刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第十六章

『正午になりました。前回に引き続き破壊された刀剣をお伝えします。刀剣破壊は六振り。

 大太刀――蛍丸
 短刀――愛染国俊
 打刀――加州清光
 打刀――陸奥守吉行
 打刀――長曽祢虎徹
 打刀――蜂須賀虎徹

 以上となります。それでは、引き続きゲームをお楽しみください』





「それじゃあ和泉守くん。三人のことよろしく頼むよ」
「おう、任せとけ。手筈通り、成果があっても無くても夕刻までにまたここで落ち合おう」
「了解」
 厨房で落ち合った燭台切達五振りは、朝食後、二手に分かれて別々に行動することを決めていた。
 和泉守達と別れを告げ歩き出した燭台切は、寝所へ向かうため歩き出す。
 ここから夕刻までは一人行動となる。刀を持っていない太郎太刀を和泉守に任せる代わりに仲間探しに注力することになった燭台切は、その使命を果たすため、ある程度の危険は承知で足早に廊下を抜けた。
 朝食後、皆で話し合い、また放送を聞いて得た情報を整理すると、五振りがまだ出会ってない刀剣は山姥切、同田貫、宗三、鶯丸、そして大倶利伽羅の五名。
 愛染を見つけたら協力すると言ってくれた蛍丸も、和泉守達が合流するつもりだった長曽祢も、皆誰かに殺されてしまった。
 燭台切はまだ何も成し遂げていない。大和守達を味方にしてもゲームを止められるまでの情報は得られず、内通者の特定にも至っていない。そもそも燭台切の言う『ゲームを止める』というのは、箱庭に閉じ込められた燭台切達にとって、限りなく不可能に近い目標だった。
 燭台切はズキンと痛む胸を抑え、大きく深呼吸する。
 ――まだ間に合う。
 燭台切はこの際自分達の考えに賛同しなくても、誰かに出会えさえすればいいと思っていた。
 燭台切は三日月が仲間に敵意を持っていることを知っている。そして和泉守達や鶴丸に敵意がないことも。そういった情報を出会えた誰かに伝えるだけでも、きっと被害は縮小する。
 燭台切は、とにかくこれ以上の犠牲は何としても阻止したかった。
 ミシ、ミシと廊下の床が足音を立てていた。暗い本邸の廊下を抜け、寝所へ続く渡り廊下に差し掛かる。
 その時、燭台切は気配に気付いてピタリと足を止めた。
「…………」
 今までの薄暗い廊下と違い、屋外にある渡り廊下は見渡しが良い。そのため、気配の先、渡り廊下を歩いている人物が誰かということはすぐに分かった。
 そして彼が手から血を流していることに気がついた瞬間、燭台切は一目散に駆け出していた。
「伽羅ちゃん!」
 燭台切の存在に気付いた大倶利伽羅がビクリと反応し振り返る。目を見開き気配を探るその姿は、警戒心剥き出の猫のように見えた。
「っ!? 伽羅ちゃん?」
 大倶利伽羅は声の主が燭台切だと理解した上で、容赦なく腰に下げていた刀を抜く。
 燭台切は飛び出した足に急ブレーキを掛け、彼の居合いの一撃を何とか避けた。目の前を掠めた刃先は、前髪を数本切って大倶利伽羅の手元に戻る。
「それ以上寄るな」
「……っ。落ち着いて伽羅ちゃん。僕は君に危害を加えるつもりはないんだ。」
 目を迸(ほとばし)らせ、肩で息をする大倶利伽羅は鋭い眼光で燭台切を威嚇する。至る所に出来た傷跡が生々しく、戦闘の後であることを物語っていた。
「その傷、誰かに襲われたのかい?」
「違う。襲ったのは俺の方だ。俺はこのゲームに乗ることにした」
 唸るように発せられた衝撃的な発言。今、彼はゲームに乗ると言ったか?
 大倶利伽羅の姿が、数日前に会った三日月宗近の姿と重なって見えた。返り血に染まり、不気味なほど綺麗に笑うあの面影。
 背中に寒気が走る。大倶利伽羅が三日月と同じだとは、まだ思いたくない。
「伽羅ちゃんのその言葉は、何か事情があっての事なんだよね? もし何かあるなら僕に話してくれ。僕は今、このゲームを何とか止めようと思って他の仲間達と動いてるところなんだ。このゲームでもうこれ以上の犠牲を出したくない。だからもし伽羅ちゃんが何か事情を抱えているのなら、話だけでも聞かせてよ。剣を取るのはそれからでも遅くはないだろう?」
 燭台切の切実な説得に、大倶利伽羅の刀を握る両手が少しだけ緩められた。強く握っていたが故に広がった左手の傷からは、ぼたぼたと血が滴り落ちている。
 大倶利伽羅は溜息を吐いた。
「お前は、何も分かっていないんだな」
 それは、大倶利伽羅が燭台切に見せた“呆れ”だった。
 彼にそんな顔をされるとは。燭台切は予想外で、動揺を隠しきれず大倶利伽羅にその意味を尋ねる。
「……どういうこと?」
「お前はこのゲームを止めると言ったな」
「そうだよ」
「でもこれ以上の犠牲は出したくないと言う。ならこうして仲間に剣を向ける俺をどうやって止める」
「説得する。説得出来るだけの材料はまだないけど、でも伽羅ちゃんだってこんなの間違ってるって思っているはずだ。もし説得出来ないようなら、力づくで止めさせる」
「ならやって見ろ」
 燭台切が何かを言う前に、大倶利伽羅が地を蹴り燭台切に迫った。燭台切は咄嗟に剣を抜き彼の一太刀を受け止めたが、有無を言わせず次の攻撃を仕掛ける彼に、次第に廊下の手すりの方へ追い詰められていった。
「ぐっ」
 重い一撃を受け止めたと同時に、廊下の手すりが腰元に当たる。
 縁側と違い、屋外に橋のように伸びるこの渡り廊下は、左右に落下防止の手すりが設置されている。それを上手く利用され、燭台切は逃げ道を塞がれてしまった。
 大倶利伽羅が交わる刀に力を込める。燭台切は手すりから投げ出されそうになるのを必死にこらえた。いっそこのまま落ちてしまった方が良いのではと橋の下へ目を向けたが、そこには池が張っていたためその案は却下した。
 この馬鹿力はその体のどこに残っているのだろう。燭台切はフラフラの大倶利伽羅を見て苦笑いをした。
 燭台切は、必死の大倶利伽羅を見て自分の愚かさに気付きつつあった。燭台切を捉える大倶利伽羅の目は、燭台切のそれよりよっぽど覚悟を持ってギラついている。殺気、覚悟、一振りの重み、そういったものが全て燭台切とは比べ物にならないくらい、大倶利伽羅は本気だった。
「……最初に斬ったのは秋田藤四郎だった」
「伽羅ちゃん……?」
「その次は虎だ。五虎退、厚、薬研、乱にも剣を向けた。一期一振を破壊した」
「えっ!?」
 それは、燭台切の知らない新情報だった。
「ま、って、ちょっと待って。短刀達は三日月さんが破壊したって聞いたよ」
「そうか。なら破壊したのはそうなんだろう。だが秋田と五虎退を重傷まで追い詰めたのは俺だ。二日目は蛍丸を破壊した」
「そんな、何故そんなことを?」
「それがゲームのルールだからだ。俺は既に一日目だけで五人もの人間に刀を向けている。そして俺が生きている限り、これからも仲間を殺し続ける。それでもお前は、俺を殺さずにゲームを止められる気でいるのか?」
「っ、それは……」
 燭台切は何も言い返せない。
 重傷の大倶利伽羅に燭台切が追い詰められているのは、本気で戦っていないからだ。状況次第では仲間を殺してでもゲームを止めると言う覚悟が、燭台切には圧倒的に欠けている。
 加州を失った大和守にはその覚悟があった。燭台切は今朝会った大和守を思い出す。今思えば鶴丸にも、強い覚悟があった。あの時鶴丸は、もしかしたら燭台切の甘さを見抜いて、三日月は自分に任せろと言ってくれたのかもしれない。
「……敵わないなぁ。鶴さんにも、伽羅ちゃんにも。何の覚悟も持たずにゲームを止めたいだなんて、こんなんじゃ伽羅ちゃんが味方になってくれる訳もない、か」
「元々俺はお前の味方になるつもりはない。ゲームを止めたいなら俺を殺して犠牲者を減らすんだな」
「……。本当に覚悟があるのなら、ここで君を殺さなきゃいけないって事になるのかな」
 彼が味方になる気がないということは、もう痛い程伝わっていた。
 彼の何がそうさせてしまったのかは今となってはもう分からないが、それでも彼が何かを思い、本気で燭台切を殺そうとしているという事は分かる。
「なら僕も、本気で君の気持ちに応えなきゃね」
 そう言うと、燭台切は大倶利伽羅の太腿の傷に足蹴りを食らわせ、渾身の力で刀を押し戻した。
 大倶利伽羅は一瞬よろけたものの、直ぐに体勢を立て直し燭台切に斬りかかる。
 燭台切はそれを迎え撃つべく刀を構えた。
 そして、ふっと笑った。
「!」
 大倶利伽羅が驚いた顔でこちらを見ている。その様子が、燭台切の左目にはっきりと映った。
 ――僕は、自分が間違っていると分かっていても、仲間に剣は向けない。
「これが、僕の覚悟だよ。伽羅ちゃん」
 燭台切は瞼を下げ、かつての平和だった本丸を思い出していた。





「ホワイトデー? 伽羅ちゃんが?」
 燭台切は大倶利伽羅の口から出た予想外の単語に、首を大きく傾げて包丁を握る手を止めた。
 本丸の厨。内番の命通りに夕餉の支度をしていた燭台切は、突然やって来てひょんなお願いをする大倶利伽羅に目を丸くした。
 確かに今日は三月十四日、ホワイトデーだ。燭台切もそれ用のチョコを用意している。とはいえ、まさか大倶利伽羅からその単語が出て来るとは思わなかった。
 詳しい事情の説明を求めた燭台切は、ぶっきらぼうに返ってきた単語から状況を推測した。会話が苦手な大倶利伽羅の対応も、もう慣れたものだ。
 どうやら話を纏めると、事は先月にさかのぼるらしい。
 唐突に差し出される大きなトレーに、困惑した大倶利伽羅は眉間に皺を寄せて短刀達を見た。
「何だこれは」
「バレンタインチョコだよ」
 そう言ったのは乱だ。よく分からない単語を当たり前のように使われ、意思疎通が苦手な大倶利伽羅は会話を諦め早々に立ち去ろうと踵を返す。
「おっと、逃がさないぜー」
 しかし厚と薬研によって進行方向に先回りされ、反対からは乱にトレーをずいっと差し出され、大倶利伽羅は渋々逃げるのを止め会話を続けさせられた。
「バレンタインとは何だ」
「ふふ、今日はね、バレンタインデーって言って、手作りしたチョコを大好きな人にあげる日なんだよ」
「そうか。俺には関係無いな」
 大方、主から仕入れた現代の風習を真似ているのだろう。馴れ合うつもりのない大倶利伽羅は、子供達に囲まれるこの場から立ち去りたくてもう一度踵を返した。
「はい待ってー」
 しかし今度は袖をくんと引っ張られ強制的に足を止めさせられる。何なんだ一体。あからさまに顔に出して短刀達を睨むのに、やっぱり彼らはにこにこ顔を崩さない。
「はいこれ! 大倶利伽羅さんにもバレンタインのチョコだよ! チョコクランチって言うんだ。僕と厚と薬研の三人で作ったんだ」
「俺は材料買いに行っただけだけどな。薬研が下処理をして、乱が仕上げとデコレーションをしたんだ。まぁ食ってみろって」
 大倶利伽羅は訝しげにトレーのチョコを見た。まさか自分が贈り物をされるとは思わなかった。
 バレンタインデーなど知りもしなかった大倶利伽羅だが、ぐいぐい詰め寄ってくる彼らの積極性には敵わず、仕方なく色とりどりのチョコレートが並ぶトレーからピンク色のチョコを手に取る。
「…………」
 大倶利伽羅の一挙手一投足を見つめる短刀達の視線が痛い。キラキラした目をこちらに向け、彼が食べるのを今か今かと待っている。大倶利伽羅は摘んだチョコをひょいと口に入れ、無心でガリガリと噛み砕いた。
 口の熱でチョコが蕩け、甘さが広がる。サクサクとした、至って普通のチョコレートだ。
 短刀達は相変わらず食い入るように大倶利伽羅を見つめている。
 これは、確実に感想を求められている。
 だが大倶利伽羅の抱いた感想といえば、チョコレートに美味いも不味いもないだろう、くらいのものだった。
「……。美味い」
「本当? やったぁ!」
「よーしじゃあ次は燭台切さんのところだ!」
 感想を聞いて満足したのか、三人は小気味よく次のターゲットのところへと向かって行ってしまった。大倶利伽羅は解放された思いで胸を撫で下ろす。
 去り際、薬研が「騒がしくして悪かったな。まぁ、次のもよろしくしてやってくれ」と意味深な言葉を残していったのが気になるが、そんなことよりも大倶利伽羅は遠征から帰ったばかりで早く休みたかった。止めていた足を自室に向け、再び廊下を歩き出す。歩き、出したかったのだが。
「大倶利伽羅さーん!」
「待ってください……!」
 二度に渡り短刀達に囲まれているのこの状況は、一体何の罰なのか。
 秋田と五虎退、二人の手に掲げられているトレーを見て、大倶利伽羅はまたか、と早々に諦めモードに入った。
「と、突然呼び止めてすみません……」
「あの、先程乱兄さん達がバレンタインのチョコレートを持って来たと思うんですが、僕達からも大倶利伽羅さんにバレンタインです」
 差し出されたトレーに既視感を覚える。が、先程と違って、木材で出来たトレーの上には、チョコの代わりに色とりどりの花が並べられていた。
「僕達も主君にチョコレートを作りたいとお願いしたのですが、『子供は台所に入っちゃダメ!』と言われてしまって……。代わりにお庭に咲いている花を摘んで来たんです」
「本当は僕達もお料理したかったんですが、こんなものしか出来なくて……すみません。でも、気持ちは沢山込めました!」
 トレーに乗る花という名のチョコ達は、彼らなりに調理され綺麗に並べられていた。
 花弁を切ったり混ぜたりしてあるものや、砂糖の粒を模した小さな木の実が乗っているものもある。
「僕達からのバレンタインチョコレートです。どうぞ召し上がってください」
 先程よりも更に背の低い二人に上目遣いで見つめられ、大倶利伽羅は断わるという選択肢を失った。むしろ一刻も早くこの茶番を終わらせるべく、先程と同じように並べられたうちの一つを摘み上げると一思いにパクリと口に入れた。
「あっ! 大倶利伽羅さんそれ食べ物じゃないです!」
「ゴホッ」
 大倶利伽羅は勢いよく口に含んだ花を吐き出した。
 召し上がれというから口に入れたのに、なんて仕打ちだ。大人げなく不満気な顔をする大倶利伽羅に、慌てて五虎退が弁明に入る。
「ほ、本当に食べなくても良かったんです……おままごとなんです、すみません……」
「先に言ってくれ……」
 これが食べ物ではないことくらいちょっと考えれば……いや考えずとも分かることだが、何せ大倶利伽羅は人付き合いに慣れていないのだ。召し上がれと言われて素直に花を食べてしまうくらいに、そして怒られるかもしれないとビクビクしている二人に気の利いた言葉一つ掛けてやれないくらいに、大倶利伽羅はコミュニケーション能力が皆無だった。
 先程薬研に言われた言葉を思い出す。
『騒がしくして悪かったな。まぁ、次のもよろしくしてやってくれ』
 ――よろしくなんて、無理だ。
 そして大倶利伽羅が取った行動は、ずばり、戦略的撤退。
 後ろを一切振り返らず走り去る大倶利伽羅に、短刀二人はポカンと遠ざかる背中を見つめていた。

「つまり伽羅ちゃんは、バレンタインデーのお返しに、ホワイトデーのプレゼントをしたいってことだね」
 コクリ。無言でうなずく大倶利伽羅。
 確かに燭台切の元にも、昨月短刀達がやってきて、バレンタインデーの贈り物だとチョコやら花やらを渡してくれた。
「一人で戦い、一人で死ぬ」なんて言っていた頃から随分と丸くなったなぁ。燭台切は何故か赤子が初めて立ち上がった時のような、そんな変な感動を覚えていた。
「よし。そういうことなら僕に任せて! とびっきり美味しいチョコレートを作って短刀達にプレゼントしてあげよう。名付けて『伽羅ちゃん初めてのお菓子作りでサプライズ作戦』!」
「どうでもいい。さっさとしろ」
 こうして始まったホワイトデーのお返し作りは、しかしながら僅か数十分で失敗に終わることとなる。――大倶利伽羅の料理が、下手過ぎて。
「か、伽羅ちゃん。なんでチョコレートが爆発するの」
「チョコレートを溶かすなら電子レンジだろ」
「僕湯煎って言ったよね!? それに電子レンジに入れたからって爆発はしないよ! 何入れたの?」
「卵。後から混ぜるなら今入れても一緒だろ」
「殻ごと!? 殻ごと入れたのねぇ?」
 騒ぎを聞きつけた主が、それから大倶利伽羅に料理禁止令を出したのは、至極真っ当な判断と言えるだろう。
 燭台切もこれ以上彼に料理をさせる訳には行かないと、大倶利伽羅に代替案を提案することにした。

「これなら、伽羅ちゃんも安心して料理出来るよね」
 そして連れてきたのは、本丸一草花が咲き誇る、審神者執務室前の庭だった。
 そこで大倶利伽羅は、燭台切に玩具の包丁とまな板を渡される。大倶利伽羅はニコニコする燭台切に蹴りを数発食らわせた。
「いたっ! だって、伽羅ちゃん料理は作れないでしょ。だったら前に秋田くん達に貰ったものと同じものを返せば良いんじゃないかなって」
「俺は子供か」
「料理の腕は子供でしょ」
「ふざけるな」
「僕は真剣だよ」
 燭台切の至って真面目な視線が大倶利伽羅のそれと交わる。彼の案には文句しかないが、他に良い案を持たない大倶利伽羅は彼に従わざるを得ない。大倶利伽羅は大きなため息をつき、その場にしゃがむと雑に花を摘み始めた。
「まだ三月なのに、結構花が咲いているものだね」
「主が景趣を操作しているんだろう」
「それを言ったらお終いだよ」
 君はいつだって現実主義だね、そう燭台切が告げると、お前が夢見過ぎなだけだ、という返事が返ってきた。
「そういえば、伊達家にいた時もそうだったっけ。僕と貞ちゃんが夢を語って、鶴さんと伽羅ちゃんが冷静な判断をする。僕達は変わらないね」
「どうだかな」
「貞ちゃんにも早く会いたいなぁ」
 取り留めのない会話をしながら花を摘み、そんなこんなで出来上がったホワイトデーのお返しを持って、大倶利伽羅達は屋敷に戻った。
 さて、ホワイトデーのお返しを作っただけで満足してはいけない。次は短刀達を探さなければ。「秋田と五虎退ならさっき稽古場の近くで見たぞ」という鶯丸の目撃情報を頼りにそこへ向かう。すると、丁度手当てを終えた二人と廊下で上手く鉢合わせることが出来た。
「秋田くん、五虎退くん。今ちょっと良いかな」
「はい? 何かご用ですか?」
「実は、伽羅ちゃんから渡したい物があるらしいんだ」
「渡したいもの……ですか?」
 突然呼び止められてキョトンとする二人。大倶利伽羅は目も合わせず燭台切の後ろで仏頂面を決めている。燭台切はそんな彼の肩をやや大袈裟に引っ掴んで短刀達の前に押し出した。
「おい、押すな」
「いーから」
 トレーを両手で持つ大倶利伽羅は抵抗出来ず、小さく鳴らした舌打ちは短刀達を怯えさせる。燭台切は咄嗟にフォローに入ろうかと思ったがやめた。折角大倶利伽羅が進んで短刀達と関わろうとしているのだから、出来れば見守ってやりたい。
「大倶利伽羅さん。それはもしかして、ホワイトデーのお返しですか?」
 気を利かせ、秋田が大倶利伽羅に尋ねる。
「そうなんですか……?」
 二人の質問に、大倶利伽羅はああ、と短く肯定を示す。すると秋田と五虎退のくりんとした目が一層見開かれ、嬉しそうにキラキラと輝いた。
 ――しかし。
 トレーに乗るものに目を向けた瞬間、二人はゴクリと息を呑み、表情から笑顔を消した。一体何を察したのか、恐る恐るトレーから花を受け取り、真剣な顔をする二人。
「大倶利伽羅さん。ありがとうございます」
「いただきます……!」
 そして、二人は顔を見合わせると一思いにそれを口に入れた。
「えっ!? ちょ、二人とも!?」
 燭台切が驚きの声を上げる。
「おい、食べなくていい!」
「ゴホッ」
 大倶利伽羅の制止の言葉で、二人は一斉に口に含んだ花を吹き出した。
 二人は困惑する。
「た……食べなくて良いんですか……?」
「てっきりこの前のお返しなんだとばかり……」
 秋田と五虎退は、バレンタインの時と同じ花を持ってきた大倶利伽羅を『お前達も花を食え』という意味に解釈したらしい。二人は、大倶利伽羅に料理禁止令が下っていることを知らない。
「お返しとは言ったが、そういう意味ではない」
「そ、そうだったんですね……」
「大倶利伽羅さんがお花のチョコをくれるなんて意外でした。大倶利伽羅さんも、おままごととかやるんですか?」
「……、まぁな」
「クク」
 燭台切は必死に笑いを堪えていた。そんな彼に蹴りがヒットしたのは、それから三秒後のことである。
 その後、燭台切の仲介もあって無事誤解が解けた短刀達に改めて花を渡した大倶利伽羅は、乱達の元にも花を届けた。
 これにて大倶利伽羅のホワイトデーは一件落着というわけだ。
 ちなみにその日の夕餉は、燭台切が腕によりを掛けて作ったホワイトチョコレートファウンテンが茶の間を賑やかした。
 大倶利伽羅も短刀達に引っ張られ、沢山の食材をフォンデュして夕餉を楽しむ。
 短刀達に囲まれた彼の顔に、珍しく穏やかな笑みが浮かべられていたのは、本丸内でも有名な話だ。

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