刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第二十四章

 別邸の庭が燃えていた。小さな火種は燃え広がり、遂に建物にまで伸びようとしている。
 四日目にして仲間の八割が死んで、ゲームは佳境を迎えていた。
 鶴丸自身、正直ここまで事が上手く運ぶとは思っていなかったため、この展開を少々意外に思う。一番初めの集合時から、何だかんだ時間通りに全員が集合し、プレゲームも自ら行動せずとも状況が動いた。だから鶴丸は、式符と指示書を除けば実質これが内通者としての最初の働きになる。
『内通者の存在を見破る等、ゲームの根幹を脅かそうとする者が現れた際は、速やかにそれを排除すること』
 政府の指示通り、鶴丸は役割を全うしなければならない。
「後ろだぜ?」
「っ、山姥切くん!」
「クソッ」
 炎の熱に、戦いの熱さに、三人は汗をかいていた。緊張と熱に体力を持っていかれる。戦闘が長引いていたことも相まって、お互い決定打を与えられないまま早くも十分が過ぎようとしていた。
 十分というのは、真っ向勝負で言えばだいぶ長い時間だ。例えば剣道だと五分の試合でも息が切れるというから、命懸けの十分がどれだけの体力を使うか、何となく想像できるだろう。
「山姥切くん、狙うのは足の腱だ。それで鶴さんを戦闘不能にできる。僕が彼を引きつけるから、後は任せていいかい?」
「ああ、分かった」
「行くよ!」
 鶴丸は二人を迎え撃つため一旦思考を中断させる。幸い、時間のない燭台切達と違って、鶴丸には焦る必要がない。じっくり時間を掛けて燭台切達を倒しても支障はないし、何なら逃げたっていい。
 人が本当に集中出来る時間は精々十五分が限界だ。今は一秒だって背を向けられないこの状況も、あと五分も経てば容易に逃げられるまでになるだろう。
 十五分凌げば鶴丸の勝ち。燭台切もそれを分かっているのか、苦い顔をしながら鶴丸に斬り込んでいた。
 鶴丸と燭台切は、単純な戦力で言えばほぼ互角。ならばこうして燭台切が敵を引きつけ、その間に機動力のある山姥切が後ろに回り込む彼らの作戦は至極真っ当と言える。
 燭台切の思惑通り、彼の一太刀に鶴丸の動きは封じられた。鞘と刀の二刀流で押し返そうとしても、鶴丸の力では燭台切には敵わない。形勢は圧倒的に鶴丸不利だ。しかし、鶴丸は笑顔を崩さなかった。
「そんな策でいいのか? 光坊」
「何?」
「例えば、俺がこうしたらどうする? ほらよっと!」
 鶴丸は体の向きを上手く変えると、刀に加える腕の力を極端に緩めた。当然、燭台切は前のめりに体勢を崩すが、それを逆手に取り、燭台切は鶴丸の刀ごと刀を地面に叩きつけた。
 鶴丸の刀は地面と燭台切の刀に縫いつけられ、再び動きを封じられる。
「チッ。流石にこの程度じゃ怯まないか」
「逃がさないよ」
 鶴丸が刀を抜こうにも、橋板にめり込んでしまってびくともしない。その間にも、山姥切は鶴丸の後ろを取り、迫ってくる。
 勝てる、と思ったのか、燭台切はわざとらしい笑みで鶴丸を見上げた。
「!」
 そして、同じくニヤリと口角を上げる鶴丸と目が合い、表情を凍らせた。
「策ってのは意表を突くもんだぜ? こういう風にな」
 鶴丸は左足を上げると、めり込んだ自身の刀を渾身の力で踏み下ろした。鶴丸を押さえつける燭台切の刀の、そのまた上に鶴丸の足が重なる。後ろから山姥切が迫るのも気にせず、二度、三度と強く地団駄を踏んだ。
「つ、鶴さん、何を――」
 燭台切は最初、鶴丸は自分の刀ごと燭台切を折るつもりなのかと考えた。しかし、ミシリ、と床から嫌な音が聞こえ、ようやく鶴丸の狙いを把握する。
 四度目の足踏みで、とうとう足元の橋板が抜け落ちた。
「うわっ!」
「はは、っと!」
 鶴丸は出来た穴から素早く刀を抜き取ると、安全な位置へ軽快に移動した。
 橋の状況から敵の動きまで、鶴丸はあらゆる事を観察し戦っていた。鶴丸にとって頭脳戦は真骨頂だ。この場の橋板が老朽化していたことや燭台切が取りそうな動き、それら全てを予測し、敵を上手く誘導していた。
 燭台切は無様にも穴に足を取られ、山姥切は鶴丸がいるはずの場所で見事に刀を空振りさせた。
 さて、今度は鶴丸の攻撃だ。隙の出来た山姥切を攻める鶴丸の攻撃は容赦ない。
 まずは山姥切の体が地面に着地する前に、回し蹴りを腹に思い切りお見舞いし反対側の手すりまで吹っ飛ばす。
「……ガハッ!」
 その距離およそ六メートル。
 手すりに背中を打ちつけられた山姥切は、バウンドして地面に倒れ込んだ。爪先で鳩尾を蹴られ、呼吸ができなくて何度も嗚咽する。
「どうした? もう終わりか?」
 屈強な体がなくても、卓越した機動力がなくても、それを補うだけの頭脳があれば戦える。機転の利かせ方、トリッキーな立ち回り。それが、この本丸で三日月に次ぐ実力者である鶴丸の強さだった。
 鶴丸を倒すには、彼を出し抜くほどの策を講じなければならない。鶴丸の言葉を借りるなら、彼を驚かせなければならないのだ。
 山姥切が手すりに手を掛け何とか立ち上がった。
 燭台切のすぐ後ろからは、バチ、バチ、と炎が爆ぜる音が聞こえる。
 酷い火事だ、と鶴丸は思った。誰が火を放ったのかは知らないが、北風が強い今日の天気で北の別邸に火を放つなんて、随分大胆なことをする。鶴丸達が今いる渡り廊下はまだ大分燃え残っているものの、橋の下はかなり悲惨だ。
 鶴丸が下を覗き見ると、橋の下一帯は軽く火の海状態だった。庭から続く草花のせいで、火の回りが他より早いのだろう。ここから落ちたら、まず助からない。
「ここまで火の回りが早いとなると、別邸はもう駄目だな」
 鶴丸は視線の先にある別邸に目を凝らし、誰に話しかけるでもなくそう言った。
 あそこには三日月の亡骸がある。それと、鶴丸の一周年祝賀会で使った小道具も、三日月とヒーローの話をした場所もあそこだった。
 すべて燃えてなくなるのか。世の中よく出来てるなぁ、と鶴丸は感心さえしてしまいそうだった。
 いつでも鶴丸の味方だと言ってくれた三日月と、仲間である鶴丸を祝った一周年祝賀会。神様という奴はもしかしたら、それらを燃やすことで鶴丸がこの本丸の仲間だった証を消そうとしているのかもしれない。
 鶴丸が物思いに耽る前で、山姥切と燭台切は合流を果たしていた。
「クソ、燭台切、どうする」
「あ、ああ。そうだね……。なんとかして鶴さんの裏をかかないと」
 体勢を立て直した燭台切と山姥切が、再び鶴丸を倒す作戦を話し合う。特に急ぐ必要もないので、鶴丸は彼らが話し合うのをゆっくりと待ってやった。
 暇な時間は二人を観察することに当てる。山姥切は軽傷を負いながらもまだ体力には余力があるようだ。表情にもまだ余裕がある。一方燭台切は、焦っているのか眉間に皺を寄せ、額の汗を拭っていた。先程よりも若干息が荒い。
 まさかもう体力の限界か? それにしてはまだ早い気がするが。
 鶴丸が見つめる先で、ゴウ、と後ろの炎が火柱を立て、橋の一部が崩れ落ちた。
「行くよ、山姥切くん」
「ああ」
 さて、今度はどんな作戦で来るか。
 鶴丸は一度刀を鞘に収め、腰を落とし抜刀の体勢を取った。
 燭台切達は二手に分かれ、鶴丸を挟み撃ちにしようと動いている。先程と代わり映えのしない動きだが、問題はそこから二人がどう動くかだ。
 機動力の高い山姥切が先に鶴丸に斬りかかり、鶴丸は居合い斬りでそれを弾き返す。燭台切が脇を通り過ぎるのを横目に確認する。やはり最初はセオリー通り囲み込むつもりか。
 セオリーにはセオリーを、と、鶴丸は素早く移動すると、回り込まれる前に傍の手すりに背中をつけた。これで背中を取られることはなくなった。二対一の戦いでは、まず相手に背中を取られないことが重要だ。行動を見破られた燭台切は、仕方なく鶴丸の右側へ刀を振り下ろした。
 鶴丸は左手の鞘を捨て、両手で刀を持ち敵の刀を受け止める。流石に燭台切の刀を弾き返すのは無理だったので、上手く鎬で流し、相手が体勢を崩したところで敵の懐を蹴り上げた。
「くっ」
 燭台切は足をふらつかせ、傍の山姥切に受け止められる。
「さって、流石にこれで終わりじゃないだろう? どんどん掛かってきな」
 鶴丸の安い挑発に、山姥切がちらりと燭台切を見る。
 燭台切は額に尋常じゃない汗を浮かべていた。顔色も悪く、鶴丸に隙を見せないよう必死に体裁を取り繕っている。
「おいおい、まさか本当にこれだけか?」
「おい燭台切、大丈夫か」
「うん、大丈夫だ。ごめんね。炎が少し苦手なんだ」
 堪らず山姥切が声を掛けるが、燭台切は笑って誤魔化す。体調不良かとも思ったが、どうやらそうではないらしい。
 炎。そういえば光坊は苦手だったな。鶴丸は昔に聞いた彼の歴史を思い出す。彼は関東大震災で燃えて消失したため、炎がトラウマになっていた。
 燭台切はふう、と大きく息を吐くと、再び鶴丸に剣を向けた。まだ戦うつもりのようだが、はっきり言って碌な作戦も考えられない今の燭台切に勝てる可能性などない。
「言っておくが、お前が弱っていようが俺は手加減しないぜ」
「分かっているさ」
「燭台切、お前は休んでいろ。俺が出る」
 最早彼らに鶴丸を驚かせる作戦などなかった。引けないから進む、それだけで山姥切は再び攻撃を仕掛けた。
 山姥切に休めと言われた燭台切も無理を押して参戦したが、温い彼らの攻撃を躱し、いなし、時に時間稼ぎの攻撃を仕掛ける鶴丸は最早完全に二人を弄んでいだ。
 ガラガラ、とより一層大きな音がして、また渡り廊下の一部が崩落する。
 最初は匂い程度しか感じなかった火の手は今や渡り廊下の三分の一にまで達しており、じりじりと三人は本邸の方へ詰め寄っていた。
 そろそろ潮時か、鶴丸はそう思った。
 悪役になると約束した。その約束を果たさなければならない。
 三日月が背負っていた想いを引き継いで、鶴丸は燭台切と山姥切をここで斬る。
 相変わらず覇気のない攻撃を続けてくる燭台切の一撃を軽く弾き、鶴丸は彼らに初めてまともな攻撃を仕掛けた。
 燭台切の脛を一文字に切り、続いて来る山姥切には敢えて捨て身で突進し、肩を斬らせる代わりに体当たりでその体を吹き飛ばした。
「くっ!」
 ダメージは与えられずとも、山姥切の体はかなり遠くまで吹き飛んだ。
 足を斬られた燭台切は動きを止め、足をふらつかせていた。隙だらけの体は、その首さえ簡単に切って落とせそうだ。
「悪いな、光坊」
 鶴丸に迷いはなかった。狙うはその首ただ一つ。
 山姥切が素早く起き上がり必死に燭台切を助けようと走るが、もう遅い。
 燭台切が急いで刀を構えようとも、中途半端なそれでは防ぎきれない。
 横で、燃えていた炎がバチッと大きく爆ぜた。
 火の粉が燭台切の顔にかかり、彼が目を見開く様子が鶴丸の目にはっきりと映し出される。
 ――その時だ。
 急に燭台切の脚から力が抜け、燃え盛る炎の方へ倒れ込んだのは。
「燭台切!!」
 山姥切が彼の名を叫んだ。
 突然のことに、流石の鶴丸も驚いた。
 燭台切は炎の恐怖で完全に我を失っていた。
 燭台切の後ろはは火の海だ。落ちたら助からない。
 山姥切の声にようやく意識を取り戻した燭台切が、何とか体勢を立て直そうと藻掻いていた。しかし、鶴丸に足を斬られたせいで踏ん張りが利かず、そのまま炎に落ちていく。
 鶴丸は決して燭台切を落とすために足を斬った訳ではなかった。だが、彼が足を傷つけたことが、結果的にこの事態を招いたのは事実だ。
 迫り来る炎を見て、燭台切が青ざめる。
 ――助けてくれ。
 鶴丸は燭台切がそう言っている気がした。
 一度焼失し、強い恐怖心を植え付けられた相手を再び炎の中に放り込む。俺は快楽殺人鬼か何かか?
 鶴丸は燭台切に恐怖心を植え付けたかった訳じゃない。
 こんなのは、あまりにも――
 気付けば、鶴丸は燭台切の手を掴んでいた。
 前に出した右足を強く踏ん張り、掴んだ手を思い切り引く。
 燭台切の足が着地すると同時に、鶴丸の体は彼のいた方へ倒れ込んでいった。
 策とは意表をつくもの、とは言ったが、まさかこんな展開になろうとは。

「最後に人助けをさせられるとは、流石の俺も驚きだ」

「つ――」
 鶴丸の体が落ちていく。
「鶴さん!!!!」
 その身を重力に任せ、燃え盛る火の海に飲み込まれるように消えていった。





 遠くで俺を呼ぶ声が聞こえる。
「鶴さん! 鶴さん!!」
「っおい! お前まで落ちるつもりか!」
「山姥切くん、離してくれ! 鶴さんっ……!!」
 多分、俺を助けに今にも飛び込んでいきそうな燭台切を、山姥切が必死になって止めているのだろう。
 鶴丸の意識は、火の海に溺れても比較的明瞭に保たれていた。
 赤一色に染まる景色を眺めながら、ぼんやりと思う。こうなったのは、全て俺が招いた事態への罰なのだ、と。
 きっと光坊は自分をかばって俺が死んだことを酷く後悔することだろう。だが悔やむことはない。これはきっと、神様とやらが俺に与えた罰なのだから。
 鶴丸は息を吸い込もうとして、むせ返る熱気に激しく咳き込んだ。熱い空気を吸い込んだことで喉が焼けただれる。皮膚も焼け落ち、途方もない痛みが全身を襲った。
 光坊は過去にこんな痛みを経験しているのか。とても耐え難い痛みだ。
 危うく光坊に二度も同じ苦痛を味わせるところだったぜ。鶴丸は、彼を助けることができて良かったと心から思った。
 人が焼死するには、十分程度の時間がかかる。初めは煙で意識を失い、しかし体が焼ける痛みで意識を引き戻され、やがて一酸化炭素中毒で体が麻痺し、最後は喉が焼けただれ窒息死。これはトラウマになるのも頷ける。
 鶴丸は体を抱きかかえ、地面にうずくまった。せめて胸の御守りだけでも焼け残ってくれれば、俺の夢物語は終わらなくて済む。
 そんな奇跡、あるのだろうか。
 鶴丸はゲームが始まる一週間前のことを思い出し、自分を嘲笑った。
 遠くから、また俺を呼ぶ声が聞こえた気がした。





 鶴丸が政府に声を掛けられたのは、演練で部隊が政府に赴いたときだった。
 主に連れられ二二〇五年まで時代を進めた第一部隊は、役人の案内の元、建物の一室に作られた仮想空間で他の本丸と演練を行っていた。
 演練には、次の対戦相手をマッチングするための休憩時間がある。
 普段はその小一時間を使い、他本丸の刀剣男士と戦いの検討をしたり、他愛ない話に花を咲かせたりして過ごすのだが、今日に限って何故か鶴丸だけが、人知れず建物の一室に案内された。
 皆、貴重な他本丸との交流に夢中になっていて、誰も鶴丸の不在に気付かない。
 部屋には、鶴丸の他にも六振りほどの鶴丸国永がいた。何だこの状況は。何の説明もなく演練以外の部屋に連れてこられるのは初めてだったので、鶴丸は心の中で混乱する。
 待っていると、数人の役人と、彼らを取り巻く刀剣男士が中に入ってきた。
 役人の護衛用の刀剣男士だろうか。三日月宗近、江雪左文字、蛍丸、へし切長谷部。相当練度が高いとみえる。この布陣では、いくら数で勝る鶴丸勢といえど勝ち目はないな、と何となく思った。
 役人は皆、顔を白い布で隠していた。
 背筋に嫌なものを感じた。
 電気が消え、映写機から画像が映し出される。
 咳払いから始まった役人の話は、驚きをも通り越した、実に衝撃的な内容だった。

『来たる時間遡行軍との全面戦争に向けての戦力拡充』

 時間遡行軍との総力戦が間もなく行われる。
 恐らくそれが、両軍の最終決戦となるだろう。
 未だ多くの兵を残している彼らに応戦するには、戦力がいる。
 その戦力を増強する手段として、我々は戦力中間層の底上げを考案した。

【バトルロイヤル 提案書】
●目的:敵対する時間遡行軍へ対抗するための戦力増強策
 現在、戦況は政府軍の劣勢にある。
 原因は、刀剣男士の戦力不足。
 現在、主要な合戦場への出陣は高レベルの戦力を持つ本丸(以下、「高レベル層」という)へ任務を集中させおり、すべての合戦場へ手が回っていない。
 一方、中程度の戦力を持つ本丸(以下、「中間層」という)は全本丸の四分の三を占めるにも関わらず、彼らに見合う合戦場はその割合を大きく下回る=中間層が上手く機能していない。
!――結論
 戦争に勝利するには、中間層の底上げが急務である。

●手段:バトルロイヤル方式による優良刀剣男士の引き抜き
 中間層本丸内で刀剣男士同士を戦わせ、生き残った一振りを優良刀剣男士として引き抜く。
 複数の本丸でこれを行い、引き抜いた刀剣男士で新たな本丸を築城する。
 その本丸は、高レベル層に匹敵する戦力になることが推定される。
?――何故殺し合わせるのか。また、他の方法での戦力拡充は不可能か。
 殺し合いを行うことで、実践ベースでの戦力見極めが出来る。
 また、殺し合いの最中に刀剣男士の一定の成長が見込まれる(これは先に行った実験で、一定の成果が証明された)。
?――どうやって刀剣男士を戦わせるか
 いわゆる「ブラック本丸」と呼ばれる高レベル層と違い、仲間意識の強い中間層は、政府が誘導しても殺し合いに至らない可能性が高い。
 しかし、バトルロイヤルをゲームと称し、ルールと動機を与えることで実行に移すことは可能である(詳細は以下に記す)。

●詳細な計画
@ルール
・ゲームを二十四時間ごとに区切り、最低一振りの刀剣破壊を義務付ける。
・ゲーム開始前に五分間のプレゲームを行い、時間制限による判断力低下を煽動する(全員の前で死傷者を出すことにより、ゲームの信憑性を認識させる)(これには、後述する『内通者』の存在が重要になってくる)。
・プレゲーム終了後、本丸の任意の場所に刀剣男士と刀本体を転移させ、刀剣男士の流動化を図る(殺し合いの停滞を防ぐ)。
A動機付け
 前述の作を講じてなお殺し合いに躊躇する刀剣への対策として、殺し合いを正当化する動機を与える。これは各本丸の審神者を人質に取ることで解決する。
!――上記空間を作るための事前準備
・刀剣男士を結界内に閉じ込め、閉鎖空間を作る。
・審神者を軟禁する。
・刀剣男士から一人内通者を選定する。
※内通者の役割
・ゲームを円滑に進めるための臨機応変な立ち回り
・刀剣男士を転移させるための式符貼付

●留意事項
 実験結果からも、このゲームは戦力拡充に大きな成果をもたらすことが証明された。
 一方で、審神者からは強い反発が見込まれる。
 審神者が結託して反乱を起こさぬよう、十分に留意すること。
 また、内通者の選出は慎重に行うこと。
 過去の実験から、内通者は鶴丸国永が適任と考えられる(鶴丸が顕現していない場合は大倶利伽羅でも可)。それ以外だと成功率が著しく下がる。

以上


 映写機が揺れ、光が消えた。
 企画書はこれで全てのようだ。役人が説明を終え、一拍の間があく。
 鶴丸は考えていた。ゲームから逃れる策を。仲間を危険に晒さない策を。
 だがいくら考えても良い策は思いつかなかった。それどころか鶴丸の頭は、このゲームが合理的で正しい手段だとさえ考えていた。
 中間層の引き上げ。もし政府がこれに失敗し、時間遡行軍に敗北すれば、歴史修正主義者は自分達に都合の悪い歴史全てを改変するだろう。邪魔な存在である審神者などまず間違いなく消される。
 つまり、最初から選択肢など存在しないのだ。
 ゲームに協力し、戦争に勝つ以外鶴丸達に道はない。
 この企画は、政府の人間が刀剣男士を人間として見ていないからこそ出来る芸当だった。もしこれが人間同士の殺し合いだったら、世界中から非難殺到だ。
 刀剣男士は、尊い人間様のために生まれた体のいい人間兵器だ。そのことに対して鶴丸は否定もしないし嫌悪もない――なんて考えだから、政府は鶴丸を内通者に選んだのだろう。
 政府の役人は鶴丸国永の本質をよく理解している。
 冷静で、現実主義で、目的のためなら心を殺せる。歴史の物語が与えた“鶴丸国永”とは、まさにそういう男だった。
 鶴丸がこの企画を聞かされたのは、自身の顕現一周年を迎える二日前――ゲームが始まる一週間前のことだ。
 政府にやるべきことを告げられた鶴丸は、二つ返事でそれに従った。
 転移場所が書かれた式符を与えられ、指示されるまま仲間に貼り付ける。
 ただ、陸奥守の銃だけは、機会を得られず貼付ができなかった。まぁそれも政府の“実験”によれば想定内だったようだが。
 政府は事前に、他の本丸でバトルロイヤルの実験を行っていた。
 実験段階から、陸奥守吉行は銃を手放さない確率が高いそうだ。
 彼はゲームには消極的で、仲間を殺すためでなく生かすために動く性質にあるらしい。よってゲーム開始後すぐに銃を使うことはなく、不測の事態には唯一刀を所持した鶴丸が対処すればいい。
 なるほど、よく考えられている。鶴丸は政府を賞賛するとともに、陸奥守を酷く妬んだ。
 どうして自分は陸奥守のようになれないのだろう。何故自分はこの状況を素直に受け入れているのだろう。
 鶴丸は、段々自分がどうしようもない駄目刀なんじゃないかと思うようになった。ただ、彼はそんな自分でも冷静に受け入れることができる。計画は万事うまくいった。
 鶴丸はその日、眠らずにゲームのことだけを考えていた。
 彼は既に希望を捨てていた。だが、他の奴らならそうはならないのではないか。そう、例えば光坊なら。
 ならば、と、鶴丸は彼に欠片ほどの希望を託すことにした。顕現一周年祝賀会は実にタイミングの良い行事だったと今でも思う。
 鶴丸はあの日を絶対に忘れることはないだろう。忘れたくないから、彼は主にあの贈り物をねだったのだ。

 ――ゲームが始まる五日前、顕現一周年記念の当日へ飛ぶ、出陣用の式符。

 それが燭台切に、生き残る刀剣達に、希望を捨てない仲間に託した、鶴丸の唯一の夢物語だ。

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