刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第十二章

「ったく。主も人使いが荒いぜ」
 審神者執務室を出た和泉守は、両手に大量の式符を抱えて本丸の廊下を歩いていた。
「兼さん。主さんとのお話終わったん――わ、すごいね、その式符」
 そこへ堀川が、廊下を少し進んだ曲がり角から顔を出した。
 和泉守は主に審神者執務室に呼び出されていた。そこで言い渡されたのが、第一部隊隊長としての出陣の命と、この大量の式符の使用だ。顔が隠れるほどの式符の隙間から顔を出し、助かったとばかりに堀川に声をかける和泉守は、少しやつれた顔をしていた。
「おう国広。ちょうど良かった。ちょっと手伝ってくれ」
「凄いねその札。何枚あるの?」
「さぁな。出陣五十回分ってところか?」
 抱えていたうちの半分を渡され、驚きの声をあげる堀川。札には『出陣 阿津賀志山』『出陣 池田屋』『帰城』など様々な命が書かれている。
「五十回分って、つまり出陣と帰城合わせて札百枚ってこと? ひぇー、すごいなぁ」
「ああ。どうやら政府は相当切羽詰まってるらしい。戦況が戦況だから仕方ない部分はあるが……」
「ちょっと前までのんびり楽しくやってたのが嘘みたいだね。それでも、他の本丸に比べたら僕達なんかまだまだ中の下なんだろうけどさ」
 なんせこの本丸は最近ようやく池田屋に行けるようになったばかりだ。堀川は初めて池田屋に出陣した時のことを思い出し、苦笑いをした。
「主も出陣の見送りをする余裕すらないらしい」
「それでこの式符ってわけだね」
 普段なら、式符など使わず主が直接力を使うことで出陣するのだが、主が忙しい際には、こうして力を込めた札を寄越し、各々での出陣を命じることがある。
「さらには出陣部隊の編成も丸投げときた」
「つまり兼さんは、これから部隊編成と三日分の出陣スケジュールを考えなきゃいけないわけだね」
「その通り。話が早ぇじゃねーか国広ォ」
 和泉守はそう言うと悪戯っ子のように笑い、持っていた式符をペチッと一枚堀川に貼り付けた。
「うわっ!」
「うし、これで逃げらんねぇな。お前を第一部隊副隊長に任命する!」
 貼り付けた式符はスーッと堀川の身体に吸い込まれ消えていく。確かこの札は、貼り付けてから三日以内に使用しないと効果が切れてしまうのではなかったか。和泉守にそう聞くと、彼はしれっと「おう。主の力を無駄にしないためにも、さっさと予定を組んで三日以内に出陣するぞ」と言った。
 この札の力は厄介で、貼り付けた人間にしか行使できない仕様となっている。つまり「これでお前の出陣は俺の思うがままだ!」というわけだ。
 堀川は内心満更でもなかったが、一応呆れたポーズだけはとっておいた。
「もう、勝手だなぁ。まぁ今日は内番もないし良いけどさ」
「そうこなくっちゃ。んじゃ細けぇことは任せたぜ。俺は出陣の計画を立てたり、頭を使うのはどうにもなぁ。お前の方がよっぽど隊長に向いてる」
 和泉守は、ふと思い出したように堀川を見た。
「そういえば、お前ってまだ隊長の経験ないんだっけか」
「うん。ないよ。僕は主さんから『今のままなら隊長にはしない』って言われてるから」
 堀川が主にこれを言われたのは、顕現式で自分の願いを語ったときだ。
「? そりゃーどういう意味だ?」
「さぁ、ね」
 堀川は笑ってはぐらかしたが、彼は本当は主の言う言葉の意味を何となく理解していた。
 堀川には自分の意志がない。堀川の中心には和泉守がいて、彼の背中を一歩後ろから追いかけるだけ。堀川の行動は全て和泉守のためだけにあった。
 それが自分にとっても、他の仲間にとってもタメにならないと分かっていて、それでも堀川は自分の考えを変える気がない。
 だって堀川は、和泉守の助手でいられれば、和泉守さえ側にいてくれればそれで良いのだから。





 三日目が始まる。加州の一件の後客間で休息を取った堀川達は、起きて早々次の行動に移り始めた。
 大和守は他の刀剣を探そうと息巻いている。それが彼なりの強がりであることを知って、和泉守も堀川も彼について行くことを決めた。
 一方、長曽祢とは別行動を取ることになった。彼は加州に蜂須賀の刀を託されたため、堀川達とは別行動の方が良いと判断したのだ。
 加州の刀が折れた今、刀を持っているのは長曽祢と和泉守しかいないから、長曽祢は全員で行動する気だったのだが、和泉守がそれに反対した。
「いーからさっさと弟に刀を返して来な。安定と国広はかっこ良くて強いオレに任せとけって」
「だが、それではお前の負担が」
「いーっつてんだろ。ほら行った行った」
 言い方は雑だったが、堀川もその意見に賛成だった。長曽祢は、ああ見えても弟のことを心配している。だから足手まといな自分達のせいで長曽祢の足を止めるくらいなら、さっさと別行動を取るべきだと考えていた。
 こうして三人になった堀川達は、『仲間同士の争いを止めたい』という大和守に賛同してくれる味方を集めることにした。そして今いる別邸から離れ、一番刀剣達が居そうな本邸を目指して歩いていた。
 加州を失ってからも、大和守は「お腹すいたねー」などと平然とした顔で歩いている。が、もし自分が彼の立場だったら、同じように強がることが出来るだろうか。堀川はそんなことを考えていた。
 堀川含む刀剣男士は、政府が主催する演練に月一程度で参加することがある。演練とは部隊を組んで別の本丸相手に戦う練習試合のようなもので、唯一刀剣達が政府の元に行く機会であり、また、唯一他の本丸の刀剣男士に会う機会でもある。
 そこで見る別本丸の和泉守兼定は、堀川の本丸の和泉守と同じなのに、まるで別人のように感じられた。
 同じ刀剣でも、環境が変われば性格も変わる。『人は環境で出来ている』。前に主がそう言っていた。ならば一度折れた刀剣が再び顕現されたとして、それは本当に同一人物だと言えるのだろうか。
 堀川は和泉守を失いたくなかった。刀すら持っていない現段階では、堀川は彼を守るどころか守られる立場な訳だが、せめて足手まといにはなるものか。
 薄暗い廊下の先を歩く和泉守の背中を見つめ意気込んで、堀川は廊下の先を注視した。
「二人ともストップ! 誰かいるよ!」
「!」
 進む先に人の気配を感じ、直進していた二人を左の道に連れ込む。二人を自分の後ろに下げ、壁から覗き込むように進む先を偵察した堀川は、僅かに開いた厨房の扉から漏れる長細い光を確認した。その光は、中の人物が動く度に点滅している。
「……厨房に二人いるね。流石に誰かまでは分からないけれど、どうしようか。一旦戻った方が良いかな」
「進もう」
 大和守が迷いなく言った。堀川と和泉守は若干驚いた顔で目を合わせる。冷静な判断力を失っている……訳ではなさそうだが、慎重派な大和守らしくない判断だと思った。
「ま、賛同者を見付けるためには避けては通れねぇ道か。ある程度の危険は覚悟しねぇとな」
「うん。堀川もいい?」
「うん。僕は二人の意見に従うよ」
「ありがとう。じゃあ行こう」
 大和守の決定を受け、唯一刀を持った和泉守が「先陣はオレに任せな」と皆を先導する。
 床の軋みを抑えながらゆっくり歩く。厨房はもうすぐそこだ。和泉守は刀に手を掛けると、少しだけ開いた木製の扉をそっと覗き込み――そして突然声を上げた。
「うおわあぁ!」
「兼さん!!」
 背中を大きく仰け反らせニ、三歩後退した和泉守に、堀川は素早く和泉守の前に出て拳を構える。しかし「ばっ、早まんな」と言うお言葉と共に堀川は襟元をひょいと掴まれ、彼は狐につままれた気分で和泉守を見た。
「お前は……、刀もねーくせに俺より前に出んじゃねぇよ」
「だって」
「うわ、びっくりした。急に目の前に顔が現れたと思ったら、和泉守くんだったのか。それに堀川くん、大和守くんも」
「しょ、燭台切さん!」
 目の前に現れたのは、口にモグモグと何かを頬張り、瞬きをしてこちらを見ている燭台切光忠だった。
「燭台切さん、大丈夫ですか」
 彼のすぐ後ろからは、少し焦った表情の太郎太刀も顔を出す。太郎太刀まで口をモグモグさせて、何だ、緊張感の欠片もないじゃないか。堀川と大和守は訝し気な目を和泉守に向け先程の『うおわあぁ!』の説明を求めた。
「いやぁ、扉を覗いたら同じく扉を覗いていた燭台切と目が合っちまったもんで、思わず大きな声を上げちまった。わりぃわりぃ」
 和泉守の弁明に、大和守と堀川は呆れたように肩を竦めた。
「何だよもう。僕はてっきり敵に斬りかかられたのかと思っちゃったよ」
「紛らわしいよ、兼さん」
 話を聞いていた燭台切も、和泉守の話に堪らず声を上げる。
「斬りかかるだなんて酷いな。僕達はそんなことしないよ。今は軽い朝食を取っていたところなんだ。こんな時だからこそ、食事を取らないと精が出ないからね」
 扉の前に立っていた燭台切は、そう言って堀川達に厨房の中を見せた。中を覗いた三人の目に飛び込んできたのは、調理台の上に並んだおにぎりの数々。
「…………」
 ぐぎゅるるる。間延びした音は誰の腹から漏れた音だったか。自分の意思とは無関係に溢れ出す唾液と空腹感に、堀川達は思わず顔を強張らせた。考えてみたら堀川がゲーム中に取った食事といえば、和泉守に会う前にたまたま部屋で見つけたみかんが最後だった。
「良かったら皆も食べるかい?」
 燭台切の提案に、三人は神妙な顔を見合わせた。殺し合いの最中というこの状況下で、敵か味方かも分からない相手に食事を恵んでもらうほど彼らはお気楽ではない。和泉守を見ても一件へらりと平静を保っているようでいつでも抜刀できる態勢だし、燭台切にしたって上手く隠しているだけで決して無警戒ではない。
 仲間同士の争いを止めたい。そのために味方を集める。そう目標を立てた以上どちらかが警戒心を捨て歩み寄らなければならないのだが、いざ自分がその立場に立つと、斬られるかもしれない相手に無防備になるというのは、とても勇気がいることだと堀川は思った。
「僕、おにぎり食べようかな」
 だが大和守だけは、誰もが一歩踏み出すことを躊躇していた中、何でもないような顔をして真っ直ぐにその一歩を越えていくのだ。
「安定、お前……」
 警戒心を捨てて燭台切に歩み寄った大和守に、和泉守が思わず声を上げた。堀川も、先程から大和守らしくない行動に驚いてばかりだ。
「だって二人ともお腹空いたでしょ。僕も色々あってお腹空いちゃった。燭台切、悪いけど、お言葉に甘えておにぎり一個貰ってもいいかな」
「ああ、もちろん。一個と言わずいっぱい食べてくれ」
「でしたら、皆さん中で朝食にしましょう。お三方に聞いてもらいたい話もありますし。ね、燭台切さん」
「ええ。そうですね」
「ありがとう。じゃあ遠慮なく」
 和解のきっかけを作り、いつの間にか三人の先頭に立っていた大和守は、自然な笑顔を浮かべながら、事も無げに厨房の中へ入っていった。
 大和守の背中を見ながら、和泉守が感心したように声を漏らす。
「あいつ、成長したな」
 胸がざわついた。
 合戦場で見る大和守は、進んで先頭に立ったり、自分の意見を主張したり、自ら危険に突っ込んでいく性格ではなかった。それが今は。
 堀川には、薄暗い廊下から光差す方へ歩く大和守の後ろ姿が、かつての沖田総司と重なって見えた。
「はは、ったく、面白ぇな」
「兼さん?」
「国広、あいつはオレ達で守るぞ」
「え?」
「何かなぁ。あの背中を見てると、昔の新撰組を見てるようでワクワクしてくんだよ」
「…………」
 笑みを零す和泉守は嬉しそうだった。
 堀川はもう一度大和守の背中を見た。水色の羽織が彼の動きに合わせて翻る、その背中を。
「いつだってオレ達はそういう背中を守ってきた。今更やることは変わんねぇ。オレの目が黒いうちは、あいつに敵は近付けさせねぇよ。だがな、もしオレに何かあったら、そん時はお前が安定を守ってやれ。いいな、国広」
「兼さん……」
「男同士の約束だぜェ!」
 和泉守は堀川の頭をポンと叩くと、「さって、オレ達もおにぎり食いに行くか!」などと言って大和守に続いて厨房へ入って行った。大和守と同じ色の羽織がふわりとなびく。
 堀川には、大きすぎる二人の背中が遠くに感じた。今まで和泉守にただ付いていただけの堀川には、二人に並び立てるだけの強い意志がない。
 堀川は自分だけが成長していないことが不安だった。
 こんな中途半端なままでは、いつか大切なものを失ってしまいそうな、そんな気がしてならなかった。

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