刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第二十一章

 大和守達は走っていた。夜中だとか危険だからとか、そんな悠長なことを言っている場合ではなかった。
 内通者は特定された。初めてゲームを止めるための手立てが生まれたのだ。手掛かりが何もなかった今までとは違う。すぐにでも動かない手はなかった。
『鶴さんを探そう! 一刻も早く!』
『ああ。オレ達が悠長にしている間に皆が殺られちまったら全部パーだからな。さっき決めた二手に分かれて鶴丸を探す。それでいいな?』
『けど、もし鶴丸を見つけたとして、それでどうする?』
『政府の情報を吐かせる。場合によっては戦闘になるかもしれないけど……ひとまずは鶴さんを見つけたら相手チームに知らせて、合流を図ろう』
『了解した。でもどうやって見つけたことを知らせれば?』
『そうだね……多少強引だけど、和泉守くん、これを!』
『っと、何だ、こりゃあマッチか?』
『鶴さんを見つけたら、その場で火を起こして合図を送るんだ。火事になったら危険だけど、今は他に良い方法が思いつきそうにない。ごめんね』
『いいや、緊急事態だしな。十分だ。じゃあ鶴丸を見つけて落ち合うか、次の放送までにまた厨房に集合ってことで良いな。行くぞ! 安定、国広!』
 やっとゲームを止められる手掛かりを掴んだことで、六人の気持ちはこれまでにないほど逸っていた。こと大和守も、一刻も早く鶴丸を見つけるため、偵察力フル稼働で人気を探る。昼間に刀探しをしたのとは逆方向に、道場、大浴場、厠と虱潰しに当たっていった。
 万が一鶴丸が誰かに殺されてしまったら、その時点でゲームに対抗する手段は潰える。まだ放送では鶴丸の名前はあがっていないが、燭台切の話だと彼は三日月を追っているらしい。時は一刻を争う状況だ。
 月明かりの下渡り廊下を進み、南にある寝所に入った。刀剣達それぞれの部屋を迷いなく開け、中を見回す。他人のプライバシーに気遣う余裕はなく、物音も構わず、寝所を荒らし駆け回った。
「いたか?」
「いや、こっちにはいないよ」
「次行こう!」
 寝所の一室、最南端には刀剣男士専用の書庫があった。大広間と同じくらい広い部屋に本棚がいくつも並び、歴史の資料の他、主が用意してくれた小説や雑誌など、多岐に渡る本が置かれている。
 厨からここまでまっすぐ南下してきた三人は、書庫の前で立ち止まった。
 本棚のせいで視界が遮られているため、他の部屋とは違い慎重に室内に入る必要がある。三人は目配せのみで陣形を決めると、偵察値の高い堀川を先陣に、大和守、和泉守の順に並んで慎重に室内の様子を伺った。
「国広、頼む」
「分かった」
 まず堀川が書庫の中に入り、気配を探る。窓がなく、光が一切届かない部屋を器用に移動すると、一直線に部屋の隅まで辿り着いた、堀川が振り返って二人に合図を送る。
 続いて、大和守が同じように部屋に入った。書庫の独特の匂いが鼻につき、大和守は眉間に皺を寄せる。この部屋は目だけでなく鼻も使い物にならなさそうだ。
 堀川の元に小走りで駆け寄った大和守は、こちらを見る堀川の目が段々と見開いていく様子に気が付いた。
 いや、違う。堀川は大和守ではなく、その後ろ、和泉守を見ている。ぞわりと背筋に悪寒が走った。
「兼さん!!!!」
 堀川が叫ぶのと大和守が振り返るのは同時だった。
 和泉守の背へ、まっすぐ刀が振り下ろされている。和泉守から乾いた呻き声が漏れ、瞬間、彼の背中から血が弾け散った。
 堀川は一瞬で大和守の横を駆け抜け、居合いで敵の刀を薙ぎ払った。倒れかかった和泉守の体は、大和守がスライディングで受け止める。大和守は尻を打ちながらも何とか和泉守の体を支えた。
「和泉守! 大丈夫!?」
「兼さん!!」
 堀川は敵を和泉守に近付けさせないよう攻撃を仕掛け続けた。堀川が敵を引きつけているうちに、大和守は傷を確認するため和泉守の外套に手を伸ばす。しかし、その手は当の本人によって拒まれた。
「和泉守?」
「ッ、いい。大丈夫だ」
「兼さん……! よかった、無事だったんだね!」
 攻撃をやめ一旦下がった堀川が、後ろを振り返り和泉守の無事を確認する。
 和泉守は大和守に支えられつつ立ち上がると、すぐ前で刀を構える堀川の肩を掴んで「下がれ」と命じた。
「兼さん?」
「いいから、あとはオレに任せな」
 苦しくとも強気な笑みを浮かべ、堀川の前に押して出るその姿は、怪我をしていながらも頼もしい。確認はしてないが、どうやら立てないほどの傷ではないようだ。
「っへへ……痛ぇじゃねーか。なぁ――同田貫」
 三人の視線が敵に集中した。
「はっ。あんだけ物音立ててりゃ奇襲されても文句は言えねーだろ」
「いい度胸じゃねぇか」
「兼さん、僕も戦うよ」
 堀川は和泉守をサポートするべく刀を構え、一歩前に出ようとした。しかし和泉守は何故か背中で堀川を牽制し、それを許そうとはしない。
「か、兼さ――」
「国広。お前の仕事は何だ。言わなくても分かるだろ。言わせんじゃねぇよ」
 堀川を見もせずに、冷たく言い放たれた一言。堀川は心臓を掴まれた。
『オレに何かあったらお前が安定を守ってやれ。いいな、国広』
 今朝話したばかりのことだ。覚えていないはずがない。だが堀川は、その言葉を素直に受け入れがたかった。
 何故なら堀川は、大和守よりも誰よりも、和泉守のことが大事だったからだ。
 こちらに背を向ける和泉守の傷の状態は、どう考えても軽症の傷じゃない。そんな和泉守を一人残して、堀川がこの場を立ち去れるわけがなかった。
 和泉守は決して弱くはないが、それは相手が明確な敵の場合であり、例えば演練の際などには和泉守は決して実戦殺法を使わなかった。いくら命懸けとは言え、和泉守が同田貫に対してどうするかは、堀川じゃなくても予想が付く。
 そもそも、それを抜きにしても同田貫と和泉守では実戦経験に差があり過ぎだ。同田貫はこの本丸で六番目に顕現された刀。一方、和泉守は後ろから数えた方が早いくらい顕現されたのが遅い。今ここで和泉守を一人にしては、十中八九和泉守は負ける。堀川はそう考えた。
 僕が兼さんを守らなければ。兼さんをここで死なせるわけにはいかない。
 だって、僕は、本当は。

 兼さん一人を生き残らせるつもりなのだから。

 不意に、大和守にポンッと肩を叩かれ堀川は心臓が跳ねた。
「堀川。僕は一人で大丈夫だから、堀川は和泉守を助けてあげて。」
「、え」
「顔にそう書いてあるよ。堀川は和泉守のこととなると本当分かりやすいよね」
 大和守はクスリと笑うと、壁沿いに視線を這わせ、こことは反対側の扉に目をつけた。「あそこから行けるな」と目算を立て、敵の方を確認する。敵は既に和泉守と戦闘を始めていた。
「じゃ、僕は行くから。後から必ず追いついて来てよね」
 大和守は、和泉守が同田貫の気を引いているうちに反対側の扉から呆気なく出ていった。堀川が「あっ」と声を出した頃にはもう遅く、大和守の羽織が扉から消える。
 どうしよう、と和泉守を見ても、和泉守は堀川に背を向け戦っている最中だ。
 堀川が見るのは、いつも二人の背中ばかり。まるで自分だけが取り残されているみたいで、堀川はひどく惨めな気持ちになった。
 堀川はいつも和泉守のことしか考えていない。和泉守のことしか考えていないのは、自分のことしか考えてないからだ。
 どうして大和守が迷わず一人で出ていったのか。刀を持たない状態で鶴丸を探すのがどんなに危険か。大和守は自分を危険に晒してまで、堀川の気持ちを優先してくれている。
 大和守は仲間のことを一番に考え行動していた。
 和泉守はそんな大和守を守ることが希望に繋がると信じ、戦っている。
 皆が本丸のために戦っている。仲間のために戦っている。それなのに、僕だけが。
 加州の死に直面してなお進み続ける大和守を見ても。
 皆の期待を背負い、ゲームに立ち向かう燭台切を見ても。
 弱い自分を受け入れ、前を向く山姥切を見ても。
 それでも僕は、自分を変えることが出来ない。
 堀川は唇をグッと噛み締め、自分の心から目を背け続けた。





「和泉守はさぁ、堀川に頼りすぎじゃない?」
 以前大和守は、和泉守にそう言ったことがあった。確かこれは第一部隊隊長である和泉守が隊員の任命のために部屋にやって来たときの記憶だ。
「今回の任務だって、どうせ堀川が副隊長なんでしょ?」
「まぁな」
「で、雑用は全部堀川に任せっきりなんでしょ?」
「……まぁな」
「出陣の計画も、スケジュール管理も、まさか部隊編成まで?」
「部隊編成はオレが決めたっつーの!」
「じゃあ他は全部堀川任せなんだ」
「…………」
 加州の部屋で寛いでいた大和守は、自分と同じく呆れた顔をする部屋の住人と顔を見合わせ、苦笑いをした。
「和泉守は堀川に頼り過ぎなんだよ」
「ま、堀川も堀川だけどねー。助手を甘んじて受け入れちゃってるしさ」
 加州も大和守に続いて賛同の言葉を口にする。すると、突然和泉守が「そう! そこなんだよ!」と大きな声を出して大和守と加州をドン引かせた。冷たい目を向けられた和泉守は、きまりが悪そうに咳払いをし、声のトーンを元に戻す。
「あいつはなぁ、自分を過小評価し過ぎなんだよ」
「というと?」
「国広はオレの世話をすることに命掛けてるっつーか、オレがいないと自分の存在価値がなくなると思ってる節があんだよなぁ」
「うわ。なんかすごい発言来た」
 大和守が若干どころではないドン引きぶりでツッコむが、和泉守にふざけている様子は一切ない。加州も和泉守の考えの方に納得している様子で「あーそれちょっと分かるかも」と言い出した。
 二人にそう言われると、確かに大和守にも納得できないわけでもない。
 思い返してみると、堀川は自分の話を滅多にしないし、自慢話の九割は和泉守関連だし、苦労話の九割も和泉守だし、堀川の中心には和泉守がいて、必ずその一歩後ろから後をついていっている感じだった。
「オレは土方さんみたいに、最後は誰かの背中を守って死にてぇと思ってる。それは主かもしれないし、別の誰かかもしれない。だが、少なくともそれはオレじゃねーんだよ。オレは守られる立場じゃない。けどあいつは絶対オレを守ろうとするだろ?」
「まぁ、確かに」
「そうだろうね」
「オレはなぁ、国広に守ってもらうんじゃなく、一緒に死んで欲しいんだよ」
 再び二人の目が死ぬ。和泉守はさらっとそういうことを言ってのける男だった。
 机に頬杖をついていた大和守と加州は、硬直の後、お互い目を合わせ苦笑いをする。和泉守はそんな二人に不満げに眉根を寄せた。
「なんだよお前ら。言いたいことがあるならはっきり言え」
「なんかもう……はいはい、おめでとうって感じ?」
「右に同じ」
「はぁ? 何だそりゃ。お前ら二人だって大体そんな感じだろ?」
「誰と? 誰が?」
「俺と? 安定が?」
「まさか」
 二人の声が重なった。それを見て和泉守は『仲良しかお前ら』と思ったが、口に出すのはやめておいた。
 和泉守の言い方はアレだったが、要は和泉守は、堀川に隣に立っていて欲しいのだ。後ろからついてくるのではなく、同じ志を持って共に戦って欲しい。だから副隊長に任命したり、部隊の管理を任せたりして、彼が独り立ちならぬ和泉守立ちできるように後押ししている。
 一見堀川の方が和泉守の面倒を見ているようで、実はしっかりと和泉守が堀川を支えている。こういうところが和泉守の憎めないところだと思うのは、大和守だけではないようだ。加州もまた、呆れたフリをしつつ「はいはい。気持ちは分かったから、取り敢えず今回の出陣には付き合ってあげる」と、和泉守が持ってきた式符を受け取っていた。
「じゃ、僕も。ただし貸し一ね」
 大和守も、机に置かれた式符を受け取る。
 いつか、堀川が和泉守の隣に立つ姿を見られるのなら、彼らの出陣に付き合うのも悪くはない。
 大和守はお互いを想い合える和泉守と堀川のコンビを、少しだけ羨ましく感じた。





 中庭を中心にぐるりと部屋が並ぶ寝所。西側にある厨から廊下をまっすぐ南に進み、書庫の東側の扉を出て一人行動となった大和守は、現在東側の縁側を本邸に向かってまっすぐ進んでいた。
 一人になってもやることは変わらない。鶴丸を探して一部屋、一部屋障子を開けて回る。
 中庭を照らす月明かりがあるとはいえ、辺りは薄暗く、視覚情報はあまり当てにならない。代わりに以前嫌というほど出陣した池田屋の経験を活用し、聴覚や臭覚、肌に触れる空気などから人の気配を探った。
 短刀や脇差には及ばずとも、大和守は比較的夜戦が苦手ではなかった。
 だからだろう。一瞬の、針に刺される程度の殺気に気付けたのは。
「ッ!!」
 障子に手を掛けた瞬間、部屋から和紙を突き破って刀が飛び出してきた。
 ブンッと虫の羽音のような音を鳴らし左耳を掠った刀は、大和守のなびいた後ろ髪を突き抜ける。
 大和守は心臓が飛び出そうになるのを抑え、素早く後ろに飛び退いた。
「ッ、ハァ、びっくりした……」
 驚きで息が乱れる。あと数センチ避けるのが遅かったら、危うく左目が潰されていた。
 心臓の鼓動を聞きながら、大和守はじっと障子の向こうへ感覚を集中させた。先程とは違い、今は一瞬でも目を逸らせば殺られそうな殺気が部屋の奥から漏れ出ていた。
 ドク、ドクと心臓が脈打つ。一瞬見えた刀身は太刀のそれだった。敵は誰だ?
 刀が引き抜かれる。ズズ、と音を立て、障子がゆっくりと開く。
 ――ああ、最悪だ。大和守は思った。
「流石に三日も茶を飲まないと、短刀達が入れた茶が恋しくなるな」
「鶯丸」
 暗い部屋から姿を現した彼――鶯丸は、いつもの美しい立ち姿で、微笑をたたえ、胸元に剣を構えていた。
 本当に最悪だ。三日月や鶴丸だけじゃなく、まさか鶯丸までそっち側だなんて。
 彼との出陣回数は数えるほどだが、彼が熟達者だということは教えられなくても知っている。身に纏う独特な雰囲気と、そこからは想像も出来ない激烈な太刀筋。本丸でも五本の指に入る実力者とこんなところで出くわしてしまうなんて、大和守は本当に運がない。
「殺すのは好きではないのでな。俺は見ているだけのつもりだったんだが、気が変わった」
「見逃してくれる気は?」
「悪いが、ないな」
 鶯丸と視線がぶつかって、大和守は突然、当たり前のように自分の死を悟った。
 こんな感覚は初めてだった。恐怖を感じたからでもなく、諦めたからでもなく、当たり前の事実としてそう思ったのだ。これが、圧倒的な実力差の相手に挑むということなのか。
だが、それと諦めることとは違う。諦める気持ちとは先程きっぱり縁を切ってきたばかりだ。自身の責務を果たすため、心はただひたすらに夢物語を追い続ける。死ぬ瞬間までだ。
 堀川が和泉守の方に残ったのは正解だった。お陰で、二人はきっと生き残る。燭台切達だって簡単に負けるタマじゃない。
 僕が負けても僕らは負けない。
 大和守はふっと肩の力を抜いた。三日月と、鶴丸と、鶯丸。三人でよく茶を飲みながら親しそうに話していたのが、昔のことのように思い出された。あんなに穏やかだった三人が、こうも皆敵に回るのは何故なのだろう。
 鶯丸がぐっと足に力を込め、地面を蹴る。右手に持っていた刀が大和守の首に届く瞬間まで、大和守は敵を睨み続けた。
 目の前で、突如鶯丸の体が左に薙ぎ倒された。
「――え?」
 何だ、何が起きた? 鶯丸の体は地面に倒れ、刀がその手から離れている。
「大和守さん、こっち!!」
 強く手を引かれ、大和守は導かれるまま縁側を登り室内に入った。真っ暗で目の前が見えない。背中からはすぐさま斬られそうな程の殺気を感じていたが、振り返っても、月明かりに見える鶯丸の動きは何故か大和守が思うより一歩遅れていた。
 部屋の奥に入ってしまえば月明かりは届かず、今自分がどの辺りにいるのか分からなくなるほど前が見えない。しかし手を引く相手には目の前が見えているのか、縦横無尽に走り回り、いつの間にか寝所を抜け本邸へ続く渡り廊下まで走りついていた。
 赤く塗られた橋を渡り、そこから更に北に進み本邸に入る。そこでようやく目の前の人物は足を緩め、後ろを入念に確認し、追手がないことを確認すると近くの空き部屋に入った。
「上手く撒けたみたいだね」
「ほ、堀川……なんで」
 堀川は肩で息をしながら、大和守に軽く笑い掛けた。大和守は目の前に堀川がいる事実に未だ混乱しており、表情がぎこちない。
「はぁ、危なかったね。鶯丸さんから逃げ切れたのは、運が良かったとしか言えないな」
 鶯丸から逃げられたのには、四つもの幸運が重なっていた。
 堀川は鶯丸に斬られそうになる大和守を見つけた時、刀を抜くでもなく咄嗟に体当たりを仕掛けていた。刀を使わなかったのは気が動転して抜刀する余裕がなかったからだが、逆にそれが運良く鶯丸の刀を取りこぼさせた。敵に落ちた刀を拾う一瞬の間が生まれた結果が、大和守達の今だ。
 堀川が捨て身の体当たりをしていなければ、鶯丸が刀を取りこぼさなければ、夜戦でなければ、室内に逃げ込めていなければ、こう上手くは逃げられなかった。
「堀川、なんで、ここに? 和泉守は?」
「兼さんは……置いてきた。『安定を守れ』って、兼さんうるさいから」
「でも、」
「いいんだ! もういいんだ。僕は大和守さんを助けるって決めたから」
 そう言いつつ、堀川の顔は全然そうは言っていない。今にも泣きそうで、全然後悔を隠しきれていなかった。やはり堀川は和泉守の元に残りたかったのだ。それなのに、自分の気持を押し殺してまでここにいるのは何故なのか。
「どうして、和泉守を助けなかったの?」
「僕だって本当は兼さんを助けたいよ!!」
 堀川が突然叫んだ。大和守の肩が跳ねた。
「だって僕は兼さんがいないと駄目なんだ。僕は誰よりも兼さんが一番大事なんだ! 皆がゲームを止めるために動いている中で、僕は兼さんのことしか考えてなかった。今だって、どうして大和守さんを助けたんだろうってずっと考えてる。本当は、僕は仲間が何人死のうと兼さんが助かればそれで良かったんだ! だけどそれは間違ってるって分かるから……ずっと後ろめたかった。皆みたいになれたらって、ずっと思ってたよ」
 堀川は、自分でも最低だと思う言葉をつらつらとまくし立てた。
 堀川もまた、少なからずこの本丸に影響を受けた一人だ。和泉守さえ側にいてくれればそれで良いと考える堀川から、仲間を想う堀川へと変わりつつあった。
 ここで変わらなければ、堀川は一生変わらないままだ。だから堀川は大和守を助けた。それでも、どうしても駄目なのだ。後悔してしまう。大和守を見捨てて和泉守を助ければ良かったと思ってしまう。
「僕は弱くて、出来損ないで、最低な人間だ。何をしても皆のように強くはなれない……!」
 堀川は俯き、溢れる涙を大和守から隠した。ただでさえ身勝手な話をしているのに、泣いていることまで大和守に知られたくなかった。
 何故僕は皆のように強くなれないのか。何故僕だけが仲間を大切に思えないのか。考えれば考えるほど分からなくなっていく。そんな堀川に、大和守は思いがけない言葉を漏らした。
「僕だって……皆死ねばいいって思ってたよ」
 堀川は、予想外の言葉におもむろに顔を上げた。
「だってこんなゲーム意味ないし、皆死んだ本丸に一人だけ残ったってしょうがないし、主だってこんなところに帰ってくるの嫌でしょ。だから皆死ねって思ってたよ。
 堀川だけなわけないじゃん。僕だって清光が死んだ本丸なんか居てもしょうがないって思うよ……っ。今更ゲームを止めたって、清光や長曽祢がいないんじゃ意味ないじゃん。僕も主も、皆死んだほうがいいに決まってる!」
 今度は大和守が泣く番だ。口調を強め、目からぽろぽろと雫を零して、堀川に見られるのもいとわずにわんわん泣いた。
 不思議なもので、人は自分より取り乱している人間を見ると落ち着きを取り戻すらしい。堀川の涙はいつの間にか止まっていた。
「僕だけじゃ、なかったのか」
 堀川は、大和守の本音を聞いて安心している自分に気付いた。
 大和守も堀川と同じだ。加州をを殺したことも、長曽祢を死なせてしまったことも、和泉守を残して先に進んだことも、全部後悔している。堀川との違いは、それを隠しているかどうかだけだ。
「燭台切が言ってた。前を向いて歩くのは、生き残った僕達の責務なんだって。だから堀川も前を向いて歩かなきゃ駄目だよ」
 責務。それはまた随分と重い言葉だ。責任と義務。義務を果たすべき責任。それは決して自分の意志などではなく、まるで死者からの呪いのようだと堀川は思った。だが自分の意志で動くより、誰かに呪われて動くほうがよっぽどいい。
「大和守さんは、やっぱり強いよ」
 堀川は、心からそう思った。
「僕が強いなら堀川だって強いよ。だって僕を助けに来てくれた。前にさ、和泉守が言ってたんだ。自分は守られる立場じゃなく、堀川に一緒に死んで欲しいんだって。和泉守の願いは叶ったよ」
 何だそれは、初耳だ。堀川は目を丸くする。
 きっとこのゲームがなければ、堀川はずっと和泉守の後ろをついていくままだっただろう。皮肉なことに、堀川が和泉守の隣に立てたのはゲームのお陰だ。
 堀川は、ずっと眺め続けてきた和泉守の背中を思い出した。その背中を追い越し、隣に立つ自分を想像する。ああ、悪くないな。
「そろそろ行こうか。僕達の目的は、鶴丸を見つけ出すことだ。悠長にしてはいられない」
「ああ、そうだね。行こう」
 伸ばされた大和守の手を取り、堀川は立ち上がった。
 堀川は希望を捨てない。そもそも、和泉守はまだ死んだとは限らないのだ。勝率が低いとはいえ、戦いは何が起きるかわからない。堀川達が鶯丸から逃げ切れたように、和泉守もなんとか敵を倒してまた合流できるかもしれない。
 そのとき胸を張れるように、前を向いているフリだけでもできるように、堀川は後悔を胸の奥にしまって大和守と共に歩き出した。
 長かった夜は、いつの間にか明けていた。

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