刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第十四章

「だからそれが綺麗事だと言っているんだ!」
「おまんこそそれじゃあ誰も幸せにしやーせん!」
 剣と銃が交わる音が響いていた。
 長曽祢虎徹と陸奥守吉行。審神者執務室の前、本丸で一番花々が咲き誇る庭で、景色に似つかわしくない二人が斬り合いと言う名の喧嘩を繰り広げていた。
「わしは最後まで話し合うことを諦めてはいかん言うちゅうんじゃ! いっさん争いを止めて話し合うぜよ。皆に呼びかけ、首謀者を倒す方法を考えるんじゃ」
「それが甘いと言っている! おれ達の中には確実に殺意を持った人間がいるんだぞ。そんなお前の戯言で皆を集め、万が一そこで殺し合いが始まったらどうする!」
「そん時はわしが止める」
「刀すら持ってない奴が寝ぼけたことを!」
 長曽祢が皮肉を込めて陸奥守の銃に体重の乗った一撃を浴びせた。彼らの“犬猿の仲”は、例えゲームという特殊状況下においてもなんら変わることはなかった。

 陸奥守はゲーム開始からずっと、仲間を探して本丸内を歩き回っていた。
 彼の目的は燭台切同様、仲間を集めること。しかし、彼が仲間を集めるのには燭台切以上に明確で重要な理由があった。
 『内通者を特定する』、それが、陸奥守の目的だ。
 陸奥守はゲーム開始後雑木林に飛ばされ、例のごとく刀を所持していなかった。これもゲームとやらの首謀者の仕業かと、陸奥守は冷静に思考する。
 このゲームはこれまでも、殺し合いを盛り上げるための仕掛けがいくつか施されていた。主という人質や、指示書、プレゲーム。この転移もその一つというわけだ。
 恐らく、政府に脅された主が、神通力を使って皆とその刀をバラバラに飛ばしたのだろう。主はどれだけ遠方にいようと自由に刀剣男士を操ることが出来るから、今回のことも可能だろう。
 このゲームの首謀者である政府は、本気で刀剣男士達の殺し合いを望んでいる。そう結論付けようとして、陸奥守はふと自分の袖下にある重み――銃の存在に気が付いた。
「どいてこれがここに……」
 陸奥守は思わず呟いた。政府が本気で刀剣男士に殺し合いをさせたいなら、これがここにあるべきではない。何故なら、これでは陸奥守が有利すぎるからだ。一方的な殺戮は殺し“合い”とは言わない。
 人質、プレゲーム、転移とここまでお膳立てをしておきながら、政府が陸奥守の銃だけ飛ばし忘れるなんてあり得ない。と、なると。
「主がわしらを飛ばしたわけではない、ちゅうことか」
 陸奥守はパズルのピースを嵌めるように推理を組み立てた。
 主が術を使ったならこんな事態は絶対に起こり得ない。裏を返せば、この転移は主によってではなく、別の手段で行われたということになる。
「――式符、か」
 式符。審神者が神通力を込めた札。考えられるのはそれしかない。
 恐らく任意の場所が書かれたそれを、普段出陣するときのように事前に刀剣男士と刀に貼り付けて、任意のタイミングで発動させたのだろう。
 陸奥守自身、札を貼られたことには全く気が付かなかったが、式符は貼り付けると対象に吸い込まれるため、上手くやれば気付かれることはない。出陣する時以外刀掛けに置かれている刀本体などは、もっと簡単に出来ただろう。
 陸奥守の銃が飛ばされなかったのは、この銃が常に持ち歩かれ、式符を貼り付ける機会がなかったからだ。
 つまり。この本丸の中に、自分達とその刀に式符を貼り付けた人間――内通者がいる。
「は、厄介な展開になってきたぜよ」
 内通者を特定するのはそう難しくはない。仲間全員に、ゲームが始まる前に接触した人間を聞けばいい。
 式符の効力が続くのは三日が限度だったから、ゲームが始まる三日前までに刀剣男士全員に接触している人間がいれば、その人物が自ずと内通者となる。
 内通者がわかれば、現状を打開できるような情報がきっと手に入るはずだ。
「つまりわしらは、仲間内で殺し合いをしている場合じゃあないがよ! 全員がよって話し合わなければ争いは止まらん。皆が志を一つにせんと到底叶う相手ではないぜよ、政府っちゅうんは!」
「皆を集められる見込みなどないだろう!」
「ほんなら他の奴らにゃ大人しく殺し合わせとけぇ言うんか!」
「……そうだ」
「ほがなこと納得できん!」
「納得できるできないではない、現実を見ろと言っているんだ。こうして仲間同士での殺し合いが起きてしまっている以上、全員を集めるのは無理だ。今、大和守が和泉守達とゲームを止めるため動いている。おれも蜂須賀の刀を本人に返したら合流するつもりだ。お前も来い」
「嫌じゃ。わしは全員で協力することを諦めん。争いの果てに残った本丸なんて、何の意味もないぜよ」
 全員を集めて話し合うべきだという陸奥守と、少数精鋭で事に当たるべきだという長曽祢。二人の主張は真逆にあり、口論は終わりがないように思えた。
 しかしそれはある人物の横槍によって突然終わりを告げる。
「楽しそうな話をしているじゃないか。俺も混ぜてはくれないか」
 ギン、と金属同士がぶつかった音が、陸奥守の耳に届いた。
 陸奥守に振り下ろされた斬撃が、長曽祢の刀によって受け止められている。
「っ、三日月!?」
 陸奥守は目を見開いた。彼が目に捉えたのは、顔に笑みを湛え、殺気を放った天下五剣――三日月宗近だった。
 陸奥守は刀を受け止め続ける長曽祢に即座に援護射撃を行った。三日月はそれを難なく避け、耳元を狙った射線はなびく横髪だけ弾いて遠くに消える。
「チッ、首だけでかわしよった。バケモンかおまんは!」
「ははは。銃口さえ見えていれば、避けるのはそう難しいことじゃない」
「なんちゅうヤツじゃ!」
 陸奥守は悔しそうな顔をしていたが、長曽祢にとっては十分な援護になった。三日月から気が抜けたその一瞬を逃さず、受け止めていた刀を押し上げる。地面の秋桜が、踏ん張りによってブチブチと音を立てた。
「おらぁあ!」
 流石の三日月も長曽祢の馬力には根負けし、体をよろめかせる。剣を引き、軽いステップで後ろに下がった三日月は再び剣を構えた。
 長曽祢と陸奥守が共に抱いた感想は、『何故あの三日月が』だった。本丸一温厚な三日月が、何故、仲間に殺意を向けているのか。
「おまさんが敵に回っちゅうとは、まっこと予想外ぜよ」
「右に同じだ」
 陸奥守は冗談交じりに肩を竦ませるが、その表情には焦りが滲んでいる。
 三日月の血に染まった装束、刀、出で立ち。花畑に似つかわしくない殺気混じりの雰囲気は、今まで見た三日月のどの姿よりも迫力があった。
「おまさんは何故わしらに剣を向ける。仲間を殺して主を助けるつもりながか?」
「そうだな。最終的にはそうなるか」
「どういう意味だ」
「……さぁな」
「何を言うちゅうかよぉわからんが三日月、まずは剣を置いて話し合うぜよ! 戦いは何も生まん。皆で話し合ってゲームの解決策を見つけるんじゃ!」
「解決策、か」
 三日月がニヤリと笑った。
「まるで殺し合うことが何の解決にもなっていないような言い分だな」
「!」
 三日月の言葉に、長曽祢と陸奥守が大きな動揺を見せる。
「何故お前達はゲームに反対する。良いではないか、仲間同士で殺し合えば。自分が最後の一人になれば、主も帰ってきて、全てが丸く解決する」
「な、何を言うちゅうんじゃ。正気かおんしゃぁ!?」
「つまりお前は、仲間を殺すことに何の躊躇いもないということだな」
「俺達はしょせん刀だ。折れたところで代わりはいくらでもいる。なら、ゲームを楽しむのもまた一興……そうは思わんか?」
「ど、どうかしちょる。おまさんを慕う仲間の気持ちを考えたことは無いがか!?」
 その言葉に、三日月はただ笑みを浮かべるだけだった。彼の笑みには、底知れない闇のようなものを感じる。
「陸奥守。もういい。こいつを止めるには戦うしかない」
 長曽祢は陸奥守より先に覚悟を決め、剣を握った。
 長曽祢は昨夜の加州のことを思い出していた。夜中に突然襲われ、長曽祢が何を言おうとも加州に長曽祢の言葉は届かなかった。状況は違えど、人には言葉だけでは解決できない想いがそれぞれある。三日月が何を考えているのかは分からないが、彼が自分達を殺そうとしている以上、もはや戦うしか道は残されていないように思えた。
「銃を構えろ陸奥守」
「クソッ。仲間で殺り合うらぁ最悪じゃ」
 長曽祢の言葉に、陸奥守は不本意なまま武器を構えた。
 深呼吸をする。二人の呼吸と、花畑を抜ける風の音だけが聞こえる。
 攻撃のタイミングを計り、二人の呼吸が合わさった時、陸奥守が銃を放ち長曽祢が勢いよく駆け出した。
「よぉ狙って……ばん!」
「でぇりゃあ!」
 陸奥守はまず、三日月の右脇腹を狙って銃弾をかました。この一発は当たらないことを承知で、三日月が左側に避けることだけを狙って撃った。思惑通り、三日月は右に一歩ステップし、そこに長曽祢が重い一撃を振り下ろす。
「チッ!」
 しかし隙をついたと思った長曽祢の一撃は、しっかりと敵の鎬(しのぎ)によって受け止められていた。
 見破られている。陸奥守は思った。
 刀はそのまま受け流されて、長曽祢は三日月から一旦距離を取る。刃こぼれくらいは狙えるかと思ったが、流石は三日月宗近。一筋縄ではいかない。
「今のは中々だったぞ、長曽祢虎徹」
「前のあんたに言われれば嬉しかったんだがな」
「長曽祢、狙うのは足じゃ! 動きを止めて奴を説得する!」
「ハァ。出来たらな……っ!」
 改めて剣を振り上げた長曽祢は、言うとおり足を狙って刀を振り下ろした。しかし大声で話した作戦が成功するはずもなく、簡単に避けられてしまう。
 このまま足だけ狙い続けると逆に隙になりかねなかったので、長曽祢は趣向を変え、今度は刀を狙うことにした。
 長曽祢の刀と三日月の刀では、強度において長曽祢に分がある。そこで相手の刃こぼれを狙うことで、身体を狙うより簡単に相手を中傷させようという作戦だ。陸奥守も長曽祢の考えを察して、的確に援護射撃をする。
 二、三、四発と弾が消費される中で、相手に少しは疲れが出てもよさそうだが、三日月の動きには一糸の乱れもなかった。簡単に刀を受け流し、軽やかに弾丸を避ける。
「脇が甘いぞ、長曽祢」
 三日月が初めて長曽祢に反撃を仕掛け、右脇を突いた。
「ぐぁっ」
 長曽祢はたまらず膝をついた。陸奥守が数発銃を連射し、何とか三日月を後ろに退かせる。
「長曽祢、平気か?」
「、ああ。掠っただけだ」
「そういえばおまん、戦闘経験がまだ少ないんじゃったな。こりゃあ戦況は中々厳しいぜよ」
「…………」
 実は長曽祢は、この本丸で一番遅く顕現された刀だった。当然戦闘経験も一番浅く、人間の身体にも馴染み切れていない。そんな状況で仲間同士で殺し合うゲームに巻き込まれては、他の刀剣以上に疲労が溜まっていてもおかしくない。
「ははは。こりゃあ足を狙うなどと悠長なことを言うちゅう場合じゃーないがな。死ぬ気でやっても勝てるかどうか怪しいぜよ」
「どうする、逃げるか」
「いんや。このまま奴を放置しちょいたって犠牲者が増えるだけじゃ。ここでわしらが止めにゃあ」
 陸奥守の言葉に、長曽祢がふっと笑った。
「珍しく意見があったな。おれもこいつを大和守達に引き合わせたくないと思っていたところだ。まぁ、おれ達二人で倒せるかは分からんがな」
「それなら、とっておきの作戦があるぜよ」
 そう言うと陸奥守は、三日月に聞こえないように長曽祢に耳打ちをした。
「――本気か?」
 作戦を聞いた長曽祢は、目を丸くし、陸奥守に問う。
「全く以て本気じゃあ」
 陸奥守の目に迷いはなかった。その目に意志を汲み取った長曽祢は、一度ゆっくり呼吸を整え、陸奥守同様覚悟を決める。
「さぁて、ここからが正念場ぜよ。覚悟はえいかよ長曽祢!」
「ああ。推して参る」
 陸奥守と長曽祢が姿勢を正し、三日月に向き合った。
「ふむ。目の色が変わったな。俺もちと本気を出すか」
 三日月が楽しそうに彼らの視線を迎え撃つ。
 風が吹き、足元の花が揺れていた。この風が止んだら、きっと開戦の狼煙が上がる。
 まだ日は明るい。心地よい風が三人の着物を揺らし、体温を下げた。花の香りが鼻をくすぐり、通り過ぎていく。
 ――風が止んだ。
「行くぜよぉ!」
 まず駆けだしたのは陸奥守だった。銃を構える振りをして三日月との距離を詰める。定石では銃は遠距離戦に分があるため、三日月は彼の動きに少々意外な顔をした。
 懐に入ってこようとする陸奥守を牽制し、三日月が刀を振るう。その動きを見逃さず、陸奥守は器用に握りの部分で刀の側面を叩くと、三日月の軌道を右に逸らせた。
「!」
 力を持て余した三日月の太刀が陸奥守の右足元に落ちる。陸奥守はすかさずそれを踏んで、地面に縫い付けた。
 三日月は陸奥守のニカリと笑った白い歯を見て、驚きと共に感心の声を上げた。
「ほう、意外にも柔軟な動きをする」
「戦いは剣捌きだけじゃないぜよ。三日月ぃ!」
「おらぁ!」
 両手で刀を引き抜こうとしていた三日月は、後ろから迫る影に気付いてハッと顔を上げた。
 長曽祢が後ろに回って刀を振り上げている。前方には銃口を向ける陸奥守。まるで長年連れ添った刀工ように、二人の息はピッタリだった。
 三日月は一瞬の判断を迫られた。刀を引き抜くのはまず無理だ。しかし刀を手放してしまえば再び手元に戻る可能性はない。
 ――仕方ない。
 三日月は多少の傷を覚悟で左手だけを柄から放し、至近距離で狙ってくる銃口を避けた。一瞬遅く響いた破裂音は三日月の左わき腹を掠めて通り過ぎていく。
 三日月の左手の動きに伴って着物の振袖が大きく翻った。長曽祢の視界が一瞬青一色で塗り潰されるが、それに構うことなく着物ごと三日月の左肩を切り裂く。
「でぇりゃあ!」
「くっ」
 敵の肩口から血が飛び散った。それは、ゲームが始まってから三日月が初めて流した血であり、そして、三日月が見せる初めての苦悶の表情だった。
「やったがか!?」
「くそ、浅い!」
 切れ味に思ったような手ごたえを感じていなかった長曽祢は、急いで相手からの攻撃に備えるため体制を立て直す。しかし三日月は捉えきれない早さで身を低くすると、刀で重心を支えながら長曽祢目掛けて強烈な回し蹴りを放った。
 天高く円を描いた三日月の蹴りは、長曽祢の顎にヒットし、彼の大きな体を遠くまで吹っ飛ばした。
「ぐぁっ!」
「長曽祢!」
 長曽祢に気を取られた陸奥守は、刀を踏んでいた右足の力を僅かに弱めてしまう。三日月がその隙を逃すはずもなく、刀を引き抜かれた陸奥守は「おわっ!」とバランスを崩し、追随する三日月の峰打ちに鳩尾をやられ、尻もちをついた。
「がはっ」
 三日月の追撃は止まらない。間髪入れずに長曽祢の元に駈け出した三日月は、陸奥守が当分起き上がれないことを確認した上で刀を大きく振り上げた。
 自分の元に向かってくる三日月に、一瞬萎縮する長曽祢。彼と目が合って、一瞬息が止まった。
 三日月の目は怖いくらいに本気だった。何か大きな決意が込められているようにさえ感じられた。
 三日月、お前は一体――。
「はぁっ!」
 三日月の刃が目の前に落ちてくる。長曽祢は寸でのところでそれを躱し、続いてやってくる一振りも掠りながらも何とか避けた。
 三日月の動きは先程より若干だが鈍くなっていた。見ると、三日月の肩からは絶えず血が流れ続けている。彼が左肩の傷を庇うようにして戦っているのが、長曽祢にもはっきりと分かった。
 これならおれ達にもまだ勝機はある。長曽祢はそう思った。ここは一旦手を休め、反撃の時を見極めるべき――
「いかん長曽祢! それは罠じゃ!!」
 罠……?
 いつの間にか、三日月がすぐ目の前まで迫っていた。
 何故、長曽祢はそう思った。彼は間合いをしっかりと見定めていた。敵のこの速さなら、ここまで懐に入り込まれることはなかったはずだ。
 長曽祢は思考の末、ようやく陸奥守が言っていた『罠』の意味を理解した。
 ――要は、三日月宗近は本気じゃなかったのだ。わざと怪我を庇う振りをして、足を緩めていたのだ。
 ふと左を見ると、陸奥守がすぐ側にまで駆け寄ってきているのが見えた。長曽祢がそれを認識した直後、三日月が再び視界から消える。
 つかの間。
 長曽祢が目にしたのは、陸奥守が自分を庇い斬られ、その体がスローモーションで傾いていく様子だった。
「陸奥、守……」
 長曽祢は見開いた目で、映り込む景色を淡々と考察していた。
 陸奥守の影が長曽祢視界を覆う。目の前が暗く、その向こうにいくつもの血の玉が舞っている。
 影は地面に引き寄せられ、目の前が開けるにつれぼやけていたピントが三日月に重なる。三日月の刀が鮮血を帯びている。遠くに青空が見える。
 長曽祢の右手に拳銃が渡った。
 長曽祢はそれを躊躇いなく握り、三日月に照準を合わせと、長曽祢は陸奥守の体ごと銃の引き金を引いた。
 最期に、ニカリと笑う陸奥守の笑顔と目があった。


――――……


「作戦があるぜよ」
 陸奥守はそう言うと、三日月に聞こえないように長曽祢に耳打ちをした。
「まずはわしが三日月に突っ込んで奴の動きを止める。その隙におまんは奴の後ろに回って背中へ斬りかかれ」
「そんな作戦で上手くいくのか?」
「まぁそう急(せ)くな。こりゃーあくまで作戦の一部じゃき。ここで重要ながは、相手にこれが作戦のすべてだと思わせることぜよ。奴にゃ普通の作戦は通用しやーせんからのぉ」
「なるほどな。最初の作戦は囮で、真の作戦は別にあるというわけか」
「そういうことぜよ」
「で、真の作戦とは?」
「おまんがこいつを使うぜよ」
「! その銃を、か?」
「そうじゃ。三日月が最も油断した瞬間を狙っておまんがこの銃を撃つ。流石の三日月もおまんが銃を使うとは思わんじゃろう。おまんは普段から銃の悪口ばかり言うちゅうからのぉ。奴を油断させるにはそうじゃなぁ……、まずおまんが三日月にやられる」
「なに?」
「がはは、まぁ終いまで聞け。そしたら間一髪のところでわしがおまんを庇っちゃるき、おまんはその隙にわしからこの銃を受け取って、わしごと三日月を撃て」
「!お前……、何を」
「ま、こうでもせんと三日月にゃ勝てないってことじゃのぅ」
「――本気か?」
「全く以て本気じゃあ。さぁて、ここからが正念場ぜよ。覚悟はえいかよ長曽祢!」
「ああ。推して参る」
 陸奥守と長曽祢は、姿勢を正し、三日月に向き合った。





 破裂音を響かせた銃弾は、狙い通り三日月の脇腹を貫通した。
「っ! ……かはっ」
 三日月から悲鳴が漏れた。長曽祢は何度か引き金を引いていたが、二発目は外れ、三発目以降は弾切れだった。
 弾丸を受けた三日月は、堪らず片膝をつき右手で脇腹を押さえる。
 長曽祢は倒れてきた陸奥守をどさりと地面に投げ捨て、即座に三日月の元に走った。陸奥守の死を無駄にしないため、何としてもここで三日月を倒す。
 三日月は苦しげに笑みを貼り付け、真っ向から長曽祢を迎え撃った。長曽祢が全力で刀を振り下ろし、三日月がそれを躱す。三日月の動きは怪我が信じられないほど早かった。三日月が隙きをついて反撃してきたので、長曽祢はそれを的確に見極め受け流す。すかさず反撃に出て、また反撃を返される。段々と三日月の反撃は数を増していき、とうとう長曽祢は防御一方となった。
 三日月の動きは攻撃のたびに速くなる。それにつれ、長曽祢の体に傷が増えていく。
 長曽祢は戦いの中で、三日月の中にある信念のようなものを見た。
 彼の太刀筋には強い想いが籠っている。強烈な打撃は長曽祢の腕を痺れさせ、遂には長曽祢から刀を取りこぼさせる。
 ――これまでか。
 長曽祢は覚悟を決めた。
 ふいに、三日月の背後――審神者執務室の縁側に、キラリと光る人影を見る。
 ああ、これは運命の悪戯か。長曽祢は口元をふっと緩ませた。
 三日月はまだその存在に気付いていない。長曽祢は、腰に差していた金色の刀を引き抜き、その光目掛けて思いっきり投げつけた。
「ん、それは蜂須賀の……。俺に折られないよう弟を庇ったか。この本丸は兄弟想いが多くて妬けるな」
「よく言う」
 長曽祢は自分の信じる刀剣達に未来を託し、目を閉じた。
 三日月が最後の一太刀を振るう。
 後には、二つの血溜まりと折れた刀だけが残された。

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