刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第二十六章

 ふっと目の前に現れた燭台切に、大和守と山姥切は素早く立ち上がると側に駆け寄った。
「どうだった?」
「端末は、見つかったか?」
 思い思いに詰め寄られて、燭台切は困り顔をしつつも一つ頷く。
「バッチリだよ。すぐそこにあるからついてきて」
 燭台切は二人を先導し、天守閣を出ると裏に回り込んだ。
 もし自分が鶴丸なら、きっと過去から戻ったその人がすぐに端末を手に入れられる場所に隠すだろう。
 天守閣裏手、鶴丸がしゃがんでいた場所に目を向ける。そこには、八日前に鶴丸が使ったスコップが、ご丁寧にそのまま残されていた。燭台切はそれを使って軽く地面を掘っていく。端末はすぐに出てきた。
「これで、政府の元にいける」
 燭台切は、ようやくこれでゲームを止められるところまで来たことに安堵した。
 長かった。悪夢を見ているような四日間だった。
 だが気を緩めるのはまだ早い。これから燭台切達は、政府に乗り込み、あの広い建物の中から主を見つけ出し、助け出さなければならないのだ。
 その為には出来るだけ多くの仲間がいる。出来れば今生き残っている刀剣全員で乗り込みたいところだ。
 次の作戦を話し合うため、燭台切が口を開こうとして、先に口火を切ったのは大和守だった。
「ごめん、燭台切。先に話しておくことがあるんだけどいいかな」
 大和守はやけに神妙な顔をして、声を潜めていた。山姥切も同じような表情をしている。
 二人が知っていて燭台切だけが知らない話ということは、燭台切が時間を遡っていた間に起きたことだろうか。しかし何故このタイミングで? 大事な話なら燭台切が帰ったあと真っ先に話すべきだし、そうでないなら今話すべきではない。
 燭台切は疑問を抱きながらも、大人しく話を聞いた。
「実は、さっきから宗三がずっとこっちを見てるんだよね」
「えっ!?」
 大和守が指差す方――寝所の一室に目を凝らした燭台切は、障子が開いた部屋で、宗三が気だるげにじっとこちらを見ている姿を目視した。
 寝所と天守閣の間は百メートル近く離れているとは言え、それでもじっとこちらを見られているというのは何とも不気味な話だ。
「ど、どういうこと? いつから?」
「僕達が天守閣に着いた時からだと思う。一応燭台切が帰ってくるまでここの見張りをしてようってことになって、辺りを警備してたら山姥切が見つけたんだ」
 と、言うことは、燭台切が過去から帰ってくるまでの数時間、宗三はあの場からこちらを覗いていたことになるのか。
「接触してきたりは?」
「全然。こっちの方が人数的にも上だし、敵意がある様子も全然ないんだ。だから言い出すのが遅れたんだけど。ごめん」
「いや、それは良いけど……」
 それより彼をこのまま放置しておいて良いのか、そっちの方が問題だ。
 燭台切が悩んでいると、大和守が顔色を窺うように提案してきた。
「あのさ。燭台切が戻ってくるまでは動かないでいたんだけど、僕、宗三には仲間になってもらいたいと思ってるんだ。だから話しかけに行く許可が欲しい」
 大和守は燭台切の意見を伺うようで、しっかり自分の中で意志を固めていた。こうなった大和守は絶対に意志を曲げないし、燭台切にも山姥切にも彼の提案を断る理由はないので素直に頷く。
「宗三さんは大和守くんに任せるよ。僕達は何をすればいいか、指示をくれるかい?」
「あんたに従おう」
「燭台切、山姥切、ありがとう。じゃあ二人はここで次の作戦を考えてて。宗三のところへは僕一人で行ってくるから」
「え!?」
「だってその方が効率がいいし、刀があれば宗三に負けない自信あるよ」
 大和守の意志は固かった。好戦的なところも相変わらずで、燭台切はやっぱり大和守も新選組の刀だなぁとしみじみ思う。
 結局、勢いに圧された燭台切は大和守を送り出し、山姥切と二人で作戦会議を行う運びとなった。
 まぁ、この距離にいれば、何かあっても助けにいけるだろう。





 一人になった大和守は、隠れることなく真っ直ぐに宗三の元へ向かった。
「おーい、宗三! さっきから全然動く気配ないから声を掛けに来たよ」
「そうですか。それはどうもご親切に」
 宗三は全然そうは思ってなさそうな態度で返事をする。ひとまず話は出来そうだった。
「実は僕達、このゲームを止めるために色々と画策してて、ちょうど今ゲームに対抗できる策を見つけたところなんだ。それでこれから政府に乗り込もうとしているんだけど、よかったら宗三にも協力してもらえないかな?」
「協力、ですか」
 ふう、と宗三は深いため息をつく。
「あまり興味ないんですよね。このゲームにも、貴方の言う協力とやらにも」
 ゲームが始まってから出会ってきた刀剣とは明らかに違う。気だるげに遠くをみる宗三は、ゲームに立ち向かおうとしたり、苦悩したり、そういう雰囲気が一切感じられなかった。
 大和守はその態度に引っかかりを覚えながらも、話を続ける。
「でも一人でいるのは危険じゃない? いつ誰が襲ってくるか分からないし。少なくとも鶯丸と同田貫は僕達に敵意を持っているよ」
 大和守は宗三の腰元を確認する。
「一応刀は見つけているんだね。といっても宗三じゃ鶯丸と同田貫には勝てないだろうけど」
 宗三の肩がピクリと反応した。しかし表情は気だるげなままだ。
「はっきり言ってくれますね。まぁ事実なので良いですけど。というか、僕は別に彼らにやられても良いんですよ」
「は?」
「何なら今ここで貴方に殺されても文句はありません」
 この言葉には、流石の大和守も驚いた。
「言ったでしょう。興味がないんですよ。元々この本丸に僕の兄弟はいませんし、へし切と薬研は早くに死んでしまった。これで生きたいと思う方がおかしな話だとは思いませんか?」
 宗三には、この本丸に特別仲の良い人間がいなかった。もちろん広い意味では皆仲良しなのだが、大和守にとっての加州のような人間が、山姥切にとって歌仙のような人間が、宗三にはいなかった。
 仲良しとは言わずとも、特別な絆があるようだった長谷部と薬研は、もう死んでしまった。
 確かに悲劇的な話だ。だが大和守は全く同情出来ない。
 宗三には長谷部達を殺されて悔しい気持ちはないのだろうか? 政府に一矢報いたいとは思わないのか? 大和守は彼の態度が心底不満だった。
 生きるのも死ぬのも、剣を取るのも向けるのも、全部面倒だから何もせずにここに座っている。必死に生きる道を探し、皆を救おうと足掻いている大和守とは大違いだ。
 気に食わない。これを一言で言えばそれだった。
「……そんなに死にたいなら死ねばいい」
 大和守はそう吐き捨てると、無理矢理宗三の手を取り駆け出す。
「は? ちょっと、何ですか」
「ただし、ここじゃなくて政府の元でね! どうせ死ぬなら僕達に協力して、その後ゆっくり死んだらいいよ」
「何ですかその理屈は」
「だって、僕らをこんな目に合わせた政府の役人共にひと泡吹かせたいと思わない?」
「あまり思いませんね」
「じゃあ今から思って」
「はぁ?」
「諦めるな! ってこと」
「…………」
 宗三はそれ以降、何かを言うことはなかった。黙って手を引かれ続け、大和守も宗三の顔を一度も見ずに走る。だから、宗三が意外そうな顔をして大和守の背中を見ていたことを、彼は知らない。
 宗三は大和守をもっと単純な人間だと思っていた。単純というか、勧善懲悪と言った方がいいだろうか。悪に立ち向かわないやつは全員悪、みたいな、ニュートラルな宗三とは真逆な性格。だから、宗三の『仲間に興味がない』ではなく『生きたくない』に対して大和守が怒ったのが、宗三には意外だった。
「燭台切! 宗三連れてきたよ」
「拉致の間違いですよね」
 大和守と宗三のやり取りを遠くで見守っていた燭台切達二人は、躊躇ない大和守と不服そうな宗三に苦笑いをしていた。
「こっちも粗方作戦会議は済んだよ。早速二人にも聞いて貰いたいんだけど――」
 語調を弱め、宗三をチラッと見る燭台切。大和守に詰め寄り、小声で耳打ちした。
「本当に良いんだよね? 無理矢理連れてきたみたいだけど」
「うん。敵意はないし宗三なら倒せるから平気平気」
「貴方さっきから僕のこと舐めてますよね」
 二人の耳打ちは完全に宗三の耳に入っていた。はぁ、と何度目かになる溜め息をつき、「もう良いです。どうぞご随意に」と肩を竦める。正直、大和守の失言などは宗三にとってどうでも良い。問題なのは、大和守の“挑発”がバレバレなことだ。
 大和守は、宗三を鼓舞するためにわざと挑発まがいな発言をして、宗三を励まそうとしていた。それが分かり易過ぎて、宗三は呆れやら気恥ずかしいやらで困ってしまうのだ。
 一応宗三の許可も得たことで、話を進めたい燭台切は口火を切ろうと咳払いをする。
 その隣で山姥切がちらりと太陽を確認していた。
「そろそろかもな」
 顔に影を落とし、そう呟く山姥切。
 何の事か――宗三が聞こうとして、すぐに山姥切の言ったことを察した。





『正午になりました。前回に引き続き破壊された刀剣をお伝えします。刀剣破壊は六振り。

 打刀――大倶利伽羅
 太刀――三日月宗近
 打刀――和泉守兼定
 脇差――堀川国広
 打刀――同田貫正国
 太刀――鶴丸国永

 以上となります。それでは、明日の放送をお待ちください』





 明日の放送は二度と来ない。燭台切は強く思った。
 それぞれの想いを瞳に宿し、少しの沈黙の後燭台切が作戦を語り始める。
 彼の作戦の大枠は『生き残っている仲間全員を集めて政府の元に乗り込む』だった。
 ここにいる刀剣を除けばあと残っているのは太郎太刀と鶯丸のみ。「少し手荒だけど」と前置きして、燭台切は予め山姥切と用意していた落ち葉に火をつけると煙で二人に合図を送った。
「本当はもう火は使いたくないけれど、この広い本丸で合図を出すには煙くらいしか思いつかないから仕方ないよね」
「太郎太刀はともかく、鶯丸は来るだろうか」
 大和守が燭台切に問う。
「来るよ。間違いなく」
 彼は仲間に対して明確な殺意がある。三日月や鶴丸と同じく仲間を全員殺す気なのであれば、彼は間違いなくここへ来る。
「むしろ煙を見て僕らを探す手間が省けたと思ってるよ」
 問題は、政府行きの提案に鶯丸が乗ってくれるかどうかだ。
 鶯丸だって本心では殺し合いなど望んではいないだろうが、誰が何を考えてどう行動するかは、燭台切には予想がつけられない。
「仲間を想っているからって、皆同じ考えになるとは限らないって、なんか不思議だよね」
 大和守がぼそりと呟いた。
 誰も三日月が仲間を殺すなんて考えていなかった。鶴丸が政府と内通しているなんて思わなかった。長谷部も、加州も、大倶利伽羅も、皆そうだ。
 彼らは皆、自分達と同じくらい仲間のことを想っていた。大変な目にあったけれど、生き残った者が誰一人が彼らのことを恨んでいないのはそういうことだろう。
 十二時の放送直後に煙を焚いて、二十分程が経過する。
 二人は未だ現れない。
 燭台切は、密かに抱いていた懸念を口にした。
「あの放送がどこまでの情報を知らせてるのかによって、もしかしたら太郎太刀さんも鶯丸さんもこのまま現れないかもしれないね」
 燭台切の言葉に、三人は顔を上げ、一人が「どういう意味?」と尋ねた。
「あの放送は毎日正午に鳴っているけれど、例えば十一時五十九分五十九秒に誰かが死んだとして、それは放送には反映できないだろう? もし放送に時間的なズレがあるなら、二人に何かあっても分からないってことだ」
「何かって……」
「二人とも死んでるってことですか?」
 宗三が遠慮のない表現で不吉なことを告げた。
「可能性は無くはないかな」
「もしそうなら、このまま待っていても意味がない」
 二十四時間以内に刀剣破壊がされなかったら主は殺される。そのルールに則るなら、もし鶯丸達が正午前に死んでいた場合、あと二十四時間以内に燭台切達の中から死者が出なければゲームオーバーということだ。
「つまり、ここで悠長に二人を待っている余裕はあまりないんだ。待ってもあと三十分ってところかな。それ以内に二人が来なければ、政府へは僕らだけで行こう」
「…………」
 重い空気が流れたが、否定する者はいなかった。
「最初に確認しておくけど、政府へ飛ぶ目的は彼らを倒すことじゃない。あくまで主を助け出して、このゲームを終わらせることだ」
 よって、あちらでは出来るだけ隠密に行動することが望ましい。一方で、護衛用の刀剣男士がいることを想定して、いつでも戦えるよう準備はしておかなければならない。
「これを見てくれ」
 燭台切はポケットから取り出した端末をぎこちなく操作すると、ロック画面に主の誕生日を入力し(「主もお粗末ですね」と宗三が言った)、フォルダからある画像を開いた。
「これは、政府の建物の案内図だ」
 画像には、一階から六階までの平面図が縦に並んでおり、区切られた四角の一つ一つに『第一会議室』『危機管理課』などと名称が振ってあった。その中で気になるのが、『B1〜3』と書かれた地下の階層だ。地下一階から三階は、他の階と違い部屋の名称が一切なく、他の階より一部屋一部屋がやけに狭い。
「ここだけ何か異質だね。部屋の配置は本丸の寝所みたいにも見えるけど……。宿舎とかなのかな」
「案内がないということは、一般的には使用しない場所か、もしくは一部の人間以外立ち入り禁止なのかもしれませんね」
「牢屋ってことか?」
 何の含みも持たず山姥切がそんな発言をした。彼以外の三人が固まるのは、まぁ当然の反応だろう。
「牢屋って、ここは政府の――お役所様の建物だよ? そんなものあるわけないじゃん。刑務所じゃないんだから」
「あるわけない、と思いたいよね」
「でも、分かりませんよ。もしかしたら本当に牢屋かもしれませんし、現実的な話をするなら、問題を起こした刀剣男士を収容しておく施設かもしれません」
「そんなものがあるの?」
「さぁ」
「用途はともかく、収容施設ってのはあながち間違いじゃないかもね。地下ってのは遮音効果や振動を他の階に伝えない効果があるから、都合の悪いものを隠蔽しやすいし」
「つまり主はそこにいるってことか」
「可能性は高い。一番最初の放送で、沢山の審神者と思われる人達の悲鳴が聞こえたでしょ? もし僕ら以外にも同じゲームをさせられている本丸があるのだとしたら、他の審神者もこの地下に軟禁されているかもしれない。多くの審神者を一箇所に軟禁する場所なんて、この地下以外にはないからね」
「なら、僕達が目指すのはこの地下ってことでいいね」
「燭台切」
 話を遮って、山姥切が声を上げた。
 彼は即座に立ち上がると刀に手を掛け、馬小屋の影に潜む見えない敵を警戒する。
「!」
 大和守と宗三も一歩遅れてその存在に気付き、気配の方へ目を向けた。
 ――誰かいる。
 それが太郎太刀か、鶯丸か。緊張しながら相手の出方を伺う。「誰? 出てきなよ」と大和守が挑発すると、影は馬小屋からゆっくりと顔を出した。
「焚き火が見えたのでな。芋でも焼いているのかと思って来てしまったよ」
「鶯丸……!」
 現れたのは、太郎太刀ではなく鶯丸だった。太郎太刀ならば隠れる必要はないので当たり前なのだが、それでも若干落胆してしまうのは仕方ない。
 彼は既に刀を抜き、臨戦態勢でこちらに歩み寄った。
「鶯丸さん。大和守くんから話は聞きました。貴方は僕達を殺す気なんですよね?」
「ああ、そうだ」
「出来れば、剣を交える前にその理由を聞かせていただけませんか?」
 鶯丸は素直に足を止めた。燭台切の間合いからはまだ随分遠い位置で、「理由、か」としばらく逡巡した後、律儀に燭台切の質問に答える。
「生き残りたいことに理由が必要か? 俺は死ぬのが怖いんだ。だから皆を殺して俺一人が生き残ろうと思っている」
 その言葉が嘘だということは聞かなくても分かった。
 少なくとも宗三以外の三人にとっては、こういった嘘くさい台詞はもう聞き飽きている。加州、大倶利伽羅、鶴丸、それぞれがそれぞれを頭に思い浮かべた。
 本当は、誰かを殺す理由なんて鶯丸にはない。
 鶯丸はもともと“命懸け”という言葉が好きではなかった。
 そもそも彼はゲーム開始から殺し合いに参加する気はなく、ゲームの成り行きを見守っているつもりでいた。一日、二日と本丸内をうろうろしながら、時に仲間と言葉を交わし、時に襲撃を躱し、その場凌ぎの時間を過ごしていた。そして三日目、とうとう鶯丸に転機が訪れる。
 丑三つ時、三日月と鶴丸が命を懸け戦ったあの夜の逆三日月。
 鶯丸もまた、あの月を見ていた。
 二人が何かを抱えていると知った。そしてそれが何なのかも、二人と長く居た彼は何となく分かってしまった。
 付き合いが長いとお互い考えていることが分かってしまうのが辛いところだ。
 二人が話しているのを見るのが、鶯丸は好きだった。
 彼らといるのは居心地が良かった。
 二人が好きだった。
 その二人が望んでいることなら、俺は叶えてやりたい。
 こうして鶯丸は、二人の遺志を継いで、この本丸を壊すことを決めたのだ。
「悪役というのも悪くはないな。こうして対立するからこそ見えてくるものもある。……皆、強くなったな」
「それは三日月さんや鶴さん、死んでいった皆のおかげですよ」
 燭台切はわざと二人の名前を出し、鶯丸の反応を見た。燭台切の予想通り、鶯丸の表情が若干怖ばる。
 その表情を見て燭台切は確信した。鶯丸は多分悪役に相当無理をしている。
「僕達は死んでいった皆ためにゲームを止めるつもりです。その手段もある。すべて話しますから、どうか剣を収めてください」
 鶯丸の表情に変化はない。だが瞳の奥は揺らいでいるように見えた。燭台切は畳み掛けるように鶴丸から貰った御守りを鶯丸に見せた。
「これは鶴さんから貰ったものです。中には政府に立ち向かう秘策が入っていた。鶯丸さんも、政府が黒幕だということはもう分かっていますよね? 鶴さんはこれを僕らに託したんだ」
 それがどういうことか、鶯丸になら言わなくても分かるだろう。
 鶴丸は本当は、ゲームを止めることを望んでいる。
 山姥切が燭台切の隣に並んだ。もう刀に手はかけていない。
 山姥切が一歩前に出た。
 そして。
 願いを乞うように、想いをまっすぐに伝えるように、彼は鶯丸に頭を下げた。
「鶯丸。どうか、俺達を助けてくれ」
 それは、鶯丸にとって最も効果のある一言だった。
 燭台切は驚いた。大和守、宗三までもが驚いている。鶯丸は目を見開き、一瞬固まった後、とうとう降参して力なく笑い始めた。
「ははは、これは恐れ入った。まさか山姥切に頭を下げられるとは。いやぁ、参った。本当に強くなったなぁ。こんな強敵が四人もいるのでは、この俺に勝ち目は無いな」
 その時、燭台切の脳には、山姥切と同じようなことを言うあの時の記憶が蘇ってきた。
『どうかこの本丸を、仲間を、助けてくれ』
 この言葉は、彼らが言うからこそ効果のある言葉だ。普段、決して弱みを見せたがらない彼らだからこそ、その一言を言う重みが違う。
 鶯丸は山姥切の熱意に陥落し、刃を収めると燭台切達の元へ歩み寄った。
「大和守。先の一件では刀を向けて悪かった」
「気にしてないよ」
「そうか。皆もすまなかった。先程までは三日月や鶴丸の遺志に従い、仲間を殺すつもりでいたが、やはり俺は殺すのは性に合わないようだ。どうか皆に協力させてくれ」
「うん。歓迎するよ、鶯丸さん」
 燭台切と鶯丸は固い握手を交わした。残りの者達はそれを穏やかな顔で見守る。
「どうやら、私の出番はないようですね」
「た、太郎太刀さん!?」
 吉報はこれで終わらなかった。
 太郎太刀が、馬小屋とは反対の茂みから出てきたのだ。
 思いがけない太郎太刀の登場に、その場の誰もが驚き、歓喜の声を上げた。目の前の相手に集中するあまり彼の存在に誰も気付かなかったとは、何たる不覚だ。
「戦闘にならなくて良かったですよ。どうせなら私の刀は政府に対して抜きたいですからね」
「太郎太刀の刀も見つかったんだね! 良かった!」
「ええ。これで私も皆の役に立てます」
 太郎太刀が無事合流したことで、これですべての仲間が刀を所持し、一同に揃った。
 燭台切、山姥切、大和守、太郎太刀、宗三、鶯丸。――全六振り、ちょうど一部隊だ。
 それは全くの偶然だったが、どこか運命のようにも感じられた。
 燭台切は改めて全員に政府出陣の作戦を説明すると、一層気を引き締め、戦闘の準備に当たった。
 今度こそ本当に最後の戦いだ。これで全てが終わる。
 六人が出陣用の鳥居に並び、一列に立つ。
 燭台切が端末を操作し、鳥居が光を帯びる。
 ――準備は整った。

「さあ、せっかくの晴れ舞台だ。格好良く行こう!」
「俺を写しと侮ったことを、後悔させてやる」
「出撃するぞ! オラァ!」
「これより先は不浄の領域、覚悟はよいか」
「戦に出た経験は、そう多くはないんですけれどね。でも今回ばかりは、籠の鳥とばかり言ってはいられないようです」
「俺も、じじいなりにせいぜい期待に添えるようにしよう」

 光を前に、六人は一斉にゲートを潜った。
 彼らのもたらす結果が勝利となるか敗北となるかは、きっと未来の彼らにしか分からない――いや、きっと戦いを終えた彼らにも、その結果が勝利と言えるかどうかは分からないだろう。
 何故なら勝利とは、決して戦果だけで語れるものではないのだから。

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