REGAL GAME | ナノ


▼ 18.ハンニン

チャイムが鳴った瞬間、私は校舎の窓から飛び出した。

「赤司くんっ!!」

数メートル先で尻餅をついている先生とそれを見下す赤司くんの元へ駆け寄ると、二人が一斉にこちらを向き目を見開く。赤司くんが少しだけこちらに近付き声を掛けてきた。

「近くにいたのか…。」
「校舎内の近くの窓から様子を伺ってたの。それより赤司くん怪我してるよ!?大丈夫?」

私があのメールを貰ってから向かったのは、倉庫では無く校舎内だった。校舎に入ってしまえば気配に気付かれずに近くまで接近出来る。赤司くんが本当に危険になった時いつでも出ていけるように、私は倉庫に近い廊下の窓から様子を伺っていた。
本当は何度も飛び出してしまいたい衝動に駆られたけれど、私が出て行けば今まで赤司くんと積み上げてきたものが全部台無しになってしまう、そう思ったら何とか耐えられた。それは今までで一番辛い時間だった。

「ところで、それは何だ?」
「あ、消火器?いざとなったらこれで攻撃しようと思って。」

窓で待機していた時からずっと持っていたそれを消防士が如く構えれば、赤司くんはやっと緊張が解けたように笑ってくれた。その緩んだ空気に、私まで肩の力が抜けてその場にへたり込んでしまう。しまった、腰が抜けてしまった。

(ああ、ゲームは終わったんだ。怖かった。)

ゲームが終わった。その言葉を噛みしめる。ふと斎藤先生の方を見やると、全てをやり遂げて抜け殻になったようなその姿が目に映った。何もかも諦めて逆にスッキリした様にも見えるその様子に、私は罪悪感を覚える。先生はおもむろに私の方に顔を向けると疲れたように笑った。

「そうか…お前が、ハンニンだったのか。全然気付かなかったな…。ったく、どいつもこいつも…。」
「…。」

私は先生に何も言えなかった。座り込んだ地べたで両手を強く握っても、砂が食い込むだけで状況は何も変わらない。先生も、私達も、企画者に弄ばれたただの被害者だ。

先生は一体これからどうなるのだろう。そして、このゲームは今後どうなるのだろう、そんな事を考えていたまさにその時。

「プレイヤーの皆さん、お疲れ様でした。」
「!」

突然、どこからとも無くサングラスに黒スーツを纏った女性達が現れ、私達は驚きと共に一斉にそちらを振り返る。この人達が私達を苦しめたゲームに関わる存在であろう事は一目で分かった。

「これより、ゲーム終了後の手続きに移りたいと思います。」

これが、このゲームを運営をする人達。彼女らの態度には喜怒哀楽の何一つ感じられない、一挙一動がまるで機械のようだ。こんな人達に観察されて弄ばれていたのかと思うと、急激に怒りが込み上げてくる。私は感情のままに怒りを露わにした。

「ちょっと待ってください!あなた達は私達にこんな非人道的な事をさせておいて何も…、!」

赤司くんが、手で私を制止した。それと同時に斎藤先生も「発言には気をつけた方が良い」と私を咎める。二人ともある種の諦めみたいなものを持って運営と接している。何故二人ともそんな平静でいられるのか、私には理解出来ない。
斎藤先生も赤司くんも御家柄が良いと聞いた。家が大きい人は皆こうなのか、私が世界を知らないだけなのか、釈然としないまま話は進む。

「規定時刻までに探知器の反応はありませんでした。よって、勝者は『ハンニン』とします。敗者である『ケイサツ』には身柄を拘束させて頂くと共に、100万円のペナルティーをお支払い頂きます。」

そう言うと、運営の一人が黒い器械の付いた首輪を持って斎藤先生に近付いた。それが拘束具だと分かった私は必死にそれを食い止めようと立ち上がるが、足に力が入らず再びへたり込んでしまう。

(こんな時に…!)

運営に囲まれて拘束具を取り付けられる先生と、それをただ黙って見ている赤司くん。それは正しく非現実的な光景だった。

「待ってください!!確かルールには『勝者が望む一定の人物の身の安全については、当企画で保証する』とあったはずです!なら私はそれを先生に使います!だから…」
「それは出来ません。」
「なっ…!」

なんで。声にならない声が虚しく響く。おかしい。だって今述べたのはルール上何の問題も無いはずだ。地べたで必死に叫ぶ私を、先生は運営に囲まれた隙間から冷笑していた。先生は何が可笑しいのか私を鼻で笑うと、静かに口を開く。

「お人好し。」
「っ…。」
「…けど、お前の事は割と嫌いじゃ無かった。生意気な中学生に変わりは無いがな。」
「!せんせ」
「斎藤隆文、貴方を連行します。」
「!待っ…!」

斎藤先生は、結局最後まで一度も抵抗すること無く、運営に連れられるまま校舎を去って行った。去り際、先生が運営に質問している内容が聞こえる。

「おい運営、何故お前らは俺を選んだ。」
(えっ…?)
「その質問にはお答え出来ません。」
「そうかよ…。」

先生は力なく呟いた。
それが、私が聞いた斎藤先生の最後の言葉だった。





斎藤先生と運営の殆どが姿を消し、その場には私と赤司くん、そして運営の1人のみが残る。未だ立ち上がれずにいる私を横目に運営の女性はスーツの内ポケットから札束を取り出すと、近くにいる赤司くんに差し出した。私は息が止まった。

「勝利者への賞金100万円です。お受け取り下さい。」

赤司くんはそれを無言で受け取り、わざわざ私の目線までしゃがみ込んで渡してくれる。

「良く頑張ったね。はい、これ。」
「え?ああ、うん。」

両手を包み込むように札束を握らされて、少し焦った。こんな大金、私はいらない。
今までのゲームの内容がグルグル、グルグルと頭を駆け巡る。赤司くんは半ば無理矢理私に札束を渡すと、再び運営に向き直った。

「今後の流れはどうなる。」
「はい。これにてゲームの全行程が終了となりますので、私共は生首を回収し次第撤収いたします。今後、貴方達に監視の目が行く事はありませんので御安心下さい。」
「そうか。勝者が望む一定の人間について安全を補償するというのは、何処までが有効範囲だ?」
「範囲まで明確には決まっておりませんが、あなた方の知人については安全を補償致しましょう。それ以外で御希望はありますか?」
「いや、それで構わない。」
「畏まりました。それでは、以上で全ての手続きを終了致します。お疲れ様でした。」

私を置いてどんどん進められていく会話を、私はただ黙って聞いていた。運営の女性は全ての説明を終えると、私達の今までの交戦を称えるように、こちらに向かって深々とお辞儀をした。女性が顔を上げた瞬間、胸元についた徽章が外光を反射して、キラリと光る。

『X』

徽章には、そう刻まれていた。






思考が回る。

斎藤先生の去り際のあの言葉――『何故お前らは俺を選んだ。』
先生の身の安全の補償“という私の主張が通らなかった訳。
賞金が私ではなく赤司くんに手渡された訳。
差出人『V』、そしてタトゥーと徽章に刻まれた『X』の文字。
それらの要素が私の中に一つの疑念を生み、連鎖するように繋がりとなって浮かび上がる。赤司くんとのやり取り一つ一つが胸につかえて離れない。自分の考えを信じたくなかった。
思えば、最初から疑問に思っていたんだ。

…何故、赤司くんが、そこまで私に尽くしてくれるのか。



「苗字、もう大丈夫。起き上がれるかい?」

不安げで泣き出しそうな私に、愛しむように彼の手が差し出される。


赤司くんのその手を、私は掴む事が出来なかった。

















私が、ハンニンじゃない。





「貴方が『ハンニン』だったんだね、赤司くん。」



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