REGAL GAME | ナノ


▼ 2.作戦会議

肌寒い夜の道を一人歩く。
本当は独りになんてなりたくなかったが、赤司くんの指示である以上、従わない訳にはいかない。

『念の為、駅まで別々に帰る。その後、駅で合流してこれからの事を話し合おう。
それから、一人で歩いている時も、出来るだけ動揺している素振りを見せない事。いいね。』
『わ、わかった。』

更衣室を出る際に言われた事を思い出す。
彼の意図はよく分からなかったけれど、言う通りにしておいた方がいい事は何となく分かるので、こうして私は現在進行形で赤司くんより50mくらい先を一人で歩いていた。

私にはゲームの攻略法も、これからどうすれば良いのかも分からない。一人でいると良くない事ばかりに思考が向かってしまう。
『出来るだけ動揺している素振りを見せない事』というのは、「どこでケイサツが見ているか分からないから」という言葉が隠れているのではないか。もしこのゲームが悪戯でないのなら、負けたらどうなってしまうのか。先程の猫の死骸のように殺されてしまうのではないか。
自分の考えにゾッとして、私は考えるのを止めた。
よそう。今何を考えたって不安になるだけだ。きっと赤司くんが、50m後ろで私の事を見守っていてくれるはずだ。

『良い子だね。』

彼の説明に私が頷いた時、そう言って微笑んでくれた彼の顔を思い出した。
少しだけ、不安が取り除かれた気がした。





駅で赤司くんと合流した私は、彼に言われるがまま近くのカフェに入った。ここで、今後についての作戦会議をするらしい。
時刻は9時15分。学生がお店から追い出されるのは夜10時だから、あと1時間も残っていない。赤司くんは席に着いて適当な飲み物を注文するなり、すぐに本題に入った。

「まずはこの手紙の差出人からだ。苗字、君はこの手紙にある差出人『V』に聞き覚えはあるかい?」

V、ブイ、ぶい…聞き覚えはない。私は静かに首を横に振る。お客さんが少ないのか、先程注文したばかりの紅茶がもう運ばれてきた。
赤司くんは客の少なさまで考えてこのカフェを選んだのだろうか。
私達が座ったこの席は店の一番奥にあり、店内のお客さんにも店員にも、私達の話している内容は聞こえない。
私は飲み物を運んできた店員が厨房に戻っていくのを見送って、そっと胸を撫で下ろした。店員がケイサツだったら、とちょっと考えてしまっていたのだ。

(って、それは無いんだった。疑心暗鬼になりすぎだ、私。)

ルールには【ハンニン及びケイサツは、帝光中学校に通う教師や生徒等、日常的に学内に通う人間のいずれかである。】と書いてあったではないか。店員にまで警戒心を抱く必要はない。
私は改めて自分が恐怖で混乱していることに気付いて、そんな自分に嫌気がさした。

「紅茶、飲んだらどうだ。」

不安げな私を見かねたのだろうか。不意に、赤司くんがテーブルに置かれたカップのうち一つを私の前に差し出した。
先ほどの真剣な顔とは違い、私を気遣うような優しい表情をしている。

「これ、ハーブティー?」
「カモミールティーだ。カモミールには心身をリラックスさせる効果があるから、俺も時々家で飲むんだ。他にも、消炎作用や保湿作用、発汗作用などがあるそうだよ。」
「おお、さすが赤司くん。物知りだね。」

いただきます。そういって湯気に息を吹きかけて一口飲めば、その優しい味に思わず涙が出そうになった。温かい。
赤司くんが優しい声で「泣いてもいいよ」と言ってくれたけれど、なんだか恥ずかしかったので頑張って堪えて大丈夫だと伝えた。





「落ち着いたかい?」
「うん。」
「では、時間も無いし話を続けよう。まずこの『V』についてだが、俺はこの組織に少しだけ心当たりがある。」
(組織…。)

『組織』という言葉に、この差出人は少なくとも単独犯ではない事が分かる。私のような一般人には、その言葉が少し怖く感じた。赤司くんがこの手紙に真剣になったのも、この組織が関係するのだろうか。

「噂程度だと思って聞いてくれればいい。俺は家柄上、表社会にあまり出回らない情報、いわゆる裏情報を耳にする事があってね。その一つにこんな話がある。」

『名家の大富豪達が集まって娯楽を楽しむ組織』

赤司くんの話す内容はこのようなものだった。
大富豪たちが金を出し合ってゲームを企画し、それを不特定の人間に半強制的にプレイさせる、という趣旨の下作られた闇組織。
その組織は、ゲームの遂行には手段を選ばない反社会的な連中の集まりであるとも、政治家や一流企業、警視庁の幹部などで構成されているとも噂されており、その真偽は確かではない。ただ、警察機関と癒着している事はほぼ確実であり、下手に手が出せないそうだ。
それは、どうにも私には現実味の無い話だった。

「それで、どうしてその組織がこのゲームと関係があると思ったの?」

私は冷静を装って問いかけた。すると、赤司くんは脈絡なく鞄を漁り始め、手の平より少し大きめの紙の束を取り出した。私は息が詰まる思いがした。

【ハンニン及びケイサツには、ゲーム参加の報酬として前金100万円が当企画から譲渡される。】

それは、私が見たこともないような、一万円札の札束だった。

「段ボールを調べている際に、死骸の下敷きになっているのを見つけたんだ。混乱すると思って今まで出さなかったが、これを見ると俺が言った話に信憑性が出てくるだろう?」

大富豪がお金を出し合って企画されたゲーム、そして、ゲームの遂行には手段を選ばない。先程の赤司くんの説明を思い出した。

「――さて、先程の質問だが。どうやらその『V』の組織の幹部というのが、5人の大富豪から成るらしいんだ。」

差出人『V』、そして5人の幹部…

「…あっ!もしかして『V』ってアルファベットの“ブイ”じゃなくて…!」
「そう、ローマ数字の『5』を意味しているんだよ。」





私は少し温くなったハーブティーを口に運んだ。もう長らく話を聞いている気がしたが、時計を見るとまだ店に着いてから15分くらいしか経っていなかった。
私は、とんでもないゲームに巻き込まれてしまった。あまりにも大きな話の流れに、一人取り残されたような感覚に陥る。
なんで、あんな箱を開けてしまったのだろう。中身に心当たりが無かったのだから、開けなければ良かったのに。そうしたら、こんなゲームに巻き込まれる事などなく、誰か別の人が巻き込まれて私は助かったのに。
別の人…、そう考えて私は少し後悔した。

(別の人って誰だろう。二軍、三軍のマネージャー?それとも、さつきちゃん?)

さつきちゃんがゲームに巻き込まれる姿を想像して、私は今の自分勝手な考えを改める。

「大丈夫か?」

顔色を窺うように赤司くんに覗き込まれ、私は無理やり笑顔を作った。
私が箱を開けていなかったら、さつきちゃんがゲームに巻き込まれていたかもしれない。そうしたら、結局私は後悔する事になっていたのかな。だとしたら、箱を開けた事を後悔したって意味は無い。

「うん、大丈夫。話の続きをしよう。」
「…。」
「赤司くん?」

赤司くんは感心した様子で私を見ていた。私が名前を呼ぶとすぐいつも通りの表情に戻ったが、その後独り言のように「苗字は偉いな。」と呟く。今日一口目のハーブティーが彼の口に含まれた。
彼の呟きが私は嬉しかった。

「じゃあ次の話に移ろう。いよいよメインの話、ゲームに勝つための作戦だ。」
「勝つ…。」

ゲームに勝つ。もし負けたら、どうなってしまうのだろう。私は赤司くんの指示で手紙を机に広げながら、負けた時の事について考えた。

【当企画では、ゲーム中のハンニン、ケイサツ及びキョウハンに対するいかなる危害にも責任を負わない。また、ゲーム終了後の敗者について、敗者及び敗者の周りの人間に対するいかなる危害にも責任を負わない。】

(それって、負けたら消される、とか…?)

フィクションの世界ではよくある話じゃないか。ゲーム企画者が既に現実的じゃないだけにその可能性も否定できない。
それに、自分の事だけじゃない。私が勝てば対戦相手が敗けるのだから、例えば対戦相手がさつきちゃんなら、私が勝てばさつきちゃんが消される事になるかもしれないのだ。
…私に、そんなことを考える余裕があるだろうか。
ただでさえ赤司くんに頼らなければ何も出来ない状況なのだ。誰かも分からない対戦相手の事を考える暇があるなら、少しでも自分が勝つことを考えるべきだ。気持ちを切り替えよう。

「えっと、説明の前にゲームの内容について確認してもいい?ゲームの開始は【10月1日の午前8時30分から10月31日午後4時59分59秒まで】…つまり明日からの1か月間。その間、ハンニン――つまり私は、生首とタトゥーをケイサツの持つ探知機に近付けさせなければいいんだよね。」
「ああ。」
「その為には、生首を誰にも見つからない場所に隠して、正体がバレない様に振る舞えばいい、って事かな。」
「まぁ、主旨はそれでいいと思う。けれどそれでハンニンが勝つことはほぼ不可能だと思っていい。」
「えっ!?」

私の動揺を察知したのか、赤司くんは優しい口調で私に問いかけた。

「苗字はこのゲームの攻略法、分かるかい?」
「わからないよ。そんなの、全然…」

暗い顔をする私とは反対に、赤司くんの態度はどこか余裕そうに見える。こんな状況で、まさか彼は既に勝ちを確信しているというのか。

右も左もわからない私を差し置いて、絶対の自信が底から溢れてくるそんな彼の独特の雰囲気に、私は無意識に目を奪われていた。



「大丈夫。僕がいれば、君は勝てるよ。」



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