REGAL GAME | ナノ


▼ 5.キョウハン

バンッ。勢いの良い音が店内に響き渡った。

「一体あれはどういう事ですか!説明してください!」

部活を終えた夜8時、私達は約束通り例のカフェに集まった。
このカフェは相変わらず客が少ない。こじんまりしているお店だから、ここでケイサツとバッタリ、なんて事もまず無いだろう。だから多少の大声は目を瞑って欲しい。
目の前の赤司くんは、まるで悪戯が成功したかのように楽しそうに笑っていた。

「『昨日見た刑事モノのDVDが面白くて、一度言ってみたかったんだ』って言ったからかな、今日一日クラスで人気者だったよ。『赤司くんって実はユーモアのある人だったんだ!』ってね。おかげで友人が増えた。」
「呑気に言っている場合ですか!何なんですかあれは!」
「必勝法。」
「そんな馬鹿な!もう私あれから動揺して授業どころじゃなかったんだから!せめて何か一言あれば心の準備が出来たのに!」
「その割には普通に部活していたじゃないか。それだけ普段通りに振る舞えるなら、今後何が起きても大丈夫そうだ。」
「それは…そうですかね。って違う!褒められて思わず喜びそうになった!」
「ははは。こんなに興奮している苗字は初めて見た。興奮すると敬語になるんだね。」

私が何を言おうと余裕な態度の赤司くんに、私は騒ぐのを止め、代わりに訝しげな目線をぶつけた。

「…分かったよ。じゃあ説明を始めようか。まず、昨日中断した必勝法の話から。このゲームの必勝法は『キョウハンをつくる事』。そう言ったのは覚えているか?」
「うん。ゲームのルールにも【ハンニンは任意の人物を1名のみ、キョウハンに選ぶことが出来る】って書いてある。」

けれど、それがどうして必勝法になるのかが分からない。

「ハンニンはキョウハンさえ作れれば、勝利がほぼ確定する。」
「!そこまで?」
「ああ。何故なら、キョウハンを作る事でケイサツの有利性が無くなるからだ。」

有利性。その言葉に、昨日の赤司くんの説明をもう一度よく思い出した。
ケイサツの有利性は確か、『自分の正体がバレてもいい』事、だったはずだ。何故なら、ハンニンはケイサツに手出しが出来ないから。

「あぁ、そうか!ハンニンがケイサツに手が出せなくても、“キョウハンはケイサツに手が出せる”んだ!」
「正解。キョウハンの正体がケイサツにバレた所で勝敗に影響はないから、キョウハンは堂々とケイサツの邪魔が出来る。ケイサツが誰だか分かれば、例えばキョウハンはケイサツの手足でも折って再起不能にしてしまえばいい。」
「怖っ!」
「例え話だ。つまり言いたいのは、『ケイサツは、キョウハンがいる限り自分の正体をバラせなくなる』という事だ。」

聞いてしまえばなんて事は無い話だった。ハンニンはキョウハンを作ればいい。それだけだ。けれど、実際この状況で、冷静にルールを見極めて判断出来る赤司くんはやっぱり凄いと思った。なんて頼りになる存在なんだ、と何回思ったか分からない。
考えすぎた頭をいったん休ませるため、運ばれてきた紅茶に口をつけながら、何となく取り出したルールに目を通す。ハッとした。

【ゲームの存在は、ハンニン、ケイサツを除く他の誰にも知られてはならない。ただし、【ハンニン】項目3はこれに当てはまらない。】
【(ハンニン項目3)キョウハンを含む1名にのみ、ゲームの存在を明かすことが出来る。】

「…。」

ルールを読みながら必死に思考を巡らせる。
私は既に赤司くんにゲームの事を知られているから、赤司くん以外の人にキョウハンを頼む事は出来ない。例え頼めたとしたって、こんな怪しいゲームに乗ってくれる人なんている訳がない。
ふと気付いた嫌な予想が確信に変わりそうで、逸る気持ちを抑えつつさっきとは別のルールを読み直す。

【当企画では、ゲーム中のハンニン、ケイサツ及びキョウハンに対するいかなる危害にも責任を負わない。】

この一文はつまり、キョウハンの身に危険が及んでも自己責任って意味だ。当然ケイサツと接触すれば、キョウハンだって危険な目に遭うかもしれない。
その上、【ハンニン及びケイサツには、ゲーム参加の報酬として前金100万円が当企画から譲渡される。また、ゲーム勝利者にはボーナスとして100万円が譲渡される】とある。
つまりゲーム参加者には前金100万円、勝てばもう100万円が手に入るけれど、キョウハンにはそれもない。

そう。キョウハンには、このゲームに乗るメリットが何一つ無いのだ。

大体、メリットがあったとしたって誰がこんな不気味なゲームに参加したいというのか。私だったら、どれだけの大金を積まれたって絶対参加しない。
そして何より、赤司くんがこの事に気付いていない筈がない。

(なんで私は今の今まで気付かなかったんだろう。赤司くんにゲームを丸投げして、安心してたんだ…。私の馬鹿!)

赤司君はキョウハンを作れば勝てて、自分がいれば勝てると言っているのだ。つまり赤司くんは、

「僕がキョウハンになろう。」
「……っ」

自分の身を危険に晒してまで、キョウハンを引き受けようとしている。

「ちょっと待って!なんでそんな事を」
「僕がキョウハンを引き受ける以上悪い様にはならないよ。安心して任せて欲しい。お前が危険な目に遭わない様精一杯尽力しよう。」
「違うっ、そうじゃなくて!だって赤司くんには…」

引き受ける理由が無い、そう言おうとして言えなかった。私は、赤司くんがいなければゲームに勝つ事は出来ない。
でもそれは、赤司くんには全く関係ない事だ。赤司くんが危険な目に遭っていい理由にはならない。
不安げな顔で赤司くんを見上げれば、彼は私を安心させるように優しく微笑んだ。

「赤司くん…。」

彼の行動は全くもって意味不明だ。こんなの、彼にとっては百害あって一利無しだし、それに何より、私達はつい先日まで部員とマネージャー、それだけの関係だった筈だ。
何故赤司くんは危険を顧みず私を助けてくれるのか。私がそう尋ねると、赤司くんはどこか切なげな表情を浮かべて、微笑みながら瞼を下げた。


「強いて言うなら…

部員とマネージャー、それだけの関係だったから、かな。」



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