刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第十九章

 夕刻になり、再び厨で合流した燭台切達は、お互いの成果報告をするため卓を囲んでいた。
「さて、じゃあ会議を始めようか。僕の方はご覧の通り、山姥切くんが仲間になったよ」
「写しにあまり期待するな」
「初期刀が味方になってくれるなんて、かなり心強いんじゃない?」
「再会できて嬉しいよ、兄弟」
「大和守くん達は刀探しの方はどう?」
「うん。結局、半日以上探して見つかったのはこれだけ」
「それ……! 堀川くん、刀が見つかったんだね! 良かった」
「ありがとうございます。これで僕も少しは戦力になれると思います」
「だが、オレ達の方は結局本邸の三分の一も回れなかった。刀を持ってるのがオレ一人じゃ、精々ここれが限界だな。そっちは山姥切の他に誰かに会ったか?」
「うん。伽羅ちゃんにね。でも……」
「大倶利伽羅は俺が殺した」
「えっ? どういうこと?」
「伽羅ちゃんはね、どうやら仲間に手にかけてしまったみたいなんだ。それで色々と、ね。詳しくはあとで話すよ」
「そっか。山姥切達にも色々あったんだね」
「仲間を殺したことに変わりはない」
「山姥切くん……」
「でも、人には色々と事情があるよ。僕も清光を討ったから分かる」
「えっ?」
「でも悪いのは僕でも清光でもないと、僕は思ってる。悪いのはこのゲームを企画した奴だよ。だからこれ以上このゲームを続けさせるわけにはいかない。山姥切はどう?」
「俺は……」
「安定、今はその話は置いとけ。それより報告が先だろ」
「ああ、そうだね。ごめん」
「話を進めるぞ。国広の刀を見つける前、オレ達は審神者執務室の庭で戦闘の跡を見つけた。庭には折れた長曽祢虎徹と蜂須賀虎徹、そして陸奥守の銃が落ちていた。多分三人はあそこで何者かに殺されたんだろう。報告は以上だ」
「ありがとう。他に報告がある人はいる? なければ次の議題に移ろうか。これからの行動についてだけど、山姥切くんが味方になり、堀川くんが刀を見つけたことで、僕達は六人中四人が刀を所持したことになった。そこで、今一度チームを作り直して、今度は刀探しと味方集めを並行して行おうと思う」
「うん、それがいいね」
「異議はねぇ」
「私も異論ありません」
「オーケー。じゃあチーム分けをしようか。僕の独断で良ければ、僕・山姥切くん・太郎太刀さんチーム、和泉守くん・堀川くん・大和守くんチームというのはどうかな。一応日頃の部隊編成と、刀種のバランスを考えて組んでみたつもりだけど」
「うん。いいと思う」
「オレも異論なしだ。ただ行動するのは明日からにしたい。夜戦は燭台切と太郎太刀が不利だし、皆疲れも溜まっている頃だろう」
「そうだね。ただ、あまり悠長なことも言っていられないんだ。僕達がのんびりしている間に、他の仲間が全滅しないとも限らないし」
「今生きてる刀剣はオレ達以外だとあと誰だ?」
「僕達以外だと、三日月さん、鶴丸さん、同田貫さん、宗三さん、鶯丸さんの五振りだよ」
「チッ。もうそんなに殺られてんのか……」
「その中で私達が会っていないのは、同田貫さんと宗三さん、それに鶯丸さんでしたね。山姥切さんはこの中の誰かと遭遇は?」
「同田貫とは二日目に会っている。体に返り血がついていたが、仲間に敵意があるかは不明だ。あとは先程言った大倶利伽羅と、鶴丸にも二日目の夜に会っている」
「えっ!?」
「本当ですか?」
「な、何だ。何かあるのか」
「二日目の夜って、僕達が鶴さんと会ったすぐ後だよね。鶴さんは無事だった? 怪我とかしてなかった?」
「俺が見た限りではなかったと思うが……」
「そっかぁ。なら三日月さんからは無事逃げられたのかな。何にせよ無事でよかった。鶴さんとはもう一度会って、味方になってくれないか説得したいと思っていたんだ」
「なら、明日は鶴丸さんも含めて、その四振りを探して見ましょうか。あまり猶予がないことも考慮して、行動は夜明け後すぐということで」
「よーし。そうと決まれば、今のうちに精力をつけておく必要がある。そうだよなぁ、国広」
「うん。そうだね、兼さん」
「? どうした、あんま元気ねーな」
「そんなことないよ? 精力をつけるのは大事だよね」
「そういえば、ちょうど夕餉の時間でしたね」
「だって、燭台切」
「ふふ、了解。丁度厨にいることだし、何か作るよ」
「じゃあオレ達は廊下で見張りだな。国広、山姥切、行くぞ」
「お、俺も、か?」
「当たり前だ。おら、行くぞ。見張りついでに互いの情報交換と行こーぜ」
「っ! 待て、そんな引っ張るな……!」
「燭台切さん、私で良ければ何か手伝うことはありますか?」
「僕も手伝うよ」
「ありがとう。凝ったものを作る余裕はないから、簡単に作れるチャーハンにでもしようか」





 物音ひとつしない暗い廊下で、山姥切は和泉守との情報交換を終え、考え込んでいた。
 大広間から飛ばされ、和泉守が燭台切達と合流するまでに起こったこと、燭台切が和泉守達に話した三日月のこと、内通者のこと。それに山姥切自身が経験したことを踏まえて考えを纏めていく。
 先程、会議の席で大和守に『加州を殺した』と聞いて、山姥切は大和守の明るさにびっくりした。山姥切と似たような境遇なのに、自分とは態度が全然違う。彼を見ていると、山姥切はこれから何をすべきかという自分の問いに、答えを出せそうな気がしていた。
 山姥切が一番親しかった歌仙、二日目に出会った“らしく”ない鶴丸、仲間のために仲間を殺した大倶利伽羅、常に前を向く燭台切や大和守。出会ったすべての仲間が山姥切に影響を与えていく。
 壁に背中をもたれ掛け、厨房の扉から薄く漏れる電球の光を見つめる。この光が燭台切や大和守だとしたら、自分は光をただ受けるだけのこの白い壁というところか。
 山姥切国広は決して前向きにはなれない男だった。
 刀剣男士には歴史という一人一人の物語がある。燭台切が伊達の性格を受け継いでいるように、大和守が新選組を強く思うように、山姥切もまた、何者にも変えられない過去を背負っている。
「俺は、弱いままでいいのか」
「兄弟?」
 暗闇にぽつりと漏らした独り言に、和泉守と堀川が反応した。
 山姥切は弱い人間だ。考え方は後ろ向きで、歌仙には性格が暗いと言われてばかりだった。でもそれは彼が“山姥切国広”だからだ。
「俺は、俺だ。俺は弱いままでいい」
 弱い山姥切は、同じ弱い人間の立場に立てる。
 落ち込んでいる仲間を励ませる。
 何かを背負って戦う者の気持ちを分かってあげられる。
 それは、人見知りで卑屈な誰かさんにも辛抱強く声を掛けてくれた、歌仙のような人間だと山姥切は思った。
 ふと、自分がもたれ掛かっていた白い壁を見る。疲れた時にもたれ掛かれるこの壁も、電球とは違った役割があるのかもしれない。
「俺は、この白い壁だ」
「あ? なんじゃそりゃあ。大丈夫かお前」
「っ、何でもない」
 山姥切は気付かないうちに声に出ていた独り言に顔を赤らめ、慌てて頭巾を下げた。和泉守と堀川が顔を見合わせ、ふっと笑う。
「まぁいいんじゃねーの。お前らしくて」
 山姥切の独り言に、和泉守がニカッと笑ってそう言った。堀川も山姥切の成長を感じ取って、「かっこいいな」と呟きを零す。当の山姥切は、羞恥に耐えられなくなったのか完全に布のシェルターに閉じこもっていた。この様子では、扉の向こうでこっそり耳をそばだてている調理組の存在など気付いてもいないだろう。
「ふふ。山姥切くんも、自分のやるべきことを見つけたみたいだね」
「人の成長とは、中々趣き深いものですね」
 コソコソと話す会話は、廊下までは届かない。
 皆が山姥切の成長を見守る中、唯一堀川だけが、眉を下げて自分の前に伸びる厨房の光を見つめていた。





 夕食を食べ終わった六人は、来たる明日に備えて各自休息を取っていた。
 太郎太刀と山姥切は向かいの部屋から持ってきた座布団を並べ仮眠を取っており、和泉守と堀川は廊下で見張りをしている。
 大和守は卓に突っ伏し仮眠を取っていたが、眠ろうとすると加州や長曽祢のことばかりが頭をよぎり、なかなか寝付けないでいた。
 血塗れの加州。折れた長曽祢。嫌な記憶が脳にフラッシュバックする。
「本当に、ゲームを止めることなんて出来るのかな」
 朦朧とした意識の中、そう口にしたのは本当に無意識だった。はっと我に返り、誰かに聞かれていなかったかと大和守が首を回すと、斜めに座っていたバッチリ燭台切と目が合ってしまい、焦った。
「ご、ごめん。無意識」
「いいよ。本当は僕もそう思ってるから」
「え?」
 穏やかなトーンで漏らした言葉は、意外にも、燭台切が見せた弱音だった。
 部屋の隅っこで横になる太郎太刀と山姥切は、微かな寝息を立てている。燭台切は彼らを起こさないよう気を配りながら言葉を続けた。
「こうして今僕達が悠長にしているのは、ゲームを止める明確な手立てがないからだ。どんなに味方を集めても、情報を集めても、ゲームを止められるとは限らない。せめて内通者を絞り込めればとも思うけれど、その手立てだってない。普通に考えたら、政府に行く術がない以上ゲームを止めるなんて不可能だ」
 燭台切は言葉を続ける。
「結局、僕達がしていることって、ただの夢物語なのかもしれないね」
「燭台切……」
 沢山の仲間の死に遭遇し既にギリギリの状態だった二人の心は、ここに来て長い緊張と疲れでバランスを崩し、折れかかっていた。
 自分のしていることは本当に彼らの死に報いているのか。この働きが皆を助けることに繋がっているのか。大和守は自分で結論を出すことができなかった。怖かったのだ。無駄だと認めるのが。
「燭台切は、諦めたい?」
 大和守は、こんな質問をする自分を情けないと思った。しかし燭台切は動じない。彼の目は真っ直ぐ前を向いていた。
「いいや。僕は諦めない。僕が今ここにいるのは、僕の力だけじゃないからね」
 燭台切は知っている。燭台切を逃し、強敵である三日月を一手に背負ってくれた鶴丸の想いを。自ら悪役を買って出た大倶利伽羅の想いを。二人は、自分に夢を託してくれているのだ。
 燭台切は二人の想いを背負って今ここに立っている。
「夢を追いかけるのは、もはや僕の責務だ」
 燭台切にとって、ゲームを止められるかどうかはもうあまり関係なかった。例えそれが百パーセント不可能だとしても、燭台切は絶対に諦める選択肢を選べないのだ。
 燭台切の話を聞いて、大和守は加州としたあの時の約束を思い出した。僕がこのゲームを止める、と言った。また清光が笑ってこの本丸に帰って来れるように、僕が皆を助ける、と。
「清光も、僕に期待しているかな」
 流れ星に願うような一方的な約束だったけれど、想いは伝わっていたはずだ。大和守は拳を握った。
「僕も夢を追うよ。例え無駄だとしても、清光との約束を守るために。それが僕の責務だ」
「私もついていきます」
 ふと顔をあげると、いつの間にか太郎太刀が大和守の後ろに立っていた。
「太郎太刀!」
「私は燭台切さんに協力すると言いましたから。有言実行が私の責務です」
 太郎太刀の後ろには隠れて山姥切の姿もあった。二人ともいつ起きたのやら、起きたのならもっと気配を漂わせてほしいものだ。
 太郎太刀は向かいに回り込み燭台切の隣に座り、山姥切は近くだった大和守の隣に座った。
「俺は責務なんかどうでもいい。それに、俺達の行動が無駄かどうかはゲームが終わってから分かることだ」
「山姥切。もしかして僕のこと励ましてくれてる?」
「、違うっ。俺は思ったことを言っただけだ。大体、俺は別に励まし合うために起きたわけじゃない。少し気になることがあって眠れなくて、いや、気になることと言ってもそんなに大したことではないんだが」
 山姥切はあからさまに言い訳をまくし立てた。その様子が可笑しくて、燭台切と大和守に笑顔が戻る。
 大和守の中にあった悲壮感は、もう消えていた。新撰組の刀だけを信用していた昨日までの大和守は今や姿形もなく、気付けば燭台切達を深く信頼している。
 二人の仲間を失って、代わりに大和守は三人の仲間を手に入れた。
 ゲームの首謀者は絶対に許せないけれど、同時に、このゲームを通して何倍も成長している自分がいることに、大和守は気付いていた。
「山姥切くん、それで、その疑問っていうのは何だい?」
「あ、ああ。その、先程の報告であった長曽祢達のことなんだが、長曽祢があの場で殺されたことは分かるが、陸奥守と蜂須賀がそこで殺されたというのは、どうして分かったんだ?」
「ああ、言われてみればそうですね」
 太郎太刀が声を上げる。
「長曽祢さんが刀を所持していたことは事前に聞いていましたから、彼については間違いないでしょう。しかし蜂須賀さんと陸奥守さんについては、現場にいたかどうかは分かりませんね。特に陸奥守さんは銃が落ちていただけなので、まだ生きている可能性も考えられます」
 まぁ実際には昼の放送で陸奥守の死は確定しているのだが、太郎太刀が言いたいのはつまり『長曽祢が現場にいたこと』と『蜂須賀の刀が現場で折られたこと』以外は不確定要素であるということだ。
 太郎太刀の意見に、しかし大和守は一部反論した。
「確かに、現場には三つの血溜まりがあったから、安易に考えていた部分はあるね。でも蜂須賀はともかく、陸奥守があそこで死んだのは間違いないと思うよ」
「どうしてそう思う」
「僕が初日に陸奥守を目撃していたからだよ。大広間から飛ばされた直後、陸奥守が銃を手にしているのを見たんだ。見たのはほんの一瞬だったし、特に声を掛けたわけでもなかったから報告してなかったけど……」
 本当は後ろめたさがあったからだが、そこは敢えて言わない。
「なるほど。陸奥守さんが既に銃を持っていたなら、彼があの現場にいたのはほぼ間違いないですね」
「うん。逆に蜂須賀の刀は長曽祢が持っていたから、蜂須賀が現場にはいなかった可能性は大いにあるね。ああでも、あの血の量はとても二人分とは思えなかったな」
「敵のものとは考えられないのか」
「あ、そっか。その可能性は考えてなかった」
「戦況が不明確ですからね。敵が何人いたのか、三つ巴、四つ巴の可能性だってあります」
「うわぁ、なんかややこしくなってきた」
「…………」
 三人があれこれ考えている間、燭台切は一言も言葉を発さなかった。
 何か引っかかる。何か、とても重要な情報を見過ごしているような気がする。燭台切は三人の会話の何かが引っかかり、一人悶々と考え込んでいた。
 三人の会話を咀嚼して、記憶から慎重に手掛かりを探る。何か、大和守がとても重要なことを言っていた気がするのだ。見過ごしたら手遅れになってしまいそうな、そんな大事な情報を。
「落ちていた陸奥守の銃は確認したのか。使用された形跡は?」
 銃。その言葉に、燭台切は引っかかりの正体を見つけた。心臓が大きく鳴る。
「うん。近くに薬莢もたくさん落ちていたよ」
 大和守は、陸奥守が銃を持っていたと言った。しかもゲームが始まった直後からだ。
 陸奥守はそんなに早く銃を見つけたのだろうか。そんなに簡単に見つけられる場所に、政府は武器を転移させたのだろうか。主が政府に脅されて転移の術を使ったのだと思いこんでいた燭台切は、矛盾を感じて考えを巡らせた。
 ゲームを盛り上げたいなら、武器はなるべく刀剣から離れた場所へ飛ばすべきだ。政府が主に命じれば簡単にできる。いや違う。そもそも主が刀剣男士と刀と転移させたというその前提が間違っているんじゃないのか?
 主が直接力を使わなくても、手段なら他に一つだけある。あまりにも回りくどいため燭台切が候補から外していた手段だ。
 ――式符。主の神通力が込められた式符なら、主の力がなくても転移の術が使える。
 燭台切が答えに辿り着くまで、そう時間は掛からなかった。
 何故そんな回りくどい方法を取ったのかは分からないが、これで陸奥守が最初から銃を持っていた理由に説明がつく。
 陸奥守の銃は最初から飛ばされていなかったのだ。恐らく、いつも肌身離さず身に付けているから、式符を貼り付ける機会がなかったのだろう。
 式符の効力は貼り付けてから三日。つまりゲームが始まる前三日の間に、内通者が仲間全員とその刀に式符を貼り付けたということになる。
 ここまで分かれば、ゲームを止めるという目標にぐっと近付ける。
 燭台切にはもう一つ、ある仮説があった。
『内通者だけは、刀を飛ばされなかったのではないか』という仮説だ。
 内通者の役割は、ゲームを円滑に進めることにある。それは時に、先陣を切って仲間を殺す展開にだってなり得るだろう。もしくは、最初から銃を所持した陸奥守の抑止力として、内通者が刀を持つというのは一つ筋の通った考えだ。
 燭台切の背中は汗で濡れていた。乾いた唾をゴクリと飲み、息を深く吐く。
 ここまでくれば、後は大詰めだ。
「内通者を、特定しよう」
 燭台切はひどく落ち着き払った声で、未だ話し合いを続ける三人にそう告げた。





 見張り組を中に集めた燭台切は、早速本題に入るべく口を開いた。
「今から内通者を特定しようと思う。僕達が今から話し合うことで、恐らく内通者はほぼ確定する。皆、僕がこれから言うこと、そしてゲームが始まる前のことをよく思い出しながら聞いて欲しい」
 五人は燭台切の言葉に無言で頷いた。
「時間が惜しいから先に結論だけ話すよ。第一に、ゲームの内通者は恐らく『ゲーム開始時から刀を所持している』。第二に、内通者は『ゲームの前三日で仲間全員と接触している』。
 この二点を念頭に置いて、過去の仲間の行動をよく思い出してくれ。まずはひとつ目、『ゲーム開始時から刀を所持している』だ」
 容疑者は刀剣男士全三十振り。そこから徐々に候補者は減っていく。
 最初に口を開いたのは和泉守だった。
「その条件なら、太郎太刀、安定、国広は内通者から除外できる。逆にオレと山姥切、燭台切は条件を否定できない」
「そんな、兼さんは内通者じゃないよ!」
「国広」
「っ……」
 堀川は和泉守が内通者ではないと信じ切っていたが、条件は否定できない。堀川は口を噤んだ。
「そういうことなら燭台切さんも除外できますよ。彼の刀を見つけたのは私ですから、私が保証しましょう」
「ありがとう、太郎太刀さん」
「清光も内通者じゃないよ。あいつの刀を見つけたのは僕だ。あと蜂須賀も白。陸奥守も刀を持っていないのを見たから白だ」
「蛍丸くんも白だった。僕はゲーム当初に彼に会っている。それから、恐らく三日月さんが破壊した内の、秋田くん、五虎退くん、薬研くんも白だ。彼らが殺された正門付近に、彼らの刀は落ちていなかったからね」
「そういえばそうでしたね」
「他に心当たりのある者はいるかい? いないなら、まとめに入るよ。」
 燭台切は卓を見回し、話をまとめた。
「第一の条件によって、内通者は十九人に絞られた。山姥切、和泉守、長曽祢、歌仙、鯰尾、骨喰、厚、乱、一期一振、同田貫、三日月、鶴丸、大倶利伽羅、愛染、鶯丸、宗三、そして長谷部、今剣、岩融だ」
「その三人も候補に入れるのか?」
「そりゃそうだろうな。誰もその三人が内通者じゃないと否定できない」
「なかなか絞りきれないものだね」
「じゃあ次に行くよ。第二の条件、『ゲームの前三日で仲間全員と接触している』人物、だ。誰か心当たりのあるものはいるかい?」
 燭台切の言葉に反応を示したのは山姥切だった。燭台切の視線が鋭く山姥切を捉える。
 燭台切は、この条件を思いついた時点で鍵を握るのは山姥切だと踏んでいた。
 彼は他人との接触が極めて少ない。彼と皆の情報を合わせれば、ほぼ確実に内通者を特定できるだろう。
 山姥切の顔がみるみる青ざめていくのが分かった。その様子に気付かない他の四人は、自分がゲーム前に接触した人物を一生懸命思い出している。
「チッ。オレはゲーム三日前、屋根で宴会を開いたときに色んな奴に絡んじまってる。しかも酔ってて記憶が定かじゃねぇ」
「私も同じです。宴会にいた全員と接触があってもおかしくはありませんね」
「あの日はお酒がたくさん用意されてて、かなりの人数が酔いつぶれてたよね」
「っ、宴会に参加していたのは誰だ」
 山姥切が焦りを含んだ口調で訪ねた。
「ほとんど全員いたよ。あ、そっか。山姥切は参加してなかったね。いなかったのは短刀達と、蛍丸、骨喰、同田貫、蜂須賀、宗三……あと遠征に行ってた部隊はいなかったね。ってことはこの五振りと遠征部隊は除外できるのかな」
「あの日は確かお前も遠征に行ってたよな、国広」
「うん。あの日の部隊は僕と、陸奥守、歌仙、鯰尾、愛染、長谷部、岩融の六振りだったよ」
「その人達を除外するのはまだ早いでしょう。宴以外でも接触はありましたからね。例えば三日前の内番で、私は堀川さんと接触していますし……」
「そっか。うーん、中々絞りきれないね」
「なら聞き方を変えようか。第一の条件で名前が出た十九名の中で、接触して“いない”人物を思い出して欲しい」
「なるほど。そういうことでしたら私は、宴会に参加されなかった方とは全員接触がありません。条件の中だと、歌仙さん、鯰尾さん、骨喰さん、同田貫さん、宗三さん、今剣さんですか」
「僕は山姥切には接触していない。つまり山姥切は白だ」
「オレは正直覚えてねーな。毎日色んな奴と接してるし、意識せずに接触した奴がいるかもしれねぇ」
「僕も同じです」
「なるほど。ちなみに僕も二人と同じだ。さて、他に意見はあるかな? なければまとめるよ。
 この話の結果、内通者は十人まで絞られた。和泉守、長曽祢、厚、乱、一期一振、三日月、鶴丸、大倶利伽羅、今剣、鶯丸だ」
 なお、燭台切達は知り得ない情報だが、厚、乱、一期一振、今剣も自身の刀を持っていなかったことが過去の章で明らかになっている。つまり本当に可能性があるのは、和泉守、長曽祢、三日月、鶴丸、大倶利伽羅、鶯丸の六振りということだ。
「さて、山姥切くん。最後に君に聞くよ。今言った人物の中で、ゲームの前三日に、君に接触した人物がいるはずだ。心当たりはあるかい?」
 全員が山姥切を見た。
 山姥切の表情は布のせいでよく見えないが、真正面に座る燭台切にだけは、彼の表情がよく見えていた。
 山姥切は目を見開き瞳を揺らしていた。どうやらすでに内通者の特定は済んでいるようだ。拳を震わせ、酷く緊張している。
 燭台切には絶対に内通者であって欲しくない人間がいた。逆に言えば、燭台切はどこかで内通者が『彼』である可能性を感じとっていたのかもしれない。
 『彼』とても冷静な人間だった。冷静に現状を把握し、感情を押し殺して行動できる、現実主義的な人間だった。
 山姥切が口を開くのを、燭台切は聞きたくないと思った。





「――内通者は、鶴丸国永だ」

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