アヤカシあかし | ナノ


▼ 彼の最後の花道と鈴とそれから。

まさか、シャラ(笑)とかデルモ(笑)とか散々弄られていたこの俺が、三年になってエースだけでなく主将まで任される事になろうとは監督に任命されるその日まで思っても見なかった。誰も俺にリーダーなんて期待していないだろうと思っていたし、俺自身もそう思っていたけれど、なんとこの決定は部の全会一致だったらしい。皆ツンデレっスか。散々罵倒しておいて本当は俺の事大好きじゃないっスか。正直ちょっと浮かれた。

主将になり、初めてリーダーシップを取って部員に指導する俺は存外様になっていたと思う。伊達に笠松先輩や早川先輩の後姿を見て育っていないなと自分を誇る。そんな調子で順調に三年のIHを終えて、まぁ結果は準優勝だったけれどまだWCがあるさと皆で励ましあって良い感じに終えた。はずだった。しかし事件が起こった。

「うーん。捻挫がクセになっちゃってるね。これはしばらく過度な運動は控えた方がいいかもしれない。」

準決勝での試合後、足に違和感を覚えて病院に行ったらまさかのドクターストップがかかった。なんというか、まあ兆候はあった。一年の時に足を痛めて、完治させたとはいえその後ずっとハードな練習を繰り返し、再び違和感を感じた時にはIH終盤だったため無理をして試合に出てしまった。その結果がこれだ。でもまぁWCにはまだ時間があるし、ハードな練習は控えて筋トレ中心に調整すれば冬には試合に出られるだろう。俺には主将でエースであるという自負と責任がある。この事は正直に監督と部員に話して、しばらくの間は別メニューを誰よりも遅くまで残ってこなし主将の威厳を見せつけた。

そうして迎えたWC。予選一回戦、順当に勝ち上がると思っていた試合で、今度こそ完治したと思っていた足が三度(みたび)悲鳴を上げた。

「黄瀬、お前はもういいから。試合には出るな。」

監督にもチームの皆にもそう言われた。次の相手はキセキと呼ばれる天才達こそいないものの、強豪校として名を馳せている学校だ。エース不在で心許無い事は皆も監督も百も承知であろう。何としてでも勝ちたいと思っているのは皆一緒。そんな状況で俺を気遣ってそう言ってくれる仲間達に、俺は笑顔で「後は任せた」と告げ全力でサポート役に回れるくらいには主将らしくなっていた。

次の試合は三日後。俺は立派な主将を勤め上げる為に、今日もいつも通り主将として練習の指示出しをしていた。皆も気を遣っていつも通り振る舞ってくれている。そんな練習終わりの夜、「黄瀬さん、お客さんですよ。」と一年の後輩に呼び出されて体育館から出ると、そこには多分俺の噂を聞きつけたのであろう笠松先輩がマフラーに首を埋めて立っていた。

「先輩!俺の勇姿を見に来てくれたんスか!」
「ちげーよ馬鹿。お前じゃなくてチームを見に来たんだ。」
「えー、どっちも似たようなもんじゃないっスか。相変わらず釣れないなぁ。」

笠松先輩に限らず、海常バスケ部のOBはよくこうやって部に顔を出してくれていた。特に笠松先輩とは頻繁にメール等でもやり取りをしていたから、多分ウザい位だった俺のメールが最近急に途絶えたのを気にして様子を見に来てくれたのだろう。その証拠に、俺が言い出さなくても彼は俺の事情をすべて把握している様子だった。やれやれ、誰が口走ったんスかね全く。うちのチームメイトは揃いも揃ってお人好しばっかりだから困る。

「次の試合、お前出ないんだってな。」

話をする為移動した体育館裏は街灯が無く、体育館の小さい窓から差す光のみが頼りで少し心許無い。こんなに心が落ち着かないのは、きっとこの寒さと暗さのせいだ。先輩が卒業し、俺が主将として皆を引っ張っていくようになって身に着けた我慢や忍耐、それらをフル稼働させて俺は先輩の質問に答えた。

「医者からは、次の試合に出たらもう二度とバスケは出来ないだろうって言われました。」

次の試合、多分俺が出なかったら負ける…と思う。純粋な力差もそうだけど、何よりエースとキャプテン両方不在でこれまで通りのポテンシャルを発揮するのは、はっきり言って不可能に近い。バスケというスポーツが気合とか根性とかでどうにかなるものでは無い事は、もう誰もが知っている事だろう。かといって俺が出て次の試合に勝ったところで、その次に当たる学校には勝てるのか?上に行けばいくほど相手が強敵になる事は間違いないのだ。これは驕りでも自惚れでも無い、俺抜きではこの先勝ちあがるのは不可能だ。

「俺が試合に出なければうちは負けて、試合に出たとしても俺に次はなくて。」

皆の事は信じている。けれど、それで勝てる程WCは甘くない。

「かと言って勝てる試合に勝たずにここで負けんのもなんか違う気がするし、…色々考えてたら頭ごちゃごちゃしちゃって、今まで皆で積み上げて来たものって一体何だったんだろうとか考えたりして。全く、こんな大事な時に負傷するとか情けない事この上ないっスよね。」
「情けねーのは今のお前だボケ。」

先輩が、体育館の壁に背をもたれかけて、俺の方も見ずにそう切り捨てた。

「どうせ今までそうやって一人でウジウジ考え込んでたんだろ。」
「俺ってこう見えても超立派にキャプテンやってんスよ?後輩たちに情けない姿は見せらんねー。笠松先輩に似たのかな、なんちゃって。」
「アホ。俺とお前じゃタイプが違うだろうが。お前は一人でウジウジ考えてウゼーから、今の話全部部員に話して来い。」

先輩の横顔はいつ見ても昔の先輩そのままだった。頼りがいがあって、弱みを隠してもすぐバレて、ついつい頼りたくなってしまう。先輩の声を聞いていたら俺うっかり泣いちゃいそうっス。

「足の怪我はしょうがねーよ。誰も怪我したくてしてる訳じゃねーからな。でも、怪我を理由に皆で積み上げてきたものまで否定するのは違ぇだろ。一人一人の思いを背負って戦う、それがチームなんだから。」
「せんぱい、俺…」
「本当は試合、出るつもりなんだろ。っとにお前はよー!」

ガシガシ遠慮なく頭を掻き回され髪が乱れる。半泣きで見っとも無い俺の顔を隠すためにわざとこうしてくれているんだとしたら、もう男前過ぎて惚れちゃう。俺が女の子だったら間違いなく惚れていた。

チームの皆にも監督にも出るなと言われ、将来を考えても出ない選択をした方がきっと賢いんだろう。俺にはまだ将来があって、バスケで大学の推薦もいくつか来ている。それでも今出たいと思うのは、一時の感情で流されても構わないと思える程今のバスケ部が好きだからだ。先輩達の想いを引き継いで、今まで一度も優勝出来ずに悔しい思いをして、皆で青春を駆け抜けた。例えこの先勝ち上がれなくても、悔いだけは残せない。

「先輩、俺行ってくる。」
「おう。仲間にお前の気持ち全部乗せて、勝って来い!」
「うっス!」

こうして最後の三日間、俺は監督とチームの皆を泣き落として無理矢理スタメンに入れてもらった。





当日、会場にて最後のミーティングを終えコートに向かう途中、ふと携帯の着信を確認すると笠松先輩からメールが届いていた。淡白に『今日見に行く。』とだけ書かれた画面に思わず笑みがこぼれる。先輩は相変わらずっスね。でも、普段なら見に来ないような予選の試合を見に来てくれるという事は、それだけ心配してくれているって事だ。俺は連絡先をスクロールして笠松先輩を選ぶとコール音を出るまで鳴らし、試合前にお礼が言いたいと先輩を外に呼び出した。無理矢理呼び出したのに仕方なく来てくれるところも実に先輩らしい。

「で、結局出る事にしたのか。お前は史上最強の馬鹿だな。」
「だって!俺先輩の言葉で鼓舞されちゃったんスもん。もし足使いもんになんなくなったら責任取ってずっと介護してもらうんで覚悟して下さい。」
「調子に乗んな!」
「痛っ!ちょ、俺試合前!」

久しぶりに先輩にシバかれて、俄然やる気が出てきた。正直今日に限ってはいつもより三割増しで負ける気がしない。雲一つない晴天の空の下、不意に先輩の手元からリン、と綺麗な鈴の音が聞こえた。

「先輩、何スかそれ。」
「やるよ。」

そういって手渡されたのは、どこかの神社のお守りだった。赤と白で結ってある紐に、飴玉サイズの黄色い鈴が垂れ下がっていて可愛らしい。手元を揺らせば凛とした音色が青い空に響き渡った。

「わぁ、俺先輩に何か貰うの初めてかも。」
「そうか?いいからそれ持って行け。もう試合始まんだろーが。」
「そっスね。先輩色々ありがと。今日は絶対勝つっスよー!」
「ったりめーだ。」

後から聞いた事だが、この鈴は笠松家に代々所縁のある神社の魔除けのお守りだという事だった。わざわざ俺の為に神社に買いに行ってくれた笠松家の御加護が詰まったこの鈴を持って、どうして勝てない筈があろうか。

結果はもちろん海常の勝ち。俺は部活動生活に一片の悔いも残す事無く、最後に勝利という花道を飾って、短いバスケットボール人生に幕を閉じた。

…というのは冗談で。実はその後約束通り笠松先輩に介護という名のリハビリを手伝ってもらい、普通に運動できるぐらいまで容体を回復させて、大学生になっても時々かつての仲間とストバスを楽しんだり充実した日々を送っている次第である。あの時の激励のお礼も、鈴のお礼も何もかも先輩にはまだ返せていなくて、本当に先輩には頭が上がらない。いつか絶対返してやる、と心に誓い、俺は今日も同じ大学で笠松先輩にシバかれる日々を過ごすのであった。

俺のその後は言わずもがな、大学を卒業した俺は芸能界で第二の才能の花を咲かせ、のちに黄瀬涼太というその生涯に名声と栄誉を残す事になる。

[ back ]