REGAL GAME | ナノ


▼ 3.必勝法

(勝てる…?)

一瞬、赤司くんが言っている事が理解出来なかった。
私はまだゲームの全容すら理解出来ていなくて、赤司くんの話についていく事すらやっとだというのに、赤司くんは既にゲームの攻略法はおろか、勝ちすらも確信していると言うのか。
異常だ。言葉通り、尋常じゃない。常軌を逸している。
赤司くんは部活仲間として見ても、頼りがいがあって、人とは違う才能を持っていて、どの分野でも常に人の上に立つ人間だ。凄い人だと尊敬していたし、彼の凄さだって分かったつもりでいた。
私はここに来て初めて、彼の人間離れした才覚を思い知らされた気分だった。
赤司くんは私が圧倒されている事に気付いた様子も無く話を続けた。

「このゲームには“必勝法”がある。」

必勝法。ごくりと唾を飲み込む。

「そうだな…、苗字には必勝法について話す前に、ハンニンとケイサツの関係について理解しておいてもらいたい。」

確認を取るような口調に、私は一度だけ頷いた。

「実はこのハンニンとケイサツ、立場が平等では無いんだ。」
「えっ!?」
「では、どちらの方が有利か、分かるかい?」
「えっ、えっと…」

分からない、と言ったら馬鹿だと思われるだろうか。しかし適当に回答するのは、真摯に説明をしてくれている彼に失礼だ。
私は蚊の鳴く声で「わかりません…。」と告げた。赤司くんは私を責める様子も無く微笑んでくれた。私はテストで赤点を取るより落ち込んだ。
そもそも、ハンニンとケイサツが平等じゃ無いなんて思いもしなかったのだ。そんな私に、どちらが有利・不利かなんて分かるわけがない。

「じゃあヒントを出そうか。ハンニンは、ケイサツに正体がバレても良い。〇か×か。」
「それは分かるよ。×だよね。だって、ハンニンはタトゥーをしているから、タトゥーを探知器に翳されたらハンニンは敗けちゃう。」
「正解。つまり『ハンニンは、ケイサツには接触出来ない』って事になる。では次、ケイサツは、ハンニンに正体がバレても良い。〇か×か。」
「ケイサツは…あっそうか!ケイサツは正体がバレても良いんだ!」

私は浮かんだ考えを整理した。
ケイサツはハンニンを追う立場だから、正体がバレてもゲームに負ける事は無い。
唯一懸念材料があるとしたら、ハンニンに探知器を奪われる事だろうけれど、それだって『ハンニンは、ケイサツには接触出来ない』以上、問題にならない。
分かってしまえば簡単な事だった。それでも、赤司くんに誘導してもらわなければ、私はこの正解に辿り着けなかっただろう。

「もう分かったと思うけれど、ハンニンとケイサツ、二者間で考えた場合、このゲームはケイサツに圧倒的に有利なんだ。」
「そっか…正体をバラせるか、バラせないかの差がゲームに差をつけているんだね。」
「そう。そしてハンニンが何も出来ない以上、ケイサツは一か月を丸々使って容易に生首を見付けられる。」
「そっか…一か月もあれば、普通見つかるよね。」
「ああ。学校外に持ち出せない以上、そうなるだろうね。鍵の掛かる場所に隠したとしても、マスターキーは必ずあるものだしね。」

ふと、前に田中先生が机からロッカーのマスターキーを取り出していたのを思い出した。
友達がロッカーの鍵を失くした時、担任の先生が田中先生にマスターキーを借りて鍵を開けてあげていたのだ。
鍵の管理って意外と甘いんだな、と私はその時漠然と思った。それこそ学校内の人間なら、先生の目を盗んで簡単に持ち出せてしまえるくらいに。
そしてそれは、裏を返せば、私は一か月何も出来ずに確実に負けるという事だった。

「で、でも赤司くんは勝てるって言ったよね。勝てる…んだよね?」
「ああ、勝てるよ。」

先程までの説明を聞いている限りでは、とても勝てるとは思えないのだが、赤司くんはどこまでも自信あり気に「勝てる」と言う。
説明の内容と言動が矛盾していないか、と眉を寄せて赤司くんを見ると、彼はふっと笑って私の疑問を否定した。

「今の話は、あくまでハンニンとケイサツ、二者間のみで考えた場合だ。そしてここからが本題、『必勝法』の話だ。」
「必勝法…。」
「そう。このゲームの必勝法――それは、『キョウハン』を作る事だ。」





カチ、コチ、と、時計の規則正しい音が店内に響く。
ようやく必勝法の話が聞けると身を乗り出したところで、ふと赤司くんが携帯の時計を確認した。

「9時45分か…意外と時間がかかってしまったな。」
「う…、私の飲み込みが悪いせいだね。ごめんなさい。」
「いや、そんな事は無い。俺の時間配分が悪かっただけだ。気にするな。」

赤司くんが気を遣ってそう言ってくれた。申し訳ない気持ちでいっぱいになるが、反省は後回しだ。

「今日はもう必勝法の話は無理だな。悪いが説明はまた明日だ。残り15分は、苗字の明日からの身の振り方について説明する。」
「身の振り方?」
「ああ。まずはその顔。」
「か、顔!?」

何か変な顔をしていただろうかと、私は急に恥ずかしくなって頬を手で覆った。

「その不安げな顔をどうにかしろ。ケイサツは常にハンニンの行動を探っている。少しでも動揺している顔や素振りを見せれば、その時点で襲われるぞ。」
「そ、そこまで…?」
「いいか。このゲームに置いて、これが一番重要で、そして難しい事なんだ。ケイサツは生首が見つからない場合、なりふり構わず疑わしい人物を襲ってくる。つまりハンニンは、ケイサツに疑われた時点でほぼゲームオーバーという事だ。」

赤司くんは机に広げられた手紙の一文を指差した。

【当企画では、ゲーム中のハンニン、ケイサツ及びキョウハンに対するいかなる危害にも責任を負わない。また、ゲーム終了後の敗者について、敗者及び敗者の周りの人間に対するいかなる危害にも責任を負わない。ただし、勝者及び勝者が望む一定の人物の身の安全については、当企画で保証するものとする。】

「これは簡単に言えば、『勝てば何をしても企画側が揉み消してくれる』という事だ。勝てば何をしても良いんだから、多少強引な手を使ってでも、ケイサツはタトゥーを見つける事に躍起になる。ゲーム終盤なんかは特にだ。」

そう念を押されて、私は改めて赤司くんが言った自身の身の振り方について考えた。
何があっても動揺しない。動揺しても顔に出さない。“いつも通り”行動する。

「…自信が無いです。」
「そうか。なら…」

赤司くんはそう言って手元の携帯を弄った後、ちょいちょい、と指で私に合図した。携帯を見ろという事だろうか。
何だろうと思いながら、机に身を乗り出すようにして画面を覗き込む。すると――

「……っ、」


不意に、赤司くんの唇が私の唇に重なって、離れた。


「…え、」

ええええええええええ!
店内に私の叫び声が木霊した。

「しーっ、静かにしろ。」

私は今起こった行動が信じられなくて、場所もわきまえず騒ぎたてた。そんな私に、人差し指を唇に掲げて静かにしろと制す彼は、悪戯っ子のような顔をしている。

「な、なんっ…携帯を弄っているから、私、てっきり…」
「それはフェイント。こんなのに引っかかっている様じゃあ、苗字もまだまだだな。」
「そういう問題!?」
「それより、明日もその顔をしていろよ。」
「え?…あ、」

言われて気付いた。私今、ゲームの事を忘れていた…?
すっかり彼に踊らされている自分に気付いて、ありがたいと同時に何だか居た堪れなくなってきた。一応ファーストキスだったんだけどな。
赤司くんはそんな私の気も知らずに、先程の携帯で時刻を確認している。

「そろそろ時間だな。」
「あ、もうそんな時間…。」
「ここを出る前に、もう一つだけ提案がある。」
「?」
「ロッカーの鍵を貸してくれないか。」

そういって、赤司くんは右手を私に差し出した。
ロッカーと言えば、ゲームの要である生首が隠してある場所だ。私は身じろぎをした。

「先程少しだけ触れたが、生首をロッカーに入れておくのはあまり好ましくない。詳しくは明日説明するが、出来れば明日の朝までに俺の方で隠し場所を検討して、苗字の代わりに隠しておきたい。」
「えと、隠すのは明日以降じゃ駄目なの?」
「ああ。今なら、ケイサツはゲームのルールさえ把握出来ていないかもしれないし、時間が経てば経つ程ケイサツの警戒が強くなる。」

赤司くんはそう言うけれど、彼の差し出す手に、私は一瞬躊躇した。
彼を信用していないからでは無い。彼にこのまま全てを任せていいのだろうかと思ったからだ。
今のところ、私はゲームについて何一つ自分で行動していない。それはつまり、責任を全て赤司くんに押し付けているという事だ。
これは私のゲームなのだ。責任を押しつけたくない。出来れば自分で解決したい。そう思う一方で、彼に頼らなければ敗北してしまうという、そのジレンマがもどかしい。

「…分かった。よろしくね、赤司くん。」

結局、何も出来ない私がうじうじ考えたところで彼の足手纏いにしかならない事に気付いて、私は素直にロッカーの鍵を赤司くんに渡した。



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