刀剣狂乱舞 | ナノ


▼ 第十章

 鶴丸は、正門から離れた空き部屋で乱れた息を整えていた。
「ったく。俺より大分後に顕現されたくせに、強いじゃないか、三日月の奴」
 冷や汗を垂らし、吐き捨てるように笑いながら愚痴を零す。こういう異常時に限って一番強い奴が敵になるのは、一体誰のお導きなんだか。
 燭台切達と別れた後、三日月との戦闘は鶴丸が撤退する形で終結した。
 やはり三日月宗近は別格だ。彼を止めたい鶴丸は、改めてそれを実感し、再び三日月と殺り合うために今は休息を取っている。
 鶴丸が三日月を追っていたのは、鯰尾と骨喰が倒れている現場を目撃したからだ。鶴丸が二人に駆け寄った時、彼らの肉体は既にほとんど消えかかっていた。それでもギリギリ鯰尾についた刀傷が見え、鶴丸はすぐにそれが三日月の太刀筋だと分かった。
 普通は刀傷を見ただけでは誰が斬ったのかはわからないが、三日月と親しかった鶴丸にはそれが分かった。戦場でも日常でも、鶴丸は鶯丸を含めた三人でよく行動を共にしていた。だからだろうか、三日月の考えていることが何となく分かるのは。
 三日月は、俺達を皆殺しにしようとしている。
 主を助ける為ではなく、皆を殺す為に、殺そうとしている。
 鶴丸はかつての穏やかな日々を思い出して、息が乱れるのをグッと抑えた。鶴丸が抱くのは、後悔とか、恐怖とか、そういったものではない。ただどこまでも冷静な思考と、自分がいかに何も出来ない存在かを実感すること。
 鶴丸には燭台切のように無謀な賭けに立ち向かう強さも、長谷部のように自らゲームの犠牲者になる潔さも持ち合わせてはいなかった。
 鶴丸はただ冷静に現状を受け入れ、感情を押し殺して自分が動ける範囲の行動をする。賢いがゆえに、彼は仲間のために馬鹿になり切れないところがあった。それは彼の長所でもあったが、同時に大きな短所でもある。しかしそれすらも、鶴丸は自分の一部だと受け入れていた。
 鶴丸は首に下がった白い御守りを強く握り締める。
 それは、主から貰った顕現一周年記念のプレゼント。破壊を防ぐものではなく、何の変哲もない御守りだ。
 それを祈るような形で両手で持ち、額に押し付ける。
 鶴丸は馬鹿になりたかった。未来など捨て、冷静さも忘れてゲームを止めるためにがむしゃらになれたなら、どんなに良かっただろう。
 鶴丸は燭台切のことを考えていた。いつか見た戦隊モノのテレビ番組は、確か主人公のヒーローが悪者を倒す勧善懲悪の物語だったっけ。
「はっ。俺に出来るのは、せいぜい三日月の犠牲者を減らすこと、くらいか」
 俺はヒーローにはなれない。が、光坊、お前ならきっとなれる。だから俺は、お前がヒーローになるために全てを賭ける。
 鶴丸は閉じていた目をゆっくりと開けた。すべての願いを御守りに託し、襟の下にそっと隠す。
 こちらに近付いてくる人影に、鶴丸は冷静な顔で意識を研ぎ澄ませた。





 扉を開けた先には、酷く落ち着いた顔の鶴丸がいた。
「おお、こりゃ驚いた。誰かと思ったら山姥切か」
 両手を上げ山姥切の登場に驚いた風を装う鶴丸の目は、しっかりと警戒の色を見せている。
 しかしそんなことはどうでもいい。山姥切は考察もそこそこにさっさと本題に入った。
「歌仙を殺した奴を探している。何か知らないか」
「歌仙を殺した奴を探してるのか。意外だな……お前らそんなに仲良かったか? 歌仙が一方的に話しかけているのはよく見かけたが」
 鶴丸は今度は本当に驚いた顔をしていた。
「どうでもいい。知らないなら行く」
「…………」
 山姥切はそれだけ言って、部屋を出ようと踵を返した。しかし、背中からじっと見つめられている感覚に思わず足を止める。何か知っているのかと振り返るが、どうやらそうではないようだ。鶴丸は何故か困ったように言い訳を始めた。
「あ、いや、いいんだ。何も知らない。ただ、お前が歌仙の仇を探しているように、皆俺が知らないだけで色々繋がりがあるんだなぁと驚いただけだ。悪かった」
「…………」
 山姥切は、焦ってぎこちなく笑う鶴丸に、柄にもなく声を掛けていた。
「あんたは、写しの俺にも話しかけて来るし、皆にも好かれている」
「あ、ああ? どうしたいきなり?」
「あんたがいると心強いと、いつも皆が言っていた。写しの俺と違って、あんたのことを頼りにしてる奴はいっぱいいる」
 珍しく多くのことを喋る山姥切に、困惑した鶴丸は曖昧な返事しか返さなかった。山姥切の言いたいことを測り兼ねているようだ。
「あ……ああ、そうか。もしかして俺は励まされてるのか? ははは、こりゃ驚いた。そんな情けない顔をしていたかい、俺は」
 呑気に笑う鶴丸に、山姥切は黙ってそっぽを向く。本当は辛気臭い顔をするなと文句を言いたかったのだが、鶴丸が納得したならもうそれでいい。
 山姥切のそっけない態度に、鶴丸は困った顔で立ち上がると、大きな動作で唐突に山姥切の肩を抱いた。
「ははは、そんな嫌そうな顔をするなって。サンキュー、山姥切」
「さん……、何だ?」
「有り難うってことさ。お前初期刀の癖に全然言葉知らないよな」
「うるさい」
 鶴丸は山姥切の嫌がる顔をにやにやした態度で覗いていた。思いつめた顔をする鶴丸の姿は、もうどこにもなかった。
 その後、鶴丸と別れた山姥切は、血に濡れたまま平然と歩く同田貫と出会った。
 山姥切はその姿に驚きはしたものの、同田貫の様子からそれがすべて返り血だと悟った。歌仙が折れた場所に返り血が無かったため、特に追及はしない。
 山姥切の定型化した質問に知らないと答えた同田貫は、珍しく疲れた顔をしていた。

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