REGAL GAME | ナノ


▼ 19.目線

空は今にも泣き出しそうだった。

赤司くんは私を見下ろしたまま、身動ぎ一つせず立っている。
私はゆっくりと立ち上がると、彼と同じ目線に立った。

「赤司くん、」
「…。」

無言のまま顔に影を作る赤司くんの表情は読み取れない。こんな赤司くんは初めてだ。

(ハンニンは私じゃない。本当のハンニンは赤司くんだったんだね。)

私は一つ深呼吸をして、真相を確かめるように説明を始めた。

「あの夜、生首の入った段ボールは本当は赤司くんの元に届いていた。それを赤司くんは、私をハンニンに仕立てあげるために女子更衣室まで移動させた。そうなんだね。」
「…。」

脳内で自分の推理を整理して、順序良く組み立てていく。まるで、真犯人を追い詰めている探偵みたいだと自嘲した。

「私が最初に違和感を覚えたのは、先生が運営の人に尋ねた『何故お前らは俺を選んだ』って言葉だった。私が受け取った手紙には宛名なんて無かったから、このゲームは段ボールを開けた人が無作為にプレイヤーに選ばれるんだと思っていたんだ。
それで、ふと手紙を思い出したの。そういえばあの手紙、差出人『V』の名前が紙の下ギリギリに印字してあったな、って。まるで、文字の下半分だけを切り取ったみたいに。」
「!」

赤司くんが少しだけ反応を見せた。遠くの空からゴロゴロと雷の音が聞こえて、段々と雨が近付いて来ているのを感じる。私は話を続けた。

「本当は、差出人は『X』…だったんじゃないかな。さっき、運営の人の徽章を確認したら『X』って書いてあったし、タトゥーのマークも『X』だった。」

赤司くんはゲームについて説明する際、まず始めに『V』の正体についてから話し始めた。これは、私が混乱している間に組織の恐怖を植え付ける事で『V』が実在するかのように仕向け、『X』を意識させない赤司くんの作戦だったのだ。そして、まんまと私はその話を信じてしまった。

「つまり、赤司くんが最初に説明してくれた『Vという組織によって企画されたゲーム』なんてのは全くのデタラメ。赤司くんの作り話だったんだよね。」
「…。」

赤司くんの瞳は僅かに揺れていた。それだけで、今の推理がすべて真実なんだと分かる。相変わらず無表情のまま動かない彼に、私も淡々と言葉を落とし続けた。

「あの手紙は、本来『赤司征十郎 宛』の手紙だった。

あの日、赤司くんは部活を終えて私より5分ほど前に男子更衣室へ戻った。その時、自分のロッカー付近にある段ボールに気付き、蓋を開けた。そして手紙を開いた赤司くんは、『赤司征十郎 様』という宛名を見てこの勝負が自分に向けられているものだと把握した。

手紙を全て読み終えた赤司くんは、このゲームのルール、そしてそれぞれの役割の優位性をすぐに理解した。そして、勝つ為の必勝法も。前に赤司くんが説明してくれた通り、それは『キョウハンを作ること』だ。ケイサツに勝つ為には、どうしてもキョウハンの存在が必要になる。
そして、同時にこの作戦を思い付いたんだ。

『私をハンニンに仕立てあげて、自分はキョウハンとしてゲームに参加する。』

赤司くんは、私を“キョウハンの意識が無いままキョウハンに仕立てあげる”事で、『キョウハンを引き受けるメリットが一つも無い』という欠点を見事に無くしてしまった。

作戦が決まれば、後は行動に移すのみ。赤司くんは早速私をハンニンに仕立て上げる為、まず手紙に書かれている自分の宛名を切り取った。宛名は通常紙の上部分に記載されるから、上数cmを平行に切り取れば怪しまれる事も無い。
そして、二つ折りにした時にズレないよう下も同じ長さだけ切り取った。その際、差出人『X』の下の部分が切り取られて『X』になってしまった。でも、赤司くんはそれさえも恐怖心を煽る要素として使い、まんまと私をゲームに巻き込んだ。」

赤司くんの作戦はまさに圧巻の一言だった。彼は私が更衣室に戻ってくるまでの約5分でゲームの本質を見抜き、攻略法を組み立て、それをやり遂げてしまった。『キョウハンを作る』という普通に考えたら不可能とも思われるそれを、こんな形で突破してしまうとは。役に立ちたいだ何だと、浅はかだった今までの自分が笑える。

私が今まで努力してきた事なんて、彼にとってはまるで無意味な事だった。私は自分が利用されている事にも気付かずに、赤司くんの掌の上で滑稽に踊らされていただけだったのだ。

赤司くんが、ゆっくりと顔を上げ、私と目線を合わせ、そしてついに口を開いた。


「…まさか、そこまで見抜かれるとはね。苗字は妙なところで勘が良いから、そういうところは嫌いだよ。」
「!」

その言葉に、いつかの、初めて作戦を任された時の記憶が蘇る。赤司くんは私が泣きそうになればいつでも優しい表情で慰めてくれた。私が一生懸命作戦をやり遂げて成果を見せれば笑顔で褒めてくれた。

じゃあ、ただただ無表情でそこに立っているだけの、今は?私が泣きそうな顔で見上げても表情を崩さない、冷たい瞳の彼は何?

彼は、誰?


「私に優しく接してくれたのも、下心があるなんて言ったのも、全部この作戦がバレないための嘘だったんだね。」

私は、そんな事も知らずに友達になって欲しいだとか、赤司くんの特別になりたいだとか、何を見当違いの事を言っていたのだろう。あまりの恥ずかしさに涙が出てくる。

「ふ、なんだか、赤司くんのせいで笑いものだよ、私。」
「…、」
「すごいな。本当に赤司くんは凄い。私なんかとは考えのレベルが違う。赤司くんと同じ目線に立ちたいとか勝手に思っていたけれど、これっぽちも見抜けて無かった。」
「苗字、」
「…これ、返すね。これは赤司くんのものだから。」

私は軽く笑ってそう言うと、手に持っていた100万円を赤司くんに差し出した。驚いた様子で「でも、」と受け取る様子の無い赤司くんに無理矢理押し付けて手を離す。強引な形で持たされたそれに、彼は何か言いたげな顔を浮かべたが、私は自分の顔を見られたくなくて顔を上げられなかった。

「私、赤司くんのこと好きだったよ。」
「…!、な、にを言って」
「私、帰るね。」

私はとうとう耐え切れなくなってその場を走り去った。去り際、赤司くんの制止するような声が聞こえたが、私はそれを雨音だと言い聞かせてひたすら走る。丁度、雨が降ってきた。

これで、ようやく全部終わったんだ。何もかも、全部。





空からポツ、ポツ、と静かに雨粒が落ちてくる。それは点々と地面にシミを作り急速に数を増やしていった。

「雨、か…。」

そういえば朝の天気予報で今日は雨が降ると言っていた気がする。俺は空から放射線状に落ちてくる雨粒をただじっと眺めていた。ゲームに勝利したというのに体が重い。重さを外に吐き出すように深く溜息を吐いたが、重さは抜けてはくれなかった。

すべては俺の作戦ミスだ。あの日、段ボールを開き手紙を読んだ瞬間、俺は苗字の言った作戦の他にもう一つ、ある作戦を思いついていた。

『このゲームを利用して、苗字と親密な関係になれないだろうか。』

ただの部活仲間、友人、恋人でもぬるい。もっと強固な繋がりが欲しい。
『キョウハン』という命の危機を共有する特殊な立場になれば、俺は苗字の中で特別な存在になれる。
『恋は戦いだ』とはよく言ったものだ。ただ告白して付き合うなど思春期の男女なら誰でも出来る。それでは足りない、それでは戦いに勝利したとは言えない。もっと依存のような、自分以外に考えられなくなるほどの強い感情を抱かせて、初めて勝利したと言える。

あの5分という短時間で全てを決断しなければならなかった状況で俺は、勝負を挑むのは今しかないと思った。そして一瞬にしてすべての作戦を纏め上げ、決行した。



『私、赤司くんのこと好きだったよ。』


去り際にそう言った苗字の声が頭から離れない。

「キョウハンになってくれ」と、そう頼まなかった俺は、結局苗字の事を信頼していなかったのだろう。作戦を思い付いた時俺は、キョウハンも得られ苗字との関係性も築ける一石二鳥の作戦だと慢心していて、作戦がバレるとは微塵も思わなかった。甘く見過ぎていたんだ、俺は。

「その結果がこれ、か。」

先程まで遠くで聞こえていたゴロゴロという雷鳴が近くで聞こえる。雨足も強くなってきたようだ。さっきから服が体に張り付いて気持ちが悪い。斉藤に蹴られた傷も痛む。体も怠い。早く帰って眠ってしまいたい。

もうゲームは終わったんだ。


帰路に着こうとゆっくりと体を動かせば、前髪に溜まった雫が一筋頬を伝った。



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