アヤカシあかし | ナノ


▼ 青い背は桃の木を隠して威嚇する。

キセを神社で見付け、緑間さんを森で見つけ、気付けばアカシとの生活は二週間が過ぎようとしていた。私の妖力も大分減ってきた。
残り、キセキの世代と呼ばれる彼の旧友は2人――青峰大輝と紫原敦。ここまでは順調に彼の旧友を見付ける事が出来ているが、この先も同じようにいくとは思えない。その為、緑間さん達の件が片付いた次の日、私は早速にでも図書室へ行こうとしていた。しかし。

「図書室へは行かなくていい。それより、大輝か敦がいそうな場所へ向かえ。」
「はい?」
「さっさと歩け。夕飯までに帰れなくなっても良いのか。」
「えっちょ!背中押さないでよ!二人がいそうな場所って何!?」

文句を言ったところでこの妖が聞き入れる筈も無く、「アカシは他の人には見えないんだからね!」という私の発言もスルーされ、他人から見たら酷く滑稽な歩き方をして、私は放課後の校舎を後にした。

「お前は、今まで涼太や真太郎に会えたのが偶然だと思っているのか。」
「え、何いきなり?違うの?」
「僕も断言出来る訳ではないが、恐らく違う。そもそも、こうして僕を使役していることだって本来あり得ないはずなんだ。」

あの時アカシは死ぬ間で際気配を消していた。だから、他人に見つかる可能性は限りなく低かったらしい。
アカシは私の半歩後ろを歩きながら足元に目を落としていた。大分日が短くなった帰り道は、私の影だけを長く映して橙色に辺りを照らしている。

「加えて涼太や真太郎を見つけ、涼太と笠松さん、真太郎と高尾和成を引き合わせるなど、偶然で済ますにはあまりにも出来過ぎている。」
「つまりアカシは、この引き逢わせには何かしらの作用が働いているって言いたいの?」
「…と、いうより、原因があるとするならそれはお前以外にあり得ない。そして、もし本当にお前にそのような才能があるなら、情報収集に時間を掛けずとも二人を探し出せるかもしれない。」
「うーん?分かるような分からないような…。」

特定の人物を引き逢わせる能力、それとも特定の人物を見つける能力だろうか。確かに、現実にそういった類の能力を持っている祓い屋もいると聞いたことがある(気がする)。
アカシが今まで見付けられなかったキセキ達が、私と出会ってからポンポン見付かっているというのも、ともすれば私の才能という事で理屈付けられるのかもしれない。
まぁ私の実感はどうであれ、残りのキセキ探しをしなければいけない事に変わり無いのだ。私はアカシの指示通り、次に何処へ向かうべきか頭を悩ませた。

「確か青峰さんは、生前は東京に住んでいたんだよね?」
「ああ。プロで活躍するようになって一時的にアメリカに滞在していた事もあったが、馴染み深い場所というならやはり東京だろうね。」

青峰大輝は生前、プロバスケットボール選手としてその存在を世界にまで知らしめており、赤司征十郎に次いで存在感のある人物だったらしい。青峰という名前からアカシの青いバージョンを想像して、こんなのが二人もいたら絶対手に負えないと思った。

「また適当に森にでも入ってみようかな…。」

私は半ば投げやりな気持ちで呟いた。





自分の引き逢わせの才能について、私は半信半疑な気持ちを改めざるを得ない。言い出しっぺのアカシでさえも多分8割信2割疑ぐらいだったと思うから、まさか本当に青峰さんの生まれ変わりを見つける事が出来るなんて、二人してお互いを見つめ合ってしまった。

「それ以上近付くんじゃねぇ…!ブっ殺すぞ!!」
「大輝、落ち着け。僕はお前と争いに来たんじゃ無い。」
「うるせぇ!!てめぇも祓い屋の味方してんなら容赦はしねぇ!」

そして現在、青髪の妖に物凄い剣幕で警戒されているのは何故なのか。

桐皇学園近くにある大きな丘。一面に広がる草原とコスモス、そして夕焼けが秋を演出するその場所に、その妖はいた。
褐色の肌、青褐の耳、猫のようにしなる尻尾、全身真っ黒な着物はその眼光と合間って獰猛な黒豹を連想させる。
黒豹の妖怪――アオミネは、アカシを使役している私に敵意を剥き出しにし、今にも襲いかかって来そうな剣幕で私達に向かい合っていた。
枯れ果てた木をその背に隠して、そこから一歩たりとも動こうとしない。

「大輝、お前が庇っているそれは何だ。」

アカシがアオミネを落ちつけようと柔らかい口調で問いかける。

「テメェに話す事なんてねぇよ。祓い屋なんかに使われやがって、何考えてんだ赤司!」
「大輝、聞け。こんな出来損ないの小娘に僕が使役されるなど有り得ないよ。便宜上契約はしているが、事実上の主人は僕だ。危害は加えさせない。何なら今ここで跪かせても良い。」

そう言ったアカシは、まるでペットにでもするように私に地面を指差した。私はイエッサーとでも叫ぶ勢いでアカシの足元に傅(かしず)いた。アオミネが怖かったからである。
私が地面の草に膝を擦りむいたと同時に、ふと、この喧騒に似つかわしくない爽やかな風が丘を吹き抜ける。
丘にただ一本生える枯れた木が、アオミネの背から花弁をふわりと浮かせ、桃色の花吹雪が宙を舞った。

「えっ…?」

何とも形容し難い、不思議な光景だった。
これは、狂い咲きと言っていいのだろうか。寒々しい姿だったはずのその木から、蕾がつき始め、花が開いて、あっという間に満開になったのだ。まるでビデオの早送りを見ているようだった。
秋の花がちらほらと咲く以外比較的閑散とした草原に、淡い桃の花がアオミネの群青を優しく包む。それはまるで彼を宥(なだ)めているようにも見えた。
アカシは目を見開いたままその様子を眺めていたが、やがて何かを確信するように口を開いた。

「お前が守っているその木は、桃井なんだね。」
「…。」
「祓い屋にやられたのか。」
「…ああ。」

ようやく諦めて背に隠していたものを見せたアオミネは、木に貼り付けられた札をアカシに示した。近付いて観察すると、貼り付けられた封印の札に破魔矢が刺さっている。これは、祓い屋ではオーソドックスとされる妖怪の封印術の一つだ。
この桃の木には、妖が封印されている。

「ここで何があった。」

アカシが真剣な様子で問いただす。アオミネは舌打ちを一つした後、蛆虫を噛み潰したような顔をした。

「ちょっと前に、さつきに呼び出されたんだよ。日向ぼっこすっからこの丘に来いだとか何とか言ってうるせーから嫌々来てみたら、このザマだ。」

アオミネが到着した時には、既にさつきさんは封印された一瞬後だったという。桃井さつき――元い妖怪モモイは、祓い屋によってこの木に封印されたのだ。

祓い屋は妖を封印する。正確に言えば祓い屋が妖に取る行動は三つあって、祓うか、使役するか、封印するかなのだが、人間にとって妖怪は縁起の悪いものとされているので、大抵は祓われ、使役するに足りる妖怪だけ祓妖の為の道具として契約を結ばされる。そして、祓い屋の実力が伴わずお祓いも使役も儘ならない場合は、最終手段として封印がなされる。
もちろん封印すら出来ない強力な妖もおり、そういう者はアカシのように伝説になって恐れ囃し立てられるのだが、まぁそれはレアケースだ。だから妖は皆、人間から隠れるように人里離れた森に住まうのである。
アオミネは私を目の敵にし、吐き捨てるように言った。

「お前らが俺達を祓う気なら、例え子供でも…赤司でも容赦はしねぇ。」
「ひぃっ」

私はその野生動物さながらの殺気に怖気づいた。すると、珍しい事にアカシが間に割り込み私を庇ってくれた。

「名前を睨んでも何も解決しないだろう。」
「チッ。随分祓い屋に絆されてんじゃねーの赤司。あいつらは無差別に俺達を消そうとしやがる。さつきだって無抵抗だったんだ。それを『解決しないから』って許せとでも?」
「だからその考えが浅はかだと言うんだ。許す許さないの話では無く、まずは桃井の封印を解くことを優先すべきだ。祓い屋の施した封印なら、祓い屋と繋がりのあるこいつを利用すれば解決できるかもしれない。不毛な争いに妖力を消費するより、こちらの都合の良いようにこいつを利用した方がよっぽど有益だとは思わないか?」

アカシは私の襟元を摘まみ上げアオミネの前に晒した。なんともまあ酷い扱われようだが、私はされるがまま二人の動向に身を委ねた。

「祓い屋の施した封印は妖怪には解けない。祓い屋が施した術式を解読出来る術(すべ)が妖には無いからだ。けれど同じ祓い屋であれば、封印を解く術があるかもしれない。そうだろう名前。」
「はい!そう、その通りだよ。封印を解くにはまず術式を解読して、その後解印の術式を上書きすればいいから、術式さえ分かればアカシにでも解印は出来ると思う。」
「なら、オメーにはこの術式が解けるんだな。」

アカシとアオミネ、二人の眼差しが私を射抜いた。私はその異様なプレッシャーに圧されたじたじになる。ああ、これ死亡フラグかもしれない。

「…解けません。」

私がそう言うと、アオミネは「んだよ、期待させやがって。」と落胆の色を見せた。良かった、キレられるかと思った。ホッと胸を撫で下ろして、続いてちらりとアカシを盗み見る。アカシはいつも通り冷淡な表情だったが、目が何かを訴えているようにも感じた。ふと視線がかち合う。

「な、何?」
「別に。」

アカシはふいと目を逸らしてそれ以上何も言わなくなった。これは、あれだな。全部バレている。

実は、封印を解く手立てはまだ残っている。けれど私はそれを言いたくない。隠しているのだ。何故かといえば、それを提案すれば私は実家に帰らざるを得なくなるから。死ぬ思いで受験勉強をして、やっとこさ抜け出してきた京都の実家。あそこにまた舞い戻るなんて、もう考えただけで悪寒が走る。百歩譲ってそれだけならまだしも、今はアカシなんて超S級の大妖怪を使役しているのだ。家族がそれを知れば、もうあれよと言う間に囲い込まれて今度こそ自由を奪われるに違いない。

「…。」

アオミネは地面に散った花を静かに見つめていた。これからどうするべきか思案しているのか。それともモモイを助ける手立てを失って傷心しているのか。出会って幾何(いくばく)も経っていない私には彼の心情は読み取れない。

…もしここで私が解印出来る術を隠したままにしたら、多分モモイは一生救われない。アオミネも、きっとずっとここで枯れた木を守り続けるのだろう。そしてアカシはそれを全部理解した上でなお、私に何も言って来ないのだ。もうやんなっちゃうよね、全く。

「あーもー。分かった。帰るよ。」

私は観念したかのように溜息交じりにそう答えた。アカシが満足そうな顔をするのを見て、やっぱり確信犯だったと内心愚痴る。どうせアカシには私が彼の期待を裏切らない事が分かっていたのだろう。それだけ信頼されている、といえば聞こえは良いけれど、実際のところは分からない。信頼されてるといいんだけどなぁ。

こうして、私はアカシとアカシの友人であるアオミネの為に、約二年ぶりの帰省を決意したのであった。

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