アヤカシあかし | ナノ


▼ 狂い咲く桃の木の下で。

妖になった大ちゃんを見つけたのは、とある仄暗い森の中だった。
東京の片田舎にあるその森は、昼間であっても日が射さず、年中薄暗い雰囲気が充満している。それは邪気を纏った妖怪には絶好の住処であり、悪い妖怪達の縄張り激戦区だった。
そんな森に、最強と噂される妖怪がフラっとやって来て、辺りの妖怪を一掃してしまったとの情報を聞いたのはつい最近である。妖になってからずっと大ちゃんを探していた私は、もしやと思ってその森に足を踏み入れることにした。
最初はお化けでも出そうな雰囲気に怖気づいたが、今は私がお化けみたいなものだったと思い直して歩みを進める。
悪い妖にとって、私のような弱い新参者の妖は絶好の餌であることは知っていた。もう森に入って3度も邪気を持つ妖怪に襲われている。その度に逃げ回ってもう足が疲れた。

「大ちゃーん。居たら返事してー。」

返事は無い。代わりにカラスが数羽飛び立って、「きゃあっ」と細い声が無意識に出てしまった。この年になって恥ずかしい。

「お前その歳で『きゃあ』はねーだろ。」
「えっ!?」

不意に何処からか声が聞こえてきた。辺りを見回す。今の声は間違いなく大ちゃんだった。ぐるりと360度見回して、ようやくその姿を木の上に見つける事が出来た。それはさっきカラスが飛び立った場所だった。
さては大ちゃん、さっきから私に気付いていたな。その上で、わざと私を驚かせる為にカラスを飛び立たせたのだ。

「もう…大ちゃんの意地悪!人でなし!」
「うっせーな。人でなしって、もう人じゃねーだろーが。それよりこんな所に一人で来んじゃねーよ。さっさと帰れ。」
「何よ!妖怪になって初めての再会だっていうのに!もっと他に言うこと無いの?」

お前も妖怪に生まれ変わったのかーとか、昔の記憶があるのかーとか、話す事は沢山あるのに。私だって、「やっぱり大ちゃんは妖怪になってたんだねー」なんて話から入ろうと思っていたのに、もうそんなテンションじゃ無くなってしまった。

「ほら、帰れ。んでもう来んな。」
「ちょっと!押さないでよ!」

木から降りてきた大ちゃんが私を追い出そうと背中を押すので、私も負けじと抵抗する。何故そんなに私を煙たがるのか聞いても、どうでも良いだろとはぐらかされて、結局そのままズルズルと森の外まで追い返されてしまった。

「もう、大ちゃんってば素直じゃ無いんだから。」

私に会えて嬉しいくせに、どうせ私を危険な目に合わせない為とかそんな理由で素っ気ない態度を取ったに違いない。そんな風に森に近付かせないようにしたって、何度だって来てやるんだから。

大ちゃんがあの森を住処にしている事を知った後、私は何故彼がわざわざこんな所を住処にしているのか、その経緯について調べ始めた。
調べると言っても、妖怪の私が出来る情報収集なんて高が知れている。もちろんインターネットなんてないし、妖伝手に聞きまわるとか、その程度の事しかできない。それでも生前からそれを得意としていた私にとっては、それはあまり苦な作業にはならなかった。
そんな感じで得た情報によると、大ちゃんはどうやら元々は別の森を住処にしていたらしいが、辺りに張り合う相手がいなかった為、この地に移動して来たらしい。何とも大ちゃんらしい理由だ。そしてこの森でも妖怪を粗方倒してしまった大ちゃんは、今度こそ闘う相手がいなくなり、だらだらと生産性の無い日々を過ごしているらしい。

私は何だが私は遠かりし昔を思い出してデジャビュを覚えた。高校生の頃の彼の決め台詞を思い出して苦い笑いが込み上げる。

私は翌日も、そのまた翌日も懲りずに大ちゃんの元へ通い続けた。大ちゃんは、森に捨てられたエロ本を木の上に横たわりながら読んでいた。ほんっとに大ちゃんは変わらないよね。
しかしこうなると、またあの時のように大ちゃんは腐ってしまう。取りあえず形だけでも、何とか大ちゃんを日の当たる場所に連れて行かなくては。

「大ちゃん、久しぶりに桐皇高校の近くの丘にでも行かない?たまには日の当たる所でお花見でもしたら気持ち良いと思うなー。」
「あ?行きたいなら一人で行けよ。それに花見って、今秋だろーが。」
「そうだけど…。」
「花がねーなら俺は行かねー。」

大ちゃんは寝転がった姿勢のままくるりと向こうを向いてしまった。どうせ春に誘ったって行かないくせに、都合良く花を理由にするんだから。

「もう!来週、丘の上で待ち合わせだからね!来るまで待ってるから!」
「おい!行かねーっつってんだろーが!」

私は大ちゃんの反応なんて知らんぷりして走り去った。言い逃げしてしまえば、何だかんだ言って大ちゃんはちゃんと来てくれる事を私は知っている。だから私は、来てくれた彼が少しでも楽しんでくれるように頑張ろう。みどりん風に言って、人事を尽くすのだよ。
私は森を出た足で丘の上へ向かうと、枯れた桃の木の前に立った。

妖怪には、妖術で花を咲かせられる者がいると聞く。つまり術式さえ分かれば、この木に桃の花を咲かせる事も不可能では無いのだ。
私は早速作業に取り掛かった。勘と当てずっぽうで適当に術を掛けて、木の反応を確認していく。最初は全然反応が無いまま妖力だけが減っていったが、3日もすれば薄っすらと蕾が膨らみ始め、6日目にやっと一輪花が咲いた。
大ちゃんとの約束は明日。間に合うだろうか。

「花が無いなら行かないって言った事、後悔させてあげるんだからね!」

その日、私は夜通し桃の木と格闘し、術の完成に精進した。





そしてお花見当日。私は約束の時間ギリギリまで桃の木と向き合っていた。集中して術式を組み立て、木に反映させていく。一輪だった花は三輪にまで増えたが、まだまだ満開には程遠い。
日もすでに天辺を越え、日向ぼっこに最適な時間が差し迫る。一週間ずっと、寝る間も惜しんで頑張ってきた。ギリギリまで諦めたく無い。
私は集中していた事、そして疲れが溜まっていた事が仇となって、後ろから迫る祓い屋に気付けなかった。

「さつき…ッ!!」

私が術を掛けられている事に気付いたのは、血相を変えた大ちゃんが遠くから走ってくるのが見えた直ぐ後で、その時には祓い屋の封印術は完成されていた。
強い光に包まれて、大ちゃんの叫び声が遠くなっていく。大ちゃんの手が私に触れる一瞬前に、私は木の中に封印された。

「っ…、」

木の中は真っ白な空間だった。外では大ちゃんが祓い屋に激高して手がつけられなくなっている。どうにかして止めないと、祓い屋を殺してしまいそうだ。今は人間では無いとはいえ、大ちゃんに人殺しはして欲しく無い。
私は考えて、自分が桃の木と限りなく一体化している事に気が付いた。
今なら出来るかもしれない。
私は今まで練習してきた要領で、妖術を組み立てて思いっきりそれを放った。
すると、まるで自分の体を動かすみたいに、すんなりと、木が満開の花を咲かせたのだ。
冷静さを失っていた大ちゃんが、落ちてくる花弁に釣られ桃の木を振り返る。驚いた顔をして、開いた口から私の名を呼ぶ声は頼りない。
私はその声に返事をするように、彼の頭上に花弁を零した。私を封印した祓い屋はその隙に何処かに逃げてしまった。





大ちゃんは、私が封印されてからというもの、毎日丘の上に通い続けてくれている。前まであんなに森から出るのを面倒臭がっていたのに、どうやら大ちゃんはよっぽどお花見がしたかったらしい。なんて。大ちゃんがここに通い続けてくれるなら、私は毎日満開の桃の花で大ちゃんを迎えよう。

「ったく、いつもいつも面倒事ばっか起こしがって。さつきのヤロー戻ったら覚えてろよ。」
「大ちゃんが森に篭りっきりでゴロゴロしてるのがいけないんでしょ?もうあんな暗いところに篭っちゃ駄目だからね。」

大ちゃんの声は聞こえるが、私の声は届かない。けれど、木に寄り掛かっている大ちゃんの背中にそっと手を乗せれば、想いはちゃんと通じ合っているような気がした。

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