REGAL GAME | ナノ


▼ 1.前夜

外はもう真っ暗だった。
帝光中学校の第一体育館。時計の針が9時ちょっと前を指し示すその場所で、バスケットボール部のキャプテンである赤司くんとマネージャーである私は、部活の後片付けを行っていた。

帝光中学校バスケットボール部。バスケ好きなら誰もが知る強豪中の強豪であるその部活で、私はマネージャーとして働いている。
私がマネージメントしている一軍では、個々が自分でトレーニングメニューを決め、それに沿って各自遅くまで練習に励むというスタイルをとっている。そして、この日はメニュー通りの個人練習を行う赤司くんと、マネージャー業務が溜まっていた私だけが最後まで残っていた。
帝光中の最終下校時刻は夜9時までなので、多分校内に残っている生徒は、他の部活を合わせてももう私達2人だけだろう。

「赤司くん、体育館の施錠は私がやっておくから、先に着替えていいよ。」

ボールを片付け終わった後、私はそう赤司くんに声を掛けた。私にはまだ部誌をつける作業が残っていて、赤司くんと一緒には上がれそうになかったのだ。本来鍵の管理は部長である赤司くんの仕事だが、流石に練習で疲れている彼を待たせる訳には行かない。
私が部誌をベンチに広げてペンを走らせていると、背後から私の手元を覗き込む赤司くんの気配があった。

「それはあとどれくらいだ?」

ベンチを机代わりにして座り込む私に、赤司くんが後ろから影を作りながら尋ねる。

「あと5分もすれば終わるよ。気にしないで。」

お疲れ様、と笑顔で彼を見上げれば、赤司くんは「じゃあ、頼む。」と言って申し訳なさそうに私に鍵を預けてくれた。

赤司くんが去った後、体育館にはペンが走る音だけが響いていた。辺りに人影はなく、シンと静まり返っている様子はどこか人を不安な気持ちにさせる。そんな心細い気持ちを押さえつけ、何とか5分で部誌を書き終えた私は、体育館の施錠を確認し、蛍光灯が不安定に光る渡り廊下を抜けて足早に女子更衣室へと向かった。
確か帰りが遅くなった場合、鍵は校門の受付に返せばいいんだっけ。そんなことを考えて、どうにか気持ちを紛らわせた。

消灯された廊下を早歩きで進み、女子更衣室に半ば駆け込む勢いで入るとすぐさま電気をつけた。パチッと軽快な音と共に蛍光灯が点滅した後、見慣れた壁紙やアイドルのポスターが白く反射する。やっと明るい場所までこれた事に安心して、ふう、と溜息を吐いた。
どうしてこう夜の学校は不気味なんだろう。ぶつくさ文句を言いながらふと自分のロッカーの前に目を向けると、見慣れない段ボール箱が置かれている事に気が付いた。

(なんだろう。部の新しい備品かな?注文した覚えないけど。)

汚れ等が一切無い無機質なその段ボールは、どこかこの空間にそぐわない違和感を以てそこに置かれていた。置かれている場所からして私宛の荷物だろうけれど、なんだろう、何かが変だ。少し考えて、私は違和感の正体に気付いた。

(そうか、この段ボール、誰かが使ったり、配達された形跡が無いんだ。)

段ボールには、会社のロゴも無ければ配達伝票が貼られている様子も無い。それどころか、へこみや汚れ、シワ等が一切無く、まるで高級な贈り物を扱うように丁寧な持ち運びがされていた。
夜の学校に一人きりだからだろうか。なんだかちょっと開けるのが怖い。どうしよう、女の人の髪の毛とかが出てきたら。
そんなホラー映画のような考えに自嘲しつつ、私は静かに段ボールの蓋を開けた。

「―――っ!!!!」

中身を見た瞬間、恐怖で体が跳ね上がった。息が出来なくなり、体が硬直した反動で足をもつれさせ、しりもちをついてしまう。
一瞬見えたそれを信じられずに、私はさっきまで妄想していたせいだと自分の目を疑った。

髪が、見えた、気がする。女の人の、長い髪が。

きっと気のせいだ。だって、そんな事あるはずない。一瞬見えた立体的な黒髪を、私は人間の『生首』だと認識した。自分の考えを否定する一方で、体は冷や汗をかき、心臓は激しく脈打つ。
とりあえず、落ち着こう。大きく深呼吸をして、高ぶった心をゆっくり平常に戻していく。少しだけ冷静さを取り戻すと、しり込みしながらも再び段ボールに近づいた。

生首なんて、本物のはずが無い。それに、もし本物だったとしても、それこそしっかりこの目で確認して110番しなければ。

蓋を少しだけ右にずらして中身をしっかりと確認する。思った通り、それは本物の生首ではなかった。
これはただのマネキンだ。

(びっくりした…。)

いったい誰がこんな悪ふざけをしたのか。私は不快な気持ちになりながらも、マネキンを箱から取り出した。
ふと、マネキンの下敷きになっていたものが目に留まる。

「――――きゃあああああっ!!!!」

私は無意識に悲鳴を上げた。マネキンが手から落ちてゴロゴロと嫌な音を立てた。

何なの、何なのこれ…!



箱の奥には、首が切り取られた猫の死骸が入っていた。
悪寒が全身を駆け巡って耐えられず嘔吐く。もう嫌だ。誰がこんな。混乱で涙目になりながら、必死に「冷静になれ、冷静になれ」と言い聞かせる。この状況をどうすれば良いのか分からず辺りを見回せば、床に落ちている一枚の白い封筒が目に留まった。
無意識に手に取り、表、裏と確認する。多分マネキンを持ち上げた際に箱から落ちたのだろう。段ボール同様、やはり宛名も無ければ差出人も無い。
今までの全ての情報を整理し、考える。
配送された様子の無い段ボールに、生首のマネキン、猫の死骸、宛名も差出人も無い封筒。
考えられるのは、誰かの嫌がらせか、悪質な悪戯だ。私自身虐められたり嫌われたりする覚えはないから、多分後者だろう。だとしたら、悪戯の全容を確認してから、先生に相談するのが、今できる私の最善の策だ。
私は「よし」と気持ちを切り替えて、恐怖を奥にしまい込み封筒に手を掛けた。

すると、


コンコン。


不意に部屋のドアが叩かれた。

先ほどの恐怖をしまい込んだばかりなのに、もう表に出て来てしまった。もう一度「コンコン」と叩かれる扉を、過剰に不安になりながら見つめる。怖くて返事が出来ない。次から次へと、もう勘弁して欲しい。

「苗字?悲鳴が聞こえたけれど大丈夫か。」

声を聴いた途端、手のひらを返したように体は扉へ向かった。

「赤司くん!赤司くん!うわああん!!」

扉を勢い良く開け、そのまま赤司くんを室内に引っ張った。「おっと」という赤司くんの声が聞こえたが、それどころではない。扉が支えを失って勢いよく閉まり、それさえも気に留めないまま私は状況をまくし立てて説明した。





「なるほど。確かに悪戯にしては悪質だな。」

説明を一通り聞き終えた赤司くんは、冷静な声色で頷いた。眉間に皺こそ寄っているものの、生首にも死骸にも動じずに凝視している。流石キャプテン兼部長、頼りがいはピカイチだ。
赤司くんの登場によってようやく落ち着きを取り戻した私は、ふと封筒の存在を思い出した。

(そういえばこれ、握ったままだった。)

白い封筒。これも確認しなければ。
赤司くんが段ボールを確認している間に、私は真っ白な封筒から便箋を取り出し、そして再び眉をしかめた。




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ハンニン探しゲーム

****あなたが『ハンニン』に選ばれました!****

このゲームは、『ハンニン』1名と『ケイサツ』1名で行う対戦ゲームです。
ハンニンは、ある女性を殺害し、死体の首を持って帝光中学校に身をひそめます。ケイサツはハンニンが帝光中学校に逃走した事実を突き止め、身分を隠して中学校へと潜入します。
ハンニンの手掛かりは目撃者が証言したというタトゥーのみ。
時効は1か月。
時効までに生首またはタトゥーを見つければケイサツの勝ち、ケイサツから逃げ切ればハンニンの勝ちとなります。

ルールの詳細については以下をご覧ください。

【ハンニン・ケイサツ共通】
1、ゲーム時間は10月1日の午前8時30分から10月31日午後4時59分59秒までとし、ゲーム時間外の捜査及びそれに準ずる行為を禁止する。(※『捜査』とは、ケイサツが生首やハンニンを見つけ出そうとする行為をいう。)
2、ハンニン及びケイサツは、帝光中学校に通う教師や生徒等、日常的に学内に通う人間のいずれかである。
3、ゲームの存在は、ハンニン、ケイサツを除く他の誰にも知られてはならない。ただし、【ハンニン】項目3はこれに当てはまらない。
4、ハンニン及びケイサツには、ゲーム参加の報酬として前金100万円が当企画から譲渡される。また、ゲーム勝利者にはボーナスとして100万円が譲渡される。ただし、ゲームに敗北した場合はペナルティーとして100万円の支払いが発生する。
5、当企画では、ゲーム中のハンニン、ケイサツ及びキョウハンに対するいかなる危害にも責任を負わない。また、ゲーム終了後の敗者について、敗者及び敗者の周りの人間に対するいかなる危害にも責任を負わない。ただし、勝者及び勝者が望む一定の人物の身の安全については、当企画で保証するものとする。
6、ゲームで使用する所持品を破損させた場合、故意・過失を問わず破損させた側の反則負けとなる。
7、ゲームの戦略としての不特定多数への無差別な暴力行為は禁止とする。『不特定多数への無差別な暴力行為』の範囲については、事案に応じて当企画で協議し、決定するものとする。
8、その他、不測の事態が発生した際は、その都度当企画において協議し、なんらかの方法で参加者に伝達する。
9、ルールを破った場合はその時点で破った側の反則負けとなり、当企画はいかなる手段を使ってもルールを遂行する。

【ハンニン】所持品:生首、タトゥー
1、この手紙を開封してから15分以内に、同封されているタトゥーシールを体の任意の部分に貼り付けなければならない。ただし、シールは素肌にしか貼り付けることはできない。
2、任意の人物を1名のみ、キョウハンに選ぶことが出来る。
3、キョウハンを含む1名にのみ、ゲームの存在を明かすことが出来る。
4、生首は、校外に持ち出すことは出来ない。
5、ゲーム終了までに探知器が反応しなかった場合、勝利となる。
6、生首またはタトゥーが探知器に反応した時点で敗北となる。

【ケイサツ】所持品:探知器
1、生首及びタトゥーに探知器が反応するためには、およそ5o程度まで探知器を近付ける必要がある。
2、探知器は生首またはタトゥー以外のいかなるものにも反応しない。
3、ハンニンが保有する生首、またはタトゥーに探知器をかざし、機械が反応した時点で勝利となる。
4、ゲーム終了までに探知器が反応しなかった場合、敗北となる。


ルールは以上となります。

それでは、良いゲームとなりますよう期待しております。


X
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目眩がした。黒塗りの便箋に白字で書かれたそれは、まるで現実味のない、別世界での出来事のようだった。

(なんなの、これ…気味が悪い。)

赤司くん、そう声を掛けようとして、すでに彼が私の手元を覗き込んでいることに気付いた。私は内容を読む赤司くんを邪魔しないように、赤司くんの反応を待つ。しばらくすると、彼は溜息交じりに手を顎に当て、何かを勘案していた。

「これは…。」
「?」

予想以上に深刻そうな顔をする彼に、これがただの悪戯では無いのかと不安になる。
悪戯であって欲しい、そう思っていたのに。赤司くんだって苦笑いで「酷い悪戯だな。」と溜め息を吐くのだろうと思っていたのに、赤司くんの反応は私の期待するよりずっと深刻だ。

「あ、赤司くーー」
「…説明は後にしよう。とりあえず、この手紙の通りにする。タトゥーはあるか?」
「え?あ…、封筒の中に入っているこれ、かな。」

いきなりの指示に、私はあたふたしながらも手紙から『X』と書かれたタトゥーシールを取り出した。
『あなたが『ハンニン』に選ばれました!』という手紙の冒頭を思い出す。Xとは犯人を示すマークなのだろうか。
ふざけた悪戯だ、と、頭ではそう思うのに、先程の猫の死骸を見た後では、とてもただの悪戯だと邪見にする事は出来ない。赤司くんもきっとそう思っているから手紙の通りにしろと言うのだろう。
いや、もしかしたら、彼にはきっともっと先が見えているのかもしれない。

「手紙の通りにするって、これを体のどこかに貼るってことだよね。」

【ハンニンはこの手紙を開封してから15分以内に、同封されているタトゥーシールを体の任意の部分に貼り付けなければならない。ただし、シールは素肌にしか貼り付けることはできない。】

先程読んだルールを思い出す。

「ああ。なるべく人に見られない場所に、…できれば下着で隠れる部分に貼ってくれ。」
「!し、下着って…あの、ぶ、ブラ」
「ああ、それでいい。俺は後ろを向いているから終わったら呼んでくれ。」

赤司くんは宣言通り後ろを向き、深刻そうなまま考え込んでしまった。私は不安に揺らぎながらも赤司くんの言う通りにする。ジャージをまくり上げて下着をずらし、ブラジャーで隠れる所にタトゥーを貼りつけた。

「あの、赤司くん。出来ました…が…」
「ああ、ついでに着替えたらどうだ。」

赤司くんは真剣に考え込んでいるのか、少しそっけなかった。
私は今更自分がジャージ姿のままだと気付く。男の人と同じ部屋で着替えるのは恥ずかしいが、かといって一人には絶対なりたくなかったので、超特急で制服に着替えて赤司くんを呼んだ。

「終わったか。なら場所を変えよう。『生首』は取りあえずロッカーに入れておけ。」

もちろん施錠も忘れずに。そう念を押されて、私は訳が分からないながらも頷いた。

【生首は、校外に持ち出すことは出来ない。】
【生首またはタトゥーが探知器に反応した時点で敗北となる。】

手紙によれば、ケイサツは探知器を所持しているから、生首はケイサツには渡しては駄目らしい。私は自分のロッカーの施錠を何度も確認して、赤司くんと共に更衣室を出た。

外はさっきよりずっと暗くて肌寒かった。



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