アヤカシあかし | ナノ


▼ 緑の少年は森で探し物を続ける。

随分と森の奥深くまで来た。私達は現在、木で死角になった奥の人物に警戒されながらもその距離を詰めていた。先程の破裂音が功を奏したのか、その人物は自ら私達に接近し、探りを入れてきている。ガサリ、と草を踏む音がすぐそこから聞こえる。私達も一応警戒して相手の出方を伺いはするが、無表情なアカシの瞳の奥に微かな期待が混じっているのを、私は肌で感じ取っていた。邪気の気配は感じない。この木の向こうに居るのが、彼の旧友、緑間さんなのだろうか。
やがて、硬直状態が破られる一声は向こうから聞こえた。

「…高尾?」
「え?」
「誰だ、そこに居るのは!出てくるのだよ!」
「真太郎、」

声を聞いたアカシが、はっとしたように草葉を分けてずんずんと進んでいく。私も急いで後を追えば、死角から抜けたそこで私達を待っていたのは、

「……。」

待っていたのは、ボヘミアン風のでっかい羽を頭に付け、これからカーニバルですかとでも突っ込みたくなるような、余りにもこの場にそぐわない緑色の髪をした少年だった。

「ふ、不審者だーー!」
「っ、待て、俺は不審者ではないのだよ!」

私の驚きぶりに少年は慌てて叫んだ。頭こそカーニバルな彼だったが、学ランをきちっと身に纏い、黒縁眼鏡を掛けるその姿はよく見たら写真で見た緑間真太郎そのもので。私は少年の制止によって何とか気を落ち着けた。

そう。彼は写真の人間そのものだった。
緑間真太郎は、どこからどう見ても、れっきとした“人間”だったのだ。

「真太郎、」

アカシが表情を変えずにその名を呼ぶ。アカシの目にはうっすらと緊張の色が見えた。そうだ、緑間さんが人間だとなると、果たして彼にアカシの姿は彼に見えているのだろうか。それに、記憶は?

「真太郎、」もう一度、同じように名を呼ぶその声に、彼は。



「……赤司。」

ゆっくりと、目を向けた。

「久しぶりだな。何年ぶりなのだよ。あと何だその格好は。」





緑間真太郎。彼は死後、人間へと転生を遂げた。だが彼に至ってはそれだけに留まらず、バスケでの栄光、そして医者としての輝かしい遍歴は魂を転生させ、記憶を受け継ぎ、そして妖怪が見える力――いわゆる妖力をも彼に開花させるに至った。

記憶を受け継ぐのに必要となるのは前世の存在感だが、妖力は持って生まれた資質や遺伝等も関係してくる。妖怪を認識できる人間は一部の限られた人間のみなのだ。つまり彼は、元々ある程度の妖力の才を持つ人間だった。そして、どうやら前世の占星術信仰が功を奏し、転生後、それが見事に開花したようだった。

さて、彼が何故妖怪では無く人間に転生したか。そもそも転生と妖怪になる事の差異はどこから生まれるのか。実はそれはまだはっきりとは解明されていないが、一説では神様の寵愛の有無で決まるのではないかと言われている。簡単に言えば、前世でやんちゃした人間は妖怪になるし、徳の高い行いをした人間は転生するという説だ。まぁこれは一部の専門家には否定されているので信憑性は定かではないが、今まで出会ったアカシやキセ、笠松さん、そして緑間さんに当てはめて考えてみると、まぁおおよそ納得出来なくもない気がしてくる。
話が逸れたが、要は、現在4代目らしい緑間さんにおいては、前世の記憶についても妖についても、しっかりとした認識を持ったままここに存在していたのだった。


アカシの表情は、先程より随分柔らかくなっていた。

「200年ぶりか。逢えて嬉しいよ真太郎。それから格好についてはお前にだけは言われたく無い。」
「この羽はラッキーアイテムなのだよ。」
「全く、変わっていないな、真太郎は。」
「そういうお前は随分な変わり様だな。何だその羽織は、派手過ぎて目が痛いのだよ。」
「そうか?結構気に入っているんだけれど。僕は人には生まれ変わらなかったから、今はしがない妖怪をしているんだ。」

アカシがぴょんっと狐耳と尻尾を出すと、緑間さんは一瞬目を見開いて、すぐに誤魔化すように眼鏡をくいっと上げた。

「ふん、何が『しがない』だ。嫌味な奴め。お前の噂は人間の俺にもかねがね届いている。随分暴れ回っているみたいじゃ無いか。」
「ああ、暇つぶし程度にね。お前の噂は全然耳に入ってこなかったが、そうか、人間に転生していたのか。」
「ああ、お前と違って細々と暮らしているのだよ。」

そこからしばらくは、二人の仲良し再会トークが続いた。私はキセの時と同様二人の間には全然入っていけず、一人ぽつんと会話が終わるのを待った。それでも、今回は不思議と全然悪い気はしない。さっきは緑間さんも笠松さんのようにアカシを認識出来ないんじゃないかと一瞬ヒヤッとしたが、彼はちゃんと覚えていた。多分アカシも一瞬不安に思ったのだろう。緑間さんがアカシを認識した途端、彼の表情がほっと緩んで、今はキセと再会した時みたいに穏やかに笑っている。私はそれがとても嬉しかった。

私は今、人の事を…アカシの事を想えている気がする。これって成長だよね。後で褒めて貰おう。私は三歩後ろから二人の会話に耳を傾けて、弾む会話に頬を緩ませた。





しばらくして会話が止むと、私はずっと疑問に思っていた事を緑間さんに尋ねた。

「緑間さんはここで何をしているんですか?」
「ああ、実は、ある妖怪を探しているのだよ。」

緑間さんは眉間に皺を寄せて眼鏡を押し上げた。彼はその妖怪を探して、こうして頻繁に森を出入りしているらしい。ネットの掲示板で『緑の頭の妖怪が〜』と噂になるくらいだから、もうずっと前からこうして変な格好をして妖怪を探していたのだろう。そしてそれは凄く危険な事だと私は思った。

「緑間さんはそこそこ妖力が強いみたいだから、こんな所でウロウロしてたらあっという間に悪い妖怪に食べられてしまいますよ。」
「ああ、それなら大丈夫だ。ラッキーアイテムがあるから、そう言った類のものに遭遇した事は一度も無い。抜かりは無いのだよ。」

彼は頭飾りを主張させて自慢げにそう言ったが、私は「はぁ、」としか答えられなかった。アカシは我が子を慈しむようにクスクスと笑っている。また出た。私には無慈悲な癖に、緑間さんは甘やかすというこの差。キセの時にも思ったが、アカシは何故友人にはこうも寛容なのか。少しはその慈愛を私に向けてくれても良いのにと、私はひっそり溜息を吐いた。
私が不満そうにアカシを見ていたからか、彼は横目で私を見ると、わざとらしく緑間さんに私を紹介した。

「紹介が遅れたね。これは僕の使役する下僕だ。」
「どうも。アカシ様の下僕を務めます、苗字名前と申します。」

このやり取りをするのも二回目なので半ば自暴自棄だ。緑間さんはキセと全く同じ反応で「赤司は変わらないな…。」という目をしていた。私は話を戻した。

「あの、緑間さんはどんな妖怪を探していたんですか?」
「そうだ。二人に聞きたい。…『鷹』という妖怪に心当たりは無いか。」
「鷹…、もしかして、高尾和成を探しているのか?」
「ああ、そうだ。奴が妖怪になって、この辺りに住んでいるという情報を掴んだのだが、中々捕まえる事が出来なくてな。」
「心当たりか…。」

アカシは少し考えた後、目を伏せて「残念だが、無いな。」と答えた。緑間さんはガックリと項垂れている。羽が彼の気持ちを代弁するかのように垂れ下がって、そのシュールな光景に吹き出しそうになった。

「もう随分探しているのだが、一向に捕まえられないのだよ。」
「どれくらい探しているんですか?」
「200年程か。」
「にひゃっ!?」

私は素っ頓狂な声を上げてしまった。聞き間違いかとも思ったが、どうやら200年で間違いないらしい。こればかりはアカシも珍しく固まっているものだから、私の反応も決して大げさなものでは無かった筈だ。
それにしても、200年とは。時間の概念が崩れそうだ。いくら転生を遂げているからってスケールがでか過ぎる。私より先に平常心に戻ったアカシは、呆れて溜息を吐きながらも、これまでの捜索状況と言う名の友情エピソードを聞き出していた。

エピソードを纏めるとこういう事らしい。
初めて緑間さんが転生した際、彼はもしかしたら高尾も転生しているのでは無いかと思い至り、高尾に関する情報収集を始めた。と言ってもそれは、「折角転生した事だし、昔の友人に会うというのも悪くない」程度の感覚だった。
しかし、意外にも情報はすんなりと見付かった。彼は人々に『鷹』と呼ばれ、妖怪としてどこかの森に住んでいるという事だった。どこの森に住んでいるかまでは掴めなかったが、何となく前世から今に渡るまで通い続けている秀徳高校付近の森を探索していると、ある時偶然にも黒い妖の姿を目撃した。遠目で到底顔を判別出来る距離では無かったが、それでも緑間さんはそれが高尾であると確信した。
彼は大声でかつての旧友の名を呼んだ。高尾は目が良かったから、自分に気付いたら昔のように話し掛けてくれると思ったのだ。しかし、緑間さんの読みは外れた。何故か高尾は、決して緑間さんに姿を見せる事が無かった。それどころか、いくら探し回っても名を叫んでも、まるで自分を避けているかのように影一つ落とさない。緑間さんは直感した。

避けられている、意図的に。

それからは、友情というよりはむしろ意地と意地のぶつかり合いで、『旧友と会うのも悪くない』から『こうなったら意地でも見つけ出してやる』という気概で探索を続けた。
本当は、この森に高尾などいないのかもしれない。以前見た姿は見間違いで、自分が避けられているというのも見当違いかもしれない。そんな思いを抱えながらも、それでも高尾を探し続けた。どうしてだか、高尾も自分と同様に意地を張り続けているような気がしたのだ。
そして意地の張り合いは二世三世と世代を超え、気付けば200年が経過していた。


話を聞き終えた私は、正直、こんなアホらしい話があるかと呆れて物も言えなかった。緑間さんには元来こういう気質があるのか、アカシは早々に諦めた様子で相槌を打っていたけれど。
緑間さんの話を聞いている間に、辺りは宵闇どころかすっかり黒く染まっていた。私達はまだ学生だし、それに冷えて来た事もあって、私達はアカシの提案で一旦解散しまた別の日に改めて会う約束をした。私はアカシに命令されるがままに緑間さんと連絡先を交換したが、これが家族以外との初めてのアドレス交換だったのでちょっと泣いた。

アカシの傘で緑間さんを自宅に届けた後(アカシが緑間さんを抱き、緑間さんが私を抱くという奇妙な形となった)、私達もふわふわと風に乗って帰路に着く。

「ねえ、アカシ。」

私の呼び掛けに、アカシが無言でこちらを見やる。

「何故あの時、『高尾に心当たりが無い』なんて嘘を吐いたの?」

ようやくここで、私はそれを聞き出す事が出来た。

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