刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第二十七章

 中央管理室に、非常事態を知らせる警報が鳴り響いた。
「し、侵入者のようです!」
 突然の聞きなれない音に、その場にいた数人の職員たちがざわめく。
「すぐに状況を把握し、危機管理室に連絡しろ」
 職員の一人が指示を出し、近くにいた男がずらっと並んだ沢山のモニターを操作する。手元の電話を取り、危機管理室の内線番号をプッシュした。
 文明が発展した二二〇五年において、外部の者がセキュリティーを超えて建物に侵入することなど滅多にない。電話を掛けた職員が警報を聞いたのも、中央管理室に配属された二年間で初めてのことだった。
 もしかしたら警報機の異常かもしれない。よもやそっちの方が可能性としては高いように思えた。
 電話を終え少しすると、危機管理室の職員がやや乱暴に扉を開け入ってきた。
 現れたのは、まさかの危機管理室危機管理部の部長だった。
「ぶ、部長!? 何故部長がここに……」
 流石にこれには皆驚く。警報よりもむしろこっちの方が異常事態を知らせるには効果が高いんじゃないか?
 通常、よほどの事態でない限り管理職が現場に来ることはない。まずは職員が事態を把握し、係長、課長に報告した上で、重要度に応じて部長、局長に話がいくのが筋というものだ。
「あ、あの、これは――」
「いいから状況を報告しろ」
「は、はい!」
 威圧的な雰囲気を醸し出す部長に後ろに立たれ、モニター前に座った平職員は萎縮しながら説明を始めた。
 モニターには三人の刀剣男士が映されており、彼らは正面玄関前で側の警備員に中に入れろと騒いでいるように見えた。職員の知る知識では、確かあの刀は鶯丸、大和守安定、宗三左文字と言ったはずだ。
 モニターから確認できるのは資格情報のみで、音声までは確認できないが、これがそんなに大事(おおごと)なのだろうか。部長が直接出向く程に?
 確かに、刀剣男士の近くに審神者が見当たらないのはおかしいし、刀剣男士ら三人の必死さも多少疑問ではあるが、たかが刀剣男士三人が外で騒いでいる程度で問題になることなど、ここの職員には思いつかない。
 職員が報告を終えると、部長は顔を歪め、焦った様子でバタバタと部屋を出て行った。その際、「俺の指示があるまでこのことは誰にも話すな」との口止めの言葉まで残していき、いよいよきな臭くなる。
 残された職員たちは、自分達の知らないところで何か重大なことが起きているのではないかと、静かに顔を見合わせた。
 ――あーあ、今日も定時で帰れると良いんだが。
 職員の一人がそう呟いた。





 モニターを見た彼は焦っていた。
 まだそうと決まったわけではないが、もしそうなら一大事だ。
 彼は急いで階段を四階分上ると、第三研究室と書かれた部屋に勢い良く飛び込んだ。
 バン、と大きな音が鳴り、中にいた男がビクリと跳ねる。
「おお。どうしましたか、そんなに慌てて」
 中にいた五十代ほどの男は、部屋一面に並べられたモニターを背に、呑気に茶を啜り本を読んでいた。
「どこかの本丸に異常はないか!?」
「え? 異常ですか?」
 男は重い腰を上げ、目の前に広がるモニターの一つ一つを歩きながら確認した。
 明かりが灯る六十ほどのモニター。その確認全てをこの男に任せていては、無限に時間が掛かってしまう。危機管理部長はしびれを切らし、男に割り込むように自分でもモニターの確認を始めた。
 あっ。男が声を上げたのは、それから三十秒も経たないうちだった。
「この本丸、刀剣が一振りもいないような……いや、まさかなぁ……」
 その言葉に、彼は男を押しのけそのモニターの前に立った。
 一本丸に三台設置されている監視用モニター。特殊な結界によって映し出された本丸の様子を、彼らはモニターを使って監視していた。
 その一つ目、本丸全体を上部から映し出したモニターをまずは確認する。このモニターはサーモグラフィーのように刀剣男士が映し出される仕様になっており、室内にいる刀剣男士でもシルエットのように確認できる。モニターに刀の姿はなかった。
 すぐに二つ目のモニターを確認する。二つ目のモニターは、生存している刀剣男士一人ひとりを一定間隔で映す仕様になっている。例えば十秒大和守を映したら、パッと画面が切り替わり次は山姥切を映す。また十秒経ったら……とそんな具合だ。しかしそのモニターは、何故か天守閣の鳥居を映したまま固まっていた。
 いよいよ彼は焦りを露わにした。藁にも縋る思いで三つ目のモニターを確認する。これは本丸内のあらゆる場所を任意に映し出せる仕様だ。まるでゲームでもプレイしているかのように、腰元のコントローラーを操作し、刀剣男士の姿を探した。
「クソっ!」
 彼は腰元の台を殴った。モニターには、一切の刀剣男士が映らなかった。
 隣の男が恐る恐る彼に問いかける。
「どうなされたんですか?」
「本丸No.26の刀剣男士がいなくなった。……いや、ここに乗り込んできたんだよ。今、正面入口で騒ぎを起こしている」
「なっ!? ということは、私達の計画が露呈して……?」
「いや、まだだ。騒ぎについては中央管理室に口止めしている。一部他課の連中が野次馬気分で現場を見ているだろうが、そんなのは後からどうにでもなる。それより、No.26で生き残っている刀剣男士は三人だけか?」
 彼は男に聞いているようで、とっくに自分でモニターを操作し確認していた。
 二十の本丸で同時に行われているバトルロイヤルは、そのすべてをコンピューターで管理していた。刀剣破壊の数、それに応じた昼の放送、すべて機械任せであるが故に、ここにいた男は監視もそこそこに優雅に茶を啜っていたのだ。
 小気味よくタッチパネルを操作し、彼が映し出したゲームの進捗状況には、『6/30』と書かれていた。
「三振りだけじゃない」
 彼は息を飲んだ。
 あと三振り、乗り込んできている。モニターに映し出されるあと三名の名前を見て、彼は蛆虫を噛み潰した。
 恐らく正面玄関で騒いでいたあの三振りは囮だ。騒ぎを起こすことで注意を引きつけ、本来の目的をカムフラージュするための罠。彼らの目的は別にある。
「緊急事態だ」
 低い声でそういうと、彼は素早く隣の男に指示を出した。
「お前は例の連絡網を使い、急いで他の奴らに事態を知らせろ。ゲーム中の刀剣男士が乗り込んで来たってな」
「わ、分かりました。貴方はどちらへ?」
「あいつらを始末しにいく。審神者さえ外に出さなきゃ情報は幾らでも揉み消せる」
 彼は急いで研究室を出ると、階段を更に上り六階へと進んだ。
 息はすでに切れていたが、這ってでも進む勢いで駆け抜け、ある部屋で首に下げていた端末を扉に認証させた。
 乱暴にドアノブを捻る。息切れが激しい。
 真っ暗な部屋には、六つのカプセルが置かれていた。人が一人入れるほどの大きさのそれには、人のような形をした兵器が眠っている。
 ――刀剣男士。彼らは兵器をそう呼んだ。
 彼は電気もつけず、隅にある機器のスイッチを入れると焦りを滲ませながら手早く暗証番号を入力した。
 機械が起動し、カプセルに青白い光が灯る。端末を機械にも認証させ、指紋認証、網膜認証と様々な生体認証を行う。すると、ついに六振りの名前の横に『起動』と書かれた画面が展開された。
 彼は迷わずそのボタンを押した。
 煙とともにカプセルが開き、刀剣男士達が目を覚ます。

「ふう……。ようやく出陣か? あいわかった」
「戦いは……嫌いです」
「じゃーん、真打登場ってね」
「何をしましょうか? 家臣の手打ち? 寺社の焼き討ち? ご随意に」
「ようやく出番か。退屈で死んでしまいそうだったぜ」
「はっ、蜻蛉切ここに。いつでも出陣の準備は出来ております」

 彼の前に、六振りの刀が並んだ。
 この六振りは、政府が緊急事態用に用意した精鋭中の精鋭だ。彼らを操作できるのはここの職員でもごく一部に限られ、普段は厳重なセキュリティーの元、カプセルに入れられ薬で眠らされている。
 様々な生体認証で自分を主と認識させた彼は、早速刀剣男士達に命を与えた。
「この建物に侵入者が現れた。敵は刀剣男士六振り。鶯丸、大和守安定、宗三左文字、そして燭台切光忠、山姥切国広、太郎太刀だ。お前らは早急に奴らを探し出し、見つけ次第すぐに排除しろ」
「排除……それは“殺せ”ということか?」
「当たり前だ」
 彼の返答に一切の躊躇いはなかった。
「あいわかった」
 六振りは、主の言葉に忠実に頷いた。
 六振りは二手に分かれると、宗三達三振りがいる正面入口、そして地下へと走り抜けていった。
 六振りを見送ると、彼はようやく落ち着きを取り戻し、この事態の後処理のことを考える。
 遠くから、六振りを目撃した職員が驚きの声を出しているのが聞こえていた。普段、役所の中を刀剣男士が駆け回ることなどまずない。緊急事態用の刀剣男士を使ったことを、どう言い訳しようか。
「大失態だ」
 彼は呟き、今後の火消しに頭を抱えた。





 目の前に現れた三振りに、大和守達は覚悟を決めていた。
「いよいよ、だね」
「鶴丸、蛍丸、それに江雪兄様ですか。嫌な人選ですね」
「ははは。逃げたいが、逃げられんのが役目というやつだな」
 対時間遡行軍のために作られたはずの刀剣男子が敵対し、刀を抜くという異常事態。最初は興味本位で野次馬をしていた職員達も、今は皆とっくに逃げ出してしまった。
 外で騒ぎを起こし、この建物にいるであろう刀剣男士をおびき寄せる算段だった三人は、目の前に現れた人数に若干落胆した。
「おや? 俺達三人だけでは驚きが足りなかったか?」
「まぁね。本当はあと三振りの顔も拝みたかったんだけどね」
「なに、俺達三人だけでも十分お前らを驚かせてやるさ」
「戦いは嫌いですが、仕方のないことです」
「俺達、主の言うこと聞かないと刀解されちゃうからね」
 その場にいた六振りは同時に刀を構える。
 張り詰めた殺気が辺りに立ち込め、冷気のように体を震わす。
 戦力差がありすぎる相手との勝負は、例え演練でも怖いものだ。それが命懸けの勝負ともなれば、その恐怖たるや。こんな事ならもっと命懸けの勝負を経験しておくんだった。大和守は一人空笑いをした。
 主は決して無茶な出陣を要求する審神者ではなかったから、彼らの本丸の刀剣男士は戦力差のあり過ぎる敵と戦った経験がほとんどない。
 まず間違いなく勝ち目はない。その上で、どれだけ時間稼ぎが出来るかが、主救出の勝敗の鍵を握っている。
「宗三、敵の強さに怖気づいたんじゃない? 大丈夫?」
「貴方、僕を煽るのが好きですね。言っておきますが僕は意外と負けず嫌いなんですよ。いつまでも貴方に舐められたままでは、気持ちよく天国に行けそうにありません」
「へぇ、本気を見せてくれるんだ。それは楽しみだ」
「そうか。なら、俺も最期くらいは本気を出すとするか」
 三人は軽く笑いながら、一瞬の目配せのあと一斉に動き出した。
 晴れた午後の昼下がりは、戦闘には最適な時間帯だ。
 ここが彼らの最後の合戦場であり、目の前の刀剣男士が最後の敵となる。
 怒号を響かせ、蹴ったコンクリートの地面は、今まで戦ったどの場所よりも最低で最悪な戦場だった。





 裏の出入口から建物内に侵入し、早々に地下への階段を見つけた燭台切達三人は、立入禁止の鎖を跨いで階段を下りていった。下った先には防火扉のような厚い扉があり、扉の横には手のひらサイズの四角い機器が設置されている。
 燭台切は試しに主の端末をかざしてみたが、鋭い音と共に赤く光っただけで、扉はびくともしなかった。
「認証される人が限られているんだろうね。この端末じゃ駄目みたいだ」
 燭台切潔く刀を抜いた。
「斬るのか?」
「ああ」
 答えとともに、階段に物凄い反響音が轟く。
 山姥切の質問に答えた時には、扉はもう真っ二つだった。
「……手荒いな」
「急いでいるからね」
 扉は対人間用にはしてあれど、対刀剣男士用には作られていないようだった。それもそのはず、政府はそもそも刀剣男士に襲撃されることを想定していない。それは本来あり得ないことなのだ。よって、彼らは予想外なほど呆気なく目的の地下に侵入できてしまった。
 だが、呆気ないのはここまでだ。
 上の階から、複数人が階段を下りてくる足音が響いてきたことで、彼らは戦闘の予感を察知する。まぁ何も無傷で主を取り返せると思っていたわけではないので、三人に覚悟は出来ていた。
「お二人とも、行ってください。ここは私が引き受けます」
 太郎太刀の言葉に二人は頷くと、足早に扉の奥に消えていった。
 これは元々決めていたことだ。敵に襲われた場合、一人が足止め役となり時間を稼ぐ。
 政府の元には必ずお抱えの刀剣男士がいる。そのことを、燭台切はあらかじめ予測していた。無血開城が不可能な以上、主救出には犠牲覚悟の時間稼ぎが必要だ。
 太郎太刀は、目の前に現れた三人の刀剣男士と睨み合った。
 ――これは勝てない。ひと目でそう判断できるほど、目の前の相手は格が違った。
 自分はそう長く掛からないうちに殺されるだろう。
「うむ、死ぬ覚悟は出来ているようだな」
 三日月宗近。ゲーム二日目に会った、彼らの本丸の三日月ともまた違うオーラが、彼には漂っていた。彼の後ろには長谷部と蜻蛉切も控えている。
 太郎太刀は刀を抜いた。
「いくら覚悟ができているとは言え、ここで簡単に殺られてしまっては意味がない。悪あがきくらいはさせてもらいますよ」
 太郎太刀は後の夢を二人に託し、最期の戦闘を開始した。





 燭台切と山姥切は薄暗い廊下を進んでいた。廊下は長く続いており、案内図通りなら折り返し地点が二箇所あるはずだ。
 電気を付けたにも関わらず、廊下は不気味な暗さを発していた。彼らが走る廊下の左右には、一定間隔で扉が並んでいる。山姥切の考えていた牢屋とは違い、どちらかと言えば病院の個室のようだった。
「奥に気配がするね」
「ああ。二十人ほどいるか?」
 入口付近では感じなかった人気(ひとけ)が、奥に進むに連れて鮮明になる。紛れもない、神通力を宿す審神者の気配だ。
 燭台切の予想通り、彼らの本丸以外にも主を誘拐され、ゲームを強制されている本丸が複数存在していた。そして燭台切達は、捉えられている審神者を全員救出するつもりだった。
 一つ目の角を曲がり、山姥切が走るスピードを早める。一方で、燭台切は徐々にその足を緩めていった。
「……さて、次は僕の番かな。君は先に行っててくれ」
 燭台切は、山姥切に背を向け立ち止まった。
 審神者の気配とは反対方向から漂ってくる血の匂いに、気付かないふりは出来ない。
 山姥切は振り返ることはせずひたすら足を動かした。
 敵の声と、刀が交わる音が後ろから聞こえてきた。
 少しして、後ろに感じる静寂。そしてすぐにやってくる血の匂いに、彼は気付かないふりをした。
 ――もう少しだ。もう少しで主を救出できる。
 山姥切は二つ目の角を曲がった。左右の部屋すべてに審神者の気配を感じる。
 山姥切は刀を抜いた。
 すぐ後ろから、強い殺気が迫っていた。
 主に仇なす敵は斬る。背後で声がする。
 山姥切は脇目も振らず、一番近くの扉に刀を振り下ろした。
 背中に衝撃が走る。
 熱い。敵に斬られたのか。
 更に衝撃が加わり、山姥切はバランスを崩した。視界が暗転する。
 くそ、まだだ、まだ俺は。
 転んだ地面の先に、誰かの足が見えた。悲鳴が聞こえた。
 ――主。
 山姥切は、かつて主と本丸で過ごした沢山の日々を思い出した。
 そういえば、顕現式の日に、俺は何を願ったんだったか――。
 山姥切の意識は、そこで途切れた。





『は? 顕現式? 何だそれは。主はそんなことで俺達を繋ぎ止める気なのか、くだらない。写しの俺など代わりはいくらでも――ああ、もう分かった! 願いを言えばいいんだろう! 分かったから布を引っ張るな。
 ……っ俺は、誰かと比較されない平和な日々を過ごせればそれでいい。部屋に一人で篭って、誰にも構われず、誰も俺のことを綺麗だとか言わない。そんな日々を送りたい……どうだ、これで満足だろう。
 はぁ? エイプリルフール? 何だそれは。今日がそう? そんなものは知らないぞ。
 はぁ、俺は部屋に戻るからな』

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