言うのであれば魂であるかもしれない。
 ある審神者は、人を感情だと捉えた。
 その者が、自分の置かれた環境で何をどう感じるか。それが人だ。
 同じ刀剣でも性格に差が出るのは、刀に感情があり、それが環境の中で育つからであろう。
 ならば、と審神者は考える。
 もし刀剣男士が戦いの末破壊されるようなことがあっても、新たに鍛刀した刀の感情が同じなら、それは“同じ人”と言ってもいいのではないか、と。
 死んでしまった刀剣男士を、再び生き返らせる。
 顕現式とは、言わば感情の明確化であった。
 この本丸で育った感情を『願い』という形で聞きとり、形にする。
 もしその刀剣が破壊されても、同じ願いを持てたなら、再び彼らと出会えるように――





 山姥切は本丸の後始末に追われていた。
 かつてこの本丸で寝食を共にした仲間の残骸を拾い集め、鍛刀部屋へと運ぶ。
 寝る間も惜しんで、主命を果たす。
 本邸や庭で折れた刀は比較的簡単に集めることが出来た。しかし、燃えた別邸から刀を探し出すのは苦労した。
 それでも何とか燃え炭から刀をかき分けて、全ての刀を運び終えた山姥切は、精魂尽きてその場に倒れ込んだ。
 あれから、あの忌まわしきゲームから二日が経った。
 結論から言うと、山姥切達は主を救出することに成功した。
 主を助け、気を失った山姥切が、事の顛末を主から聞かされたのが昨日の朝だ。
 あのバトルロイヤルと称されたゲームは、政府の中のごく一部の人間が起こした暴走に近いプロジェクトだったらしい。山姥切が主を助けたことで、それが政府内に広く露呈され、企画した一部のお偉方は残らず重い処分を受けた。
『来たる時間遡行軍との全面戦争に向けての戦力拡充』
 その名目で企画されたバトルロイヤルは、政府の人間が見ても非人道的な内容だと判断された。
 そもそも刀剣男士を人間と見るか物と見るかについて、政府の中では意見が二分する。それに加えて、今回は審神者が軟禁状態にあったのが問題視された。
 審神者はバトルロイヤルのことは一切知らされず、本丸の検査だ何だと言い訳を並べ立てられあの場所に軟禁されていた。政府が刀剣男士の転移に式符を使ったのも、そんなところが理由だったわけだ。
 二二〇五年の現代において、人の命は何よりも尊重され、憲法によって保障されている。つまり政府が審神者に手を下すことは、何があろうと決してないのだ。裏を返せば、政府がゲームのルールと称した一切の事実は、全部刀剣男士を騙すためのデタラメだった。
 本丸の悲惨な状況を知った二十名の審神者は、政府を酷く非難した。それは他の本丸の審神者達の耳にも広く知れ渡り、事の重さを察した政府は、今後このようなことが起きないよう第三者機関を設置し、被害にあった本丸に今後の手厚い資源配布と本丸を立て直すまでの任務緩和を約束した。
 それでも、審神者達が負った心の傷は簡単に癒えるものではない。
 それは主も同じだった。
 この本丸で生き残ったのは、山姥切ただ一人だ。
 皆死んでしまった。
 政府に乗り込んだ五人も、残らず政府の刀剣男士に斬られ死んでいた。
 山姥切だけは、主に守られ生き残った。
 政府が審神者に手出しできない以上、主が軟禁されていた扉を破ったあの時点で、山姥切達の勝利は確定していたのだ。
 だが山姥切は、自分以外全員が死んだこの結果を、果たして勝利と呼んで良いのかどうか分からなかった。
 様々な手続きを終え、本丸に戻った主は、すぐに山姥切を手入れ部屋に入れた。迷わず手伝い札を使い手入れを完了させた主は、起きた山姥切に、少し休んだら折れた刀剣男子達の破片集めをするよう依頼した。
 山姥切はすぐに主命を実行した。
 山姥切は主が何をするつもりなのかすぐに分かった。
 今まですっかり忘れていたが、敵に斬られた時に見た走馬灯で思い出したのだ。
 主が刀剣男士達に『願い』を聞いていたことを。そしてその意味を。
 丸一日掛け休むことなく刀を探し出した山姥切は、現在鍛刀部屋で力尽きて倒れ込んでいる。地面は泥だらけで汚いが、そんなことを気にしている気力もなければ「泥で汚れているくらいで丁度いい」などと言う体力もなかった。
 四日間のゲームと今日までの後処理で、山姥切はまさしく精根尽きた状態だった。
 一方主は既に鍛刀の準備に取り掛かっており、部屋には大量の資材と手伝い札が並べられている。
 主は軟禁された数日間何もすることがなく、本丸の状況を知った後も神通力を貯めに貯め、気力も体力も満タンだった。
 だが、これから二十九振りも鍛刀することを考えると、終わった頃には山姥切と同じく地面に倒れ込んでいることだろう。
 山姥切は地面に寝転んだまま、主の鍛刀を見守った。
 折れた刀は破片も含め集められるだけ集めた。これを使えば、理屈上は同じ肉体の刀剣男士が鍛刀されるはずだ。だが実際には、これで“同一人物”が顕現されることはまずない。
 どこか、何かが違う同一人物。二振り目として鍛刀された刀剣男士を表現するなら、そんな感じらしい。この本丸の刀剣男士は今まで一度も折れたことがなかったので、これは山姥切が演練の際に他の刀剣男士に聞いた話だが。
 主が鍛刀する音を聞きながら、山姥切は眠気と戦っていた。
 ここで眠って、目が覚めたらまた昔の日々に戻れるのだろうか。いや、顕現式を行うのは鍛刀してから一ヶ月後だから、少なくともそれまではかつての記憶のない仲間達と過ごさなければならないのか。そもそも、顕現式で同じ願いを言ったからって、パッとすぐに記憶が戻るものなのか? 俺が写しであることのように、自然と持って生まれて来たりはしないのだろうか。というか主のこの目論見は本当に上手くいくのか?
 それは、誰にも分からない。記憶なんて、目に見えない酷く曖昧なものなのだ。
 それでも皆に会えるならば、まぁいいかと山姥切は思った。
 皆に会えたら、まずは何を言おうか。いや、それより歌仙が顕現される前までに庭の花を整備しておかなければいけない。あんな炭だらけの庭では、元の歌仙は絶対戻ってこないだろう。
 確か建物の修繕は政府がしてくれるという話だった。政府の全力を持ってすれば、二、三日もすれば全ての修繕が終わっていることだろう。庭が完成する前に藤の花を植えるよう主に言わなくては。
 ああ、それから、顕現したての燭台切には昼餉が作れるだろうか。不眠不休の山姥切は腹が減って仕方ない。が、場合によってはしばらくは山姥切が三十一人分の食事を作らされる羽目になるのかもしれない。俺は料理は得意じゃないぞ。早急に燭台切に厨の勝手を教えなければ。ああ、それから……
 そんなことをうつらうつら考えていたら、山姥切はいつの間にか夢の世界に落ちていた。
 そこでは、燭台切が料理を振る舞い、大和守が加州と喧嘩し、堀川が和泉守を世話し、鶴丸が三日月と月見酒をし、歌仙が山姥切の隣でよく分からない歌を詠んでいた。
 山姥切は目が覚めても、それは現実に続いているのだと何故か信じられた。だから目が覚めることが怖くなかった。
 夢の中の喧騒は、やがて夢の外からも聞こえてくる。
 光が差し込む。
 その喧騒に引っ張られるように、山姥切は光の外へ目を覚ました。

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