刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第十三章

 山姥切は辟易していた。
 本邸内は探し尽くした。別邸も回った。それでも刀は見つからず、歌仙の仇も見つからず、睡眠はロクに取れないし食事も畑からむしった野菜のみ。いつ仲間に襲われるか分からない緊張感に、自分の知らないところで刀を折られるかもしれない恐怖感。
 あと刀を探していないのは、天守閣か馬小屋か、庭に点在する雑木林。……かつて本丸の広さをこんなにも憎いと思ったことがあっただろうか。
 だが諦めるつもりはない。気力で馬小屋、天守閣と順に回った山姥切は、雑木林の前に立った時初めて自分の刀の気配を感じた。
 今山姥切が立っているのは、天守閣脇の雑木林。
 ――間違いない、ここに俺の刀がある。
 山姥切は天守閣付近に散在する戦闘の後に眉をひそめつつ、心して雑木林へと足を進めた。

 僅かな木漏れ日、ざわめく木々。一歩中へ入るとそこは、独特な静けさに包まれる。
 五感が研ぎ澄まされ、歩くたび鳴る枯葉が山姥切の緊張を誘う。
 嫌な感じがする。そう思った。
『嵐の前の静けさ』とでも言うのだろうか。第六感とも言える直感力が、山姥切の脳にこれから起こる危機を告げているようだった。
 刀の気配はもうすぐそこにある。それにつれて身体に纏わりつくような嫌悪感は増していき、嫌な予感が膨らんで、歩みはどんどん速くなって遂に山姥切は走り出していた。
 視界を邪魔する木々の合間を縫って駆ける。細かい枝が布を引き裂いたが構わない。嫌な予感は頂点に達していた。
「――!」
 視界が開けた先、刀の気配が頂点に達した場所では、大倶利伽羅がまさに山姥切の刀を手に掛けようとしているところだった。
「俺に、触るなッ!!!!」
 山姥切は咄嗟に地面から拾った枝木を大倶利伽羅に向かって投げつけた。
 刀の両端を握っていた大倶利伽羅は、反射的に防御姿勢を取り右手を刀から離す。その隙に回し蹴りを敵の左手に炸裂させ、敵の手から刀を弾き飛ばした。
 刀は宙で回転し、葉の絨毯にトサッと落ちる。それを素早い動きで拾い上げた山姥切は、敵に向かって一文字に抜刀した。大倶利伽羅も刀を抜いている。薙ぎ払われた刃は、激しくぶつかり合いけたたましい金属音を上げた。
「ッ」
「クソッ」
 一騎打ちは互角。刀が弾かれ一旦距離を取った二人は、次の反撃の機会を伺って睨み合った。
 チラリ、刀を確認する。刀にはべったりと血痕が付いている。誰かが勝手に山姥切の刀を使って仲間を斬った証拠だ。
 山姥切はうんざりした。
 皆あんなに仲の良い本丸を演じておいて、蓋を開ければ躊躇いなく仲間を斬れる連中がこんなにもいる。あんなに仲間想いだった歌仙をも簡単に殺せてしまう人間が、この本丸にはいるのだ。
 山姥切は嫌悪感を隠しもせずキッと敵を睨んだ。そして、定型化したあの台詞を大倶利伽羅に投げかけた。
「歌仙を殺したのはお前か」
 バサバサッ。鴉が羽ばたく音がした。
 大倶利伽羅の目が僅かに見開き、思案する。
 そして数秒後、金色の瞳が真っ直ぐと山姥切の瞳を捉えた。

「――そうだ」

 答えを聞いた時、山姥切は全身に鳥肌が立った。気付いたら地を蹴り、刃を振り下ろしていた。身体の感覚は後からやってきて、筋肉の軋みで、自分は大倶利伽羅に攻撃をしているのだと気付いた。
「ッ!」
 息もつかせぬ山姥切の攻撃に、大倶利伽羅の表情に余裕が消える。山姥切は一心不乱に斬撃を放ち、大倶利伽羅が何度防いでも怒涛の追撃は止むことがなかった。
 敵の身体に無数の切り傷が刻まれる。顔を狙って刀を振るうと防御されたので、緩急つけて足元に斬りかかった。
 大倶利伽羅は後ろにジャンプしてそれを避けたが、ギリギリ間に合わず脛に浅い切り傷を負った。
「クッ」
 バランスを崩した敵が、のけ反る身体を支えるため近くの木に手を伸ばす。
 山姥切はそれを逃さず、剣を振り上げると相手の左手に突き刺した。
「グァッ」
 大倶利伽羅から短い悲鳴が漏れた。
 木の幹に左手を串刺しにされた大倶利伽羅は、苦悶の表情を浮かべながらも必死に右手の刀で反撃する。
 山姥切の左目に大倶利伽羅の刃が迫る。山姥切は木から自分の刀を抜こうとしたが、敵の攻撃の方が早いと見ると即座に手を離し、拳を握ると相手の下顎目掛けて俗に言うアッパーカットを食らわせた。
「ッ――!!」
 それは大倶利伽羅にとって不意の一撃だった。
 無防備な状況で食らった拳に脳震盪を起こした彼は、悶絶し、左手を吊ったままとうとう地面に膝を付けた。
「ハァ、ハァ」
 山姥切は息を整えながら刀を木から引き抜く。そしてそれを敵の首に突きつけた。
「これで終わりだ」
 だらんと垂れた左手を抑え、しゃがみ込む大倶利伽羅は、どこまでも無表情。
 歌仙を殺した奴を殺す。山姥切のその思いは今も変わらない。
 切っ先が敵の首元に触れた。弾力のある褐色に刀が食い込み、一定以上の力でプツリと肉が裂ける感触。
 しかし何故か、刀はそれ以上深く入ってはいかなかった。カタカタ、と小刻みに刀が震え出す。
 ――何だ? 手が動かない。
 身体の異変に、一番驚いたのは他でもない山姥切だった。心拍数が上がる。
 それは山姥切の、自分でも気付いていない仲間を殺すことへの躊躇だった。身体に理解が追いつかなくて、堪らずよろよろと後ろに後ずさる。
 その隙を突き、大倶利伽羅は渾身の一撃によって山姥切の刀を弾くと、フラフラの身体を引きずって林の奥へと逃げていった。
「ッ! 待て!」
 そう言いつつ、全く動く気のない足を見て山姥切は舌打ちをする。
「クソッ!」
 何なんだ一体。人殺しなんて何十、何百と行ってきたはずなのに、何故身体が動かない。
 山姥切は未だ整理のつかない気持ちを持て余し、しばらくの間林から動けなかった。

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