REGAL GAME | ナノ


▼ 6.出会い

―――

苗字とは、俺がちょうど部長に就任した頃に知り合った。といっても、苗字は元々二軍のマネージャーを務めていたので、ここでの“知り合った”とは、初めてお互いがお互いを認識した、という意味になるが。
俺が見出した訳でもなく、順当に一軍のマネージャーに昇格した苗字の印象は、とにかく真面目で着実に仕事をこなす人物、といったところだろうか。同じくマネージャーの桃井とは気が合うようで、いつも二人で笑い合う姿は中々に花があった。

「赤司君、ちょっといい?」
「ん、桃井か。なんだ。」

そんなある日のこと。

「赤司君が私に任せてくれたデータ収集についてなんだけどね。すごくやりがいがあって楽しいんだけど、他校に偵察に行くとどうしてもレギュラーのマネジメントにまで手が回らなくて…。出来れば他のマネに任せたいんだけど、どうかな。」

桃井のそんな些細な提案が、苗字とより近付くきっかけとなった。

「ああ、どうせ苗字だろう。彼女の仕事ぶりは知っている。問題無いだろう。」
「ありがとう!じゃあ明日からそう言う事で。名前ちゃんにも伝えてくるね!」

早速といった様子で苗字に新しい役割を伝えに行く桃井を見送れば、自然と苗字の姿が目に入った。

「ということで、明日から私に代わってレギュラーのマネジをよろしくね。」
「え、私が?嘘だよね、だってレギュラー陣だよ?さつきちゃんもしかして私を騙そうとしてます?」
「嘘じゃないよ!!ほら、赤司くんも。」

桃井に目線を合わせられてコクリと頷く。

「ま、マジですか…!すごい、嬉しい!やったー!さつきちゃん、私やりました!!バンザーイ!!」
「名前ちゃん喜び過ぎ!」
「バンザーイ!!」

手放しに喜ぶ苗字を見て、彼女はマネージャーという人に尽くす業務が本当に好きなんだなと思った。自分には無いその気質に、少しだけ感心した。
彼女は何故かところどころ敬語混じりで、俺は不覚にも笑ってしまった。





私達は部員とマネージャー、それだけの関係。そこにキョウハンを引き受けるメリットがあると、赤司くんは言う。

「さて、それじゃあ次は今日の朝礼での行動について、説明をしようか。」

キョウハンについてそれ以上説明する気は無いようで、赤司くんは露骨に話題を次へ向かわせる。
どうして、とか、なんで、とか、聞きたいはずなのに言葉が出て来ないのは、赤司くんが言わせない空気を纏っているからだ。
もちろん、これ以上追及して、「やっぱりキョウハンはやりません。」と言われるのが怖いというのもある。けれど、それだけじゃない。

(私に断らせない様にするなんて、赤司くんはずるいな。)

私は心の中で苦笑した。

「あのさ、朝礼での行動については、私から質問する形で説明してもらってもいい?」

私は気持ちを切り替えて、彼にそう提案した。
どうせ何も言えないのならば、今は一刻でも早く赤司くんの作戦を飲み込んで、彼と同じ目線でゲームを進められる様になる事に集中するべきだ。
これ以上彼に迷惑はかけられない。
「いいよ。」と彼の許可が下りたところで、話を切り出す。

「まずは一つ目。赤司くんは朝礼で『ハンニンは俺だ』と言ったけれど、キョウハンの筈の赤司くんが“ハンニン”だと名乗ったのは何故?」
「あぁそれは、ケイサツがその嘘を信じれば、俺に接触してくるかもしれないと思ってね。」
「…、なるほど。」

ケイサツがハンニンを赤司くんだと勘違いすれば、タトゥーを探しに必ず接触してくる。そうなれば、赤司くんはケイサツを特定出来る上に、上手くすればケイサツの探知器を奪えるかもしれない。そうなれば私達の勝ちは確定だ。

「まあ、ちょっと考えればハンニンが『自分はハンニンだ。』なんて名乗る訳が無いから、よっぽど間抜けでない限り接触はして来ないだろうけれど。」

赤司くんは架空の間抜けを見下すように言った。私は自分がケイサツじゃなくて良かったと心底思った。

「今説明したのはオマケみたいなものだ。本当の目的は、ケイサツについて探る事と、本物のハンニンに目を向けさせない事。
俺がハンニンであるかもしれないとケイサツに思わせられれば、ケイサツは動揺し、壇上からそれを見つける事が出来るかもしれないからね。
それに、もし何も反応が無い場合でも、ケイサツは物事に動じない、冷静で頭の切れる人物という事が分かる。」

冷静で頭の切れる人物。帝光中にそんな人物がいたとしたら、それは一握りの生徒と先生達くらいだ。
赤司くんは説明を続ける。

「さらに、こうやって色々と仕掛ける事で、ケイサツはキョウハンに注意を向けざるを得なくなって、ハンニンの正体に目が行き辛くなる。以上が、俺が『ハンニンだ』と名乗った理由だ。」
「な、なるほど…。」

ひとつ説明を受けただけで大分頭を使った気がした。私は大きく溜息を吐いて背中を椅子に深く預ける。
赤司くんが一瞬で考えつく事でも、私にはひとつひとつ紐解いていくだけで精いっぱいだ。そう思うのに、休憩するにはまだ早いんじゃないか?と意地の悪い笑顔で煽られれば、まだまだやれるとムキになってしまう。

「赤司くんが『ハンニンだ』と言った理由については分かったよ。じゃあ次の質問。そもそも、自分からゲームに関わっている事をバラした理由は?いくらキョウハンの正体が知られても良いとはいえ、隠しておいた方が無難なような…。」
「そうだね。一見、不利に見えるかもしれない。けれど、キョウハンになった以上、その存在はケイサツに認識させる必要がある。」
「どういうこと?」
「ケイサツには、下手に動き回ってもらっては困るという事だ。」
「???」

赤司くんの言っている事が分からずに疑問符を浮かべる。赤司くんは優しく笑うと、丁寧に一から説明してくれた。

「苗字は、ケイサツに一番されたくない事は何?」
「それは、生首を探される事かな。それか、私(ハンニン)について色々探られる事。」
「そうだね。つまりそれは“ケイサツに捜査される事”と言い換えて良い。では次に、俺が必勝法の時に説明した事を思い出してごらん。」

私は赤司くんの言う通り、必勝法の説明の時の記憶を辿った。
確かあの時彼は、『ケイサツはキョウハンがいる限り自分の正体をバラせなくなる。』と言っていた。それを思い出して、段々赤司くんの言いたい事が分かってくる。
『ケイサツが自分の正体をバラせなくなる』という事は、つまりは『迂闊に動けなくなる』という事だ。

「なるほど。ケイサツが生首の捜査をする前に、ケイサツの動きを封じたって事だね。」
「そう言う事。ちょうどゲーム開始日に朝礼があって良かった。この公言は早いうちに行っただけ高い効果が期待出来るからね。」
「ケイサツがルールを把握しきる前に手を打つことで、動揺を誘う…って事?」
「分かって来たじゃないか。ケイサツはハンニンと違って誰にもゲームの内容を話せないだろう?誰にも頼れないというのは、それだけで心理的に大きなダメージになる。大抵の人間は挙動不審になったり疑心暗鬼に陥ったりして、そうそう平静を保ってはいられないと思うよ。」

『誰にも頼れないというのは、それだけで心理的に大きなダメージになる。』

それは、赤司くんの事を言っているのだろうか。
思わずそう口走りそうになって、自分で自分に吃驚した。
赤司くんは完璧人間だから、人に頼っているところを見た事が無いし、実際、頼らずとも何でも出来てしまうのだろう。
赤司くんが頼れる人間、そんな人この世に何人存在するのだろうか。少なくとも私がそうなるにはあまりにも彼との差があり過ぎて、「私を頼って欲しい」なんて口が裂けても言えそうにない。
ていうか、今私は赤司くんに頼って欲しいとか思っちゃっているのか。その点についても吃驚だった。

「さて、今までの説明で今朝の公言にはメリットしかない事が分かっただろう。他に何か質問はあるかい?今日はまだ時間もあるし、俺が答えられる範囲でなら答えるよ。」
「なら、赤司くん。」
「何だい?」
「今『メリットしかない』って言ったけど、それ嘘だよね。」
「!」

赤司くんは一瞬目を見開いてそのまま表情を固めた。
思えば、ずっと引っかかっていたんだ。昨日から赤司くんはハンニンに配慮してばかりで、キョウハンの危険性やデメリットを意図的に隠そうとしている。
さっきだってそうだ。キョウハンの話から公言の話に露骨に話題を逸らしたりして釈然としない。
彼は自分を凝視する私を一瞥して少し考えた後、自然な表情を作って口を開いた。

「…ああ、確かに『メリットしかない』というのは間違いかもしれないな。
俺がキョウハンである事を知れば、ケイサツはキョウハンと繋がりの深い人間を疑う可能性が出てくる。こんな得体の知れないゲームのキョウハンを引き受けるなんて、よほど親しい人間でなければ有り得ないからね。
けれど、俺に限ってはそうも言いきれないんじゃないかな。ハンニンだってそれなりに頭の切れる人間をキョウハンに選びたいだろうから、俺に話を持ち掛けてくる可能性は十分にあるし…」
「そうじゃなくて!」

私が話を遮ると、彼は私の意図を測りかねて押し黙った。私は話を続ける。

「ケイサツは、ゲーム終盤になっても生首が見付からなければ必ず赤司くんに近付いてくるよ。きっとどんな手を使ってでもハンニンの正体を吐かせようとする。
わかんないけど、なんか暴力的な手段を使って襲ってくるかもしれない。ゲームで100万円を貰っているわけだし、暴力の専門の人とかを雇って襲ってきたりするかもしれない。そうなったら、赤司くんはどうするの…?」
「ケイサツ一人程度であればかわす手段はあるし、金で人を雇うにも、名家である赤司を襲うには相当なコネクションが必要になるんじゃないかな。ケイサツがゲームの内容を公に出来ない以上、真面な人物を雇えるとは思えない。」
「でもっ、」

段々と泣きそうになる私を慰めるように、赤司くんが優しいトーンで話す。

「大丈夫。苗字は何も心配しなくていい。全部俺が勝手にやっているだけだから。」
「でも、やっぱり…」
「断られても俺はキョウハンを続けるよ。苗字がどう思おうが関係なく、ね。けれど…」

赤司くんは、一息置いて、ふわりと優しく微笑んだ。

「出来れば…ちゃんと俺を頼って欲しいかな。」

心臓がドクンと音を立てる。

(いや…違うっ、そうじゃくて!)

赤司くんはやりたくてやっているのかもしれないけれど、そういう問題ではない。
本来これは私の問題であり、赤司くんが関わる必要は一切ないのだ。その上、危険に巻き込んで赤司くんにもしもの事があったら…

『――『ハンニン』は俺だよ。』

ふと蘇る今朝の朝礼。もうケイサツには、赤司くんがキョウハンである事がバレてしまっているのだ。今更引き返しようがない。
昨日の会話を思い出す。

『9時45分か…意外と時間がかかってしまったな。』
『う…、私の飲み込みが悪いせいだね。ごめんなさい。』
『いや、そんな事は無い。俺の時間配分が悪かっただけだ。気にするな。
今日はもう必勝法の話は無理だな。悪いが説明はまた明日だ。残り15分は、苗字の明日からの身の振り方について説明する。』

――…

「赤司くん…もしかして、昨日必勝法の説明を中断させたのも計画のうち?説明する前に公言することで、私に断わらせない様にする為に。」
「…。まさか、そこまで見抜かれるとは思わなかった。」

やっぱり。

「なんでそこまで…」
「なんでと聞かれると正直困るな。けれど、俺が説明する前に公言出来たのは、相手が苗字だったからだよ。お前なら作戦を伝えなくても平然を装えると信じていた。さっき言った様に、俺がキョウハンだと分かればまずバスケ部員が疑われるだろうから。」
「私なら、平然を装えると…」
「ああ。信じていた。おかげで早い段階から策を打つ事が出来た。これでケイサツも正体がバレるのを恐れて迂闊に立ち回れなくなる。」

赤司くんは相変わらず落ち着いた態度で私に向き合っていた。
私が何を思ったところで、何をしたところで、きっと彼が動じる事は無いのだろう。

(“信じていた”、か。)

信頼。それが本当に赤司くんの本心なのかどうか、結局私は最後まで見抜く事が出来なかった。





頼んだ紅茶はすっかり冷たくなっていた。
一通りの話題を話し終え、暫しの沈黙が流れる。
他に聞く事が無ければそろそろ別の話題を切り出そうとしたところで、彼もまさにそれを言わんとばかりに、ポケットから私のロッカーの鍵を取り出した。昨日、赤司くん預けたにロッカーの鍵だ。

「返すのが遅くなって悪かった。何も取られてはいなかったか?」
「大丈夫だったよ。ありがとう。」

朝、部活の前にロッカーを開けたら、生首はもうそこには無かった。
15分ほど前に受け取った赤司くんからのメールには、
・早朝に無事生首を移動させたこと
・学校内ではいつも通り以上の接触を控える為、鍵はカフェで返されること
・その間、私がロッカーを開けられなくならない様に、今日一日は施錠せず過ごすこと
などが丁寧に記載されていて、私が困惑しないよう隅々にまで気を回してくれる赤司くんに私はただただ感謝した。
改めて、赤司くんがいなければ私はゲームに負けていただろうと考える。
負けたら、どうなってしまうのだろう。お金持ちの組織とやらに口封じに消されたり?人身売買とか?流石に漫画の読み過ぎだろうか。
人の内蔵は高く売れるらしい。前に見たネットの記事を思い出した。あるわけ無いと思いつつ、現実問題、漫画のような状況に巻き込まれているだけに、笑って済ます事も出来ない。

「ねぇ赤司くん。人身売買なんて、ある訳ないよね。もし負けたら」
「負けないよ。」
「う…じゃあ、でも、ケイサツは?私が負けなくても、相手は負けて、なんか…売られたりとか、奴隷とか。」
「人身売買に奴隷と来たか。お前は暴力団とか人身売買とか奴隷とか、意外と物騒な事を考えるね。」

赤司くんは完全に私を面白がっていた。私は馬鹿にされたみたいで頬を膨らませる。

「じゃあ、無いんだよね。」
「…本当の事を言った方が良いかい?」

本当の事があるのか。私は怖じ気付きながらも、少し考えた後頷く。

「ルールを見る限り、『いかなる危害にも責任を負わない』とあるだけで、企画側が何をしてくるかまでは書いていない。が、しないとも書いていないから今のところは何とも言えないな。強いて言うなら、何も書かない事で恐怖を煽っているってところか。
次に、出来るか出来ないかだが。これは、『V』ならまず間違い無く出来るだろう。ルールに『勝者及び勝者が望む一定の人物の身の安全については、当企画で保証するものとする。』とある以上、勝者が法を犯すような行為をした場合でも揉み消せるって事だろうから。きっと警察の上層部と繋がりのある人間がいるんだと思う。」
「そっか…。うん、ありがとう。」

赤司くんは変に気を遣ったりせず、私の質問には全部真剣に答えてくれる。私は彼に感謝した。赤司くんのそういう所が、私は好きだ。だから、赤司くんが自分の身の危険を顧みずキョウハンになった事には、やはりどうしても納得がいかない。
私の表情を読み取ったのか、赤司くんはあの時のような悪戯顔で私に言った。

「また表情が戻っているね。…もう一度しておこうか?」
「何を……、っ!」

赤司くんはあざとい笑みを浮かべて自分の口元に人差し指を当てた。
その動作で昨日の唇の感触が蘇り、頬が途端に熱を帯びる。

「け、結構です!!」

私は来た時と同じように机を叩いて立ち上がると、脇目も振らず、勝手に伝票を持ってお会計に進んでいった。
クスクス笑う声が後ろからついて来るのがムズムズして堪らなかったので、仕返しに赤司くんの分までお会計を済ませてしまう。すると彼は途端に申し訳なさそうにお財布を出してきて、ちょっと気分が晴れた。
こんなの、昨日奢って貰っている時点で仕返しでもなんでも無いのだけれど。次も私が奢ろう。

単純な私は、肝心の生首の隠し場所について聞くことをすっかり忘れていた。つ、次聞けばいい。次。



[ back ]