REGAL GAME | ナノ


▼ 17.ゲーム終了

手首を縛って、拘束して、数発の蹴りも入れたというのに目の前の中学生はやけに落ち着いていた。薄く笑って中学生らしからぬ挑発をしてきやがる。まるで俺の方が余裕が無くイライラしている様だ。
奴の態度が気に食わなくてもう数発拳を入れてやれば、流石の赤司も表情を崩し左側の壁に膝立ちでもたれ掛かった。

「いいザマだな。」
「…。」

反応が鈍くなった赤司に冷めて、俺も平静に戻る。こいつで遊んでやるのも目的のひとつだが、まずは勝つ為にやるべき事をやらねばならない。

こいつは初めにハンニンは自分だと公言した。馬鹿らしいと俺は一蹴したが、こいつの性格からして俺のその心理を逆手に取っている可能性も無くは無い。

「これでお前にタトゥーが付いてたら俺は笑い者だな。」
「ふっ、今でも十分笑えるが……っ!」

赤髪を掴んで生意気な頭を壁に押し当てやれば、ドッ、と鈍い音とともに赤司が短く呻いた。表情に力が無くなっていき、目だけが薄く俺を捉えている。

(っ…、はは)

それが今までのどの瞬間よりも心地良くて、俺は思わず我を忘れて悦に浸った。

(はは、…はははは!)

赤司の苦痛を押し殺す表情が堪らなく気持ち良い。もしかしたら、俺がケイサツに選ばれたのはこういうのが理由だったのかもしれない。

無意識に押し殺していた加虐衝動。それを、ゲームの企画者は見抜いていた。確かに見ている方は多少の暴力が無ければ面白くないのかもしれないな。良いだろう。富豪共のその腐った考えに乗ってやろうじゃないか。

俺は強引に赤司の体を引き上げ、衣服を剥いでタトゥーを確認した。嫌そうな顔で不快感に耐える赤司に薄ら笑いを浮かべながら全身くまなくタトゥーを探したが、結局それはどこにも見つからなかった。

(ま、そうだよな。これで見つかったら拍子抜けだ。)

俺は特に落胆するでもなく赤司から手を放す。赤司は膝から崩れ落ちるようにしゃがみこんだ。それにしても、先程から赤司には抵抗する様子が全く見られない。口は達者でも、多少殴られても構わないといったその様子が何処か引っかかる。

「女か?」
「…何がだ。」
「ハンニンだよ。ここまでされて抵抗しないのは、好きな奴でも庇ってるのかと思ってな。」
「フッ、斎藤先生でもそんな事を考えるんですね。意外です。ああ、そう言えば先生は既婚者でしたっけ。」

もう別れたみたいですけど、と余計な一言を付け加えられたので俺は鳩尾に軽快な蹴りを入れた。「まだ別れてねぇよ」と告げれば赤司は「そうでしたか」と咳き込みながら笑っていた。

(流石に身辺調査はされているな。こいつは俺の家柄もコンプレックスも、全て知った上でのこの態度か。つくづく生意気なガキだ。)

女と聞いて動揺する素振りは無い。元々この程度の揺さぶりで動揺する奴じゃ無い事は分かっていたんだ。とっとと次の作戦に移行するに限る。
俺は先程赤司のポケットからくすねた携帯を操作して、メール画面や着信履歴を確認した。

「…そんな事をしても無駄ですよ。」
「どうだか。携帯を身に付けていたって事は、何かあった時にいつでもハンニンと連絡が取れるようにしていたって事だろう?なら、それらしいメールの差出人の名前を見ればハンニンの名前が…」

俺はハンニンとのやり取りらしきメール画面を開き、手を止めた。

『差出人:山田花子』

「…ッ!!」

一瞬にして頭に血が上り赤司の顔を思い切り蹴り付ける。赤司が仰け反り倒れるのを見てすぐ我に返った。焦るな、焦れば奴の思う壺だ。

4時35分。手にした携帯から見えた時刻だ。赤司に構っている内にもうこんなに時間が経過していたのかと、俺はギョッとした。

「チッ、遊んでいる場合じゃないな。」

俺は事前に考えていた文章を素早くメールに打ち込んだ。山田花子は勿論偽名、アドレスはフリーアドレス。だが、それでもハンニンにメールが届かない訳じゃ無い。山田花子宛てに間髪入れずに送信ボタンを押すと、ようやく余裕が戻ってくる。終わりだ、赤司。

『緊急事態が起きた。至急、校舎裏の用具倉庫まで来て欲しい。』

俺は親切に赤司にも送信済みのメール画面を見せてやった。赤司は画面を一瞥した後、静かに俺を睨んだ。

作戦は順調だった。後はハンニンを待つだけだ。俺は勝利を目前に控えて、ニヤける顔を抑えられなかった。





(赤司くんがいない…。)

個人練習に入ってから、赤司くんの姿がどこにも見当たらなかった。紫原くんに聞いても緑間くんに聞いても、どこに行ったか知らないという。
今日がゲーム最終日で無ければ特に気に留めることも無い。だが、今日だけはそうはいかない。もっと沢山聞き回った方がいいだろうか。しかし迂闊に探し回るのも彼の言う“いつも通り”に反する。今日が一番いつも通りに振舞わなければならないと、赤司くんには散々念を押されていた。

(でも、もし何かあったんだとしたら…)

赤司くんに危険が及ぶ姿を想像し、不安でいっぱいになった。この泣きたくなるような不安感は、ゲーム序盤以来だ。せめて赤司くんから何か連絡が入っていれば、そう思って私がポケットから携帯を取り出したその時、

ブブブ、ブブブ、

(わっ!…と)

タイミング良く携帯が跳ねた。心臓に悪いと愚痴を垂れつつ慣れた手付きでロックを解除すれば、それは容赦なく私の目に飛び込んでくる。

『緊急事態が起きた。至急、校舎裏の用具倉庫まで来て欲しい。』

サァッと一瞬にして血の気が引いた。何かあったんだ。赤司くんに。
反射的に時間を確認すれば、時刻は4時37分を指している。


気付いた時には、私は無我夢中で走り出していた。





メールを送信してから刻々と時間が過ぎて行く。腕時計を眺めながら針が進むのをひたすら待った。


1分、2分、5分、10分…

しかし、待てども待てどもハンニンが現れる様子は無い。

(おかしい。…まさかメールを見てないのか?)

いやそれはあり得ない。ゲーム最終日というこの状況で相手からの連絡を確認しないなど、自ら大事な情報を捨てているようなものだ。絶対にメールは見ている。なら何がいけない。俺がメールを打っていることがバレたのか、何か来られない理由があるのか。

俺が焦りを滲ませていると、それを察した赤司が嘲笑うように俺を見上げた。

「だから無駄だと言っただろう。」
「赤司…。」
「追い詰められたお前がどのような行動に走るかなどゲーム開始前から分かっていた。だからハンニンとは事前に『メールでの呼び出しでは具体的な場所を指定しない』という取り決めを交わしている。今ハンニンの中では用具倉庫は最警戒場所になっているよ。」
「ックソ!生意気な真似しやがって!!」

俺は怒りのままに用具の収納棚を蹴り付けた。ガンッとけたたましい衝撃音を響かせて立て掛けてあった掃除用具が倒れる。赤司は相変わらず動じること無くじっと俺を見据えていた。

時間は刻一刻と過ぎていく。午後4時51分57、58、59…。ゲーム終了まで残り8分を切った。

(落ち着け…落ち着け…。僅かだがまだ時間はある。)

電話帳には山田花子の電話番号は登録されていなかったので、俺は再びメール画面を開くと素早く文字を打ち込み乱暴に送信ボタンを押した。

『後5分で来ないと赤司を殺す。』

送信画面のまま携帯を赤司に向かって投げつければ、奴の右肩に当たった携帯はカシャンと音を立てて地面に落ちた。

「『殺す』か…随分物騒だな。」
「…。」

頭が沸騰しているようで、赤司の発言がくぐもって聞こえる。

俺は、もしかしたら本当に人を殺してしまうかもしれない。『敗北すればどうなるか分からない』という極限のストレスに晒されたこの状況で、精神力はとっくにピークを超えていた。

人殺しは、出来ればしたくない。疲弊した心で、そう思う。
早く来い、ハンニン。気付けば5分が経過していた。

「…ここまでだな。」

腕時計から目を離し、静かに呟いた。扉にもたれ掛かって外を見ていた姿勢を正して、最後にもう一度ハンニンが来る気配がないかを確認する為辺りを見回す。

人影は無い。残念だ。

「遊びは終わりだな。」
「ッ!?」

突然だった。急に真後ろから聞こえるはずの無い声が聞こえて、俺は悲鳴を上げながらその場から飛び退く。

「あ…?な、」

赤司が、直ぐ後ろに立っていた。

何故。先程まで縄で縛られ動けなかったはずなのに。混乱した頭は状況を理解する事無く視覚情報だけを処理していく。

「縄抜けくらい少し知識があれば誰でも出来る。名家の息子であればそれくらい出来て当然だと思うが、お前は習わなかったのか?」
「だ、黙れ。」
「人を一方的に痛ぶるのはさぞ楽しかっただろうな。是非僕にも試させてくれないか。」
「動くな!殺すぞ!!」

俺は懐から果物ナイフを取り出すと赤司に向かって構えた。先程とは明らかに雰囲気が違う、まるで中学生とは思えない異質な空気を纏って赤司は俺に一歩一歩近付いてくる。

(なんだこいつは…!何なんだ!!)

瞬間、急に足から力が抜け体のバランスが崩れた。何をされたのか、脳がそれを理解する前に、俺は後ろ向き倒れ込む。





「頭が高いぞ。」



負ける?こんな、年端もいかない子供に、俺が……!!


――キーンコーンカーンコーン。

5時のチャイムが鳴る。
ゲーム終了の合図が、鳴り響く。


「――僕の勝ちだ。」


赤司が笑っていた。妖艶に、嘲笑うように。
赤司の超人間的とも呼べるその威圧感に、俺はようやく自分の敗北を認めた。



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