アヤカシあかし | ナノ


▼ 痴話喧嘩は、恋愛成就となって語り継がれる。

晴天の空の下、アカシとアオミネは手を繋ぎ、桃の木の前に立っていた。私はそれを少し後ろから眺める。妖力を供給する為とはいえ、この年になってお手手繋いで仲良しこよしする二人の姿は、まるで高校生のダンスの授業の様なこっぱずかしい感があった。が、それもモモイの為とあらば些細な問題だ。だからもうちょっとその二人の嫌そうな顔は何とかならないものか。なんというか、見ていられない。
アカシが心の中で解印の術式を唱え、封印の札に手を翳す。すると妖気が徐々に光を放ち、札の周りに印が凝縮した後一気に弾け飛んだ。

「うわっ!」

パァンッと鼓膜が破れそうな程の炸裂音が響き、突風に苛まれる。ギュッと閉じた目を再び開いた時には、舞い散る桃の花弁と、木の中から飛び出した桃色がアオミネに飛び付く姿が目に映った。

「大ちゃんっ…!」

長い後ろ髪を棚引かせ、純白の着物を身に纏ったその妖はアオミネをきつく抱き締め、再開を喜んだ。

「離せ馬鹿、苦しいだろーが!」
「本当は嬉しいくせにー!大ちゃんの天邪鬼!」

モモイは青峰の照れ隠しを見抜いて嬉しそうに笑っていた。

「久しぶりだね、桃井。」
「赤司君!封印を解いてくれて有難う。ずっと木の中から見えてたよ。」
「怪我はしていないか。」
「うん全然平気!それより、大ちゃんが暴走しちゃってごめんねー。」
「うっせーな。大体テメーが封印なんかされんのがいけねーんだろうが。」
「大ちゃんがもう少し早く来てくれれば私だってこんな目に遭わなかったんだからね!」
「あ?元々俺は行くなんて言ってねェし!」
「何それ!人が折角大ちゃんの為にお花見用意したっていうのに!」
「ふふ、二人は妖になっても相変わらずだね。」

睨み合っているアオミネとモモイと、それを嬉しそうに眺めるアカシ。私は彼らの邪魔をしないように、少し離れた場所で暇を持て余していた。四つ葉のクローバー探しでもしていよう。楽しそうに昔話をしている三人に割り込める程、私は神経が図太く無いのだ。
地面にしゃがみ込んだまま10分くらい草花と睨めっこしていると、背後から草を踏む音が聞こえてきた。ようやく話が終わったのかと振り向けば、そこにいたのは私を迎えに来たアカシではなく、何故かニコニコと微笑むモモイだった。

「名前ちゃん。」
「は、はい。」
「赤司君から聞いたよ。名前ちゃんが私を助けてくれたんでしょ?どうもありがとう。」
「あ、いや、私は別に何も…。」
「お礼と言っては何だけれど、名前ちゃんに渡したい物があるの。」
「?」
「ちょっと大ちゃん、早くー!」
「わーってるよ。」

モモイが後ろでアオミネを呼ぶと、花冠を持ったアオミネがこちらにやって来て、後ろ手に持ったそれを私の頭に乗っけた。コスモスの良い香りが鼻腔をくすぐる。コスモスとクローバーで出来た、ちょっと歪な花冠だった。
私がキョトンと二人を見上げると、面倒くさそうに顔を背けるアオミネに変わってモモイが口を開いた。

「それ、私と大ちゃんで作ったの。私達が出来るお礼ってこれくらいしか無いから。」

受け取ってね、と微笑んだモモイがアオミネを引っ張り、御礼を言うように促す。アオミネは渋々低い声で「サンキュー」と呟いた。それをまたモモイが「大ちゃん恥ずかしがり屋だから、ごめんねー」とフォローする。
本当にお似合いな二人だなと、二人のやり取りを見て私は笑みを零した。





この世には、目に見えない異形な者達が様々な形で生を形成している。
例えば、とある丘の木の下では、青と桃色の妖が桃の木を満開にさせて日向ぼっこをしていた。

「大ちゃん!折角私がこんなに綺麗に桃の花を咲かせているのに、いい加減エッチな本読むの止めてよね!」
「うっせーな。良いだろ別に。お前の言うとおり森から出て来てやってんだから、こんくらい大目に見ろよ鬼嫁かテメーは。」
「もう!大ちゃんってば自分の年齢分かってる?」
「見た目が10代だから良いんだよ。」
「何それ!あーあ、もう大ちゃんなんか放っておいてテツくん探しに行けば良かった。」
「止めとけ、テツが迷惑だろーが。」
「そんな事無いもん。」

アオミネとモモイの痴話喧嘩は、狂い咲きの桃の木と共に都市伝説となって俗世で噂されるようになった。そしてそれを曲解した桐皇高校の女子生徒達が恋愛成就の木としてお参りを始めた日には、丘は年中人と妖で賑わうようになっていた。
今日も桐皇の丘は、そんな人と妖達の笑顔で溢れている。

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