刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第二十三章

「大和守さん! 見てあれ!」
 辺りを見回していたところ、ふと視界に違和感を感じた堀川が、前方左の空を見上げて声を上げた。
「あれは、」
 夜明けの北の空から煙が立ち上っている。どうやら燭台切達が鶴丸を見つけたみたいだ。
「急いで刀を探して合流しなきゃね」
 燭台切達の合図を確認した大和守は、先程より更に足を速めた。目の前の池にかかる短い橋を渡れば、審神者寝所まではもうすぐだった。
 大和守達は現在、北の方から漂う大和守の刀の気配を探り走っていた。ゲーム四日目にして、ようやく刀の気配に行き着いたのだ。
 しかし喜ぶのはまだ早い。北上した先、審神者寝所の周りにはたくさんの植木があり、その付近には池もある。もし池の中にでも刀があったら、捜索は想像以上に難航するかもしれない。
「堀川?」
 ふと、大和守は隣で走っていた堀川の様子がおかしいことに気付いた。彼はちらちらと後ろを確認しては、全力で走る大和守と段々距離が離れていく。ついには背中を向けて立ち止まってしまった。
「どうかした?」
 大和守も立ち止まり、彼にそう聞く。
「ごめん大和守さん。先に行っててくれるかな」
 堀川の声は神妙だった。誰かが追ってきているのか。大和守はすぐに察して辺りを窺う。鶯丸か、同田貫か。和泉守だったらどんなにいいか。
「兼さん……じゃ、ない、な」
「あ」
 二人は遠くに豆粒ほどの人影を確認した。豆粒だった人影は、数秒でシルエットを認識できるまでになり、やがて姿形が見えるまでに大きくなる。
「大和守さん、行って。僕は兼さんとの約束を守らなくちゃいけない」
「堀川」
 黒い着物と、がっしりした体型。
 敵は同田貫正国だった。
 大和守は敵と対峙する堀川の背中を一瞥した。彼は和泉守との約束を守ると決め、戦おうとしている。そんな彼の決意を大和守が邪魔するわけにはいかない。例え同田貫と堀川の実力に差があっても、大和守は堀川を信じるしかない。
「……絶対追いかけてきてよね。絶対だから」
 大和守は数秒逡巡した後、堀川に背を向け駆け出した。
 堀川は背中でそれを見送って、静かに刀を構える。
 走り来る同田貫は徐々に足を緩め、堀川の前で立ち止まった。彼の手には、彼の刀の他に、もう一振り血まみれの刀が握られていた。
「か、兼さん……!!」
「和泉守なら死んだぜ。ほら」
 同田貫は鞘に入った和泉守兼定を堀川に投げて寄越した。堀川は慌ててそれを受け取り、恐る恐る刀を引き抜く。
「――!」
 堀川は絶句した。
鞘から取り出した和泉守は、刀身の半分がなかった。
「ああ……! あああ……!!」
 同田貫が堀川達を追ってきた時点で、そういう覚悟はしていた。だが実際にそれを突きつけられると、どうしようもないほど感情が揺さぶられて、目の前が真っ白になる。堀川は声を荒らげた。
「どうして、こんな……っ! 兼さんがお前に何をした! 僕達は、同田貫さんと戦いたくなんかないのに……!」
「お前らの考えなんてどうでも良いんだよ。俺達は武器だ。武器が戦って何が悪い」
「僕達は武器だけど仲間じゃないか!!」
「そうかもな。でも、このゲームが始まった時点で、俺達は戦わなきゃいけねぇ敵同士になったんだよ」
「ッ! ……もういい! 話しても無駄だって分かった」
 堀川は中腰で構え、同田貫と戦う覚悟を決める。
 相手が動き出す前に、バネのように足を弾き同田貫へと迫った。
 懐に入って優位に立つ。そう考えた堀川の動きは悪くなかったが、同田貫は大柄とは思えない器用さで体を後ろに反らし、堀川の一撃を見事に避けた。
 堀川は地面を滑り、再び敵に斬りかかる。
「お前は大和守さんのところへは行かせない」
「あ? 和泉守の敵を討つ、じゃねーのか?」
「敵討ちなんかするもんか。兼さんが僕に託したのは大和守さんを守ることだった。だから、兼さんの最後の願いを叶えたら、僕の役目はそれで終わりだ」
 和泉守の隣に立ち共に死ぬ。それが堀川の負った責務だった。
「はっ。お前も変わってんな」
「遅いよ!」
 堀川の、首元を狙った突きが敵に掠った。堀川の放つ攻撃の一つ一つが、当たらずとも相手の態勢を上手い具合に崩して、その腕に手応えを感じさせる。
 同田貫は強い。山姥切とまではいかないが、燭台切と同じくらいの実力はあるはずだ。にもかかわらずこうも手応えがあるのは、もしかしたらどこかに怪我を追っているかもしれない。
 堀川は一度攻撃の手を止め、同田貫を翻弄する風を装って彼の周りを一周した。
「!」
 やはり、思った通りだ。
 同田貫は左脇に浅くない傷を追っていた。その傷は、先の戦いで和泉守が同田貫につけたものだ。堀川は同田貫が隠している傷めがけて刀を突き立てた。
「っ!」
 同田貫から苦い声が漏れた。だが彼は堀川の機動の速さに圧されながらもその一撃を交わし、懐に入ってきた堀川の頭を柄で打つ。
「がっ!」
 打撃を食らい、堀川は地面に沈んだ。続けざまに放たれる一撃は何とか避け、右に転がると再び立ち上がる。
 口の中がジャリジャリする。顔面から地面に突っ込んだため、口に砂が入り口内を切ったのか。同田貫に打たれた後頭部からも血が出ていたが、そちらは気にしている余裕はなかった。
 今度は同田貫の先制攻撃が迫る。堀川は地面につま先を突き立てると、砂利をえぐるように前に蹴り上げた。
「そーら目潰しだ! なんてね」
「うおっ!」
 目潰しのタイミングは抜群だった。視界を失った同田貫の攻撃は左に逸れ、堀川は刀をくるりと逆手に持ち替えるとそれを敵の左太腿に突き立てる。
 その一撃に確かな手応えを感じた。
 だがやられているばかりの同田貫でもなく、お返しだとばかりに左手で腰の鞘を引き抜くと、堀川の首筋に打撃を打ち込む。堀川の口からも悲鳴が漏れた。
 一瞬意識が飛んだが、まだ大丈夫だ。堀川は刀を相手の足から引き抜き、よろよろと後ろに後退すると「ははは、」と口から笑みを零した。
 堀川は安堵していた。
 敵の動きは止めた。足を怪我していてはもう大和守は追えまい。堀川の責務は果たされたのだ。
「約束は果たしたよ、兼さん」
「くそ、やってくれるじゃねぇか。だが、戦いはまだまだこれからだぜ」
 同田貫は砂で赤くなった目を乱暴に拭うと、片足だけで地面を蹴って堀川に斬りかかった。
 片足をやられてもまだ戦うのか。堀川は吃驚しつつも、よろける体に鞭打って自分も剣を構えた。
 和泉守が同田貫に負わせたダメージのお陰で、堀川と同田貫は今のところ互角だ。そのせいで斬り合いが続けば続くほど二人にはどんどん傷が増えていった。
 軽傷は中傷に、中傷は重傷に、やがてお互いの剣捌きは鈍くなり、息も上がって体力は限界を迎える。
 二人の刀には同程度のヒビが入っている。ヒビの具合から、恐らく次が最後の撃ち合いとなることが予想された。
「ハァ、ハァ……次で決めます」
「望むところだ。キエェェアァ!」
 二振りの刀が交わる。けたたましい音を立てる。
 交わった部分からヒビが広がり、こぼれた刃が二人の間にパラパラと落ちた。
「…………」
「……くっ」
 ――勝ったのは、同田貫だった。
「あぁ……、あと少しだったのに、な」
 堀川の手から刀が滑り落ち、次いで体が地面に崩れ落ちる。
 体は光の粒子に変わり、堀川を包み始める。北から吹く風に煽られることもなく、粒子は現実味のない動きで彼の上を舞っていた。
 朝日が登り、太陽と一体化する粒子を黙って見つめ続け、やがて光が登りきると、その場には折れた刀だけが残る。
 同田貫がこの現象を見るのはこれで四度目だ。
 また刀剣が一振り終わりを告げた。
 同田貫は限界を迎える体を無理やり引きずって、堀川の刀身を丁寧に鞘に収めると、近くに落ちている和泉守兼定の元まで運んだ。
 地面に並ぶ、拵えの同じ二振り。
 同田貫は、そんな二振りから少し離れた位置まで歩くと、自身もそこで力尽きてパタリと倒れた。体が動かず、不思議に思って手のひらを見ると、自分の体からも光が漏れ始めていることを知る。
「何だよ。俺もここで、終わりかよ……」
 まだ、目的は果たせていないのに。同田貫は心の中で舌打ちした。
 同田貫の目的は、三日月と同じく本丸の刀剣を全員破壊することだ。だが、最初からそう考えていたわけではない。むしろ最初のうちは、彼はゲームには乗り気ではなかった。
 彼の考えが変わったのは、骨喰と鯰尾が三日月に殺されそうになっているのを見つけたときだ。自分でも気付かないうちに、彼には自分でもよく分からない気持ちが芽生えていた。
 愛染と出会って彼の考えは更に変わった。ゲームに苦しまされる仲間を見て、自分でもよく分からない気持ちから、こんな殺し合いさっさと終わらせるべきだという気持ちになった。
 ある意味、彼は堀川達と同じだった。
 彼はゲームを終わらせようとしていた。
 仲間を殺すことで、ゲームに乗ることで、彼はゲームを終わらせようとしていた。
 同田貫の体から光が失われる。その場には、やはり折れた刀が取り残された。
 ゲーム四日目は、朝の時点で既に三人もの犠牲者を出してスタートした。

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